聖闘士星矢・北の聖域アスガルド編~幕間の傑作~

 会社を辞めるまでの1年ほど、やたらと特撮ものや勧善懲悪のアニメを見ていた記憶がある。細かい失敗でへこんだり、上司の指示通りにできない自分に腹を立て、発散することもできないまま、こうしたDVDにはまりこんだ。負けても諦めずに立ち上がり、最後は勝利する彼らの姿を見て、涙しながら自分に足りないのは努力だと言い聞かせた。無理の利かない体で残業を繰り返し、それでもだれからも認められないまま時が過ぎ、体を壊して会社を辞めた。自分に限界が来ているのはわかりきっていた。でもその限界を超えたところに、何かがあると勘違いしていたのだろう。今思えば、仕事もそんな勘違いのし通しだったろうし、金にシビアな発注者と金にシビアな上司に挟まれれて、冷静な判断力が鈍っていたのだろう。痛々しいにもほどがある。
 そんなときに見ていたのが、近場のショップで安売りされていた「聖闘士星矢」のDVDーBOXであり、小遣いはたいて買いそろえ、やはり涙しながら見ていたのである。特に繰り返し見ていたのは、中盤のテレビオリジナルのストーリーで展開する「アスガルド編」である。

 そもそも「聖闘士星矢」は週刊少年ジャンプに連載されていた車田正美氏原作のマンガであり、1986年から1990年まで連載された。アニメも後を追うように1986年秋の新番組として放送開始、1989年春に放送を終えている。原作マンガは星矢たちが聖衣(クロス)を持って日本に帰り着き、後のアテナとなる城戸沙織が主催する銀河戦争(ギャラクシーウォーズ)での戦い、そして星矢たちが沙織を要してギリシャ聖域(サンクチュアリ)に乗り込み、黄金聖闘士と激しいバトルを繰り広げる第1部「聖域編」、偶然の復活を果たした海王ポセイドンとの戦いを描く第2部「ポセイドン編」、来るべき冥界の王ハーデスとの戦いに、全聖闘士たちが戦いにおもむく第3部「ハーデス編」から構成されている。テレビ放送では第2部までをアニメ化し、大好評の内に幕を閉じた。その後残されたハーデス編はOVAとしてアニメ化された。ハーデス編のアニメ化にあたっては、メインキャストの声優交代によるいざこざなどもあったが、新しい技術や世代による新しい星矢像を結ぶことで、完成したともいえる。実のところ、さらに「天界編」という物語が原作者の構想にあり、その一部は「天界編 序奏」として劇場用作品としてアニメ化されている。

 テレビアニメ「聖闘士星矢」は、基本的に原作に忠実なストーリー展開をみせるものの、放送開始とマンガの連載開始がほとんど同時であったため、アニメ化するに当たり原作のストックが少ない状態にあった。そのため、第1部「聖域編」においては、かなりの話数をオリジナルのストーリーに裂いている。あくまで「ドラゴンボール」同様の、東映のお家芸的な苦肉の策ではあるのだが、これにより車田の原作も刺激された部分は少なからずあるだろう。ともに影響し合いながら、教皇が星矢たちを抹殺しようと、白銀聖闘士以外のさまざまな聖闘士を刺客としてさしむけ、そこに新しい星矢ワールドが紡ぎ出されることになる。これによる弊害もないではない。もっとも顕著なエピソードは、原作に未登場である鋼鉄聖闘士や、白鳥座氷河(「キグナスひょうが」って読めるよね?)の師が原作の水瓶座のカミュではなく、カミュの弟子にあたるクリスタル聖闘士であった点などである。とはいえ、こうしたオリジナルのエピソードも、なんとな~く吸収しながら、原作通りに話が進んでいくあたり、メジャーを狙って作られて、ムーブメントになっていった作品の強みが全開で示される。物語の熱さに酔い、美麗なビジュアルに酔い、音楽に酔い、キャラクターと一緒に涙することで、そうした不整合をはっきりとわかっていながら吹き飛ばすだけの力を見せつけたのである。足かけ1年半をかけた第1部「聖域編」は星矢たち青銅聖闘士たちが黄金聖闘士およびにせの教皇を打ち倒し、聖域全体がアテナ沙織を迎えて終了する。頃は1988年の4月のことである。

