「マリア様がみてる」~薔薇様たちの人間関係構築術~

 「マリみて」の 後の心にくらぶれば 昔は物を思わざりけり

 なーんちて(笑)。
 勘違いする方もいらっしゃらないとは思いますが、正しくは

 「逢い見ての 後の心にくらぶれば 昔は物を思わざりけり」 権中納言敦忠

 百人一首にある歌でありまして、その意味するところは「逢瀬を重ねたあとで別れる時のこの思いに比べれば、あなたとの恋を知らなかった頃は、何も知らなかった事と同じようなものなのですね」という、まあ恋の歌なのであります。ちなみに最初に出てきたバカ歌は、私が「マリア様がみてる」という作品の略称である「マリみて」を知ったときに、なぜか最初にひらめいたネタなのですが、今更ながら本作を見ると、この元ネタになっている歌の意味が、ひしひしと感じられたりして。我ながら妙な直感ってあるものだと驚いた次第です(これに関しては後述します)。

 今回取り上げる「マリア様がみてる」という作品。一般的な認識はあくまで「百合もの」のを代表する一作であり、シリーズも継続している人気作というところでしょうか。本ブログではアニメ版、それも第1期のみを取り扱います。あちこちのブログを見る限り、原作の小説がすでに完結しているとのこと。また原作での情報量がアニメでは再現されつくされてはいないなどの感想が散見されました。ですが原作小説を知らない私にとっては、薄くもなくくどくもないアニメ版が、かえって好ましく思えたのも事実です。
 そして本作における、わりとはっきりしたメッセージは明らかに「百合」の部分にはない、もっとわかりやすい「人間関係の構築」にあると思えました。

 さて基本情報ですが、アニメ「マリア様がみてる」は2004年1月~3月の1クールで放送された作品で、第1シーズンは原作6巻分を、13話として構成されています。なお「マリア様がみている」自体は全部で4シリーズが放送されており、そのうち第3シーリーズはOVAとして制作されているようです(まだなんせ見てないので)。

 物語は「リリアン女学園」の高等部に通う平凡な1年生・福沢祐巳(ゆみ)を主人公とし、彼女が2年生の小笠原祥子(さちこ)に呼び止められ、制服のスカーフを直されるところから始まります。祥子は「紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)」と呼ばれるこの学園のマドンナ的の一人です。この学園には上級生が下級生と「姉妹」となり、日頃から上の者が下のものを導いていく「スール」とうシステムがあり、姉が妹になる人物にロザリオを渡すことで、スールが完成します。祥子はなぜかすでに1度スールを断られており、次の妹候補を偶然見染めた祐巳にすることを宣言します。ですが祐巳は遠い存在である祥子の思惑を測りかねたため、これを断ろうとします。ですがこれをきっかけに、祐巳は高等部生徒会「山百合会」の本部である「薔薇の館」を訪れることになります。やがて祥子の人となりを理解し、マリア像の前で祐巳は祥子とスールの契約を交わします。そしてそこからこの学園の山百合会を舞台に、姉妹となった人々の関係性を垣間見ながら、祐巳と祥子は互いへの思いを深めていくという物語です。

 山百合会の薔薇様たちについて、簡単に説明しておきましょう。
 山百合会は事実上このリリアン女学院の生徒会執行部であり、学内の選挙で選ばれます。選ばれるのは紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)、黄薔薇さま(ロサ・フェティダ)の3人。これら薔薇様の妹たちとなるのがそれぞれの「つぼみ」(アン・ブゥトゥン)、さらにその妹となる「つぼみの妹」(アン・ブゥトゥン・プティ・スール)となります。この妹制度は事実上世襲ではなく、選挙という形により民主主義的に決められていますが、実際にはやはり世襲的になっているようで、薔薇様がたの妹となるということは、学園の模範となるべく、お姉さま方からしつけられるということになるようです。薔薇様でなくても学園内には多くのスールがいるようですが、新聞部の二人のように、部活動の先輩後輩の関係が、スールに結び付く形もあるようです。そしてそういった関係性以上に、慕われ憧れられているのが薔薇様たち「山百合会」ということになりましょう。主人公・祐巳のように、本作での一件でもなければスールにならない人も多いでしょうし、あこがれのお姉さまがたに選ばれなかったために、横恋慕したり恨みつらみを買ったりする例もあるようで、こうしたことが本作のドラマの中核にあるわけです。ただ薔薇さまはじめお姉さま方に罪の意識などなく、彼女たちは自身の思いや考え方を理解したり、共有したりできる相手をのみ妹に選ぶのであり、そこに「スール」になることの意味も意義も隠されています。それを女生徒たちは知っているから、あまり陰惨なことにならないで済んでいるのでしょうね。

