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「超電子バイオマン」~その1・バイオ粒子の鎖のもとに~

 現在までの長きに渡る「戦隊シリーズ」。その最初期の転換期は「バトルフィーバーJ」(1979)にある。色を基準とせず、国とダンスをモチーフにキャラクターを組み立てたこと、そしてなにより、巨大ロボットを登場させ、それまで等身大キャラクターのみであった戦闘シーンを、巨大ロボ戦とパラレルで描いたことである。
 2度目の変革は「太陽戦隊サンバルカン」(1981)で、主要キャラクターが3人に減じたこと、そして前作の悪役。へドリアン女王が続投し、前作「電子戦隊デンジマン」(1980)とつながるストーリーを展開したことである。
では3度目は?と聞かれると、これが返答につまってしまう。なぜなら、サンバルカンの後番組として制作された「大戦隊ゴーグルファイブ」(1982)を起点として、さまざまなテコ入れが行われているからだ。「ゴーグルファイブ」では3機合体のロボットに、空母が1機という編成であるが、合体にかかわるのは3人で後の二人は空母に残るため、最後のロボ戦にかかわらないメンバーがいる変則的な編成であった。続く「科学戦隊ダイナマン」(1983)ではアニメ作品などで著名なデザイナー・出淵裕氏が参加することで、特に敵デザインに大きな変化をもたらした。物語終盤で登場する「ダークナイト」などは、出淵氏の「ハカイダー」好きが高じてデザインされた悪のヒーローである。また地味ではあるが本作で主人公たちに巻かれていたマフラーが廃止、変身後のスーツが改良されたことで、首回りをマフラーで隠す必要がなくなった。そして今回のお題である「超電子バイオマン」(1984)を経て、さらに翌年の「電撃戦隊チェンジマン」(1985)では、敵宇宙獣士が等身大戦でやられて巨大化するのは元に戻ったが、等身大戦を決める必殺技が、肉体を使うものではなく、主役5人がそれぞれ持っている小型のバズーカを合わせて巨大な一つのバズーカとする兵器が登場する。これにより「5人の力を一つに合わせ」という戦隊が持っているテーゼがそのまま実体化して、画面からわかりやすく視聴者に伝えることができるようになる。
 こうした1982年から1985年までを戦隊の変遷を駆け足で見れば、この数年で現在まで連なる戦隊シリーズの基礎が形成されていることが分かるだろう。それほどこの4年間というのは、戦隊シリーズの中興の祖となる重要な作品群なのである。特にそれまでの戦隊シリーズの持つ設定の数々をあっさり捨て去り、ドラスティックに変革したのは、今回のお題である「超電子バイオマン」であったにちがいない。

 あらためて基本情報を。「超電子バイオマン」は1984年から翌年まで1年に渡って放送された。全51話。前述の通り戦隊シリーズが大きく変革する時期の作品であり、もっともさまざまな趣向が凝らされた作品である。以下に本作で試みられた主要な変更点を示しておく。

・女性戦士が二人。
・名乗りが簡略化(ワン!、ツー!・・・以下略)。
・等身大でも巨大戦でも必殺技が複数存在する(後半で一つに集約)。
・等身大戦の怪人はジューノイド五獣士のみ。やられても巨大化しない。
・毎回の戦闘のメインはあくまで巨大ロボ戦。しかも敵ロボットは毎回異なる。
・ロボットと人間の心を材にとった物語が多い。


 物語は突然「新帝国ギア」が都市部に攻め込んできたところからスタートする。新帝国ギアは、天才科学者ドクターマンを頂点にいただく機械人間の帝国である。詳細は次回に譲る。ドクターマンは己の科学力の優秀性を誇示し、自分の才能と能力によって世界を支配しようとたくらんでいる。だがギアの侵攻の裏で、ひそかにうごめくものがいた。かつて太古の昔、地球に避難してきたバイオ星の生き残りであるロボット・ビーボが、バイオロボと一緒にバイオマンとなる地球人を探していたのである。そして選ばれた5人は「超新星バイオマン」と名乗り、新帝国ギアと戦いうことになるという物語である。

