「重戦機エルガイム」~その2・どっちつかずなキャラクター~

承前

 エルガイムのキャラクターデザインをしたのは、メカニックデザインを担当した永野護氏であることは、すでに前回説明したとおり。そのデザインは全体としてあっさりとした味わいながら、これまでの力強い描線ではないスタイリッシュさと、衣装などの優れたセンスにより、メカニックデザイン同様それまでにない繊細なデザインとなっている。またザブングルなどに比べても、明らかに頭身が上がっていることや、表情にはでに陰影をつけないことも手伝って、画調的にはあきらかにそれまでの富野監督作品の中で抜きん出て軽やか仕上げられている。

 この軽やかデザインというのは、富野監督のオーダーであったようで、本人インタビューでも、物語が持つ重さを払拭しようとしていたようである。つまり本作の物語が、本来は重いテーマを扱うのに対して、見かけ上は軽めに見せたいというポーズが、永野氏へのキャラクターデザインのオーダーとして現れているとみていい。
 ところがこの軽やかなデザインが、前半のライトめな演出に対してはあだとなっているように、私には見受けられた。序盤惑星コアムの田舎町から軍人を志して旅立ったダバとキャオであるが、プリャーモと呼ばれる町に出る過程で、ミヤマ・リーリンという盗賊団に出会い、エルガイムでの初バトルを披露するのが第1話「ドリーマーズ」の骨子である。序盤ではダバもキャオもキャラクターシフトとしての動かし方が定まっていないため、敵となるリーリン同様にかなりギャグっぽい演出がなされている。当然リーリンとダバのセイバーによる一騎打ちのシーンなど、緊迫感のある映像も用意されてはいるが、全体としてはむしろギャグシーンのほうが突出して見える。それはダバ・マイロードというキャラクターに秘められている物語の重さを覆い隠すための見せ掛けでしかないのである。問題はこのギャグシーンをどう見るかだ。

 このギャグシーン、ようく見ると俯瞰の位置からキャラの全体像を映し出しておいて、その動きの珍妙さで見せること、アップによるキャラクターの表情で演出する手法がとられている。すでに前々作「戦闘メカ ザブングル」において、ギャグの演出についてはやれることをやりつくした感がある。ティンプの行動や表情など、この人だけを追っていけば、ザブングルという作品のギャグ部分の質が全部放り込まれている。特に通常の人間では出来ない動きを、まるで「未来少年コナン」のコナンのようにこなすティンプやジロンの動きを見るにつけ、やりたいことはよくわかるのである。
 前作「聖戦士ダンバイン」というシリアスでしんどい物語の後番組であるエルガイムには、ザブングル以上に楽しげで明るい部分を盛り込みたい。それが富野監督の真意「であった可能性がある。ところがまたもや永野氏のつくりあげたすばらしいセンスのキャラクターは、この期待を裏切ってしまうのである。端的に言ってしまえば、永野氏の繊細すぎるキャラクターは、あまりにも繊細すぎるがゆえに、ギャグの表情が出しにくく、その頭身の高さゆえに、俯瞰でのギャグの動きもイマイチだったのである。それを画面で見ている私自身は、軽さを履き違えている感じがしていた。乗れなかったのである。

 ザブングルはキャラクターが陽性にできていて、そもそもが饅頭顔のジロンが、どれだけおかしな格好ではしゃごうとも、それが惑星ゾラという舞台において活躍するキャラクターには似合いに思えたのだが、スマートでセンスよくまとめられたエルガイムの世界にギャグは似合わなかったのである。事実ギャブレーのような汚れ役をかってでるキャラクターは動かしやすかったようであるが、それでもなおギャグとシリアスの境界線をうまくわたれていない印象を、私は持っている。ギャグにもシリアスにも振れられない、どっちつかず、それが序盤のエルガイムのキャラクターが持つ問題点だった。

 物語が進むと、ダバは徐々に反乱軍の中心人物となっていく。最初に物語が動き始めるのは7話において惑星コアムからミズンに移動し、反乱軍のトップに立つステラ・コバンという落ちぶれ貴族にかくまわれた時である。ここでダバは人の上に立つ資質というものを自覚するのであるが、それでもなかなか人の前に立とうとしない。16話でステラが死んでも、ダバは事実上陣頭指揮を取りながら、リーダーとして立つ気配がない。それは彼自身の出自であるヤーマンの血がさせるのである。
 バックボーンとして、この世界ではポセイダルによりヤーマン一族は根絶やしにされたことになっている。その王家の最後の生き残りであるダバは、反乱軍の戦いと自分の血族の復讐を混同しないために、わざとヤーマンの生き残りであることを隠しながら戦ってきたのである。その志は立派であろう。だが視聴者としてはさっさと自分の成すべき事に目覚めて、反乱軍を指揮してポセイダル軍やギワザたちと戦うダバの姿が見たいのであるが、なかなか踏み切ってくれないのである。
 結局ダバは惑星ガストガルのポセイダルの居城となるスヴェートを奇襲をかけ、ポセイダル像に傷をつけることで一度は満足し、その事件による名声を糧に転戦をつづけ、各地で同士を増やしていく。そして33話で再びヤーマンの遺跡のあるミズンに戻り、ヤーマン王家復興を願って宣誓し、ダバはようやく反乱軍の頭目であり象徴となりおおせるのである。エルガイムは全54話の物語である。その約半分以上の物語を費やして、主人公ダバはやっと人の上に立つ人間となるのである。それは現実世界にある反乱やゲリラ、レジスタンスなどにおける事実上のトップの物語を周到に参考にしているのだが、この展開はあまりにも遅い。しかもその一方でダバが戦艦ターナの艦橋で、じっとして戦況をうかがうようなこともなく、いつも陣頭に立ってエルガイムを駆って激戦に参加しているのである。こうした反乱の象徴とされる人物が、自分の命を危険にさらすようなことは、現実ではしないだろう。だがロボットアニメのセオリーである、主人公が主役機に登場して戦わなければ成立しないのであるから、致し方ない選択であろう。だがそれゆえにダバはいつでも激戦の中にあり、時に敵艦に潜入したり、隠密行動をとったりと、無茶のしっぱなしであった。その間、進めていたのはスヴェートを落とすための「スターダスト作戦」だけであり、反乱軍の頭目としてはあまり目立った活躍のないダバである。これもどっちつかずなのである。