 物語の中心はあくまで3組の薔薇様とその妹たちにありますが、この3つのグループには、どうやらそれぞれにテーマがあるようです。わかりやすいのは白薔薇様んとこの聖さんと志摩子さん。この二人のテーマは「自立」です。互いを思いやりながらも決して互いによりかかろうとしない。でも妹がしなだれるようなら姉はそれを全力で支える。でも普段からいちゃついたりしない。そんなクールさと裏腹の互いに支えあう気持ちが表出するのが白薔薇さまグループの魅力です。
 一方で全く逆の発想なのが黄薔薇グループの令さんと由乃さんの二人。ここはさらにその上のお姉さまである江利子さんがすぐ下の妹である令さんにベタボレですが、さらに令さんが下の由乃さんにベタボレという関係です。つまり「依存」の上下関係があるようなのです。そこを一番下の由乃さんが反逆を起こしているというのが、本編4,5話におけるエピソードのミソとなり、「依存からの脱却」がテーマとなります。
 さてこうなると紅薔薇グループはどうなるでしょうか? それは多分「模索」だと思うのです。祐巳と祥子の出会いはあまりに適当すぎて、ドラマティックに見える一方で祥子の底意地が見えるようです。そも祥子さんという人は、高潔であり身だしなみにうるさく、高貴な家柄のご令嬢ですので、彼女に一般的な家庭の子女である祐巳が似合うはずもないのです。それを祥子さんが求めたこと、それは祥子さんが幼いころから一人孤独に闘っておられた家庭の事情からの脱却だったのです。一般的なことを知らずに育った祥子さんは、祐巳と出会うことにより、自分を変えたいと願ったのでしょう。それは祐巳も同様です。ですが知り合ったばかりの二人が、すぐに互いの考え方を理解できるはずもありません。ですからこの二人はまず互いの存在を近しく知り、絆を深めるところからスタートします。初期エピソードでも衝突も、12,13話のデートもすべてこのために存在するエピソードでしょう。

 本作の物語はこれら薔薇さまがたを含むメンバーをはじめとして、さらに多くの人物に彩られて進行します。ですがやっぱり面白いのは薔薇様。特に人気が高いのは白薔薇さまの「佐藤聖(せい)」さんでしょうか。
 「百合もの」に必須なのが「たち役」、つまり同性愛用語でいうところの男性役にあたる人物がどうしても必要になります。「ささめきこと」の村雨純夏や蓮賀朋絵、「青い花」の杉本恭己や井汲京子、漫画「オクターブ」の岩井節子などがこれにあたります。こうした人物は、女性主人公の相手役でありながら、同時に主人公の「愛」の対象であり、同時に「性欲」の対象でもあるわけです。それは女性側がけっして男性相手では満たされない衝動や欲求のはけ口でありながら、同時に女性主人公から「女性性」をはく奪されてしまう存在です。ですが彼女たちは主人公の前では「男性性」を求められつつ、自分自身の女性性は満たされないので、結果的に主人公から離れざるを得ない状況に追い込まれます。つまり「百合もの」が悲しい結末を迎える理由の一つです。
 10,11話では聖さんの過去が主体の話で、聖さんの過去のつらい恋と別れの物語です。注目すべきは聖さんの立ち位置です。聖さんは通常いわゆる「たち」の位置にいる人です。いつも祐巳の後ろから抱きついたりして、祥子さんに嫌がられたりしています。ですがそんな彼女が、唯一弱みを見せて自らの女性性で接した女性が久保栞さんです。ですがそんな聖さんを栞さんは拒否します。それはいずれ学園を卒業したら修道院に入るという栞さんの意思がそうさせるのです。一度は二人で駆け落ちの約束までするのですが、結局待ち合わせた駅に栞さんはやってきませんでした。聖さんの恋は激しく燃え上がり互いを求めあったにも関わらず、成就されなかったのです(ちなみに待ち合わせの駅のホームはJR三鷹駅に酷似)。結局学園にもどった聖さんですが、一方の栞さんは転校されて、二人は離ればなれとなります。つまり聖さんは、女性性と男性性を持ちあわせており、その場面場面によって使い分けているのです。しかも自分の女性性は最愛の女性に否定された故に、その後封印する方向に進むわけです。1作の百合もので、両方の属性を持ち合わせているキャラクターなんて、そうはいないでしょう。