 第2話ではバイオマン5人が選ばれた理由が明かされる。それはバイオ星崩壊という悲劇であり、爆発したバイオ星からビーボとバイオロボが地球に逃げのびたという物語であった。そしてバイオロボは昔の日本において5人の人間を選び、バイオ粒子を浴びせた。バイオマンとして選ばれた5人は、最初にバイオ粒子を浴びた5人の子孫なのである。この最初にバイオ粒子を浴びた5人は、侍や忍者、どこぞの姫様までが含まれている。そもそも本作の企画の初期段階では、桃太郎や金太郎の子孫が現代の地球を守るために活躍する物語であり、主人公レッドワンに変身する青年の名前も「桃太郎」と名付けられていた。結果的に採用されなかったが、ご先祖様がバイオ粒子を浴びたシーンは、若干であるがその名残を感じさせる。もし最初の企画が現実のものとなっていたら、最新の機械を操る新帝国ギアと日本の民話の主役たちが戦う、まことにファンタジックな物語になったと想像される。

 さてここで立ち止まって考えてみると、こうしたバイオ粒子を浴びた「宿命」というのは、戦士を選択する設定でしかない。同じような設定が「電子戦隊デンジマン」でも見られる。デンジマンの場合も太古の時代にデンジ星人の生き残りが地球に移住し、その血脈が「デンジマン」の選択要因になっている。ちなみにバイオマンまでの戦隊シリーズのメンバー選択要因を並べてみよう。

・ゴレンジャー  :壊滅させられたイーグルの生き残り
・ジャッカー   :組織に選ばれてサイボーグ化
・バトルフィーバー:国防省内選抜
・デンジマン   :デンジ星人の血脈
・サンバルカン  :組織内選抜
・ゴーグルV    :コンピューターによる選抜
・ダイナマン   :夢野博士を頼って上京した科学者たち


 この時代の戦隊は、どうやら上部組織からの選抜が主流であり、デンジマンやバイオマンのような例は少ないようだ。ダイナマンにいたっては自由意志のもとに集い、戦士になる決意をしているように見える。まことに結構なことである。だがやはりバイオ粒子を浴びたご先祖様の血脈というのは、はたして本人の意思ではない。案の定、女性戦士の一人で、死んだ兄から譲り受けたカメラで一流のカメラマンになることを目標とする小泉ミカことイエローフォーが、1話でいきなり離脱しようとする。2話でビーボから自分たちの宿命を聞かされる。
 本質的にはギアとバイオマンにはまったく縁もゆかりもない。だがバイオ星人は、自分たちの星と同じく美しい地球が、やがて強力な戦力による武力侵攻を受けることを予想し、それを防ぐためにバイオロボとビーボを地球に送り込んだらしい。2度の世界大戦でも復活しなかったところを見ると、新帝国ギアの戦力は2発の原爆以上であると判断されたのだろうか。ところがバイオ星人の悲劇の物語には、もう一つの側面があったのだ。

 その悲劇は意外な形で幕を上げる。事件は10話「さよならイエロー」で起こった。せっかく5人で仲良くチームワークを育てていたところに、ギアの首領ドクターマンが開発した「バイオキラーガン」の光線を浴びたイエローフォーが死亡してしまったのである。このバイオキラーガンに使用されていたエネルギーは「反バイオ粒子」というもので、バイオ粒子と反対の性質をもつ粒子だという。この話では結局バイオキラーガンのエネルギー切れで事なきを得たバイオマンたちであったが、さらにこのあとで意外な方向に話が展開するが、そのお話はまたあらためて。

