ウルトラマンネクサス~その1・贖罪としてのウルトラマン~

 ウルトラマンは「光」である。それは危機に見舞われた人類を照らす「光」であり、闇に押しつぶされそうになる人間の心の闇を照らす「光」である。そして「ウルトラマンティガ」以降のウルトラマンは、具体的な「光」の存在であり、物理的な「光」と人間の「光」が、そのままウルトラマンを助けるエネルギーとなる。光=ウルトラマンであり、光はウルトラマンに力を与える存在なのである。

 ウルトラマンが人間のかたわらにある続けるために、ウルトラマンは人間の形をとる。ハヤタはウルトラマンと同化した。セブンは勇敢な人間の姿を借りた。帰ってきたウルトラマンも郷秀樹に同化したし、エースもタロウもそうだ。人間と同化することにより、ウルトラマンは人間の内面を知る。人間の心の闇と光を知ることになる。ウルトラマンは人間の中に光を見つけることにより、ウルトラマンは人間と同化していられるのかもしれない。人間と同化せず、人間の姿を借りるタイプのウルトラマン(セブン、レオ、80)は、人間の姿で人間の中に紛れることで、人間の本質を知る。近作「ウルトラマンメビウス」は、まさにメビウスが市井に紛れて人間を知るウルトラマンの成長の物語であった。

 どうしてこんな基本的な話をしたかというと、今回取り上げるウルトラマンの物語は、ドラマ的なカタルシスを排除し、どこまでも深い奈落に落ちるような物語でありながら、ウルトラマンという存在の核心を突いていたことがわかる話だったからだ。その作品は「ウルトラマンネクサス」である。
 「ウルトラマンネクサス」は2004年10月から翌年の6月まで放送された作品だ。全37話という短命で終わったシリーズではある。それは重く暗い雰囲気と、人間の意志によりウルトラマンの受容体としての人間たちが、ウルトラマンを受け継いでいく物語や、欲望の果てに悪のウルトラマンに取り込まれた人間などが登場する物語である。そうした深い陰影をもったキャラクターが交錯するのだが、そこに現れるドラマは人間同士ですら互いに信じ合えないような、油断も隙もない物語である。

 本作の主人公である孤門は、レスキュー隊員から特殊防衛機関TILTのエリート部隊「ナイトレイダー」の一員となる。それから孤門は、スペースビーストと呼ばれる謎の生物に脅かされた人類を守る仕事につく。そしてナイトレイダーとは別にビーストと戦う光の巨神がいた。それがウルトラマンである。初めは先輩隊員と対立する孤門だが、副隊長の凪との関係も、良好になっていく。しかしその一方で、暗躍するダークメフィストである溝呂木により、孤門は恋人のリコを失う。苛烈になるビーストやダークメフィストとの戦いで、しだいに傷つくウルトラマンは、その能力を十分に発揮できなくなるほどだ。そして孤門は戦いの最中、ウルトラマンとなる人間の正体を知る。それはかつて戦場カメラマンとして活躍した姫矢准という男だった。彼は自分の目の前で死んでしまった少女の影におびえるように世界を放浪したあげく、偶然ウルトラマンと接触、少女への贖罪としてウルトラマンとしてビーストとの戦いに身を投じていたのだ。しかし溝呂木の奸計にはまり、ウルトラマンはその力を奪われる。ナイトレイダーが救出を試みそれが成功するも、ウルトラマンは溝呂木の正体であるダークファウストとの激戦に勝利する。だがそのあとに、姫矢の姿はなかった・・・・・というのが、いわゆる「姫矢編」と呼ばれる前半の物語である。

