オーディーン 光子帆船スターライト~個人の思想は形を変えて・・・~

 最初の発表よりおよそ1カ月遅れて、「宇宙戦艦ヤマト復活編」のBD&DVDが発売された。喜び勇んで購入し、とるものもとりあえず視聴する。ん?なんだかおかしいぞ?後半部分の戦闘に関してはテコ入れがされたのか。 しかも例のムラサキオバケの件については、大幅に変更されており、たった一度足を運んだ劇場での映像と、ずいぶんと異なっていることが発覚する。あり?こんな話あったっけ?
 おまけに初期の発売告知において特典映像として予定されていた、お蔵入りした地球壊滅ヴァージョンの特典映像も収録されていない。しまった! BDを買うべきであったか?と思った矢先、心配なので一応ネットで確認してみると、地球壊滅ヴァージョンを特典としない告知を発見した。なんだか気持が悪い。そうはいっても特典映像を見ると本作の監督である西崎義展監督のインタビューやら、試写会での映像を見る。試写会の映像から、どうやら古代の涙で締めくくられたように思うのだが、なにせ映像を見ていないので納得のしようがない。またどうみても恍惚な状態の監督の映像から、いったい何を読み取ればいいのか。見終わった後にかなりげんなりしたことは言うまでもない。ってか疲れたっすよw。それでも私は本編を2度は見返した。やっぱり好きなものは好きなのである。

 まこと喜ばしい限りの「ヤマト」の復活ではあるが、こうなると西崎監督が過去にプロデュースした作品が、いちいち宙ぶらりんになっていることに、改めて気付く。物語終盤でやっと宇宙用に改造された「宇宙空母ブルーノア」、全7巻(9巻?)の告知が打たれたにもかかわらず3巻までしか発売されなかった「YAMATO2520」などである。いずれも「ポストヤマト」を狙って西崎氏が仕掛けた作品群であるが、いずれの作品も「ヤマト」を越えることはできなかった。これらの作品群は「ヤマト」の続編を制作する構想の中で、資金調達のために起こした企画でもあったろうが、結果的にはそこまでに至らない。今回取り上げる「オーディーン 光子帆船スターライト」という作品も、まさにこうした一連の作品群と同列なのだが、近々の西崎氏のインタビュー記事などを見るにつけ、西崎氏本人のやりたいことが全力で投影されている作品であることがわかってくる。


下線部:戦闘シーンに関しては修正はない模様(コメント欄参照。ありがとうございました!)

<作品概要と物語>
 「オーディーン 光子帆船スターライト」は1985年夏の劇場用作品である。散華した「ヤマト完結編」が1983年春であるから、およそ2年ぶりに登場した「ポストヤマト」作品である。さて1985年といえば、「機動戦士Zガンダム」が放映開始された年である。個人的な話で恐縮であるが、私はこの年高校1年生であった。特撮作品としてはテレビでは「電撃戦隊チェンジマン」「巨獣特捜ジャスピオン」「兄弟拳バイクロッサー」「スケバン刑事」などがスタートしている。この夏の映画では「007美しき獲物たち」や「マッドマックス サンダードーム」などの洋画の大作が主軸となり、アニメーション映画の大作感はすでになくなっていたころである。

