「Zガンダム」世代の憂鬱

 ある年齢のアニメファンにとって、「ラポートデラックスの大事典シリーズ」というムック本には、それなりの思い入れがあることと思う。作品ムック本の老舗は、やはり徳間書店から出版されている「ロマンアルバム」シリーズだろうし、後進の角川書店からは「100%コレクション」シリーズなどが懐かしい。だけれど、「Animec(アニメック)」という雑誌が充実していた頃、本誌編集記事を丁寧に再編集し、キャストやスタッフインタビューなどに力を入れ、用語辞典を作り、なおかつ1,000円程度の破格の価格設定の本は、お金もないくせに、読み物としてのムック本を欲しがる、大人びた困った子供にはとても魅力的だった。当時、土曜の夕刻に放映していた富野由悠季監督作品や、ゴッドマーズ、カリオストロの城までラインナップしており、ささいな誤植を含めて、とても愛読していた記憶がある。

 そのうちの1冊である「機動戦士Zガンダム大事典」に、会川昇氏の「ガンダムよ、ゼータよ、そしてあらゆる夢の旅人達へ」というタイトルのZガンダム評が掲載されている。内容はだいぶZガンダムという作品を酷評している文章だった。そのうちの1文を以下に紹介する。

「「灼熱の脱出」というエピソード1つをとれば、はっきり85年のベストエピソードとして押すことが可能な程だった。しかしシリーズとしてそれを支えてくれることは決して無かったのだ。(本誌編集長ははっきりと。「「Zガンダム」のどれをとっても。旧ガンダムでそれよりつまらないのは「ククルスドアンの島」だけだ」と発言している。ある共感はある)」

 実のところ、本文にはこれよりももっとひどい内容が書かれている。だから現在脚本家として大活躍している会川氏に対して、だいぶ長いことわだかまりがあった。だがすでにあれから20年あまり経過し、40歳になろうかという年齢を迎えると、「Zガンダム」という作品自体を振り返れば、この発言は間違っていないと、ちゃんと思える。
 いや、この「機動戦士Zガンダム」を放送していた1985年頃に、思春期を迎えたアニメファンにとって、この作品自体に抱いている思いというのは、相当複雑なものではないだろうか?

 前作のガンダムは知っている。再放送で見たほうだ。もちろん劇場版も見に行った。イデオンの劇場版だって見に行った(当時はよくわからなかったけど)。「ザブングル」も「ダンバイン」も「エルガイム」だって見てる。だから「Zガンダム」だって見てた。ぼくらが初めて生で見る「ガンダム」なんだから、面白いにちがいない。
 僕らは「宇宙戦艦ヤマト」で盛り上がった「おたく第1世代」ではない。でもその当時にはやっていたアニメーションや劇場作品は見ている。だけど「ガンダム」を見つけて面白がるまでには至らなかった。だから自分たちが手に入れられそうな、自分たちの世代のガンダムである「Zガンダム」を手放しで受け入れようとしていたんだ。

 ところがである。世間はこの「Zガンダム」に見向きもしなかった。会川氏の酷評は、正直言われなくてもわかってるってぐらいだ。その萌芽はすでにあったんだ。同じ時間帯に放映されていた富野監督作品は、ラポートデラックスの大事典シリーズでの本人インタビューで、「駄作」だと言い続けてきたのだから。それでも「Zガンダム」を応援する人々もいた。ガンプラ作ってる連中、そしてカミーユやフォウに思い入れをした人たちだ。旧作のように、3部作での劇場版に再編集されるのを待っていたが、その願いが叶うのは20年後だった。僕たちは、「ヤマト」や「旧ガンダム」のような、自分たちの世代のフラッグとなる作品が欲しくて「Zガンダム」に飛びついたのに、せっかく手に入れた「Zガンダム」は、散々だった。でもぼくたちは「Zガンダム世代」として、それを受け入れざるを得ずに、鬱々と今を生きることになったわけだ。
 じゃあ、なにがそんなに面白くなかったのか?

