東京ラブストーリー~言葉の重さ、行為の重さ~

 サイト「WEBアニメスタイル」の編集長・小黒祐一郎氏が、同サイトに毎日掲載しているコラム、「アニメ様365日」が好きで、毎日覗いている(http://www.style.fm/as/index.shtml)。一昨日と昨日の内容はOVA「メガゾーン23」を取り上げていた。この作品、もともと「超時空要塞マクロス」を作ったスタッフが中心となり製作されたOVAで、マクロス同様箱庭宇宙船の中でそれと知らず暮らしてきた若者たちが、政府に反旗を翻して戦いを挑むも敗れてしまうという物語であり、人気を博した故に続編まで製作された作品である。この作品の特徴の中に、OVA故の自由奔放さがあり、80年代におけるハイティーン以上の若者の、性に対するお気楽さや軽さが部分的に表現されていた。コラムではこの描写は行為にいたるまでの台詞回しに、小黒氏が違和感を覚え、なおかつ視聴者へのインパクトを狙ったのではないかと推察している。これを見ていて思い当たったことがある。それを言われてどきっとした瞬間の鼓動を思い出した気がした。それがテレビドラマ「東京ラブストーリー」である。

 またもやアニメや特撮作品ではないではないかと言われるかも知れない。そういったお言葉にはまたもやご容赦願うしかない。わがままですいません。
 「東京ラブストーリー」は1988年に「ビッグコミックスピリッツ」誌での連載が開始。ドラマは1991年1月から3月に全11話が放送された作品である。ドラマ版は織田裕二や鈴木保奈美など若手俳優が主要キャラクターを演じ、脚本を坂元裕二氏(最近の作品としては「西遊記」など)が担当したことで、原作以上にナイーブで繊細な男女の物語が展開された。小田和正の歌う主題歌も大ヒットし、ラストエピソードの舞台になった廃校がロケ地巡礼として話題になったことも懐かしい話である。ドラマ版は原作とは異なるアレンジがなされている。特に原作では主人公であった赤名リカの立ち位置は、かなり変更がなされている。以降の話はドラマ版を中心としてお話する。

 物語は四国・愛媛より新社会人として東京のハートスポーツに就職した永尾完治(演 織田裕二)が、先輩社員の赤名リカ(演 鈴木保奈美)と出会うところからスタートする。東京での生活に不安にさいなまれる永尾を勇気づけたり、商品キャンペーンの打ち合わせで食事をともにしたりするうちに、次第に仲良くなっていく二人であるが、永尾の気がかりは、高校時代の友人である三上健一(演 江口洋介)と思い人関口さとみ(演 有森也実)のことである。同窓会での再会をへて、さらに親密になろうとする永尾とさとみであったが、リカや三上の横やりでなかなかうまく切り出せない。一つの仕事を終えて、3人で待ち合わせした場所に向かう永尾とリカが見たものは、三上とさとみのキスシーンであった。そこから走り出す永尾とリカ。やがて立ち止まった公園でリカは、やるせない気持ちの永尾の気持ちを思いやる。そしてリカは自ら口にする。「好きだ」と。

 ここまでが1話である。記憶が確かなら、この回はスペシャル扱いで少しだけ放送時間が長かった記憶がある。1991年の1月7日のことである。私はこの1話を見て背筋が震えるのを覚えた。私はこのとき1年の浪人生活を経て大学に進学していたのだが、このドラマを見ていたのがもう2年早かったら、私は大学進学をせず、映像関係の専門学校に通っていたのではないだろうか。それほどまでに衝撃を受けたのだ。
 その理由は当時自分の身におこった失恋の記憶もさることながら、このドラマがそれまでの浮ついた雰囲気のいわゆるトレンディードラマとは異なるベクトルで作られた作品だった気がしたからなのだ。それは主要キャラクター4人の生活空間。特に自分部屋の地味さだったろう。三上の部屋が高級マンションだったりした以外は、どの部屋も地味であり、特にさとみの部屋の地味さ加減は、それまでのトレンディードラマに出てくる部屋の比ではない。私の実感の中ではこのドラマが放送した瞬間に、トレンディードラマは終焉を迎えたのである。それは同時に人間同士の気持ちのぶつかり合いは、決してよい結果をもたらすとは限らない現実を思い知らされ、きれいごとと軽薄さが売りのドラマではないドラマが見られることに、心地よさを感じた。このあたり上手く言葉にできなくてもどかしいのであるが、人から愛されるために努力するのは無駄じゃないのであるが、またそれが報われることも多くはないこと、どうにもできないほどの思い同士をぶつけあっても、良い結果だけが得られるわけではないことなど、現実にありそうな男女間の軋轢のしんどさも重さも、自分に理解ができるレベルに受け止められたことが、心地良かったんだと思う。1話の交差点の反対側で展開された2つのドラマ、三上とさとみの後悔にも似た恋愛のスタートと、それを遠くで見つめるだけの永尾の傷心とそれを思いやるリカのドラマには、あまりにも感情移入しすぎて涙が出た。特に三上とさとみのキスに永尾が気づく瞬間のシーンで、本当に自分の息が止まり、次の瞬間涙が流れるのを止められなかったのだ。

