「タイタンの戦い」~CGと人形アニメの怖さの質~

 おおむね5月の連休中に1本ぐらい映画を見る。去年は「ヤッターマン」だった。どうせなら本ブログで取り上げられるような特撮作品が望ましいと思っている。今年は「第9地区」なんかもいいかなあとは思ったし、この5月には「トライガン」の劇場版や「文学少女」、「いばらの王」などの劇場用アニメなど、いくつかの選択肢があった。だが特撮大好きな私としては、1981年に公開された映画のリメイクとなった「タイタンの戦い」が一番興味を引いた。

 「タイタンの戦い」はギリシャ神話における、勇者ペルセウスの生い立ち、そして人間のおごりによるオリンポスの神々への反逆、神々へのいけにえとされ、人間の国家アルゴスを救うため、怪物クラーケンへの供物とされた王女アンドロメダに、それを助けるべく活躍するペルセウスの活躍する冒険譚である。ギリシャ神話としても非常に有名な物語であるし、アンドロメダ、ケフェウス、カシオペア、ペガサスなど、星座神話としても著名な話である。物語中登場するクラーケンやペガサス、メデューサ、大さそりなどの怪物との戦いやアルゴスが津波に破壊されるシーンなどが創作意欲を掻き立てるのか、1度目はストップモーションアニメの巨匠・レイ・ハリーハウゼン率いる特撮チームが、2度目はCGによって表現されている。基本的な物語は1作目を踏襲する形となっているのだが、面白いことに映画化するにあたり、2作はまったく異なる方向性で作られていることがわかる。

 なお、記事はネタばれ全開で書いているので、ご注意を。

 さて物語は今回の映画にのっとって説明する。
 あくまで舞台は太古のギリシャ世界。この世界ではオリンポスの神々が君臨し、その下僕として人間が作られたという。そして人間は神々への尊敬を集めることで、その権勢を保ってきた。だが時が過ぎやがて自分たちの願いを聞き入れてもらえない怠惰な神々に失望した人間は、やがて神々を敵視するようになる。このことで神々と人間たちは対立的な状況におちいる。アルゴスという国家を建設した人間たちは、神々に対抗すべく武力と人材を蓄えつつ、美の神・アフロディーテをも上回る美しい王女アンドロメダを育てたことにより、さらに神をないがしろにする。これに腹を立てた大神ゼウスは、かつて仲たがいして死者の世界においやった弟・ハデスの甘言により、海の怪物クラーケンをおしたてて、海沿いの国家アルゴスを、数日後の日食の日に崩壊させることにする。
 幼少のころに海に浮かぶ棺の中かなら助け出された子供は、ペルセウスと名乗り、自分を助けてくれた漁師家族とともに船の上での生活を営んでいた。だが神々をないがしろにする人間たちにより巨大なゼウスの像を倒したとき、神々の怒りの余波をうけて家族を失ってしまい、ペルセウスは神への復讐を誓うのである。そして流れ着いたアルゴスにて、人間たちの事情を知り、ペルセウスは神々への復讐のためアルゴスの精鋭たちとともに国を離れ、まずクラーケンを倒す方法を知るために、グライアイの魔女のもとへ旅立つのである。

 81年度版では、かなりこのあたりの説明が整理されており、ペルセウスの生い立ちについても冒頭から語ってしまう呑気さも見せる。しかも今回の映画との最大の違いがすでにこの時点で明らかになっている。ペルセウスは運命に逆らわずに神々となんとなく戦うのではなく、神々への復讐を目的として戦うように物語が付加されている。このことにより本作の物語はたしかにストーリー性は高まり、ペルセウスが戦う理由についてきちんと述べている分だけ、動機付けがはっきりしている。だがそれゆえに物語の持つ「神話性」は薄れてしまった印象はぬぐえない。先ほど述べた81年度版の「呑気さ」とはむしろこの場合には「神話性」に由来するのである。この戦うための「動機付け」に意をくだくあたりは確かに2000年代的でもあるのだが。

