交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい

 「何の先入観もなく観たんだけれども、醜悪だと思いましたよ。あれもおじさんオタクたちが意味ありげに物を作るとこうなるという典型的作品でしたね。」(ユリイカ 2007年9月号)

 安彦良和氏のインタビュー記事を読んだとき、上記の台詞がやけに引っかかった。記事では、ガンダム以外の作品を取り上げて、自身の歴史観に照らして構築された漫画「ガンダム・ジ・オリジン」とは異なる立場であることを説明する件で、エウレカセブンの名前が出てきている。別段これに異を唱えたいわけでもない。ただ安彦氏がこういう発言する意図がはかりかねたからだ。

 「交響詩篇エウレカセブン」がテレビで放送されたのは、2005年4月~2006年4月。日曜日の早い時間だった。見ていると高揚感のあるOP主題歌で魅了され、本編は少しどんくさい少年の主人公が、鼻水たらしたりげろはきながら、精一杯背伸びして世界のはじっこを覗こうとしていて、どこがかわいいのかわからない不思議な少女に一方的に恋をする、まあそのついでにロボットが出ている。それもどことなくバランスが上半身に偏っているロボットが、サーフィンの要領で空を飛んでいる印象が強い。見続けると、よくわからないけど、なんだかかっこよさげに見えるサーフィンの用語、そして世界の謎につながる用語が頻出しだす。90年代に「エヴァンゲリオン」を通過してきたおじさんは、それが目くらましの効果だと知っていても、視聴後に単語をパソコンで検索する日々が続く。面白いのか面白くないのか、判断がつかないまま、少年が悩むままに物語の曲線も急降下し始める。つらくてしんどくて、いつ視聴をやめてもいいのに、次回を期待する。その想いは最終回あたりでやっと報われた気がしたけど。

 アニメ誌でもビジュアル的な取り上げ方をするが、ストーリーを解説しようとしていたのは、「コンティニュー」と「日経キャラクター」の別冊ぐらいだったか。番組が終了した直後にムック本が出てないことが、番組の善し悪しを示しているみたいだった。それは作品の本質とは全く異なる事象のようだった。だって私はこの作品を楽しんだのだから。

 エウレカセブンのよいと思えるところと、批判される箇所はすべて表裏一体だと思う。ロボットアクションは、空中を滑空しながら戦う新機軸ではあるけれど、多数のミサイルから逃げるニルバーシュなどのKLFのアクションは、どこかで見た気がするし、謎に包まれた世界は、秘密を一杯抱え込んだ地球だった。惑星ゾラだって自由の女神が埋まってたっていいけど、これだって見たことあるぞ。サブタイトルのセンス、リフと呼ばれる空中サーフィンの気持ちよさは、確かにかっこいいけど、これってストーリーには直接関係ないように見えないか? なんとなく情報量が過剰に詰め込まれている。そうこれがエウレカセブンの実像なのかも知れない。私はそれを楽しんでいたのだ。「エヴァ」の時と同じように。

 情報量が少なくなるとどうなるのか? 「交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい」は、テレビ版の情報量をカットし、その上で世界観を再構築し、全く新しいストーリーで製作された、もう一つのエウレカセブンである。この情報を聞いたテレビ版のファンは、どう受け止めたのであろうか?

 この作品を見る前、映画として再構築するならば、情報の操作は必要だろうと想像したし、同じ情報量なら再構築の必要はない、ダイジェスト映画を作ればいいと思っていた。リフや日常の月光号での生活などの情報は、物語を構成する大事な主要素だと、私自身は考えていたので、それをそぎ落とすことに不安を感じていた。
 ところがどっこい、この映画ではそれらの情報を、すっかりそぎ落としてしまう。それも潔いぐらいに。気持ちいいと思えるほどに落とされた情報量で、見えたことがある。ああ、また私は情報にだまされていたんだなと。

 そうしたら、冒頭の安彦氏の言葉の意味がはっきりわかった。今なら当たり前だとすら思う。ストーリーがはっきりと見えてくるし、作り手のやりたいこと、作りたい絵がわかってくる。当然それだけの映画ではないのだけど、ストーリーが進まない戦闘シーンでは、元ネタをさがしてしまうほどに、(よく言えば)オマージュの連続であった。ストーリー1つとったって、正解の命運をゆだねられたレントンとエウレカが、自分たちが幸せになる世界を目指して、世界を救う話である。世界をゼロリセットして、地平にたつ二人でラストを迎える、実に幸せそうな二人じゃないか。

 ここまで来たらこの話が、テレビ版のリセットである事以上に、気づく事があるじゃないか。ゼロリセットされた世界で、少年と少女が、水辺に寝そべっている。やがて気がついた少年は、傍らで寝そべる少女の首を・・・・。そう、なによりも劇場版でラストを迎えた「エヴァンゲリオン」へのアンチテーゼに見えはしないか。

 そもそも「エヴァンゲリオン」もエウレカセブンと同じように、情報量が多く、しかもブラフも多い。そしてなにより原典からのオマージュが多数見え隠れする。その巧妙さはエウレカセブンよりも上である。そして90年代に名を残す作品となっている。構造的には非常に近しい2作品だ。しかしかの匿名巨大掲示板では、未だに「エヴァ以上の作品作れよ」などの板が存在する。その意味では超えがたい壁に相当する作品だ。漏れ伝え聞くところによれば、エウレカセブンのスタッフは、30代の比較的若い世代が結集していたらしい。であるならば、彼らがエヴァンゲリオンを意識しないはずはない。しかも閉じていく一方のエヴァのラストに比べて、解放の方向となる明るいラストを迎えるエウレカセブンは、物語の類似性や絵作りのコンセプトが同じとしても、全く逆の方向性を示している。意識的にしろ無意識にしろ、これほど明確に真逆のラストを迎える作品だ。無意識に出来るとは思いがたい。

 私の友人にもいるのだが、「エヴァンゲリオン」以降、小難しいアニメを見なくなったという人がいる。そんな人々がいる中でも、エウレカセブンは存在し得た。そしてテレビ版の情報量を落としてでも、何かを伝えたい想いが劇場版に詰め込まれている。それはエヴァンゲリオンでアニメを諦めてしまった人々に対する、「カウンターエヴァ」としての役割だったのかも知れない(単に作りたかっただけって可能性もあるけれど)。だからこそ、いつしかアニメを諦めてしまった人々にこそ、この作品をごらんいただきたいと切に願う。この映画を見た後に感じる正の感動は、決して不安にさせたりはしないだろう。
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テーマ : 交響詩篇 エウレカセブン
ジャンル : アニメ・コミック

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