 メンバーの一人を失った悲しみを振り切って、新しいメンバーを探すことになる。このときやけにバイオマンたちにちょっかいを出す女性が登場する。名を矢吹ジュン。アーチェリーの元オリンピック候補であるが、日本に戻ってきて偶然見かけたバイオマンたちの戦いを見て、これに興味をもったのである。なにかとバイオマンたちに付きまとうジュン。それをバイオマンたちは突っぱねる。その突っぱね方がハンパでないのである。いわく「バイオ粒子を浴びていない」、「君は戦士ではない」、「俺たちは戦う宿命に生まれた」とか言い始めるのである。たかだか祖先から血を受け継いだだけで、えらい言いようではないか。彼らバイオマンは別に自己申告で戦士になったわけではない。選んだのはあくまでバイオロボとビーボであり、バイオ粒子云々の件は、あくまで後付けで聞いた話でしかない。一般人を戦いに巻き込まないという大義名分はあるにしても、自分たちですら大した理由もなく宿命という名の「いいわけ」を受け入れているだけなのである。しかも結果的に見て矢吹ジュンは仲間であり、5人のご先祖意外にもバイオ粒子を浴びた人間がいたという想像で、納得してしまっている。逆にいえば「バイオ粒子反応」がする人間ならば、誰でもいいという結論になる。考えてみればバイオ粒子が決闘として受け継がれているとすれば、彼らの父母だっていいし、年齢的に無理なのは承知だが祖父母だっていい。
 ここで最終回付近に出てくるお話を先にしてしまうので恐縮であるが、終盤に登場するレッドワンこと郷史郎の父親で郷紳一郎博士という人が登場する。ドクターマンの人間時代の親友であり、ドクターマンを改心させるために良心回路の開発に取り組んでいたが、そのために自分自身をサイボーグ化してしまった悲劇の人物である。最終回手前の物語で反バイオ粒子の影響で体に変調をきたすバイオマンたちの傍らにいて、なんの影響も受けなかったのを見て、郷史郎は彼が自分の父親ではないのではと疑うシチュエーションがある。だがここで郷史郎は大きな間違いをしている。郷史郎にバイオ粒子が受けつがれるためには、別に父親にバイオ粒子が受け継がれなくてもよい。母親に受け継がれていた可能性だってあるのだ。物語は父と子の、機械にまつわる悲劇を軸にしており、息子が父親を超えるというわかりやすい相克の物語を呈しているから、一見すると忘れがちではあるが。

 バイオマン側の一番のピンチは32~34話に訪れる。詳細は次回に説明するが、新帝国ギアが自分たちを大改造し、その強大な武力でバイオマンたちを窮地に陥れる。これに対抗するため、バイオマンたちは自身の体力や精神力を鍛え上げ、バイオマンのスーツの強化型(見た目は変わらない)を装着することに成功する。そしてその能力を利用し、「スーパーエレクトロン」という必殺技を完成させ、ジューノイドたちを撃退する。さらに「バイオ粒子切り」で強化型のネオメカジャイガンを葬り去る。

 1年の物語もそろそろ終盤に差し掛かろうかという37話「殺し屋シルバ」にて、バイオハンター・シルバというキャラクターが登場し、物語は大きく展開し始める。全身白銀の体、両肘には鋭く長い針が突出し、表情の全く読めない顔や目をし、腰には「バイバスター」と呼ばれる半バイオ粒子エネルギーを発射する必殺のガンを持つ戦士である。彼の登場でまずバイオ星崩壊の記憶を持つビーボが恐れおののき、そしてバイオマンたちが変身後の体に異常をきたし始める。そしてピーボは再びバイオ星の悲しい歴史を語り始めるのである。バイオ星崩壊の真相は、バイオ粒子を信じるバイオ平和連合とそれに対抗する反バイオ同盟との戦争により破滅したのであった。ピーボが生き残ってバイオロボと地球に逃れたように、反バイオ同盟もシルバと強力なロボット・バルジオンを脱出させたのである。そしてバルジオンの反応とバイオ粒子の反応をたどってシルバは地球にたどり着いたのである。こうしてバイオロボすら打倒できると思われるバルジオンというロボットの争奪戦が始まり、新帝国ギアとバイオマンの戦いは、第3勢力となるシルバという存在をもって、最終段階になだれ込むのである。

 ここで思い出してほしいのであるが、バイオマンをバイオマンたらしめいているのはあくまでも先祖から受け継いだバイオ粒子反応なのである。だが小泉ミカが最初に死んだのも、反バイオ粒子に苦しめられたのもバイオ粒子のせいである。そしてバイオマンとなるために一時的にせよ自分たちの職業を放り出した5人である。特に新戦士となったジュンは、彼女の先輩(若き日の真田広之)が連れ戻しに来るほど優秀なスポーツ選手だった。にもかかわらず、栄光の道を外れてまで、戦士の道に進んだのである。だが受け継いだバイオ粒子が原因で、反バイオ粒子という存在に、命を脅かされることになる。普通の人間であればまったく影響のないものが、彼らの命を削るのだ。そして戦いの結果として、ドクターマンを父に持つ人間・影山秀一が父を失い、ほぼ同時にレッドワン・郷史郎もサイボーグ化していたとはいえ父親を失った。はたして彼らは戦士としての道に進んだことを、後悔しなかったのだろうか?