 舞台は2099年。宇宙船が開発され、その動力に光子を帆に受けて進む方法が採用されていた。最新型として建造された宇宙船「スターライト号」は、大航海時代の帆船によく似た形状をし、その巨大な帆を宇宙空間に広げて、大宇宙への航海に臨もうとしていた。船長の鈴鹿の命令が下り、若き乗組員たちは試験航海に乗り出す。それをうらやましげに見ていた筑波あきらは、我慢できずに小型宇宙船で無理やり乗船する。だがあきらの優秀性と胆力を認める若きクルーたちの意見を入れて、鈴鹿船長はあきらをクルーとして迎え入れる。
 そのころ小惑星帯アステロイド付近で異変が生じていた。航海中の宇宙船から発せられたSOSを受信し、スターライト号はただちに救出に向かう。だが救難信号の発信元はすでに破壊しつくされていた。そこで救命カプセルにてただ一人救出された謎の少女「サラ」を助けたが、巨大なメカニックとの戦闘の中で大爆発に見舞われたスターライト号は、そのはずみで天王星まで移動してしまう。そこで彼らは天王星の衛星オベロンにおいて謎のメカの残骸を発見する。さっそく調査を開始。メカの中から持ち帰ったメモリを解読。サラの不思議な能力で解読されたその内容は、そのメカがカノープス星系にあるオーディン星より飛来したものであることを突き止める。この件を地球の北欧に残される北欧神話と重ね合わせることで、北欧神話の謎を解くために、カノープス星系に赴くことに決める。その行動は鈴鹿船長ら年長者たちを1室に閉じ込めての、事実上の反乱であったが、若者たちの未来を信じ、年長者たちはあきらたちの無謀な行動を温かい目で見守ることになる。
 カノープス星系への旅を続けるあきらたちであったが、その旅路の先に待ち受けるのは三重連星や宇宙の裂け目などの宇宙の神秘と危険であった。年長者たちが指揮権を取り返したころ、通常空間にてスターライト号は謎の敵の来襲を受ける。その敵の正体は有機生命体を取り込んでアンドロイドと化して先兵として利用する、巨大コンピューター「ベルゲル」であった。ベルゲルせん滅に乗り出すあきらたちは、武装強化したスターライト号で敵要塞に攻撃をかける。あきらたちはオーディーン星の謎を解くことができるのか、そして謎の少女・サラの正体とは?

<帆船へのあこがれと高揚感>
 本作は「ヤマト完結編」に携わったメンバーを主軸に制作されている上、当時の最新の手法により制作されたアニメーションであることは疑いえない。特に人物の作画を担当した湖川友兼氏の手によるキャラクターたちの表情や動きは、同様の仕事をした「伝説巨人イデオン」以上に湖川氏自身の力量のすごさを伝えている。あおりや下向きの表情の精悍な青年の顔や、いやに細かなしぐさを見せるサラなどは、見ていてほれぼれする。
 その一方で「ヤマト」シリーズとの差別化は意識されていたようで、一目見てわかるのは「宇宙が暗い」ことである。「ヤマト」ではやや青みがかった色合いの宇宙が、本作では漆黒の宇宙として描かれている。

 精緻に描かれたメカニック群については、言うまでもない。特に主役である「スターライト号」の書き込みや十分に練りこまれた設定などを見ていると、SFを楽しんでいて良かったと思わせるよだれ物の設定に出会える。特に序盤から中盤にかけてのスターライト号の試験航海の描写の中では、その航行方法の違いを見せることに、かなりの時間を割いて説明している。DVDの解説(ひどいことにLD時の解説の縮版を封入)によれば、劇中で過剰なほど説明されていた「レーザー・ネットワーク航法」と「重力遮断航法」以外にも「通常航法」と「慣性航法」の計4つの航法があるらしい。その見せ方には異論もあるだろうが、メカ描写としては力点をおいているシーンであるから、見ごたえがある。だが半面くり返されることで、すぐに新鮮味を失ってしまったことも否めない。
 とはいえ、「なんで宇宙で帆船?」という疑問は、大概の人は思いつくだろう。西崎氏はかねてより「海」へのあこがれが強いようで、1979年に制作した「宇宙空母ブルーノア」の企画した際に、海洋冒険小説を下敷きにしたようである。また自身もクルーザーを所持していることなど、「海」「海洋冒険」「大航海時代へのあこがれ」などがないまぜになった状態が、本作の制作に影響しているだろうことが伺える。特に件の「ブルーノア」が打ち切りの憂き目にあっていることを考慮しても、再度同じイメージで再チャレンジした企画が本作だったのではないかと想像される。

