平成ガメラと”怪獣”の喪失

 「平成ガメラシリーズ」は、CGを含む日本の特撮技術の進歩も相まって、近年ではもっとも評価された怪獣映画である。その特撮技術のすばらしさ、旧シリーズとは異なり、子供達の味方ではなく、地球の守護者であると再定義された設定、ギャオスやレギオンなどの敵怪獣のデザインセンス、徹底してリアリズムを追求した人間側のドラマなど、確かに見るべきところは多く、私自身もDVDのリピート率が高い作品である。

 1995年「ガメラ 大怪獣空中決戦」
 1996年「ガメラ2 レギオン襲来」
 1999年「ガメラ3 邪神<イリス>覚醒」

 監督 金子修介、特技監督 樋口真嗣、脚本 伊藤和典の体制で製作されたこの3作品が、とりわけ「ゼロ年代」と呼ばれる作品群に対して大きく影響しており、その意味においても「90年代」の古き作品群を土壌として生まれ、「ゼロ年代」の作品へのブリッジ的な役目を担っている作品であることは疑い得ない。
 事実、平成仮面ライダーシリーズの1作目となる「仮面ライダークウガ」は2000年にスタートし、1998年に「ウルトラマンガイア」でいったんピリオドを打った平成ウルトラシリーズは、2001年に「ウルトラマンコスモス」で再開している。また「ゼロ年代の想像力」に取り上げられている作品の代表である「無限のリヴァイアス」(1999~2000年)など、特撮界のみならずアニメの世界においても、大きな影響を及ぼした記念碑的な作品である。だがそれゆえに、功罪も大きい。

 平成ガメラは、その出自から超古代の生物兵器とされている。平成ガメラの世界には「亀」という生物そのものが存在しない、あるいは絶滅している世界であり、「亀」という生物がなんらかの事情で変化した者ではない。しかるに自然発生的な怪獣ではないことになる。
 平成ガメラの1作目「大怪獣空中決戦」での敵は、ギャオスである。このギャオスも超古代の遺伝子操作による怪獣であり、人口調整のために作られたと劇中で説明されている。
 つまりガメラも、これに敵対するギャオスも、この地球に自然発生的に存在しているのではない。何者か、「見えざる手」による産物だ。特にガメラは、ギャオスへのカウンターとして発生している。それも「ガイア思想」に基づく地球という生命からのエネルギーを、甲羅状の器に宿すという、神秘的は方法で生み出されている。それ故ガメラは地球の守護者ではあるが、人類の守護者ではないことが、シリーズ3作目「邪神覚醒」の冒頭における「渋谷壊滅」のシーンで明らかになる。イリスはギャオスが進化した怪獣であり、出自は同じだ。

 つまり、平成ガメラシリーズにおける「怪獣」とは、「見えざる手」により生み出された生物であり、何らかの事情で地球上に発生した巨大な生物ではないことになる。これが意味するところはつまり、本来怪獣映画が持っていた、「何らかの事情で地球上に発生した巨大な生物」を排斥したことにならないか。
 どちらかがいい悪いという話ではない。そもそも「ウルトラQ」や「ウルトラマン」などで語られた「怪獣」とは、世界のバランスが崩れて、人類社会を脅かす存在である。それは「環境破壊」や「地球温暖化」など、人類が自らが手を下した場合もあるが、多くは偶発的に発生することが多い。たとえば「ウルトラマン」に出てきた「ゴモラ」は古代怪獣とされ、人間が目覚めさせなければ、その生を全うすることが出来たかも知れない、自然発生の怪獣だ。また「ウルトラQ」に出てくる怪獣の多くも、自然発生的な怪獣であり、それは「自然災害」と同義であった。
 当然人為的な理由で人類を脅かす怪獣は、ウルトラ怪獣にも存在する。「ウルトラマンA」に出てきた、異次元人ヤプールが送り込む「超獣」や、「ウルトラマンレオ」の後半に出てくる「円盤生物」、「ウルトラセブン」に出てくる宇宙人が操る怪獣などはその例だろう。ただ彼らは自然発生した地球出自の怪獣達と肩を並べていたのである。「ウルトラマンA」では、第7話「怪獣対超獣対宇宙人」などが顕著な例だろう。宇宙人の悪意と、ヤプールの企みと、偶発的に参戦した怪獣が、ウルトラマンAをはさんで成立していたのだ。