 「Z」の特徴としてあげられるのは、複雑すぎるストーリーだ。だいたい物語が主人公である「カミーユ」の主体性では動かない。カミーユは積極的に自体を動かしているようで、実は戦況に流されて戦っているだけだ。だからカミーユの視点で進む話が見えにくい。そして進行する戦争の情勢が加速すると、エウーゴ、ティターンズ、ジュピトリス、そしてアクシズがからまり、さらに状況が見えにくくなる。だいたいにして本作が「連邦軍の内乱」であることに、物語当初からきちんと意識して見てました? これは戦闘シーンに直接影響する。
 旧作がモノアイを主体とするジオン軍のMSに対して、連邦軍のMSが戦う図式は、一見してどちらが何の勢力かわかる仕組みが絵として表現されている。しかし「Z」ではジオン軍性の技術が連邦に接収されている状況が進み、連邦すらモノアイのMSを乗るし、同時にガンダムMk-?を製造する。そもそもジオンの残党を刈るためのティターンズが、なぜジオン軍のモノアイMSを好んで使うのか? 理由がわかりにくい。この背後に軍需産業である「アナハイム・エレクトロニクス社」の台頭があるのであるが、それ自体もわかりにくい。つまり画面としての構成で敵味方の区別がはっきりつかないほど、状況が混乱しているということだ。

 旧作ガンダムが、アムロたち避難民の少年兵たちが、ただ生きんがために戦っていた話であり、彼らの戦場はほぼ「1年戦争」の主戦場ではない局地戦であった。しかし「Zガンダム」は。基本的にカミーユたちが戦っていた戦場はすべて主戦場であり、グリプス戦役そのものである。これも大きな特徴の差だ。旧作はアムロ達が必至に戦うという、その1点でドラマが作られていた。シャアが彼らを追うのも、連邦軍の機密奪取が目的だからだが、当然シャアの戦いが主戦場な訳はない。だからこそシャアは機密奪取のついでにガルマの抹殺を企むことが出来たし、ガルマの死がランバ・ラルを呼び込むことになり、ホワイトベースの戦いは熾烈を極め、ドラマは展開することになる。
 その一方、「Zガンダム」ではカミーユがその目で、グリプス戦役の主戦場を戦い抜く話になる。でもそれは戦記物としての面白さはあっても、それぞれの戦いが「作戦」であって、戦闘行為自体にドラマが生まれない。だから物語ははずまないのだ。たしかに小競り合いのような戦闘はあるけれど、「Zガンダム」の大枠の流れは旧作のソロモンやア・バオア・クーでの戦争がずっと続いているようなものだ。一見派手に見えるけど、戦況はあってもドラマがない。
 そしてもう一つ大きなポイントだと思うのだが、「Zガンダム」で大きなドラマが発生するのは、「フォウ」や「ロザミア」、「サラ」などのニュータイプにまつわるエピソードのときになる。このとき悲劇の経験者であるアムロやシャアが出しゃばってくる。つまり旧作に依存しないとドラマが発生しないという点だ。

 そして最大の問題は、ニュータイプの扱い方で、これは最終回のカミーユに顕著に表れる。アムロは戦争を共に戦った友人達との共感で、彼らを救い、彼らの中に戻っていった。それは「和」から広がる、優しい人と人とのつながりであり、「誤解無く理解し合える人間関係を築くことができる」ことを、ストーリーのオチとして、きれいに示して閉じていった。
 一方のカミーユは、戦争で死んでいった人々の魂とシンクロし、戦争をおもちゃにするシロッコを倒して、自己崩壊をしてみせる。これは先のアムロのニュータイプの能力とは、まったく逆の方向性で死者とつながり、その負荷に耐えられずに崩壊したように見える。現実問題として、あまりに多くの人の輪の中で、協調しきれなくなって破綻することは、よくあることだが、これには夢も希望も持てないラストである。まるで旧作で夢想したものが、Zガンダムで引き裂かれたように思えるし、この最終回は今もってトラウマになっている人もいるだろう。ある意味で「Zガンダム世代」とは、ニュータイプに夢がもてなくなった世代と置き換えることも出来るかも知れない。

 あえて言わせてください、こんなもの手に入れてうれしいか?

