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「けいおん!」に関する言説の数々について、またもや乗ってみる

 さて、漫画家吾妻ひでお氏の公式HPの「ひでお日記」において、「けいおん!」が酷評されたとのことで、例によって某巨大掲示板で話題になっていたそうな。いまさらこんなネタに食いついているのも申し訳ないのだが、さらにこうした関連の言説の数々を見ていると、なんとなく乗ってみたくなる。人、それを売名行為という・・・のかもしれないが。

 参考にしたサイトは以下の通りである。
http://nipponia.blog44.fc2.com/blog-entry-201.html
http://hikawa.cocolog-nifty.com/data/2009/11/post-e81e.html
http://migzou.blog84.fc2.com/blog-entry-273.html

 はじめにはっきり申し上げておきますが、他人の評価なんてのはどうだっていいんです。「けいおん!」という作品が他の人間にどのように評価されようが、そんなことはどうでもいいこと。私自身は「けいおん!」を面白がり、なんでこれを楽しんだかということのほうがはるかに重要事であり、その件についてはすでに過去ログで記事としているので、興味のあるかたは、右欄の「全記事表示リンク」から参照していただきたい。

 また「けいおん!」という作品が、現行の「萌え」系のアニメに準じた作りをしていることは、否定しがたい事実であるし、ドラマ的な盛り上がりを欠いたアニメでることも、この際は欠点として指摘されるだろう。否定派はそこを主張する。またファンおよび肯定派は、そういった欠点すら美点としてしまう事もできるだろうから、そうした表面的な次元で話を展開すれば、どうしても水掛け論になってしまう。今回の件で言えば、その口火を切ったのが、たまたま吾妻ひでお氏という、ネームバリューがあった人だったということだ。しかも吾妻ひでお氏の書いている漫画を見ていれば、本人の意志以上に、書かれている少女たちのの絵が、必要以上に読者を刺激する絵である。某巨大掲示板での批判の内容はともかく、私自身としては、「萌え絵」の元祖のような絵を書いている人が、萌えアニメを否定するってのはどうしたものかと思いもした。

 そこで、実際に吾妻氏が自筆で書かれている文字の内容をよく見てみた。たしかに「けいおん!」のアニメに関しては否定的な意見が書かれている。だが原作漫画についてはよく書かれていると書いている。しかもアニメは原作をみならえとも書いているのだ。ってことは、吾妻さん、「けいおん!」自体を否定しているわけではなく、アニメ「けいおん!」について否定しているということだ。ということは、原作に似せて書かれているアニメであり、忠実とは行かないまでも原作に沿って描かれているアニメこそが批判の対象となっているってことだ。どうもここに今回の論点が隠れている気がする。

 さてここでよーく考えてみて欲しい。アニメを見る眼と漫画を見る眼は、はたして同じであろうか? アニメと漫画の表現方法の違いも、色彩、動き、音声などの情報量の違いも考慮すれば、自ずと異なることはおわかりいただけると思う。ましてや漫画の世界に長いことおられる吾妻氏が、それを知らないはずはない。日記の内容を見ていると、「けいおん!」の原作者かきふらい氏は、吾妻氏と既知であると思われる表現がでてくる。こうなれば原作を簡易に否定する事もできないだろう。そうなれば吾妻氏が書いた日記の内容が、いかに微妙なニュアンスで書かれているかがわかろうというものだ。この日記の内容から読み取れること、それは「けいおん!」というアニメが成立した背景に関する予備知識の欠如である。

 「けいおん!」という作品が成立するためには、いくつかの条件があった。まず一つは「萌え絵」を主体とする4コマ漫画のアニメ化の波である。雑誌「まんがタイムきらら」は、雑誌「まんがタイム」から派生した雑誌である。コンビニの雑誌陳列棚を見ていると、この「まんがタイム~(なんとか)」というタイトルの4コマまんがが、複数種あることに気がつくだろう。それは「まんがタイム」のなかで台頭してきたOLや主婦向けの4コマまんがを別に隔離して成立し始めた雑誌であり、1990年代にはすでに複数種の週刊誌、月刊誌を発行してきている。ここの分岐点で「女性向け」という要因により、4コマまんがが分岐した。その上で「ふわふわ時間」などのようにアニメの原作として注目されたのは、「あずまんが大王」や「らきすた」の成功による。「けいおん!」が注目されたのは、そうした背景に掲載誌が同じであったことが関係している。同じ事が「GA芸術科アートデザインクラス」や「かなめも」にも言える。
 そしてより重要なファクターとしては、本作が「京都アニメーション」の作品であったとうことだ。そしてまた「涼宮ハルヒの憂鬱(第1期)」の「ライブアライブ」という作品なしでは、登場し得なかった作品であるということだ。このあたりについては、書くまでもないだろう。この「ライブアライブ」という作品のなかで見せた、ステージ上でのハルヒのパフォーマンスが、その完成度、作画レベルの高さ、楽曲の面白さ、物語構成の妙味など、特筆すべき美点がいくつもある作品であった。そう、音楽という表現を触媒にして、アニメはここまでできるということを証明して見せた瞬間だったのだ。

 以上のようなある意味アニメの世界での「文脈」が、吾妻氏には理解できていなかった可能性はないだろうか? むしろそここそが誤解の元であり、「けいおん!」がこれほどまでに受け入れられた要因でもある。この「文脈」を押さえていないと、むしろ吾妻氏同様に、「けいおん!」の面白さを誤解してしまうことになりかねない。おたくとは情報のクロスオーバーを楽しむ輩のことであるというような事を書いたのは、岡田斗司夫氏の著作であったと思うのだが、こうした「文脈」に対する理解や造詣も、おたくと呼ばれる人たちの楽しみなのである。

 もう一つ、「けいおん!」の2話で、唯がギターを購入するにあたり、アニメではみんなでバイトをしてお金を集めて買おうとするが、お金が足りなくて、結局楽器店のオーナーの娘である紬の交渉により、ギターをせしめてしまう話を取り上げている方々がいる。このエピソードが、ドラマを期待させておいて、あまりにもあっさりと期待を裏切るような結論に落とし込まれてしまったことを指摘しているのである。
 これに関しての私の答えは、それほど深い物ではなく、単にもとのストーリーが4コマまんがの短編連作物としての体裁を採用しているまんがだったからだというものだ。紬はあの物語の時点で、すでに「デウス・エクス・マキナ」であり、物語やまんがのオチを担当するためのキャラクターとして存在している。だからこうならざるを得ないのだと思う。むしろそこに意味をもとめるのは、アニメにも原作にも無理なのではないかと思えるのだ。

 以上、私見まで。ご意見や批判はあまんじてお受けします。

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テーマ : けいおん!
ジャンル : アニメ・コミック

プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
50歳になりました 
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ピカード艦長が大好物。
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