 ここで聖さんが振られた理由を考えてみたいのですが、聖さんを愛するがゆえに、栞さんに依存していたんです。そして駆け落ちの約束をするほど揺れたとはいえ、自分の意思で自分の職業や未来を決めていた栞さんに中に、聖さんは「自立する女性の強さ」を見たのではないでしょうか。そしてそれがそのまま「白薔薇」グループのテーマに直結しているということになります。

 こうして見ていくと、「マリア様がみてる」という作品の本質には、「百合もの」というよりも「人間同士の関係性」というキーワードが浮かび上がってきます。「自立」、「依存」、「模索」。それぞれの薔薇さまグループが持っているこの3つの要素は、私たちが社会で学ぶ人間関係にも当てはまるのではないでしょうか? 私には、この物語はそれらを提示しながら、同時にその難しさを訴えているように見えてなりません。わかりやすい身分の違いに、実生活のレベルすら異なる祥子さんと祐巳が、互いにどうやって歩み寄るのでしょうか、令さんはどうやって由乃さんへの依存を断ち切れるのでしょうか、聖さんと志摩子さんはどうやって互いに心安らかな距離を見つけるのでしょうか? そしてお姉さまたちが卒業していなくなった時、祐巳たちがそれに代わる薔薇さまになったとき、新たな妹たちとどのような関係を紡いでいくのか、これこそが「マリア様がみてる」という作品の本質なんじゃないかと思えるのです。

 また「百合もの」として「マリみて」の物語が受け入れられる背景には、薔薇さまグループのそれぞれの関係が「純粋」であることです。この純粋さゆえに、誰にとっても否定語を封印してしまえるほどの受け入れやすさがあるのです。ここに純夏のようなおっさん趣味丸出しの本能(ギャグですが)や、「青い花」のようなふみちゃんの肉欲的な欲望がないことが、「マリみて」により惹きつけられる本質だとも思えるのです。その一方でどうしても絵空事になってしまいがちであり、「青い花」や「オクターブ」が認められる土壌でもあるのでしょう。
 ですがその一方で、冒頭の「逢い見ての・・・」と思えるのです。もし彼女たちが女性をのみ一方的に慕うという狭い視野を知覚しなければ、こうした苦労もなかったのではと思える部分があるからです。知ることは決して人生にマイナスには働かないでしょう。しかし知りすぎることはやはりすべてがプラスになるとは思えないのです。ましてや純粋すぎる少女時代に、想いの対象を特定することに、あまりいい感触をいだけません。ですが他人の意見を受け入れがたいほどの強い想いもまた、少女時代独特の情熱なのかもしれないとも思えるのです。

<追記>
 本ブログをご覧の皆様の中で、がたがたさんが管理をしていらっしゃる「「切る」ためのアニメレビュー」というブログをご存知でしょうか? そのブログで注目していただきたい記事があります。それはキャラクターの顔の大きさと目の大きさの比(ブログでは「眼頭比」と呼称されてます)により、キャラクターを大まかに分類する記事を書かれていらっしゃいました。参考までに以下にリンクを張っておきます。
 