 こうして三上はなし崩しにさとみとつきあい始める。それはさとみにとっては一瞬の幸福であり、浮気を重ねる三上を考えれば、長くしんどい日々だったろう。その反対に傷心の永尾はさとみへの思いを振り切ることができないまま、日々を過ごす。それは仕事という日常に埋没することで傷心を癒そうとする、ありがちな展開ではあるのだが、それを元気づけていたリカは、「永尾が好き」の気持ちをそのままに走らせる。永尾の先輩社員渡辺(演 中山秀征)が腰の軽いリカと付き合う永尾をバカにしたといって、リカが渡辺を張り倒したのである。その顛末を和賀部長(演 西岡徳馬)から聞いた永尾は、リカの気持ちに気づくことになる。そして迎えた3話のラストシーン。渡辺との顛末で気まずい雰囲気の二人は、またしても公園で見つめ合う。永尾に慰めてと甘えるリカは、さとみにまだ気持ちが残っているのを知りながら誘うのである。「ねえ、セックスしよ」と。

 4話のラストでようやく結ばれる二人ではあるが、それは三上とさとみの中を認めることであり、自分の気持ちに無理矢理整理をつけた永尾の決断が描かれている。そう二人はまるで愛のないセックスから始まったのである。この3話ラストの「セックスしよ」という台詞は、いまだにフジテレビやその他の紹介番組などで取り上げられるシーンであるから、このシーンだけ知っている人もいるかとは思う。けれど、これを私が見ていた1991年にこれが言える女性はまだいなかったろう。一見すると、「なんかむしゃくしゃするから」とも「私の体でなぐさめてあげる」とも取れる展開なのであるが、このときにリカの側は精一杯の気持ちで言っているので、そうは聞こえない作りになっている。冒頭で紹介した「メガゾーン23」の当該シーンは、主人公の男性がセックスしたいことをほのめかし、それを女性キャラクターがそれと受け止めるシーンで構成されているのだが、そこにはセックスに対する軽さと欲求しかない。私はこのシーンにAV的なあおりでしかなく、物語の必然が感じられなかったから、このシーン自体にはなんの思い入れもない。だが本作の3話のこのシーンについては、よく言われる女性解放的なものの見方もせず、ただひたすら献身に永尾に尽くそうとする切ないリカの女性としての選択に思えた。当時「純愛」が流行ると言ったのは、この作品をマンガとしても二次創作のドラマとしても成功させ、恋愛の教祖扱いされた「柴門ふみ」自身であったろうか。同様の位置にいた「松任谷由実」との対談の中で、松任谷由実の新作アルバムのテーマにそった対談だったことが理由だろう。原作者柴門ふみがいう純愛には、自覚的にセックスが含まれていることを主張していた気がする。それが自覚できたのは、まさに「赤名リカ」というキャラクターが、体をなげうってまで永尾を慰めようとした献身に見ることができる(と思い込んでいる)。メガゾーンでのセックスが、主人公が現実の戦いに敗れて、自分の居場所である女性の元に返ろうとしたドラマ的「引き」のためのセックスだとしたら、「東京ラブストーリー」におけるリカと永尾のセックスには、それからあとにつながる幸せな時間と、慟哭をともなう別れの悲しみがある。「東京ラブストーリー」は純愛という名の下に、セックスがあってもドラマを構築できた希有な例なのではないかと思うのだ。

 だが同時にセックスは彼らを縛る鎖の重さを持っている。その後の三上とさとみは、互いに必要としながらも、親に冷たくあしらわれて生きてきたゆえに、他人との接し方がうまくないという三上のMさに振り回さるさとみの姿が何度となく描かれる。そこには三上が得ようとした安住の地になろうと、すべての感情を捨てても三上を信じようとしたさとみの努力があったのだが、互いの思いをはき出そうとしない二人は、やがて別れゆくことになる。
 そしてさとみがフリーになった途端、永尾の心がどうしようもなくゆれ始める。そして好きであるが故に、その思いを止めることができないリカなのである。だが永尾もリカのことを忘れていられるわけではない。やがてリカの重さを感じながら、どうしても止められないさとみへの思い故に、リカは身を引く決意をする。そして永尾の故郷である愛媛でのエピソードでは、もう一度やり直せるかと思わせておきながら、リカからさよならを言わせるというラストで締めくくられるのである。
 永尾にしても三上にしても、はっきりとセックスに縛られている。特に永尾の未練は相当なものであり、最終回までリカとさとみのどっちを取るのかイライラさせられたのも、今となっては懐かしい思い出である。だがリカもさとみも、自分の体が男を縛っていること自体には自覚的であるから、放送コード云々以前に、そんなことを口に出す二人ではない。ということは、男性陣が自らセックスに縛られたがっているようにも見えるのだ。事実三上はさとみと別れる結果となったが、その事情である長崎(演 千堂あきほ)のS的な愛し方に傾くことで、自分の安住の地を得ている。彼は浮気を許す女性ではなく、浮気を許さない女性を欲していたわけで、自らセックスに縛られる恋愛を求めていただけなのである。それをして恋愛ベタというのは、酷すぎるだろうか?
 