 それまでの「星矢」に1つだけ文句があるとするならば、聖衣が原作とことなり、ヘッドギアがヘルメット状であることだった。これがなんともやぼったく見えてしまい、また黄金聖闘士のヘッドギアがヘルメット状でることから、聖闘士の位があがるごとに、防御力も強化されてヘルメットになるんだという、私の勝手な思い込みが奇しくもはずれてしまう結果になったことに、納得いかなかったからかもしれない。だが、74話でスタートする第2部までの幕間である、「アスガルド編」からは、原作通りの聖衣になる。また主題歌とエンディングの曲も一新され、まさしく新たなスタートを切った物語に、当時私はわくわくしていた。

北欧アスガルドの神、オーディーンの地上代行者であるヒルダのもとに、伝説の神闘衣(ゴドローブ)をまとった神闘士(ゴッドウォーリアー)が新たに結集した。ここに打倒サンクチュアリを目指す熱き戦いの火ぶたが切って落とされたのであった・・・・・。(アスガルド編OPナレーションより)



 そもそもこの「アスガルド編」は、1988年3月に公開された劇場用映画「神々の熱き戦い」の完全リメイクといってもいい作品である。基本的に舞台となる北欧アスガルドは同じであるし、劇中に登場する神闘士も、似た人材をモチーフにしている。「神々の熱き戦い」が公開直後に、幕間の作品がまたしてもアスガルド編であったため、原作に追いついてしまったアニメのスタッフが、これ幸いとやっつけ仕事的に作った作品が「アスガルド編」であるかといえば、そうでは決してないだろう。魅力的な神闘士7人とその声優陣、あまりにもうまい引き継ぎ、そして何よりも劇場版よりも突っ込んだアスガルドという土地に根ざした戦いの理由など、いくつかの魅力ある特徴が挙げられる。

 物語は寒風吹きすさぶ雪原で、アスガルドの民から慕われていたはずのヒルダの目に、妖しい光が光り始めたところからはじまる。彼女たちアスガルドの民は、これほどの極寒の土地に住みながら、その身に不幸を浴びるように生活し、この世の災厄を一心に受けている人々として紹介される。われわれの幸福は彼らの犠牲のもとに成立しているというのである。そして彼らの真の望みは、日の当たる土地での暖かな生活である。極寒の土地では食料生産のままならない。極寒にしてじり貧。それがアスガルドでの日常生活なのである。だからこそ、ヒルダが甘言に惑わされ、民の心の底の願いである日の当たる土地を欲する心を利用されてしまうのは仕方のないことである。このあたりの理由は、高校の世界史でならった、中世期以降のロシアの動きに似ている気がする。「凍らない港がほしい」。これが中世期以降のロシアの願いであり、そのために諸外国と戦争を起こした事情と、よく似ているのである。

 ヒルダが手に入れた「ニーベルンゲン・リング」の力によって7人の神闘士を集め、聖域に挑戦状を叩きつける。アテナ暗殺に向かったゼータ星ミザールのシドは、一撃の下に黄金聖闘士である牡牛座のアルデバランを倒してしまう。その実力を持ってアテナに近づこうとしたとき、新しい聖衣をまとった星矢が、シドの魔の手から沙織を守るのである。そして斥候としてアスガルドに潜入した氷河の行方を確認するために、沙織をつれて星矢たちはアスガルドに向かう。沙織とヒルダの話し合いは決裂し、ヒルダはその強大な力で北氷洋の氷をとかして、世界を大洪水に破滅させようとする。その氷が溶け出すのを自分の小宇宙(「コスモ」って読んでね!)で防ごうとし、極寒の崖に立つ沙織。彼女の力を持ってしても、氷が溶けるのを防げるのは半日。それまでに神闘士たちを倒し、彼らが身につけている「オーディン・サファイヤ」を7つ手に入れ、その力でニーベルンゲン・リングの力を断ち切るしかない。星矢たちは、強敵潜むワルハラ宮をめざして、またしても激闘の中に身を躍らせるのである。

