ウルトラマンマックス~その2 コラージュとしての価値~

 前々回の結びにおいて、登場した怪獣たちや物語の魅力をお伝えする旨を書き残したのであるが、これがどうにもままならないまま日々が過ぎた。これは逆にその理由を正直に申し上げた方がいいような気がするので、私が考えた、その魅力の有無に関する問題点を挙げて、ウルトラマンマックスの章の終わりとしたい。いささか残念な文章になると思うのだが、お付き合い願えれば幸いである。

 マックス登場の怪獣の特徴は、ひとえに過去の人気怪獣と新規怪獣のごちゃ混ぜである。エレキングやピット星人、レッドキングやバルタン星人に及ぶまで、そのキャラクターはすでに「そこにあるもの」として確立しており、いまさらキャラクターを負荷する必要がないほどの認知度をほこっている。それにレッドキングには「爆発性の岩を吐く」能力や、「地球侵略をしない」メトロン星人など、この物語において負荷された能力を有して再登場するのである。これはいい。メトロン星人が再登場した第24話「狙われない街」という物語は、ウルトラセブン第8話「狙われた街」の正式な後日談であり、実相寺昭雄監督作品である。しかしそこに登場したメトロン星人は、人間に命を救われ、あまつさえ人間と友好をかわした宇宙人として描かれ、どうにも気が抜けている。その上、地球人はすでに滅びの道を勝手に歩んでいるとの考えを示し、マックスと戦う事もしないのである。
 また33、34話に登場したバルタン星人についても、「ウルトラマンコスモス ファーストコンタクト」同様に、2派に別れたバルタン星人の一派が、地球侵略を目論むと同時に、もう一派が侵略を阻止しようとする話に、親和派のバルタンと地球の子供たちがふれあう情景をからめた2話構成の物語である。だが、先の映画同様にバルタン星人を殺すことなく、改心させる方向に話を作るに当たり、「コスモス」との親和性や、むしろ「コスモス」への意趣返しに感じてしまう。これを先に見た子供たちが、原典であるウルトラマン第2話「侵略者をうて」を観たら、なんだかウルトラマンが非道なことをしているように写らないか、心配ですらある。

 前々回、ウルトラマンマックスという物語そのものは、各話を担当する監督や脚本家の意趣意向が強く反映しているため、そのバラエティさが本作の売りであると書いた。それは本作の魅力ではあるのだが、同時に旧作との関連性も無視された、ひどく個人的なオマージュにも見えてしまう欠点もある。それを旧来のファンからは改悪だとされることもあるだろうし、その意趣返しこそがマックスの味だともいうだろう。だがどことなくそれらがぎこちなく感じてしまう理由そのものは、たんなる統一感の無さにある。メトロン星人は、セブンに登場した後で、その「Jr.」が「ウルトラマンA」で地球を侵略するのである。バルタン星人は、コスモスに登場する以前まで、あくなき侵略を企てては、地球に滞在するウルトラマンに撃退されていたではないか。バルタン星人をキャラクターとして深く掘り下げるよりも、ウルトラ一族と永遠のライバルであるバルタン星人のほうが、まだしもなじむのではないかと思うのだが。

 その一方で、新規に作られた怪獣にも覇気がない。宇宙工作員であったケルスやケサムなど、人間体で登場した上で、さらに巨大化後の造詣もそれらしいものがあるかと思えば、ナツノメリュウやヘイレン、モエタランガなど、どうにも昔の怪獣デザインの焼き直し感が漂うものがいる。昔の怪獣に比べて記憶に残りにくいのが、最近の怪獣の特徴であるが、これでは「大怪獣バトル」にも出してもらえなさそうな連中ばかりである。さらに問題なのは、それらの怪獣が登場する物語が、原典にある物語まで想起させてしまうにおよび、これまたたんなるオマージュになってしまうのである。

 その端的な例が最終回だろう。ここではかっての「史上最大の侵略」をイメージさせるほどの物語である。要約すると地底文明が地上を滅ぼし、とって変わろうとするための作戦が発動され、マックスも弱点を突かれて、絶体絶命となってしまうところに、地球人との連携により復活したマックスの活躍で、地球の危機は回避されるという物語である。
 このストーリー自体がすでに新味がないのであるが、問題なのはこれもかってのシリーズにあるモチーフのコラージュでできている点だ。それと気づかせないで作られているならまだしも、地底からの侵略はセブンの最終回だし、マックスがエネルギーを無くして、地球人側の作戦により賦活するくだりは、セブンの「セブン暗殺計画」やティガの最終回やガイアの最終回であろう。しかも地底の文明などといえば、ティガのルルイエなどが思い起こされる。こうしたコラージュになんの新味があるのだろうか。またカイトとミズキのラブロマンスの部分も、ティガのそれを考えれば、けっして新しくは写らないだろう。たとえそこに見いだされる感動があったとしても、はたして作り手側の意識になにが潜んでいたのか? それは関連書籍にあるスタッフインタビューを観ればわかるとおり、原典に対する意趣返しである。つまるところ、スタッフは本作で新しいことをやろうという気持ちは、ほとんど無かったって事だ。これまでにできたやり方で、何が視聴者に受け入れられたかを確認し、それを再現してみせて、実証見聞をおこなったということか。そう考えると、次作「ウルトラマンメビウス」という作品が、かってのシリーズを俯瞰し、すべてを「あり」だと認識できる懐の広い作品作りにはつながらなかったのである。

 そう考えを進めると、たしかに「マックス」という作品自体は、「メビウス」のための布石だったと考えられる。その布石はおおいに受け入れらたし、メビウスの世界はすべてのウルトラシリーズを肯定できる作品となり、時間軸云々という知識を超えるつながりをもつ作品として成長したのである。結果的に私は、「メビウス」という作品を生み出したことの1点のみを評価する結果となってしまったが、マックスという作品の半分は、オマージュやコラージュでできている。それはかつてのウルトラシリーズを、作品ではなく素材として割り切ったところに面白さがあるのかも知れない。逆にそこに落とし込んでいくための土台としてのマックスという物語を考えると、新旧の血が混ざり合うことで、良い部分と悪い部分の分離にも成功しているし、そこから何を抽出するべきかの方向性を示している。「ネクサス」「マックス」という流れとして「メビウス」を観て3作品を俯瞰することで、過程としてのマックスの存在価値が浮かび上がる。いささか消極的だが、それも本作の価値と言っていいだろう。

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