 ところで日本での本作の公開では、そもそも本作が「聖闘士星矢」にインスパイアされたとして、キービジュアルを漫画家の車田正美氏に依頼、まさに星矢っぽいイメージのポスターが描かれ話題を呼んだ。81年度版のペルセウスであればやや髪の長い青年が甲冑を着て戦うイメージは星矢のそれに近い。だが今回のサム・ワーシントンのスポーツ刈りのがっちりとした体格では、本作を見ていてどこにインスパイアされているのかよくわからなかったが、地上世界を睥睨するように集まっているオリンポスの12神の姿を見て合点が行った。ゼウスをはじめポセイドンやアポロンの着ている甲冑が、まさに星矢に登場する「黄金聖闘士」の黄金聖衣なのである。世界を足元に写した大広間において、まるで円陣でも組むように円形に配置された台の上に立つ12神の姿は、まるで12人の黄金聖闘士の姿のようでもあり、スターウォーズのジェダイ円卓会議のようでもある。スターウォーズが「神話」を描いていることは有名な話であるが、はからずもそのイメージが直接的に「ギリシャ神話」をモチーフとしている部分があることをさらけ出している。実のところこのイメージの半分ぐらいは、スターウオーズEP1にてクワイ・ガン・ジンを演じたリーアム・ニーソンが、ゼウス役を演じているせいなのかもしれない。このゼウス役というのは、ある意味で当時の映画界の重鎮が演じているイメージがあり、81年度版では「サー」の称号すら持つ、ローレンス・オリビエが邪気たっぷりに演じていた。現在のリーアム・ニーソンがローレンス・オリビエほどの立場かといえば理解に苦しむが、人間を愛しながら立場として憎むことを課せられる悩めるゼウスには、たしかにクワイ・ガン・ジンの複雑なキャラクターに通じるところがある。むしろ進んで人間に愛される邪気をはらみ、半面で自分の意のままに世界を操ろうとする腹黒いゼウスに、ローレンス・オリビエの熟達した演技はお似合いであったろう。また傾向としても、今回の映画の最大の悪を、ハデスにかぶせているだけに、余計にそう見えるようになっているともいえる。

 さてペルセウスは仲間とともに戦いの旅に赴くのであるが、81年度版が仲間を必要とせず勝手に戦っていたのに対して、今回は旅の仲間がいろいろと同行し、ペルセウスの戦いをその死をもって彩るのである。このあたりはむしろ「ロード・オブ・ザ・リング」3部作にかなりイメージが近い。さらに付け加えれば、こうした古い時代を舞台にしたファンタジー映画のイメージは、「ロード・オブ・ザ・リング」を境にイメージが固定してしまっているイメージがあり、こうした衣装や装着品などに対する驚きはほとんど感じられなくなった。大変失礼ながらこうした装飾品はかの3部作からの流用品ではないかとすら疑ってしまう。ハリウッドだって財政難だからねえ。

 ペルセウスの出自については、アルゴスの前王の奥方を犯して生まれた子供であり、前王の怒りの触れて生きながらにして棺に閉じ込められたまま海に流されている。この件については81年版もまったく同じ演出がなされているのだが、前王の姿を借りて奥方の寝室に忍び込むシーンが挿入されている。これ、いるかなあ?と疑問に思ったシーンである。なくてもいいのであるが、ペルセウスが自分の血に人間と神の血が混ざっていることを、より直接的に感じさせるシーンにはなっているのかもしれない。たしかにCGによる顔の変化など、技術的な面でこのシーンが成立していることはわかるのであるが、こうしたシーンも、やはり本作から「神話性」を失わせる結果につながっているような気がする。つまり81年の映画はできるだけ「神話性」を保つように作られており、今回の映画は「神話性」を拒否して、ペルセウスが神の血の混じった人間として描いている。本映画はあくまでも人間の父親や家族の死を契機に、人間として戦うペルセウスの姿を描いているのである。

 そしてこれ以降の展開については、81年度版と今回の映画では、その順番が入れ替わっている部分がある。また81年度版では神より授けられた機械仕掛けのフクロウが、意外なほどに大活躍するのであるが、本作ではこれもなし。またペガサスの色も白から黒に変更されている。こうしたさまざまな違いはあれど、結果的にメデューサの首をとり、その首の石化の力でクラーケンを倒す流れについては、まったく同じ流れとなる。今回の映画ではCGによる怪物が足りなかったのか、ハデスの分身として有翼の怪物ハーピーが登場し、アルゴスの町を恐怖に陥れたりしているし、なにより神の怒りに触れて死ねないからだとなった女性イオが、ペルセウスを助ける。この部分もイオという死ねない女性という設定が、またもペルセウスの神と人間の血の混血という設定を浮き彫りにする。ラストシーンで王女アンドロメダとともにアルゴスにとどまらず、イオとともに旅を続けるという選択は、81年度版とはことなる物語となっている。こうした物語の結末が、むしろ脚本家が意図した「神話性」をかもし出すべく用意した物語のようであるのだが、前述のとおり物語がいちいち説明を要求してそれに答えるつくりになっているせいで、「神話性」を排除したような展開であるため、この最後のシーンすらとってつけたように見えてしまう。またアンドロメダがクラーケンのいけにえにされる際、アンドロメダが鎖につながれていないあたりには、もう少しこだわりを感じさせてほしかったところである。星矢からのインスパイアがされているなら、なおのこと、アンドロメダと鎖という犠牲という言葉の元になった、「サクリファイス」にこだわっていただきたいところであった。