 またダバにとっての最大のどっちつかずは、アムとレッシィのどちらを選ぶかということであろう。1話で最初に出会った盗賊の娘がアムであり、6話で登場したのが、ダバをミズンに行く船に乗せてやるのがレッシィである。アムはいすれはダバの子供を生んで安らかに死ぬことを望んでおり、レッシイはダバと肩を並べて歩くことを望んでいたから、29話で一度はダバと離れ、それ以降陰になり日向になり反乱軍の頭目であるダバを守り立て行く役割を自分に課していく。どちらも男性なら非常にうれしい存在だろう。当然男性側の一方的なキャラクターではあるのだが、この二人のやり取りや喧嘩が、物語の発端であったこともある。それは男性が見てもいやらしくてみっともない痴話げんかであるのだが、こうした女性のパワーが強いと思わせるのも、時代の切り取り方がうまい、富野監督の才能であろう。だがこの二人もダバにとっては重要な人物でありながら、どちらを選ぶということが出来ないキャラクターである。それもファンにはイライラさせた要因だろう。だがダバとアム、レッシィの3人の関係は、そのままアマンダラ・カマンダラ、フル・フラット、オルドナ・ポセイダルの関係の相似形であり、ダバは悪くすればいつでもアマンダラの位置になるという教訓なのである。そしてアマンダラはフラットとミアンを同時に手にいれるために、バイオリレーションというシステムを利用したのであるが、その話は次回に残しておこう。

 もう一人、この物語の重要人物であるギャブレット・ギャブレー。この人もまた、軍人意なることにあこがれて田舎を旅立ち、ダバと終生ライバルという立場にありながら、常に日和見的に自分の立場を変え続けた男である。基本的にダバのライバルという位置にいるのであるが、その肩書きがコアムやミズンの一軍人の地位にありながら、ダバを追討するために転戦を続け、ネイ・モーハンやギワザ・ロワウといった正規軍の13人衆に認められヘッドハンターとなり、作戦参謀としてスレンダースカラに乗り込みつつ、最終的には13人衆の一員に名を連ねるまでとなる。それは同時に正規軍というものが、あってないような衆愚な状態であったことを端的に示す事実であるが、それを悟ったギャブレーは、己が才覚を信じた上で、自由に振舞おうとする。ただ一点ダバを追討することだけに執念を燃やす男となったのである。が、どういうわけか、その才覚はクワサン・オリビーへの一目ぼれにより正規軍を離脱し、ダバを助けて真なるポセイダルにはむかうのである。
 こうした物語を見ると、ライバルキャラとして非常にキャラ立ちしているといわねばなるまいが、その変わり身の速さゆえに、やはりどっちつかずの印象をぬぐえないし、この人の信念すら疑いたくなる行動をするのである。また最終回まできちんとしたギャグ要因であり、いい顔立ちのキャラであるにもかかわらず、クワサンを見て異様なまでにたれ目になるし、頬を赤らめて愛を語るなど奇行も目立つ。だがこれとてダバのある種写し身であるともいえる。ともに体を鍛えることを怠らない部分など、実に共通する部分もある二人であり、戦場での会話で互いに「君」づけで呼び合うことを考えれば、非常に似通った二人なのである。最終回でポセイダルが行った「私が選んだ二人の若者」とは、正規軍と反乱軍の双方に肩入れをするための若者であったことが伺える。

 以上のようにキャラクターの配置はすべて、「ダバ・マイロード」という一人の青年を中心に丁寧に配置されているといっていい。そういう理由からすると、エルガイムという物語の構造は、ダバの相似形となる人物を周辺に配置することで、すべての人物と物語をダバに対する教訓と出来ることで、ダバが折りなす物語の裏と表を同時に見せるという構造になっていることがわかる。ダバが反乱軍の頭目にあるにあたり、結局ダバ自身がヤーマン一族の悲しい歴史と血族の証を示すしかなかったように、物語は混迷すると同時に深刻さを増していく。そのために富野監督ができるだけ軽やかなキャラクターを設定し、見せ掛けだけでも明るい印象を残したかったと考えていたであろう事はよくわかる。だがはたしてそれがうまくいていたかといえば、やはり「否」であろう。序盤におけるキャラクターのデザインとキャラクターシフトのズレはいかんともしがたく、その印象を引きづったまま、落としどころが見つからずにいたという印象がある。「十三人衆」という設定や、そのトップに君臨するギワザ・ロワウという人物があまりに小物であったことなども、こうした混迷の結果のように見えるのだ。それが富野監督の意図したところとはおよそ思えないのである。

 さて次回を最終回とし、エルガイムの物語について考えてみたい。

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