<世代間に横たわる不信感>
 本作のテーマは「若き青年たちの冒険譚」であるのは、一目瞭然である。西崎氏はテーマを設定すると冷淡なまでにそのテーマと心中しようとするきらいがある。「ヤマト」でいうところの「愛」と同じなのだ。本作でもこの「若き青年たち」の部分に拘泥しているようにも見える。
 例えば物語の序盤において、乗組員たちが我先に自分の配属先に急いでいるシーン。これが「ヤマト」ならどうなるだろうかと想像してみるとわかりやすいかもしれない。「ヤマト」であれば乗組員たちはすでに配置についていながら命令を待つ中、ゆっくりと艦長が到着し、艦長席に着くまでを手を休めて見守るだろう。本作では一変して血気盛んな若者たちの動向を追うあまり、鈴鹿船長およびボースンこと蔵本はあとからゆっくりとやってきて訓示を垂れるが、そのシーンはいささかあっさりしすぎだ。また中盤での物語の転換点となるカノープス星系への旅路を決める際には、おじさんたちを一室に閉じ込めておいて、あきらたちは反乱をおこして年長者を排除してまで行動する。これは大航海時代における長い航海にはつきものである「船員の反乱」の形を借りたものだ。いよいよいただけないのが、こうした年長者がラストの戦闘に向けて次々と殉職していくことである。結果を見れば、あきらたち青年とサラを除けば、機関長と医師が残り少ない年長者となる。指導者不在のまま物語は終幕し、スターライト号はカノープスのオーディーン星に向かうことになる。
 これを単に「ヤマト」同様のお涙ちょうだい的な話とは少し違うのではないだろうか。はっきりとそう確信したのは、「ヤマト復活編」の西崎監督インタビュー記事を読んだときである。以下に抜粋してみよう。

西崎-12歳から13歳ぐらいの方に言いたいことがあるとすれば、今の30代、40代の大人の真似をするなと。もうひと回り上の世代は太平洋戦争の戦後から自分を犠牲にして一生懸命働き、日本を豊かにしてきた人たちです。その世代の子どもたちとの中間にあたる層は最初から恵まれすぎていて、自己中心の人が多いと思います。それは真似するなよと。



 監督、そりゃあ、あっしたちのことですかい?(笑)

 西崎監督ははっきりと現在の30代40代の大人たちに関して、完全に懐疑的になっているし、はっきりと不信感を抱いておられるようだ。まあ耳が痛いのは正直なところだが、実際に現場で働いてきた中の当該年代の人々は、あまりにも彼に感銘を与えることはなかったようである。この世代に対する不信感が、「ヤマト」シリーズを監修していたころと、「オーディーン」を制作していたころで、はっきりと表れてきているような気がする。西崎氏の主張は明確だ。老兵よ去れ、そして若者に道をあけよ!と。そしてこのメッセージを託した若者とは、本映画の観客として想定したティーンエイジャーではなかったろうか。そう考えると、「ヤマト復活編」だって、本当はティーンを相手に商売をしたかったのだけれど、現在のティーンでは集客も金もうけもできないから、「おっほい」的な作品になったのではないかと、見ているこちらでさえ懐疑的になってしまう。

<機械文明批判>
 もう1点本作のテーマを上げるとすれば、それは「機械文明批判」ではなかろうか。たどり着いた先にもったいぶって登場した敵の正体が、ただの機械でしたという物語自体は、「無敵鋼人ザンボット3」などでも登場する設定で、ある意味最期のどんでん返しとしては、「がっかり脱力系」と呼んでもいいかもしれない。

 気になるのはこの発想の根源についてである。以前3回にわけてだらだらと書き記した「ヤマトよ永遠に」の記事でも少し述べたが、「永遠に」の最初のプロットは、完全に機械化された未来の地球人が敵だったというものであったらしく、実際のフィルムに登場する「敵本星が地球にそっくり」とか「無人艦隊の激烈な弱さ」、「暗黒星団帝国の地球侵攻事情」などに一部のアイデアが転用されていたのである。また「さらば宇宙戦艦ヤマト」に登場した地球の最新型戦闘艦「アンドロメダ」をはじめとする艦艇の多くが、機械化により乗組員が少ないという説明がなされており、これがヤマトの強さとの対比となっている描写がある。同じく「さらば」ではデスラー艦との戦闘において、デスラーがアンドロイド兵を使って、ヤマトに白兵戦を仕掛けるが、コントロールを破壊されてあえなく敗退するエピソードもあり、これまでの作品で西崎氏は「機械文明批判」を十分にしてきているのである。これまでの作品では直接的に描けなった部分であったため、本作ではメインのエピソードとしてラストのどんでん返しに持ってきたということになる。だが受け取るこちらとして新鮮味がないばかりか、「ヤマト」のように敵キャラクターが顔を出すことがない作品だけに、途中から予想がつきやすかったという難点はある。ヤマトの面白さの一端は、敵にも敵の事情があって、ヤマト側の思考とは別の思考も加味された上で、事態が推移するという点である。本作にはそれがない。