 われわれの憂鬱は終わらない。作品が終了して20数年が経過し、何を思ったのか富野監督自らの指揮で、「Zガンダム」を再編集して劇場公開するという。しかも再構成するにあたり、ラストのカミーユの崩壊が無かったことになっている。それだけではない、フォウの死は上海近郊となり、キリマンジャロの悲劇はなくなった。しかもロザミアも死なないという。できあがりは大変結構なものであった。新作の作画カットも見事であり、元のカットとの整合性もあわせようと必至に画質調整していたし、なによりモビルスーツ戦のすばらしさは、見た者を圧倒する出来ではある。でもカミーユの崩壊に納得し、受け入れ、それを自分たちの世代のフラッグであると信じてきた人間にとっては、裏切りにも似た行為ではなかったろうか? ことここにたり、「Zガンダム世代」は、完全にひねくれるのである。

 ぼくらは、「ヤマト」や「999」の絶頂期にそれを傍目で見ながら、きっとうらやましかったんだと思う。そして幼かったから「ガンダム新世代宣言」に参加できなかったことを、残念だと思っている。逆に「エヴァンゲリオン」のブームの時には、すでにすれっからしで、みずみずしい感性であの物語を直視できず、細かいガジェットの謎を追って、自分をごまかすしかなかったんだ。

 そして「萌え」の時代。生きにくいよなあ・・・・。
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テーマ : 機動戦士ガンダムシリーズ
ジャンル : アニメ・コミック

コメント

非公開コメント

No title

はじめまして。
僕は若人でZ世代ではないので興味深く読み、それで面白いコラムでした。
Zを見たとき、全体的に夢も希望もなく、意地悪だと感じました。
リアリティの無い作品は嫌ですが、だからといってただ現実の陰惨さをそこに描かれても……と思いました。
僕はZは複雑というより、物語の方向性や舞台設定などがきちんと提示されなくて、曖昧なだけの気がします。
曖昧なまま話数だけが重なって、50話もかけてこの程度の内容量しか描かれないのか、と。
だからあの結末にも正直、なんだかなぁという感想しか出てきません。
トマウマ? え? そうなの? って、どうしても思っちゃう……。
やっぱり無印のガンダムと比べてしまいますよ。
あれだって僕はボンクラだから分からない箇所が多々あったけど、それは自分がバカなだけで、きっと深いものがあるんだろうなぁという、凄みを感じました。
うぅ、だらだらと長くなってしまう……これじゃZのことあまり悪く言えない。
それに、まだ映画版に触れていないのです。
モグリでごめんちゃい! ちなみに僕も「萌え」は苦手です。
フィクションって物事を考える材料だろうに、単にその世界に客を依存させてどうするよ、と。
伝えるのって、難しい。

No title

絵の木さま

コメントいただき、ありがとうございます。

>物語の方向性や舞台設定などがきちんと提示
 されていないというのは、おっしゃる通りなんですよ。

もう1点、
>その世界に客を依存させて
 という部分が大きい作品なんです。つまり、旧作のガンダムを見ている人が想像できる範疇の設定であるということが前提となっており、劇中での説明がほとんどないんです。

 だから当時リアルタイムで見ていた私も、「アニメック」などで情報を補足するしかなかったんですよ。そうしたスノビズムな演出方針によって、冨野監督は説明を省いて、より自分の描きたかった「戦記もの」としての物語を強化しようと思ったのではないか? と私は想像しています。キャラクターにスポットをあてて局地戦のみを描くのであれば、それはこれまでのロボットアニメの演出方法となんら変わりませんので。

他愛のないコラムを楽しんでいただき、ありがとうございました。また気軽にお立ち寄りくださいませ。

No title

お返事ありがとうございます。
「戦記もの」としての、というのは、説明を省いて出来る時間に、より多くの話を語ろうとする、ということですか?
そのアニメをただ観ただけは分からない情報を増やして、あくまで歴史資料の一つ、みたいな感じにしたかった、のでしょうか?