 それにしても見事なまでに全編暗くて重苦しい。こんなもの休日の朝に見るなんて、どんな酔狂な特撮マニアでも、心が折れるだろう。しかも本来の主人公であるはずの姫矢は主人公ではなく、あくまで孤門が主人公である。その理由がまったくわからないまま物語は進むのであるが、孤門の恋人リコが、溝呂木に利用されてウルトラマンやナイトレイダーと対立し、あまつさえ孤門の面前でリコが死亡するにおよび、いずれ孤門は姫矢からウルトラマンを受け継ぐものだと思っていたのだが、なぜか姫矢編のラストでも、孤門はウルトラマンになれずじまいである。まったくもってこちらの思うような展開を裏切り続けてくれる作品だった。私は放送当時、陰鬱な物語や孤門と不協和音を鳴らす凪、しかもウルトラマンを味方であると認識しない凪の存在などがどうにも納得できず、一度ならず視聴をやめていたのだ。だが取りためていた映像を見るにつけ、そうした不快感をもよおす諸々の事情が解消され、ダークメフィストとの対決が迫ると、俄然注目しだした記憶がある。

 さて暗さの問題は孤門の話だけではない。ウルトラマンという栄誉にある姫矢准にも、大きな問題がある。彼がウルトラマンになった理由は、かなり後ろ向きな理由だ。それも贖罪という理由だ。かってこんな後ろ向きな理由でウルトラマンになった奴などいない。それはこの作品が目指した1つの方向性だった。だが、そうした暗く鬱々とした方向性のドラマに、本来の視聴者である子供たちがついて行けず、そっぽを向かれたために視聴率的に苦戦を強いられた事実は隠しようもない。

 ところがである。この鬱々とした事情にこそ、ウルトラマンというキャラクターがもつ本来の姿が浮き彫りにされるのである。
 先に示したように、ウルトラマンとは「光」の存在だ。ウルトラマンが姫矢を選んだのは、偶然ではない。あくまで姫矢という人間性に垣間見える「光」に反応したのである。だが姫矢は、その力の行使の目的を「贖罪」としてしまった。それは従来のウルトラマンでは選択しない理由だったろう。姫矢の心に中にあるもの、それは心象風景として本編中にも現れたカメラマンとして従軍した戦場の悲惨な風景であり、同時に助けるべきであったのに助けられなかった少女への償いの気持ちだ。しかも姫矢はウルトラマン力を得ながら、戦うたびに消耗していく。そして彼は眠りにつく間も、少女が殺された場面を夢に見るのだ。そうした贖罪の気持ちはどんどん増幅されて、姫矢の行動原理そのものになる。しかし贖罪の気持ちははたして「光」の領分だろうか? 答えは否だ。姫矢の消耗ぶりはまさにそれを象徴としている。本来「光」であるウルトラマンは、ある意味で外来からの物理的精神的な光が、その力の源にある。初代ウルトラマンやエース、ティガなど、人間が応援することでパワーアップを果たし、幾多の激戦を制してきている。それは人間の光を受け、それをさらなる触媒として力に変える事ができるウルトラマンならではである(昭和仮面ライダーだと、単に根性論となる)。ところが姫矢は、自らの贖罪の気持ち故に、自分自身が光を発生することができない存在なのだ。そしてウルトラマンとなっても、人間の希望がなく、ナイトレイダーはビーストと同列に見なすという状況下では、ウルトラマンがパワーを得る状況になりにくい。それが姫矢の命を削る結果になったのだ。姫矢とは自分の目的のためにウルトラマンと同化したのだが、自分の罪への言及故に、ウルトラマンとは相容れない存在だったにも係わらず、ウルトラマンの力を欲してしまった人間として描かれていることになる。

 ウルトラマンという存在を考えるにあたり、以前「人間ウルトラマン」という側面について考えてみたが、今回は「贖罪」の力としてのウルトラマンに注目してみた。それは作品の雰囲気から想像する以上に、ウルトラマンという「光」の属性の存在を浮き彫りにすることになった。今回はあくまで「ネクサス」という物語の前半のみを主題としたが、後半では千樹憐という人間が、人間の生について問いただす物語を展開する。これもまたウルトラマンという存在を研究するのに、面白い素材であるので、いずれ改めて検討してみたい。

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