空の境界第二章 殺人考察(前)~死の空虚感と孤独~

 承前(申し訳ありませんが、以下の過去ログをご覧いただいてから、お読みください)
http://naminomanima2.blog78.fc2.com/blog-entry-116.html

 前章「俯瞰風景」の続編でありながら、実は前日談という内容。しかも主人公・両儀式が「俯瞰風景」に登場する「式」になる前の彼女の姿であり、同時に黒桐幹也と式が出会う話でもある。
 物語は1995年(「俯瞰風景」の3年前に相当)に始まる。まだ雪が降り積もるころに幹也は式に出会い、彼女に惹かれていく。幹也が高校に進学すると、始業式で式を見つけ、積極的に彼女に関わろうとする。式はその時点ですでに他人を遠ざけるタイプであったが、積極的な幹也に態度を軟化させるようになる。
 そのころ、彼らが住む街では、連続猟奇殺人事件が発生する。複数人の死体が転がり、ある者は真っ二つに、あるものは手足を切り取られたり、ある者は顔を中心に卍型に手足を組み合わされている。それは幹也が指摘するように、徐々に複雑さをました猟奇さであった。
 幹也はある日、式から誘われるままに街に遊びに出かける。だがそれは式の体内に潜む別人格「識(しき)」であったのだ。男性言葉で幹也に話しかける識。その人格は彼女の「破壊衝動」としての人格であった。そして最近「式」と「識」の考え方にズレが生じてきたことを幹也に告白するのであった。
 季節が進み、さらに拒絶の度を深める式は、夕暮れの教室の中で幹也に語る。式の中の二つの人格に大きなひずみが生じ始めており、「式」は「識」を抑制できなくなりつつあるという。また「式(識)」の殺人の定義は、「識」を表に出そうとする者を殺し、ひいては「識」そのものを殺したいということらしい。それでも積極的に式に関わろうとする幹也にいらだつ式は「いつか幹也を殺す」と言って拒絶してしまう。その拒絶の中で、幹也は自分は式を好きになってしまったことを自覚する。
 刑事であり連続猟奇殺人事件の担当者である幹也の親戚から、6人目の死体が発見された際、犯人が被害者に傷つけられたことを幹也は知る。被害者の爪に残った皮膚や血液から、いずれ犯人が判明する可能性が高いらしい。幹也は昼間に式の腕に包帯が巻かれていることを思い出し、両儀家を訪れる。しかし式は自宅にいない。だが引き返した道すがら、竹林の中で血まみれの死体の傍らでたたずむ式の姿を発見する。
 次の日から式の家を張り込む幹也。それは好きな彼女の無実を信じるが故の行為だった。そう、幹也は式が死体の横に立っているところを見ただけで、彼女が殺している現場を見たのではないからだ。再び夕焼けの教室で語り合う二人。式は自分が殺人者だと言うが、幹也は絶対に信じないという。恣意は幹也に問いかける。「絶対って何? お前に私の何が理解できるのか、何を信じられるのか」と。幹也は式を好きだから信じるという。その言葉に式はただ背を向け出て行くだけだった。
 雨の夜、式の家を訪れた幹也に、赤い和服を着た式がナイフをもって襲いかかる。追い詰められ公道にでて倒れ込む幹也に、式がのしかかり幹也の首にナイフをあてる。雨に濡れて泣いたような表情の式は、「わたしはお前を殺したい」という。そして・・・・時は流れる。入院した式の見舞いにいく幹也は、彼女を見舞いながら放課後の教室での会話を思い出し、自分を押し殺して過ごしてきた式を思いやる幹也であった。ベッドの上にはただ目覚めない式の姿があるだけだ。