No title

「観ただけでは」です。すまぬ。
そしてトマウマって何だろう……。と、とれたてのトマトだよ~ぅ。
はい、トラウマですね。すみません。

No title

絵の木さま

 「トラウマ」は心理学用語で心的外傷のことです。なんらかの肉体的あるいは精神的な傷を負ってしまうことで、それ以降長い間心の傷として残ってしまうことを指します。

 「戦記もの」と表現したのは、登場人物の心理やドラマではなく、歴史的事実として戦争を淡々と描いていく趣旨で使いました。絵の木さんの感じた通りですよ。

No title

その試みが本当だとするなら……。
富野監督は新しいことをやりたがる。Zのあの異様な雰囲気は、独自にも見えるけど、その点では、設定の詰めが甘いよろしくないそんじょそこらの作品と大差が無くも見える。
富野監督が作っているだけはあって、セリフ回しだとか演出が、ちょっとそういった作品たちと違い特殊な感じに仕上がってはいる。
脚本以外は素晴らしくて、雰囲気はあるから、作品に呑み込まれてしまう人達が未だに出続けるののも分かります。
しかしそれはとても空虚な作品じゃないか、と僕は思うんですね。
ヘタにシリアスなものだから、褒められたものではないのは同じZZなんかよりもよっぽどタチが悪いように思う……。
ただ、するとそのZの作られ方というのが、そもそも新規の視聴者に向けられたものではなく……あの監督がそんな旧作ファン向け、みたいなことをするのかが、ちと疑問です。
MSのデザインも人間についても、やっぱりいくらリアル志向だといっても「あくまでこれはアニメですよ」っていう、最低限は守らなくちゃいけない部分があって、
旧作のジオン側にも正義があろうと、外見はきちんと悪役でした。
新しければいいってもんじゃないな、という印象です。
これはフィクションですから……。
監督はガンダムを終わらせるためにZをあのようにした、と聞くから、それでわざとアニメ的にもメチャクチャにしたんだろうか?という気もするけれども、本当に何もかもを破壊してしまうような、不誠実な人とは思えないのです。
だから、やはり単に失敗してしまったのだと考えています。

No title

絵の木さま

 そもそも前作である「機動戦士ガンダム」のころでも、劇中枕詞のようにして語られている「ルウム戦役」「南極条約」「黒い三連星の活躍エピソード」など、いわゆる1年戦争の前半部分については、劇中できちんと語られておりません。それは旧ガンダムもまた「戦記もの」を目指して作られており、設定としてはきちんと作り込まれてはいるものの、その詳細は周辺書籍に預けてしまっている部分があります。ガンダム放映中の「アニメック」のように、放映当時のタイミングでその裏設定などが明かされている部分は、制作多忙の中でも富野監督がインタビューに応えていることによって、本編の情報が補足されている状況にあったんです。

 「Zガンダム」でもその状況はまったく変わりませんでした。「Z」の時代では戦争の政治的な背景についても書き込まれており、グリプス戦役の全体像はより複雑に、より奥深いものとなっていますが、当時リアルタイムで見ている私や周辺の友人に聞いても、その詳細をきちんと理解していた人は少ない状況でした。

 ただし、「旧ガンダム」のころから全く変わっていない状況を、富野監督が納得していたかといえば、それも疑問です。むしろそうした周辺書籍やご自身が書き下ろした小説版などで、積極的に情報を開示しようとしていた節があります。むしろ本編で語りにくかった設定は、こうしたメディアミックスを活用して、商売につなげたかったんじゃないか? これはあくまで私の推察のための状況証拠にすぎませんが。

 なお本文にあるラポートデラックス「機動戦士Zガンダム大事典」に収録されている富野監督のインタビューによれば、本作もまた「失敗作」といっていますよw

No title

ありがとうございます。
自分はトンチンカンなことを言っているのではないかと、よく困るのですが、めげずにこれからも言ってしまいます。
最初のガンダムの世界にに依存しているとの、まにまにさんの声を聞いて、ナルホドと思ったんです。
どうして、宇宙世紀シリーズが続くうちに苦しくなっていったのか、ということです。
最初の世界設定、その枠をZやそのあとの作品で広げなくてはいけなかったのに、枠はそのままに、物語(と小さな設定)を次々に入れていったから、窮屈になって詰まっていったのだな、と思いました。
Zは戦記ものとしてさらに進めた……
旧作も全てを作中では直接的に語ってはいないかもしれないけれど、そんな背景の設定は滲み出ていたように記憶します。その容易には分からない部分が、物語のメイン……主人公アムロの行く道のりにあまり関していなかったから、それにしても、世界に奥行きを作るというプラス面にのみ成ったのでは、と僕は……。
うー、粗探しみたいになっちゃうな。やらしー。悪口ばかりだけどZ好きなのよ。キャラクターだって、カミーユもヘンケンもカツも、その他の人達も。なんか皆病気っぽいのはマズイと思うよ……。画も音楽も声も好き好き。監督のことも。あ、シャアは旧作の最後に散っておいてくださいな。クワトロは嫌いじゃないがね、フフフ。
もう一度観たほうがよさそうね……。
…でも資料を必要だったり、何度も見ないと最低限のことさえも見えてこないというのは(ry