 しかしこの平成ガメラシリーズでは、地球出自の怪獣は排斥され、そのかわり「見えざる手」により生み出された超古代の2匹の怪獣が、地球を舞台にしのぎを削る物語が展開される。ここには自然災害のような偶発的な事故もなければ、地球出自ではあるが寝ているだけの怪獣など存在しない。

 平成ガメラシリーズと時を同じくしてスタートした平成ウルトラマンシリーズ。その1作目である「ウルトラマンティガ」は1995年にスタートしている。平成ガメラ1作目の前年である。「ティガ」の世界では、地球出自の怪獣がまだ存在している。しかし「ティガ」のスタッフは「ウルトラマン」という存在にテーゼを投げかける。そして「ティガ」を「人間の誰しもが持っている心の中の光」と定義することで、怪獣の存在を逆に「闇」とした。超古代の文明も脅かした最終回の敵怪獣ガタノゾーアは、明確に「闇」とされており、「光」の対になる者として倒される。この「闇」の存在の出自は、この時点では不明確である。
 続く「ウルトラマンダイナ」では、人類が宇宙に進出することを拒む意志として「スフィア」が登場し、人類に対する明確な悪意として設定されている。またその翌年に製作されている「ウルトラマンガイア」では、「根源的破滅招来体」という明確な悪意の存在に対して、地球出自の怪獣が、地球の守護者のように現れる。これは「平成ガメラシリーズ」と時を同じくして歩んできた「平成ウルトラシリーズ」が、その影響下にあるという明確な回答であり、物語上、地球出自の怪獣という牧歌的な存在が、存在できなくなってきた可能性を、制作者側が斟酌した結果ではないだろうか。2001年の「ウルトラマンコスモス」はさらに顕著だ。地球出自の怪獣はすべて保護の対象とされ、それにとりつく「カオスヘッダー」という存在を持って、悪意の根源としている。それほどに地球出自の怪獣は、物語の構成上スポイルされていたのだ。

 シリーズ2作目「レギオン襲来」に登場する「レギオン」は、地球上の生物と繁殖方法を同じくする宇宙から来た怪獣である。2作目が「怪獣災害のシミュレーション」という物語を採択した本作では、その構成上怪獣側の悪意の存在が不必要であったため、レギオン自体が地球に送り込まれた事情は説明されず、むしろその生態や繁殖方法そのものが、人間への敵対行動と見なされ、人類にもガメラにも排斥されていく結果となる。この「レギオン」の存在は、今後の新しい怪獣像としてさらなる進化をとげる可能性を秘めている怪獣であるが、やはり地球出自の怪獣ではないことが明確に示されている。

 怪獣などという超自然的な災害がない私たちのこの世界では、戦争の次に人類がおそれるものは、自然の驚異でしかない。台風や地震、それによる大津波や二次災害。そして疫病。それも数百人から数万の単位で人命をうばう可能性がある事態である。しかし物語の構造がインフレを起こし、エスカレートするたびに、自然災害の代替物である怪獣の恐怖は、「見えざる手」の悪意に置き換えられる。それは一見視聴者側と制作者側の想像力が高められているような錯覚があるが、その一方で地に足がついていない感覚がある。環境破壊や地球温暖化が、人類の手により発生していることから目を背けている感覚だ。
 70年代、公害による環境破壊が社会問題化した時には、そうした出自の怪獣が登場する。「ゴジラ対へドラ」のへドラであり、「帰ってきたウルトラマン」の怪獣達がそうだ。そうした現実から目を背けず、これらの作品が放つ存在感は、今の怪獣達とは比べものにならない。その証拠に、現在のウルトラシリーズに出てくる怪獣や、「超星神シリーズ」にでてきた怪獣の名前や形を、正確に覚えている人は皆無ではないか。