 「アスガルド編」が「神々の熱き戦い」の焼き直しと言っても、設定的にも物語的にもかなり充実している。特に神闘士の設定に関しては、それぞれが戦いに望む理由がきちんと描かれており、「聖闘士だから」とか「神闘士だから」というような、単純な理由ではない。このあたりが「聖闘士星矢」が勧善懲悪ではない、重要な部分であるし、車田イズムともいえる。敵も人間であり、理由がある。当たり前の事情を当たり前に示すことの重要さを教えてくれる。そしてその事情に対して、戦う聖闘士たちは自分の生い立ちや肉親との関係をだぶらせることで、同情的になっていく。だがしかし、星矢たちは彼らを敵として葬らねばならない。神闘士は祖国を背負って戦っているし、彼らもヒルダの願いに乗じて暖かい日のある土地に出たいと思うだろう。それは同時に、自らの悲しい過去を精算したいという思いがあるからである。アスガルド編の意味の重さがさらに強化される事情である。

 また新しく7人に設定された神闘士たちは、さまざまな技を繰り出して、聖闘士たちを圧倒する。ここに、アニメ版の戦士の形がそろっているとも言える。
 通常、熱と冷の技を同時には持てないのを、ベータ星メラクのハーゲンは、同時に熱と冷気の拳を使いこなす戦士だ。またイプシロン星アリオトのフェンリルは、狼を共につれ、狼をまねした拳を使う戦士である。いわば形象拳であるが、「星矢」の世界ではそれほど多くない。またデルタ星メグレスのアルベリッヒは知能は高く狡猾であり、同時にヒルダまでなきものして、自分が王座を手中にしようとする小悪党である。すでに劇場版にも登場していた「琴」を操る戦士はエータ星ベネトナーシュのミーメだ。音楽を用いた音波催眠系の攻撃は、この時点では原作にもおらず、後にこと座のオルフェやポセイドン編のセイレーンのソレントがいるぐらいだろう。横山箐児氏の曲の美しい調べにあわせて攻撃、音楽が徐々に壮大になりテンションが上がると同時に攻撃力も上がっていく演出は、耳から目からその攻撃のすさまじさを感じることができる、希なシーンである。それまで殴る蹴る、鎖、氷、炎、水などが打撃と交わるという攻撃しかなったものが、アスガルド編においてヴァリエーションを増やしたのである。

 またもっとも注目したいのがドラマ部分。先にも書いたとおり、神闘士の戦う背景や過去の物語が、物語にどうしようもできない戦いのむなしさを演出するキーになっている。特に双子でありながら、同時に存在できない兄弟であったシドとバドの、本当に切なく心苦しいほどの愛憎は、たった一人手をさしのべる誰かがいれば、こんなことにはならなかったと思わせるエピソードである。また厳しい父親の真実が、瞬と一輝との戦いで徐々に解明されているミーメのエピソードも、誰か手をさしのべてあげられたら、こんな悲劇にならないですんだのかもと思わせる。そう、あのとき誰かの手が、というのはあくまでも後日の話であり、そうできない運命だからこそ、悲しく切ない。これをして同じような話を繰り返して、お涙頂戴とはいってほしくない。だれでもがあのときに誰かが、と思う事があるだろう。そんな後悔にも似た思いを重ねるから、彼らの戦いに涙できるのも事実なのだ。
 しかもジークフリート役の神谷明氏をはじめ、あらゆる番組で主人公をされてきたお歴々の男性声優陣が、大挙してこの作品に参加し、美声と円熟した演技を見せてくれるのである。特にミーメの三ツ矢雄二氏、シド&バドの水島裕氏については、ヒロイズムを感じさせながら悪役であるという演技に、ただひたすら敬服するばかりである。