<そして・・・たどり着かない!>
 謎を謎のままに残して、敵のコンピューターを破壊して物語はいったん終息し、若者たちはオーディーン星への旅路を急ぐ。そしてこれから最終決戦か?と思われた矢先、おもむろにロックバンド・ラウドネスの歌う主題歌が流れてきて、タイトルロールが流れ始める。さまぁ~ずの三村さんなら「終わりかよっ!」と突っ込むところである。
 簡単にまとめれば本作は、最初に新鋭艦に乗り、暗黒の宇宙に乗り出す若者たちの高揚感にあふれており、後半もその勢いのまま突っ走るが、かなり無理やりに年長者が退場させられる。終盤では本人たちも認めるほど高揚感はなくなるが、年長者の一喝で若者たちはやる気を取り戻す。だが敵として認識したのは、機械によって支配されて蹂躙された人間たちの末路であり、本来目的の場所とされるオーディーン星につかないまま、物語は終わるのである。前半に膨らませた高揚感は、微塵もなく吹き消されてしまい、後に残った本作の寂寥感は、ある意味格別なものである。少なくてもハリウッド型のエンターテインメントとは対極にある感慨を得ることができるだろう。
 それもこれも、本来の目的であるオーディーン星にたどり着かないことで、気持ちのやり場がなくなってしまうことが最大の原因である。だが西崎氏が目指した「ポストヤマト」の行動が、こういう形で裏目に出てしまったということで理解するしかないのだろうか。

 ここまで読んでいただいたら、感の良い方なら気がつくだろう。本作はプロデューサー西崎義展氏がやりたいことを目いっぱい詰め込んだ、西崎氏からのギフトボックスなのであることがわかる。最高のスタッフも、最高の音楽に高揚感たっぷりのラウドネスの楽曲も、びっくりたまげた宇宙の神秘の数々も、みななにもかもがそうなのである。よほど他の作品では好きに作れなかったらしいことが伺える。ジョージ・ルーカスもこっぱずかしいシーンのアイデアを思いついて相談しては、引きとめられて考え直したそうである。だれか「それはアカンて、西崎さん」と言ってやる人はいなかったのだろうか? 映画もアニメも総合芸術であるという点に立脚すれば、それは多くの人の手が支えあって出来ているのである。立場や利用して強権を発動させて好きにしていいのは、それを支えるだけの力が必要である。ワンマン社長もいいけれど、いまどきの若者はついてこれるのだろうか? 本作を見ながら、横目で「ヤマト復活編」のDVDに収録されている「スタッフ対談」を見ると、ふと目頭が熱くなるのを感じる。


オーディーン 光子帆船スターライト [DVD]オーディーン 光子帆船スターライト [DVD]
(2003/06/25)
古川登志夫堀秀行

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映りの悪い写真である・・・・
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コメント

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No title

こんにちは。

>後半部分の戦闘に関してはテコ入れがされたのか。
映像の差し替え・変更、セリフの変更、一切ありません。
副監督のブログコメントからも、その事は分かります。

私は20数回劇場で観ましたが、DVDとの違いは判断できませんでした。

No title

9の部屋さま
 コメントありがとうございました。
 20数回もご覧になったとのこと。その上で変更点がないようなら、間違いないんですね。
 あまりにも印象が異なるシーンがいくつかありまして、未確認のまま修正がなされたのではと思っておりました。
 一緒に見に行った友人に聞いても、お互いに記憶があいまいであったため、不正確な情報で記事を書いてしまいました。大変申し訳ありません。
 記事については後日修正いたします。ご指摘ありがとうございました。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
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ピカード艦長が大好物。
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