 平成ガメラシリーズでは、ガメラやイリスと対となる「巫女」の存在がある。この巫女達は、ガメラの傷を背負ったり、イリスの行動原理となったりするかわりに、その命の力を怪獣達に捧げる位置にある。ガメラの戦いが、地球、あるいは人類と地続きであることの証明を、彼女達がしているのである。怪獣とイーブンの関係にある人類という意味において、まだしも人類側の「つけ」の存在を残しているだけ、平成ガメラシリーズは、人類が地球に対して追うべき責任を回避していないと思える。しかし後続の怪獣ものにおける、問題点のはぐらかしについては、目を覆わんばかりだ。
 特に「ミレニアムシリーズ」と銘打ったゴジラシリーズの、現時点での最終作となっている「ゴジラファイナルウォーズ」では、地球出自の怪獣をモチーフとしながら、エンターテイメントに徹した作りで、怪獣の発生にまったく問題意識がない。しかも最強であるゴジラは、あっけなく人類の科学に敗れ去り、最強ですらない。
 最新の「ウルトラマンシリーズ」においても、明確な悪意が存在するのと同時に、地球出自の怪獣も存在するが、発生理由がまともに説明されていない。「ウルトラマンメビウス」は、「ウルトラ兄弟」の設定が泣かすだけで、アーカイブ化されている怪獣の出現理由はスポイルされたままである。唯一「ウルトラマンマックス」は飽和状態となった人類の明確な敵として、その存在そのものが定義されている。逆に「ウルトラマンネクサス」では、ガメラのような「見えざる手の悪意」をそのまま具現化したような敵を設定した上で、ウルトラマンの存在すら不明瞭になるよう設定された、見ていて不安だけがあおられるドラマであった。そして「大怪獣バトル」のような作品は、一見怪獣の復権をねらったように見える作品であるが、その実、カード化された怪獣や、地球ではない星での怪獣の出現という設定が、やはり地球出自の怪獣の存在を無視してしまうことになる。

 「ゼロ年代」の作品群をみればわかるように、怪獣の出自が「見えざる手の悪意」であることはよくわかる。これはそのまま人間が生活している上での、言いしれぬ不安に直結しているといっていい。だがテレビで喧伝しているほど、人類は「エコ」に関心を抱いてはいないこと、「エコ」があくまで企業活動の一環であり、それはあくまで利潤追求の一形態でしかないことも我々は知っている。「見えざる手」は、自然災害の畏怖をテレビの中の「対岸の火事」として、情報の一部としてしまっている日常で、正体のわからない不安にさいなまれている現代社会の病理であると言ってもいいかもしれない。
 そうした中で、自然災害という明確な恐怖として存在してきた「怪獣」は、もしかしたらいま復権の時を待っているのかもしれない。ドラマとしても、日常の「見えざる手」としても。
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テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

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ガメラ:平成(金子)版視聴記など 2009/06/18

 ’95~’99に公開された、所謂「平成ガメラ三部作」の視聴記その他のまとめ記事です。 前回の「 06/11」はこちら。  三部作論議: 『波のまにまに☆のアニメ・特撮のゆる~いコラム』 http://naminomanima2.blog78.fc2.com/ さん、6月12日の更新。 平成ガメラと”

コメント

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波のまにまに様、はじめまして。

 こんにちは。突然のコメントで誠に恐れ入ります。
 私は、上記のTBを致しました「ガメラ医師のBlog」管理人のガメラ医師と申します。映画ガメラに関する情報収集Blogを更新しており、こちらの記事には「ガメラ」の検索から参りました。
 拙Blogでは従来より、平成版ガメラシリーズに付いて言及された記事をまとめておりまして、この度6月18日付けの上記TBの更新中にて、こちらの「ガメラ論議」を紹介させて頂きましたので、ご挨拶に参上した次第です。差し支えなければ拙Blogもご笑覧頂ければ幸いです。
 長文ご無礼致しました。それではこれにて失礼します。

コメントありがとうございます

ガメラ医師さま
 コメントおよびトラックバックしていただき、ありがとうございます。
ああ、やっと検索に引っかかるぐらいになったのねと、我が事ながら安心した次第です。
 また貴ブログにてご紹介いただき、ありがとうございました。長文のため、どなたもお読みにはならないだろうとは思いますが(笑)。
 平成ガメラについては、功罪などよりも素晴らしい功績がありますので、いずれはそちらも書いてみたいと思っております。その際には、またよろしくお願いいたします。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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