No title

絵の木さま

 私だって本文でいろいろ言っていますが、「Zガンダム」大好きですよw
 それに、40歳過ぎた今でも、見直すとさまざまな発見があります。年々歳々理解できることが多くなってきている感じがします。本文のように作品周辺事情は本ブログで書きましたが、本編についてはちゃんと触れてませんので、いずれ再見して、ブログで取り上げたい作品でもあります。その時は劇場版や「ZZ」も一緒に取り上げたいと考えております。

 楽しい議論、ありがとうございました。もしよろしければ今後とも当ブログに足をお運びくださいますよう、よろしくお願いいたします。

No title

こちらこそ、楽しく……ちゃんと議論の体をしているのかはナゾですが、互いに良い刺激を与え合っている気はします。シゲキ感激!……。
僕はこんなふうに話し合える機会がなかなか無いので、このブログを貴重に思うんです。
身近には長く話そうとすると途中で遮られてしまうし、こんなちょっとでも込み入る話題自体を敬遠されがちです。
聞いてもらえたにして幾度も「お前、何言ってンの?」という反応をされてきて……。
普段の会話でもそんな反応をとられるから、僕がおかしいのかしら。
ネット上でもこういったやりとりを嫌う人は多いですね。
ここでは、すぐ「長い。短くまとめろ」とか言われないので、ありがたいです。
インターネッツは便利だけれど、そこで多くの人は馴れ合いばかりをして、自分好みではない人を排除しようとすることも……。
僕はブログはやっていませんが、個人のブログの記事に対しても、「不愉快だ。やめろ」と言っちゃう人を頻繁に見かけます。
記事の内容への批判は大いに結構だと思うけど、ネット上に公開する文章は、あなた一人に対して書いてるわけじゃなくて、色んな人が見るのを想定して、大勢の人に向けて一般化して書く……。
それなのにネット上の文章を目にして、自分がすでに知ってる情報だからって、それだけで「つまらない」などと言い捨てる。その人と世界との間に、いろんな人がいるのに……文句をつけるだけなんです。
まともな相手にも「お前は頭がおかしい」と言うだけなら、誰でも簡単に出来ちゃうよ!理由を頂戴!
場合によっては「これを読むほかの人達が可哀想だろ!」とか言って……えっと、その人達に頼まれたんですか?っていう。
自分の意思で読んだのだろうに、「押し付けないで!」とか、何故そんなに被害者意識で生きているの……と思うんです。
例えるなら、テレビ番組に「俺にこんなものを見せるな!」とひたすら言う。チャンネルを変えるとか、テレビを消すとか、もっとやりようがあるってば……。
自分の行動に責任を持てない……自分を大切にできないから、邪魔に感じた人を理解しようとせず、ただ排除しようとするのかなぁ。
そんなふうに分からなくて、頭の中がグルグル、パーです。
Zと関係ない話になっちゃったな。おほほ。
是非これからも話し合いたい……それが僕でした。

No title

絵の木さま

 私としてはこういう議論めいたことをしてみたくって、ブログを始めたところがあります。もちろん批判もあるでしょうが、他人がどう思おうと、どんな意見を述べようと、それが他人にとって有益であろうがなかろうが、ブログは運営する個人のものですので、そのあたりは開き直ってやりたいこと、取り上げたい作品、語ってみたいことを堂々と書いていこうと思っています。

 絵の木さんのようにご意見をお寄せいただけるだけで、ブログやっててよかったと思えます。コメントいただく中には、誤字脱字を指摘される方もいらっしゃいます。それはそれでありがたく、そのたびに修正するわけですが、そんなヒドい記事でも読んでくださるだけでありがたいと思います。

 文書が長くなるのは、お互い様ですよ。私はこのころの記事でだいたい3,000字ほどですが、最近の記事はだいたい5,000字で、気軽に読むコラムとしては長すぎですw わかってはいるのですがそれでも書きたがりは治りません。これをもうちょと押さえて修正できれば、こうした文章のプロなんでしょうけれど、私にはその努力をするつもりもありません。だから1日のアクセス数は90人ほどで頭打ちなんでしょうけれどw

 コメントお寄せにならないまでも、当ブログにおいでくださるだけでありがたいですよ。絵の木さんのお眼鏡にかなう記事があれば、気が向いたときにでもコメントくださいれば幸いです。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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