「萌え」がよくわからない~アニメ「キミキス」~

 Wikipediaによれば、「萌え」とは「アニメ・漫画・ゲーム等様々な媒体における、対象への好意・傾倒・執着・興奮等のある種の感情を表す言葉である。同種の感情をあらわす「好き」という言葉を使うのに語弊がある場合に用いられる。(原文まま)」とある。好きなら好きって言えばいいだろうが、そこにオタクの皆さん特有の屈折した感情がかいま見える。40歳に手がかかろうかというおじさんにとっては、「萌え」という言い方のほうが抵抗がある。

 ある日の私と友人の会話を抜粋してみる。

私 「おれも確かに「C.C.さくら」とかかわいいと思うけど、
  「萌え」っていうのとは微妙に違う気がするんだよね。」
友人「それが「萌え」って事なんじゃないですかね?」
私 「?」

といった具合に、やっぱりよくわかっていないのである。だから「萌え」の構造が知りたくて、東浩紀「動物化するポストモダン」(講談社現代新書)という本にすがってみる。これによると、ツリー構造で説明される「大きな物語」が信じることができた世界から、データベース的な階層構造からなる「小さな物語」が支配的となる世の中に移り変わり、オタクの嗜好(あるいは消費行動)が、その欲望を満たすために、情報を短絡化して消費する「動物化」してきたということらしい。って、おれ頭悪いなあ。

 具体的な例が欲しいなぁ、などと思っていたら、DVDを借りてみていた「キミキス」に、答えの一端を求められそうな気がしてきた。
 この「キミキス」は、そもそも恋愛シミュレーションゲームとして発売されていた作品であり、学内で複数の女生徒に声をかけまくり、一緒に下校してコミュニケーションをはかり、ゲーム内における1ヶ月の間に、心にきめた女生徒におつきあいするまでをゲーム化した作品である。これはそのテレビ版。実は私、携帯ゲームでやってましたが、相手を一人に絞り、徹底的に一人の女性を攻略する方法でゲームを進めており、友人から邪道扱いされました。まあ私のような恋愛に不向きで一途な男には向かないゲームだったらしい。ただそれぞれにタイプの異なる女性キャラがそれぞれに魅力的であり、様々な恋愛ドラマを展開するこのゲームは、恋愛ドラマ好きの男子諸君なら楽しんでもらえそうな気がする。
 アニメ本作でも基本的な条件は同じであるが、プレイヤーに相当する男子生徒が2人でてきて、それぞれが2人ほどの女生徒との恋愛模様が描かれる。そのかわりどうしてもハブられる女生徒が出てきてしまうのが残念だ。財閥のお嬢様である祇条 深月(しじょうみつき)さんなんかは、親が決めた会ったこともない婚約者がいる設定は同じであるが、アニメ版では彼女と恋に落ちることはない(能登、残念だよ能登)。

 アニメ的な表現として「頬を赤らめる」とか、「はっと気がついて目を見開く」などの表現は多用される。今回取り上げている「キミキス」でもそれは同様だし、多かれ少なかれどんなアニメでも使われている表現だ。逆に考えて欲しいのだが、日常的にこんなシーンを目にすることは少ないだろう。というより、電車であなたは隣に座っている女性の表情が読めますか?
 ところがこの「キミキス」では、恋愛ドラマである必然から、このような表現が多用されており、恋愛ドラマの主役である女生徒の多くは、これらの表情を起点に、画面からその感情をさらけ出していく。この構造自体はゲームだって同じなのである。
 あたりまえじゃないかと思ったそこのあなた、もう一度聞く。あなたは電車で隣に座っている女性の表情が読めますか?

 つまり現実世界よりもはるかに簡易に、人間の心理を暴露してしまっているのが、アニメやゲームの世界である。これはわかりやすさやドラマ上の演出に重きを置いており、それに準じてキャラクターの表情を俯瞰で見せること自体が、アニメーションの表現方法であるからだ。「こいつ何考えてるんだろ?」という表情が画面に現れたところで、恋愛ドラマではだれも気がついてくれない。ましてや実写のドラマでは俳優さんが演技をするが、顔を赤らめたりする演技などで、本当に顔が赤くなった人を見たことがないのと同じだ。そうでなければモノクロの映画が、カラー総天然色全盛のこの時代でも見られるわけがない。

 そしてこの「キミキス」の萌えポイントは、まさにこの恥じらいの表情や、照れの表情など多彩な表情を見せる女生徒達にある。
 真田光一と、彼の幼なじみで年上の水澤 摩央、そしてゲームでもメインヒロインとなる星乃 結美の3人がおりなす恋愛模様では、前年から光一に好意を寄せていた結美が、光一が仲間と制作する映画のシナリオ作りで協力するところから始まる。だが楽しい日々の裏側に、いずれ転校してしまう結美は、光一との生活を楽しみながら悩んでいた。思いが通じ合うも、光一の思いが摩央に向いていることを知り、光一と別れる決意をする。描いてみればたった数行の出来事であるが、この間に何度はにかんだ表情を見せたか。小清水亜美の控えめな演技とも相まって、非常に好感が持てる彼女が、たかだか幼なじみに負けてしまうのが、なんとも切ない。その摩央だって、夏風邪を引いた光一を看病する中で、はっと気づくシーンは、見ている者に「あ、ここだな」と思わせる演出となっている。

 ただ、こういったそれとすぐにわかる演出にまみれている本作であり、萌えポイントが多いのもわかるが、これに発情するというのは、あまりに短絡的、あるいは即物的に過ぎないだろうか? 現実には表情ひとつ変えずに恋に落ちることもあると聞く。「神のみぞ知るセカイ」という漫画のように、ゲームの世界では落とせない女性などいないと言い張る少年が、現実の世界では・・・・、という物語であるが、所詮は創作の世界の出来事である。その意味では東浩紀が述べたように、嗜好が短絡で直線的すぎるし、間違いなく「動物化」していると言わざるを得ない。

 「キミキス」はドラマとしてはゲームをベースとしてるだけに、屋台骨となる部分はかなりシンプルなのであるが、彼女たちの表情と、キャラクター間の距離感が、きちんと織り込まれている作品だ。先述の光一、結美、摩央の関係でも、近すぎる光一と摩央の表情と、摩央が光一を意識しだして、距離感が出た時の表情を比べると、距離感とキャラクターのテンションがきちんと比例している事がわかる。もっとも端的なのは、サッカー少女・咲野明日夏と相原一輝の関係だ。時間の進め方と表情、気持ちの揺れ具合をきちんとはかれていないと、これらの表情は、常に見ている側にちぐはぐな印象を与える可能性がある。作画のレベルが低くなる回でも、こういったところに力点をおけば、連続ドラマが成立することを、きちんと教えてくれている作品だ。

 逆に「とらドラ」などのラブコメの場合には、その距離感と表情を、どのように崩していくかが問題になる。わかりやすいのはあくまでも主役の二人の距離感だけだから、それ以外のキャラクターとの距離が、ドラマを転がしていく。「とらドラ」も、DVDの発売が完了した時点で、あらためて取り上げる。
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