 さて問題の特撮シーンであるが、大さそりのシーンにしても、クラーケンのシーンにしても基本的にはそつなくこなしている印象がある。いってみればそこにある気持ち悪さや不気味さがいまいち感じられない。映像技術としてのCGは、その粋をこらしていることは理解できるし、さそりの動きやクラーケンのうねうねした感じの動きなど、実に見事であるとは思うのだ。だがいってしまえばそれらは精密にコンピュータ上で描かれた美しく動く絵画であり、「そこにあるなにものか」ではない。実写である人物の存在感にまで、CGでできたキャラクターに存在感がないのである。それはつくりを知っているからだと思われるかもしれないが、人間が立体物として作った客観的な気持ちの悪さは、コンピュータ内で作り上げられた絵の主観的な気持ち悪さとは比較にならないのである。それをレイ・ハリーハウゼンの技術のすばらしさとうたうのは簡単であるが、パペットの演技のつけ方はあくまでも、作り手のイマジネーションなのである。それはCGにしたところで同じであろう。

 今回それがはっきりとわかったのはメデューサのシーンである。メデューサとは頭髪が蛇であり、下半身が蛇と化した魔性の怪物であり、得意の弓矢で人間を殺した自身の目で見たものを石化する能力で知られている。下半身が蛇であるのだから、蛇のようにのたくって登場するのは、だれしも想像できるだろう。また蛇がもつうろこの皮膚感、体を揺らしながらの動きなど、今回の映画でも実によく表現されている。いるのではあるが、81年度版に登場する製作された人形が、こま撮りで撮影され、細かく動きの演技をつけられたその動きの気持ち悪さは、やはりCGとは比較にならない。ガラガラ蛇の尻尾の振りを取り入れたのは、81年度版も今回も同じであるが、登場までの緊迫したシーンで、やっとことで体ごと姿をあらわした瞬間のシーンを見比べてほしい。上半身の人間の部分を持ち上げて移動するCGと異なり、重そうな蛇の部分を自らの手で引きずるその姿、いやもう気持ち悪いったらない。表情までこまかく演技つけられており、今にも画面から「きっしゃー」って飛び出してきそうなイメージである。こうした生々しいイメージは、CGではなかなか表現できない。なぜかと問われても不思議と回答できないのだが、今の私には立体物のイメージが、3Dとしての絵では到底表現できない何かがあるのかもしれない。実は今回の映画では、メデューサの正体がもともと人間であった可能性を示唆しているシーンがある。それゆえに81年度版ではひたすら怖いメデューサであるのだが、今作では死に際にメデューサが非常に切ない表情を見せるのである。これだけでも2つの映画の方向性の違いが見えるというものだ。

 今回の観劇あたり、初めて3D映画として見た。この映画はそもそも3D映画として作られておらず、製作後にあらためて3Dとして手を入れた作品らしい。3Dとしてのこの映画には、やはりこうしたアクションものは3Dとしての素材にはあっているし、なにより撮影の仕方ひとつでより効果的な3Dの見せ方ができる素地がある。そうした撮影技術や撮影時のアングル一つで、イメージが大きく異なることもあるだろう。
 ひとつ個人的におかしかったのは、ハデスのはげ頭である。これ、どう考えても3Dにしたスタッフの気の使い方が間違っているのであると思えるのだが、そのあまりにも立派なはげ頭に敬意を表したのだろうか。ハデスの頭髪は長髪の総髪であり、少しというかかなり額が広がった状態なのである。デコ広げ放題。それをやや正面から外れて見えるアングルでは、その額が飛び出して見えるのである。髪の生え際が奥に行き過ぎ、でこの中央があまりにも飛び出して見えるのである。こんなに飛び出すように前に長いはげ頭を、私は40年生きてきて見たことがない。これではハデス役のレイフ・ファインズもびっくりしてさらに禿げ上がるに違いない。これが3Dの現状なのかと、私はまざまざと思い知ったのである。

 本作「タイタンの戦い」は2つの映画として認識し、その違いを確認した作業の中で、いろいろ見えてきたり見えなかったりしたのだが、比較してはっきりわかったのは、CGは絵画であり、写実性を競うものである限り、映像としての感動につながるかどうかは素材次第であること、また3Dという技術は、芸術としての「映画」には必要ではないが、娯楽としての「映画」には有効であるかわりに、その見せ方にはまだまだ研究の余地があるように感じられた。そしてまた素材としての神話を題材にした物語に「神話性」を保つためには、現在の娯楽映画が持っているハリウッドスタイル的な理のつめ方は不要であると思えたことである。
 実は「映画」あるいは「映像」という素材が、時代を経ても過去の作品から現在の作品まですべてが等価値であることに、私はこの映画をみることでやっと自信が持てたのである。新しい作品だけがあるのではなく、新しい作品が生まれる事情としての過去の作品の価値を再認識できた。新しい作品を評価することとは、古い作品を評価することと、まったく違いはないわけで、埋もれている過去の作品を、できる限り再評価したいとう自分の願いは、決して間違いではなさそうである。

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