おジャ魔女どれみドッカ~ン!#40「どれみと魔女をやめた魔女」

 このブログを立ち上げてすぐ、アニメ映画「時をかける少女」について、否定的な意見を書いている。さらっと見るにはいい映画であることは認めるが、映画としての情報の薄さや、主人公のバカさ加減にまったく思い入れができずに、その気持ちをそのまま書いたものだ。それ以降、後ろめたさなのか何なのか? 本作の監督である「細田守」監督という人が気になってしようがなかった。探してみると結構いろいろなところでインタビュー記事を見かけるようになっているし、この夏は「サマーウォーズ」が絶賛されていたため、細田監督に関する記事を読みあさることもできた。その過程で彼が「おジャ魔女どれみ」の1編を演出していることを知った。その物語は、「どれみ」という複数年続いたシリーズの中でもひときわ地味な話でありながら、いつものシリーズとは明らかに異なる妙味を持った作品で、私にとっても忘れ難い作品であった。今回はこの話をさせて貰いながら、あらためて「時かけ」にアプローチしてみたい。

 細田監督が演出を担当したのは、「おジャ魔女どれみドッカ~ン!」の第40話「どれみと魔女をやめた魔女」である。実は49話も担当しているのだが、それはとりあえず置いておく。もともと東映動画(現 東映アニメーション)に入社し、アニメの仕事を始めた細田監督である。本作は古巣にもどっての久しぶりの仕事だったようだ(細田氏は「デジモン」などの東映作品の演出も手がけている)。

 「おジャ魔女どれみドッカ~ン!」は1999年2月からスタートした「おジャ魔女どれみ」シリーズの4作目であり、テレビ放映版としては最終作にあたる(後に「~ナ・イ・ショ」というOVAシリーズが制作されている)。メインストーリーとしては、6年生になり魔女見習いであったどれみたち5人に、無理矢理魔法で成長したハナちゃんが、美空町を舞台に繰り広げる物語である。前作「も~っと~」において一度は魔女になる資格を手にしたどれみたちであったが、ハナちゃんの急成長したときの魔法のせいで、ハナちゃんの魔女資格が無くなってしまった。そこでハナちゃんの魔女資格を取り戻すために、どれみたちは4度目の修行に入ることになる。
 また同時進行で、魔女界の先々代の女王を助ける物語が平行する。先々代の女王は人間に裏切られた悲しみ故に、森に閉じこもり、6本の茨に囚われてしまっていた。魔女界の掟(人間界と魔女界の交流を絶つこと、人間に魔女の正体がばれたら魔女ガエルになってしまうことの2点)は先々代の女王の悲しみにより生まれたものである。同時に女王の悲しみの闇は人間界にも影響を及ぼすようになってくる。しかし女王の悲しみは深い。先々代の女王は人間と恋に落ち、人間界で長く暮らした人物であるが、長寿生命体である魔女に比べて、人間の寿命はあまりに短い。それゆえに魔女の深い情と悲しみが人間界を遠ざけたとも言える。人間界を救い、魔女界と人間界の交流を復活させたいと望むどれみたちは、先々代の女王の救出を試みる。どれみたちは女王の6人の孫に関する6つの幸せなアイテムを女王に捧げることで、女王の深い悲しみを癒していくことになる。

 本シリーズのメインテーマは「卒業」である。4年間ともに暮らした小学校の卒業を控え、物語のラストではMAHO堂からも卒業する。そしてどれみたちは「魔女」となれるかどうかの瀬戸際にいる。そんなころの物語である。
 ある日友人たちと別れて下校したどれみは、一人の不思議な人物に合う。その名は「佐倉未来」。ガラス工芸家である彼女は、引っ越してきたばかりの自宅をのぞき込んだどれみが「魔女」であることを見抜いてしまう。実は彼女も「魔女」だったからだ。そして常に世界を飛び回る未来と、ガラスの不思議な魅力に引き込まれるどれみは、いつものような人なつっこさを発揮して、すぐに未来と仲良しになってしまう。未来に町を案内するどれみ。高台から夕日を眺める二人。やがて不器用である自分に悩むどれみは、未来のもとでガラス器を作り始める。そんな中でどれみは未来の悲しみの一端を垣間見る。未来が宝箱と称した鏡台には、未来がこれまで出会ってきた友人の写真が、所狭しと貼られていた。だがそれは思い出ともに大事にしながら、別れてきた人の面影でもある。彼女にガラス工芸を教えた人物は、今の未来を昔の弟子の娘や孫だと思っているという。「魔女にはそんな生き方もある」という寂しげな表情の未来。飛び込んできたエアメールは、未来がふたたびこの地をさることを告げていた。どれみがやっと自分らしいコップを作り上げた時、未来はどれみに「魔女になって、いっしょに旅をしないか」と誘う。どれみはコップが完成する翌日まで答えを預けられる。「魔女」になること、「魔女」として生きることを、初めて真剣に悩むどれみ。約束の日、未来の家に駆けつけたどれみは、すでに未来がそこにいないことを知る。できあがったコップと「ごめんね。またどこかで会いましょう。」という手紙と共に。