 6人の神闘士たちを打ち倒した星矢たち。そこに立ちはだかる最後にして最強の神闘士、アルファ星ドウベのジークフリートは、瞬く間に星矢たちを倒してしまう。だがそこにセイレーンのソレントと名乗る謎の戦士が現れて、ヒルダのために加勢すると言い出す。そしてソレントの口からすべての謎を聞き出したジークフリートは、最後のオーディン・サファイヤを星矢に託し、ソレントを道連れに宙に消える。7つのオーディンサファイヤは星矢の願いを聞き届け、伝説のオーディーン・ローブを復活させる。そしてオーディーン・ローブを身にまとった星矢は、伝説のバルムングの剣をつかって、ヒルダの指にはめられたニーベルンゲン・リングを断ち切り、ヒルダはその魔力から解放される。その時、一つの巨大な波涛が沙織を絡め取り、沙織は行方知れずになってしまう。解放されたヒルダの小宇宙によりアスガルドの海はもとの極寒の海に戻り、地上の壊滅は免れたが、アテナ沙織は行方知れずのままで、アスガルド編は終結を向かえる。話数にして99話、1988年の11月のことである。

 およそ2クールにおよぶアスガルド編はあとにつづくポセイドン編の序章として終わり、真の敵はヒルダにリングをはめたポセイドンということで幕を閉じた。そして怒濤のポセイドン編は、またも7人の海闘士との戦いを描きながら、この時点での視聴率の低迷や原作でもややかげりの出てきた人気を受けるように、ほぼ1クールで終了となる。やや性急すぎる展開ではあったが、むしろ戦いの間をじりじりと見せられるよりはよっぽどよく、納得のいくラストだったと言える。いやむしろポセイドン編よりもポセイドン編に繋げるための着地地点としての「アスガルド編」の重厚さがやはり光る。主人公側である星矢たちにとってみれば、この「アスガルド編」こそは、十二宮での戦いの意味を振り返ることで、あの激闘に秘められた真実や、死んでいった黄金聖闘士たちの想いを噛みしめる結果となり、彼らの真の想いを通じて星矢たちがまた一皮むけて成長するエピソードであったと言える。しつこいぐらいに入る十二宮での戦闘シーンが入るのは、星矢たちの成長に欠かせないエピソードである証明をしているのである。残念なのは、生き残った黄金聖闘士たちが、自分たちの血を分けて星矢たちの青銅聖衣を復活させたエピソードが入っていながら、彼らの青銅聖衣が黄金に輝かなかったのが残念だ。単に、ポセイドン編が遅れていただけなのだが、アスガルド編では間に合わず、新生聖衣の強度のみを星矢が口にした程度であったのが悔やまれる。

 以上のように「アスガルド編」は幕間のつなぎでしかないストーリーながら、展開もキャラクターも演出面においても本編に引けをとらない作品であり、同時に星矢たちメインキャラクターの成長譚としては欠かせないエピソードになっており、アニメ版オリジナルのエピソードながら、無視できない傑作である。
 現在の「星矢」関連の作品は後を絶たない。アニメは一端収束しているが、マンガでは車田氏以外が執筆している作品が2作品あり、片方はすでにアニメ化されている。これはハーデスとの前大戦の物語であるから、ある意味で前日譚として、見逃せないだろう。まだまだ広がる「星矢」ワールドであるが、いまひとたび原初の作品として見直してみてはいかがだろうか。

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アスガルド編について

ここの↓ブログの記事が好きです。 波のまにまに☆のアニメ・特撮のゆる~いコラム 聖闘士星矢におけるアスガルド編のことを書いていらっしゃるのですが、一番こころに落ちてき

コメント

非公開コメント

コメントありがとうございます

記事を気に入っていただけたようで、うれしく思います。本当にありがとうございます。
アスガルド編って幕間の作品で、テレビオリジナルだっただけに、ファンの間でもお味噌扱いで、視聴率も落ち気味だったんですが、私としてはこのころから本気でのめりこんでいった作品だっただけに、思い入れも深く、このような記事になってしまいました。同志がいると思うだけで、心強いです。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
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