 さて、この物語の最後で、初めて荒耶宗蓮が声のみで登場し、これ以降の物語の行く先を暗示する。それはこれから式が出会う仕組まれた人々のことだ。これにより本作があくまで連続物語の序章を示したに過ぎないことを説明している。だがこの作品単品だけを映画として見た場合、非常に説明不足であるし、この物語があくまで式と幹也のボーイ・ミーツ・ガールの物語でしかないことになる。
 もし私がこの作品だけを単品で見るとしたら、たぶんこのシリーズを見続けることはなかったろう。本作の原作を愛している人にはまったく関係ないことだろうが、この物語では完結している部分が皆無であるからだ。これ以降「式」は「識」という人格を失ってしまうし、まだ式は食べ物を口にしている。「俯瞰風景」で登場した義体の腕も登場しないし、なにせ劇中の連続猟奇殺人事件の犯人すら明確でない。先に欠点だけをあげつらっておくと、幹也が式に一目惚れする理由がまったく理解しづらい。雪の中にたたずむはかなげな少女というヴィジュアルなのだが、それを素直に受け取ることもままならないのだ。最大の欠点は、死体に寄り添う式のヴィジュアルだろう。画面上式は「血」に対して執着しているように見えるのだが、それは「死」よりもむしろ人間の「生」の部分に執着しているように見えてしまうのだ。死体に寄り添う式の絵は、幹也を含めて3回登場するが、被害者の死後直接的に流れ出る血をなめとるように指でこねくり回す式を見ていると、「破壊衝動」よりもむしろ「血」に反応しているように見えてしまう。これが原作に準拠しているのかどうか判別できないのは、まだ原作を読んでいないからだが、「破壊衝動」ならば死体そのものに反応するのではなかろうか? 血では破壊衝動は充足できない。だからこそ、それ以前に式が殺人を犯した可能性が指摘できるのであるが、なんともちぐはぐなイメージだ。

 式(あるいは識)と幹矢の会話はまったく動かない映像ながら、非常にスリリングに仕上がっている。もう少し式がいらだちの演技(絵としての)ができていれば、申し分ないのだが。けれどここで繰り返される式が抱えた「孤独」については、かなり不思議な感覚を覚える。ここでは式の中に存在する別人格が、「自分がいることで紛らわせながら、式は孤独だ」と言っている。互いにその存在を知りながら、式は識の人格に満足していないようなのだ。しかも式が孤独な理由は、自分の中の「破壊衝動を持つ別人格の異常性」故なのだ。式は識の存在故に、孤独を抱え込んでいることになる。だがその「識」を形成したのは「式」の抑圧された感情のせいだ。劇中やんわりとしか描かれていないのだが、「式」が両儀家の次期頭首であり、そのために兄弟との軋轢や父親からの期待を一身に背負っているらしい。しかも式は父親と真剣で切り結ぶような激しい特訓をしている。これらの映像が意味するところは、それらのすべてが式に重圧をかけていることになる。この映像は「俯瞰風景」の世捨て人のような式とは明らかにことなるパーソナリティであり、両儀家と式の関係が、もう一つの物語の見所である可能性も見え隠れする。だが再整理してみると、家系の重圧ゆえに、式は識を作り出し、識の存在故に人を遠ざけ、自分に近寄る人間を疎ましく思うということだ。まさに自己完結型の負のスパイラルである。だから外側に対して破壊衝動が現れる。

 ええと、冗談じゃない。

 身近な例で考えてみる。ハイティーンの頃、自分と他人とをわかつ境界としてのアイデンティティはうまく確立できていないだろう、だから過剰に反応すると他人が幼く見えたり、他人事がばからしく見えたりして、自分があらゆる者に対して優位に立っていると誤解することがある。そして自分が他人と違う人種であると思い込み、他人を遠ざける行動をとる。だれしもが感じる感情であるし、一度は経験することではないだろうか? 式の行動の根幹にあるのは、これと同じような感情である。それを別人格を作り上げて依存しているだけなのだ。もし式が他人を遠ざける理由を理解できるというならば、単なる思い込みでしかない。式は自分を理解することで精一杯であり、自分が他人と同列の悩みを抱えていることになんか気づこうともしない。しかも幹也がそばにいるというだけで、そこにも依存して、殺すことで自分の感情の発露を抑制しようとした。逆に自分が嫌いになり、自分を消してしまいたくなるような感情がわき上がることもあるだろう。その反応すら過敏すぎるのだ。自己完結しているはずの擬似的な孤独感にさいなまれ、自分の充足のために他人の犠牲を強いるヒロインって、果たしてどうなんだろうか? 

 もう一つの本作のテーマだと読み取った「死」であるが、本編中7人の犠牲者をだしている。何体かは死体の様子が描かれており、式が死体の傍らにたたずむ様子も描かれている。だが幹也の親戚の刑事の言葉だけで語られたりする「死」の情報を聞いている限り、幹也同様に、なんの興味もわいてこない、ましてやこの殺人が動機無き殺人であったっとするなら、死体の連続性も無意味だし、死体の状況すら「猟奇的」を表現するためだけに設定された代物だ。ただこの猟奇的な部分が、式の心の訴えだとしたら、あのマークは、卍の意味は簡単に消失してしまう。つまることこの時点でも式の殺人の真意は疑わしいのだ。
 やはりきな臭い感じがしてきた。この物語の必然として登場した「死」を表現するだけの死体は、「死」そのものには興味がないことになる。本作だけを取り上げるなら、またも「死」という状況と情報だけが、エキセントリックに扱われる結果となっている。あまりに空虚だ。先述のように流された血にのみ、式は反応しているように見える。それは式が「死」の中にも「生」を感じようとしているからではないのか? この物語で唯一読み取れることがあるとすれば、それぐらいなのだが。