・「写実」と「アニメ」と「animation」1
・「写実」と「アニメ」と「animation」2 
・「写実」と「アニメ」と「animation」3

 実は「マリみて」を見てから、この記事が気になっておりました。「マリみて」のキャラクターも、祐巳のように非常に眼の大きい娘や、祥子のような目が縦方向に小さいものの、横長の目をしているキャラクターなどが登場するのです。そこで前述の記事のように比較してみたいと思っておりました。
 ところが比較をするにあたり、どうしても引っかかることが。それはこの作品、かなりの頻度で絵が荒れておりまして、どの絵を代表とするかでイメージが変わってくるように感じられました。いっそこれらの平均値をとろうかとも考えましたが、その値範囲はそのまま、「絵の荒れの程度」を指し示す指標になる可能性に思い至りました。ですが作画の荒れ=悪いと言っているような論じ方は、正直いって私の趣味ではありません。いつぞやの「鉄腕バーディDECODE:02」の時のように、許容できる作画の荒れというものがあるのならば、そこを評価する手法に意味はないと思えるのです。(ってなわけで、がたがたさん、ごめんなさい。)

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コメント

非公開コメント

マリみてキタ~~~!!www

良い分析ですね!

「マリみて」をして「百合もの」代表作という一般的な評価に対し、
私は非常に違和感を持っていましたが、なるほど、

  聖  ⇔ 志摩子 : 「自立」
  令  ⇔ 由乃  : 「依存」
  祥子 ⇔ 祐巳  : 「模索」

ですか!まさに、「ストン」と腑に落ちた瞬間でした。

もちろんこの分析は、「今回は、第1シーズのみを取り扱う」という前提条件によるものですが、
この後シーズンも進み、彼女らのテーマも変化し、また新しいカップリングも輩出するわけで、
いや~、2~4シーズンの解説も非常に楽しみですね!

追伸
私的には、「中の人」ネタも好きなんですが。
生天目の完璧超人?
伊藤静のヘタレな王子様?
伊藤美紀の超お嬢様?
めぐぅのアディオス...
勇者王檜山 etc.

No title

おか~さん
 コメントありがとうございます。
 「百合」自体の解釈として、「女性同士の友情」、それも少年誌的な友情って、ちょっと当てはまらない感じがしたんですよ。で、よくよく考えてみたら、もう少し突っ込んだところにある人間関係だと気がついたわけで。
 私の中では、「百合」=細かい人間関係の多様性 だと思ったわけです。少年誌的なわかりやすい友誼の結び方と異なる点で、導入しやすい入り口をもっている優良なコンテンツだと、「マリみて」を評価してみたわけです。

 当然、薔薇様方の政権交代が、上記の人間関係のテーマの変化にもつながるわけで、これ以降のシリーズも個人的には楽しみです。

 声優さんに触れてなかったけど、へたれ王子の伊藤静にはやられた感がありました。また本当に豊口めぐみには、心奪われました。あいつ、すげえなあ。それに比べると、妹たちのなんと意外性のないキャスティングだろうか? 個人的には篠原恵美さんが大好きなんですが。

追記
 あんまりおもしろくない記事だったらしく、前回記事よりもアクセス数が伸び悩んでます。うちの読者の趣味が、ますますわからん・・・・。

No title

まよっ!(゚∀。) まよまよっ(゚∀。)!! まよっ(゚∀。)

お気遣い頂き、ありがとうございます。
なんだかなーでバタバタしててすみませんですー!

あーでも、
>「絵の荒れの程度」を指し示す
確かにここに陥る可能性はありますね。なるほどなーと納得した次第です。

No title

がたがたさん
 コメントありがとうございます。
 どうもねえ、絵の荒れが気になる作品だったんですよ。
 最初はそれでのめり込めないって記事を書こうかと思ったぐらいでした。
とはいえ、ちょっと「逃げたな・・・」って感じもあるんですよ。いずれ何かの作品でチャレンジしてみたいです。その時はご教授下さいね。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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