 これを理不尽といわずしてなんといえばいいのだろうか? 

 私にはどうしてもバイオマンたちが進んでこの道を歩いたことがどうしても信じられなくなってきた。たとえばビーボが最初に彼らをバイオマンに選んだときに、「実は反バイオ粒子ってのがあってね・・・・」と一言でも言っておいてくれたなら、それでも彼らはバイオマンになる道を選んだろうか? こういってはなんだが、それを先に言わないビーボは、「詐欺」なんじゃなかろうかと思ってしまう。

 いや、こんなことが書きたかったんじゃない。話がずれてしまった。
 それでも戦う道を選ぶというのが、彼らの戦士としての資質なのである。バイオマンに変身した6人は基本的に一般人である。「バイオ粒子」という選抜要因を差っ引いても、彼らは新帝国ギアの侵攻にしたいて、バイオロボとビーボに選ばれたならば、自分の不利を顧みずに戦いの中に身を置こうとする、そんな善良な人々なのである。戦う理由は人それぞれにある。最近のバトルを中心にした創作物には、「戦う理由」を描いているものは多い。だがそこに描かれている戦うものとしての資質を問うものは意外に少ないのではないだろうか?

 近作でそのあたりが面白そうなのは「HEROMAN」である。なし崩しに巻き込まれて戦う力をもった少年が、その力を行使する物語であり、そこに至るドラマが描かれている。少年が勇気を振り絞るために何が必要なのかを、少年にあえて問う作劇は、これからの展開を期待させるに充分だと思うのだ。

 さて最後の最後で話題がずれたのであるが、今回は「バイオマン」側について書いてみたので、次回は「新帝国ギア」側の視点で物語を追ってみたい。実は「超電子バイオマン」という物語は、バイオマン側よりもギア側にはるかに魅力がある物語であり、私が夢想する世界征服に、もっとも近いと思われる組織である。そこで次回は新帝国ギアがどうして世界征服できなかったのかを探ってみたい。


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コメント

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No title

次回を非常に楽しみにしてます。バイオマンはヒーロー側の印象が薄い、というかイマイチ魅力に欠けるというか、敵の「新帝国ギア」の魅力が無ければ記憶から消していました。
今回書かれているように、バイオマンは本人たちの大義名分とかやる気
とか選ばれた理由とかに何かズレがあってなおさらイマイチ感がありまして、
サンバルカンあたりまでの戦隊ヒーローには言うまでも無い「使命感」とか「プロ意識」とかがあったように思うのですが、以降は…。
昭和ライダーのように「(改造人間である)自分がやるしかない」とか
上原ヒーローのように「復讐」でもない、とはいえゴレンジャーのように国家組織所属のプロでもないヒーローの「正義」とか「使命感」というのは薄く感じてしまうというか。

No title

うめさん
 毎度おおきに。
 そうなのよ、バイオマンって存在感ないのよね。結局ギア側だけを書くわけにいかないので、先にバイオマン側を書いておこうって魂胆です。ギア側書くの楽しみだなあ。

 現行の「ゴセイジャー」もですが、「戦う理由」と「戦う資格」は同時に手に入ることはないわけで、そこらへん「シンケンジャー」があまりにもシビアに書かれていたのが、私が気に入った理由かもしれません。

 逆に悪の組織論はもう少し突っ込みたいなあ。バイオマン側をさらっと書きすぎたかも。

No title

ご返信ありがとうございます
ヒーローはまず「戦う理由」を得て(そこに選択の自由が無かったとしても)
、それから「戦う資格」をつくっていくというのがあるべきパターンだと思うのですが、それがズレていたり空回りしているヒーローは見ちゃいられないというか…
「ヒーロー」がただの額面だけでは先達に恥ずかしいと思います。

No title

うめさん
 だからさ、「戦う理由」が最近弱すぎると思うんですよ。
 「仮面ライダーキバ」の前半とか、理由がないでしょう? 「俺を邪魔する奴は叩き伏せる」的な、やくざまがいの理由が横行している気がするんですよ。あるいは「人が襲われているから助ける」みたいな理由。じゃあ、番組上最初の被害者の立場がないじゃんって思うんですよ。
 石ノ森ヒーローの特筆すべきは、生まれた理由が戦う理由と直結してることでしょ? 素晴らしい設定だと思います。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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