 映画として、一つの物語として完結していない。それはタイトルからも容易に想像がつく。だからといってなんのカタルシスもわいてこない作りをした物語には、やはり感情もわきづらい。それは「原作通り」を標榜する意味では正しい選択だったかも知れないのだが、説明不足にも程があるし、最悪のボーイ・ミーツ・ガールであることも原因だろう。ヒロインが主人公を殺そうとするにしたって、「化物語」の戦場ヶ原ひたぎのように、「傷つけたいほど愛してる」という情感ともほど遠い。
 本作の原作が書かれた1995年あたりは、まさに「エヴァンゲリオン」が絶頂期だったころだ。この作品はエキセントリックな部分をもった作品であり、14歳という年齢の主人公の自我のもろさが、作品自体のテーマとして貫かれていたことが原因である。14歳の少年が見た人の死がどんなものか、そして他人の命の重さがどんなものかを、シンジが身をもって体験するところが、テレビ版のクライマックスとなる。そして「死」の先にある「魂の救済」という想像を絵に託す形で、今を生きることを問おうとした作品が旧劇場版であったと理解している。それが監督に由来する独善であったとしても、それが個人の思考の結果であるという落としどころも含めて、作品世界で見せたえげつない大人の傲慢なジェノサイドも許容できたのだ。だが「空の境界」という作品で描かれた「死」には、今のところ救済の部分がない。あるのは「死」という情報だけなのだ。物語はまだ続く。これ以降の物語ではたしてこの空虚な死生観が、なんらかの答えを見つけることができるのかどうか。

追記
 独立した1本の映画として見るなら、まったくの失敗作である。それがファンむけに作られたものとし、制作者がそれに甘えてるいのなら、「映画」という娯楽に対して、今一度再考してもらいたいところである。また本作で示される重苦しい雰囲気から、この作品を腫れ物をさわるようにしか取り扱えないアニメ誌にも問題がある。「美少女アニメ」という枠では、この作品のテーマ性について触れようがない。「アニメージュ・オリジナル」にしてその程度の扱いでなのでは、まったく歯がゆいばかりだ。

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コメント

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No title

今回も非常に興味深く読ませていただきました
特に「死」の中に「生」を感じようとしている、というのは式というキャラクターに対して鋭い分析であると思います


一本の映画として作りがまずい、というのはまったくその通りとしか言えないのですが
スタッフのために弁明するならばこの話に関してはこう作らざるをえなかった部分があります

以前にああいうことを書いておいて原作の話を持ち出すのはなんなのですが
「殺人考察(後)」が章をはるか隔てて最後に置かれているように、この原作自体が小説としては構成が歪です
しかもご覧になってお気付きかと思いますが、この話意図的にシーンがあちこち切り欠いてあります
その欠落を他の章に回して、ねじってつなげていくような構成のために
「まとも」に作ろうとすると連鎖的に他の章にも手を入れざるをえなくなってしまいます

それにけしてスタッフもただ愚直に原作どおりとやっているわけではなく
前章の「俯瞰風景」に関しては原作ではこの章の中ですら時系列をシャッフルするようなことをしているのですが
劇場版ではそこは整理して、視聴者のひっかかりとなる部分を原作より減らしています

まずそもそも連作短編というわけでもない小説を章ごとぶつ切りで、
しかも元は同人小説でそれが含む粗まで取り除かずに映像化していることが間違っている、と言われれば
それまでの話ではあるのですが…

No title

>エイシトさま
 コメントありがとうございます。
 第2章の映画が意図して断片的であるのは、理解してるつもりです。でも私はこの続きが見たい。文章自体はまったくエールになっていなかった反省点はありますが、次回以降の展開が気になることは確かです。他のサイトを見ると、原作の文章の稚拙さを指摘しているものがありますが、それでもサブカル世界で話題となったこの作品がどういうものなのか、興味は尽きません。私自身、このブログで「空の境界」をとりあげることに、不安があります。このように過分なコメントをいただけて、幸いです。できるならば今後ともおつきあいいただけますよう、よろしくお願いいたします。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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