 オープニング開けのファーストカットから、2方向に伸びた看板を提示し、どれみの行く道を暗示している。アニメ的な表現を探すなら、こうした暗示的なカットが見られるのも、本作の魅力である。また本作では「ガラス」の表現にこだわり抜いている。未来の自宅におかれているガラス器の色彩、どれみや未来がのぞきこむビー玉の中の映像など、CGなどで加工された映像表現は、実に細かい仕事ながら、インパクトのある映像表現となっている。ガラスは未来にとって悠久の時の流れを示し、普通の人間が知覚できないほどの変化があると言う。それは悠久の時を生きる魔女にとっての人間の生を示す、物語の重要なアイテムであるからだ。ガラスの中に希望と絶望を見いだす未来の言葉は、どれみにある変化をもたらすことになる。自分の不器用さに向き合おうと、ガラス器作りを始めるのだ。その中で未来はどれみに伝える。自分の力加減ひとつで、コップにもお皿にもなるガラスは、自分の未来であることを。未来はガラスをみつめるどれみに「あなたどうしたい?」と問いかける。それは目の前のガラスの話のようでいて、どれみが人間として生きるか、魔女として生きるかの選択を迫っている。幾度目かの失敗から、どれみはたった1つのコップを手にするわけだが、それはいくらでも広がる自分の人生でも、結局すべては手に入れられないことを暗示しているように見える。それは未来が自分のあり方に悩むどれみに与えた、1つの回答例だったのかもしれない。

 また未来の宝箱という鏡台に飾られた写真。これは未来の思い出のつまったアイテムだ。そこに張られた写真はたしかに思い出そのものではあるが、ふとここに張られた写真は、彼女の長い魔女生活を考えれば少ないのではないかと思い当たった。彼女は世界各国を点々としながら、人を遠ざけて暮らしていたのか。そんなことに想いをはせている内に、なんだか涙が止まらなくなった(40歳のおっさんなのに)。置き手紙をしてどれみの町をさった未来は、初めからどれみを連れ出すつもりなど、なかったかもしれない。でも魔女として生きることの本質をといかける。それはどれみ自身に魔女という存在に向き合ってほしかったからだろう。そしていずれにしてもどれみが未来の家に来ることは、織り込み済みである。だから彼女は去っていったのだ。そんなつきあい方しかできない、それが魔女なんだといいたげに。

 この回は、おジャ魔女たちがほとんど顔をださない。ましてやいつものようにお着替えもしなければ、マジカルステージもない。ということはバンクフィルムを使用していないから、作画はすべて書き起こしていることになる。そしてキャラクターデザイン担当が、作画監督を務めている。こうした裏事情から考えても、この話がかなり特殊な位置づけであることが伺える。「フリースタイル Vol.7 2007 SUMMER」の特集記事におけるインタビューによれば、これを演出した当時の細田監督は、この直前にあのスタジオジブリに出向し、「ハウルの動く城」の企画を準備していたが、企画が一度ダメになったようで、かなり落ち込んでいたという。本作は気分転換につくったと語っている。自身が語っているように、「ハウルと動く城」と本作は地続きの物語であるという(未見のため、言及できません。すんません)。

 この話は後に「時をかける少女」を監督した細田氏にとって、「時かけ」のプレ作品のような受け取られ方をされている。それは本作の最重要人物である「佐倉未来」役に原田知世を当てているせいかもしれない。だが過去ログで私が書いたように、「時かけ」が主人公たちの「青春」を描くにあたって、どうしても突っ込みたりない部分が目立つし、そのために情緒的に見えていいはずのシーンにも、情報的な充足感が足りないために、感動すべき部分で感動できなかった。それが本作においては「魔女」というキーワードがすでに内在されていたにしろ、町の情景にありふれたガラスの演出さえにもこだわりながら、情緒的に描けてなお、これだけの情報量いれこんで泣けるシーンを作れているだけに、「時かけ」が残念でならないと思うのだ。

 また「魔女がもつ時間」という概念は、「時かけ」の「時間」に通じる考えがあるのかもしれないが、悠久の時を得た魔女・未来と、劇中主人公の真琴から「魔女おばさん」と呼ばれた「芳山和美」が重なって見えていることは確かだ。だが未来が大事にしている思い出という名の「過去」の記憶を大切に思っていることと、和美が未来に待っている思い人に会えるであろう切なさと喜びのないまぜになってる想いの記憶、そして真琴が取り返せないことを思い知った今という「時間」の重さは、それぞれがまったくの別物である。そこに通底する自分に想いを寄せてくれた男性の存在があったにしても、過去を見ている未来、現在を見ている真琴、未来を見つめる和美のそれぞれの視線は、異なるものであることがわかるだろう。私自身もなんとなく同列に見ていたこの2作品であったが、その実はまったく別物であったのだ。

 余談であるが、この物語が収録されているDVDを頭から鑑賞した。38話にはどれみの仲間のあいこの父親の再婚話と、結局母親とは離れて暮らすことになる哀しい現実のお話だし、39話は先々代の女王の孫にまつわるお話であり、双方とても涙腺がゆるんで、だいぶ困った。だが40話である本作については、切ない思いが胸を締め付けるだけで、泣けはしなかった。シリーズが終盤を迎えている段階での泣かせの演出が、脚本レベルで盛り上げっている頃だし、ただでさえ「親子もの」ときては、否が応でも涙腺を直撃する。だがもっとも感動したのは40話の本作である。しかもこれだけの作品がわずか20数分程度。「時かけ」がむしろ冗長に感じてしまうのに、情報量の薄さを感じていたのに対して、こちらはむしろ1時間ほども作品を見た気にさせる内容だ。その上、初見の時同様、これを見た子供は一生忘れないだろうなと思わせる話であったのは確かだ。シリーズの中でも特殊な位置にある本作は、「時かけ」とはまったく別ものとしてお楽しみいただければと願う。むしろ「時かけ」のフィルターで見てしまうと、かなりもったいない作品であると思うのだ。


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未来さんがおジャ魔女どれみ16の重要な複線

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波のまにまに☆

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