 だが事実認識として「草食系男子」なる言葉が存在し、恋愛にがつがつしない男性が増えることで、むしろ永尾の呪いとも思えるような、恋愛に臆病な男性が増えていることは周知の事実である。またもや同じ書籍の引用で申し訳ないのだが、「ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義」(文藝春秋 佐藤健志著)によれば、バカになって三上を信じようとするさとみを持って、「人間関係における権力性を回避」し、「あらゆる人間関係を解体し」、「挫折の究極的な形」と言い切り、アニメーションの形で闘争を仕掛けながら負けを繰り返す押井守同様の「犬の呪い」がかかったキャラクターであると断じている。だがこの「草食系男子」はまさに女性との恋愛という関係性を放棄しようとしている人間であるのだから、まさに「犬の呪い」に侵されていることに他ならない。「東京ラブストーリー」という物語は、リカの純愛故の行為そのものが、永尾の繊細さやナイーブさを協調し、ドラマ化を経てさらに鋭敏化した結果、永尾という男性を再生産する。その結果、だれも望まないにもかかわらず、人間との関係性を拒絶するような「草食系男子」を生み出す温床となってしまったのである。

 さて「純愛」いうキーワードを最近のアニメーションに当てはめて考えると、すぐに「青い花」や「ささめきこと」などが思いつく。女性同士の恋愛を描いた物語は、その一方的な思いを含めて「純愛」っぽくなりやすい。男性キャラクターを排斥することで、恋愛の形がより純粋になるように仕向けられているからだと考えている。同時にそれはセックスをも排斥する結果になるので、まるで純愛にはセックスが不必要だといわんばかりに見えてしまう。
 「青い花」の冒頭で体を重ねてまで愛を確かめ合ったふみが、その相手である従姉妹が結婚することで、振られてしまうという序盤の展開があるが、これこそふみがセックスに依存している姿に見える。だからふみはそうした行為をなしにしても相手を得ようとするパラドックスが存在する。その部分故にふみは相手にとって重たいのであるとわかる。
 「ささめきこと」では純夏が汐を好きであり、汐も徐々にその気持ちに気がつきつつ、自分の気持ちを確かめあうように物語が展開する。この場合、純夏はかなり直接的に「男性性」を有したキャラクターを持っているため、その部分のギャップはコメディが成立する要因であり、同時に純愛である事情が成立しているといって言い。
 月刊アフタヌーン誌に掲載されている「オクターブ」というマンガでは、かなり積極的にセックスに依存した女性同士の恋愛が描かれているのだが、そこで展開されている物語は、繊細なタッチで描かれた女性同士の愛憎劇の側面がある。目指すところは一緒でも、「オクターブ」と「青い花」や「ささめきこと」はまったくネガポジの関係であるといっていい。こうした恋愛の現場からの男性性の否定は、まさに「草食系男子」では恋愛が成り立たないことを端的に示しているし、セックスの現場ですら、男性性が必要ないところまで来ているのである。

 ここで少子化云々やレズやホモだのを議論するつもりはない。男女の恋愛こそが至上であり健全であるなどと、ごまかしの言葉でまとめるつもりもない。ただ心配なのは人間関係をまともに構築し得ない人々が大多数になった世界は、さぞかしうすら寒い物なのではなかろうかという、漠然とした不安だけである。その原因を「東京ラブストーリー」に求める気などまったくないのであるが、「純愛」の名の下に骨抜きにされた男性の立場を、どうすればもとに戻せるだろうか。そしてこのドラマに無闇に感動してしまった自分も、やはり草食系男子の列に並ぶのだろうか。

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柴門ふみオークション出品情報をお届けします。代表作の中では、あえて「あすなろ白書」をイチオシしたいと思います(独断ですが...)「東京ラブストーリー」がブレイクする前に、じっくりと読みこんでいた作品であったと記憶しています。性別を超えた恋愛モノとして、...

コメント

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No title

いつも御世話になっております、がたがたと申します。
今回の記事、大変興味深く拝読させていただきました。
私自身、東京ラブストーリー及びその周辺作ともいえる柴門ふみ原作のドラマおよび原作本は読み漁った時期があるのですが
過程は違えと、結論として東京ラブストーリーがいわゆる「草食系男子」を増やしたという点において同意してしまうのです。

私の観点はむしろ、赤名リカのキャラクターにあります。
実は「狼と香辛料」でホロを初めて見たとき、最初にだぶったキャラクターが赤名リカなんですよ。
あの自信に満ち溢れた立ち振る舞いと脆さ、そして漫画版と違ってドラマの赤名リカはどこまでも美しい。
これって「萌え嫁争奪戦」の原点じゃないのかと思うほどです。
男女七人や百一回目の~では、ここまでの女性キャラクターに対する盛り上がりはなかったと思うのです。

美しくて魅力的で積極的で、それでいて脆い
現代アニメの「萌えキャラ」のルーツはここではないのかと。」

そんな経路を辿って、草食系男子の結論に行き着いたりするわけですががががwww

酔ってます。失礼しました。

No title

追記失礼します

酔った勢いの追記ですが、柴門ふみのセックスシーンって全く色気がないんですよ。
絵の上手下手とか傾向とかではなくて、場の空気に色気がない。
他の漫画で男性がトイレに行った際に追っかけてきて「見せて」なんていう女性の描写があったけれども
これすら色気、生々しさがない。多分狙ってるんですよね。
彼女の描写は当時のお洒落な都会暮らしを夢見た女性たちが望んだ性描写なのだと思うのです。
拙ブログでとりあげた話、つまり手前味噌で申し訳ないのですが、これならSchool Daysの黒田光とのシーン
こちらの方がよほど色気と生々しさがあります。

そんなわけで、リカの言う「セックス」は象徴であり、ホロの言う「わっちと旅してくりゃれ?」と
同じ意味なのではないかと。

ただこれだけが言いたいだけでこの地獄絵図です。お酒は怖いです。かけるかなー?

No title

がたがたさま
 コメントありがとうございます。自分でも難しいところに突っ込んでるなと思っているお題に、すかさず突っ込むがたがたさんに、畏怖すら感じます。本当にありがとうございます。
 「赤名リカ=ホロ」とか「赤名リカ萌キャラルーツ」とか、もう目から鱗です。大学時代、私の女友達はみな「赤名リカ」を讃え、「関口さとみ」を嫌っていました。どうも演じていた女優さんにも遠因があるような気がしますが、女子でさえ虜にしてしまう赤名リカというキャラクターは、現在の「萌キャラ」に通じる部分があるのかも知れません。女性に共感される赤名リカと、男性に愛される「萌キャラ」は、対になっている感覚が確かにあります。
 これはLDのライナーノートに書かれていた内容ですが、リカを演じていた鈴木保奈美さんは、なぜそれほどまでにリカが人気なのか、わからなかったそうです。そうした理由に無自覚なところも、萌要素なのかもしれません。

No title

拍手いただた方へ(がたがたさんかな?)
 コメントありがとうございます。面白かったので、こちらでお返事させてください。

>柴門ふみのセックスシーンって全く色気がないんですよ。(中略)男性がトイレに行った際に追っかけてきて「見せて」なんていう女性の描写が

 この件、たしか「新・同棲時代」だったかと思います。
 柴門ふみの描くマンガには色気がないのは、「行為があった」こと自体が問題であり、行為の内容を描くことに心を砕いていないからだと思うのです。彼女の出世作「PS元気です 俊平」でも同様で、1話完結としてきちんとオチがつく物語を優先してしまうため、色気の部分を省く傾向にあると思われます。
(むしろセックスシーンを描くと、そのあとの処理まで書いてしまうあたり、色気を書く気はまったくないんでしょうね)
 彼女自身が語るところによると、学生時代の友人と話をしていると、「で、オチは?」とよく聞かれたそうで、そのため話をオチをつける癖がついたと語っています(新装版「俊平」のあとがきだったかと思います)。

>リカの言う「セックス」は象徴であり、ホロの言う「わっちと旅してくりゃれ?」と同じ意味なのではないかと。

 そうですね。色気のイメージを想起させるためのキーワードだと、私も思います。でもたった1回の台詞ですが、それをドラマで劇中に使ってしまうセンスは、柴門ふみではなく、脚本家の趣味だともいえるでしょう。「東京ラブストーリー」のドラマ版は、バタ臭い柴門ふみの原作を、トレンディドラマの枠に当てはめたときの例でしかない。ゆえに対比の面白さが味わえる作品だと思います。ホロ、かわいいですよね。その言葉の効果を最大限知っていてなお、その言葉に乗せられてしまいたくなるという魅力にあふれています。ホロとリカの最大の違いは、ホロがその効果を知っているのに対して、リカは直情的で本能的であるところでしょうか? どちらも扱いづらい女性のタイプであるには違いないんですけどね。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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