劇場版 カードキャプターさくら 封印されたカード~おじさんはいかに胸がキュンとなりしか~

 「おっさんホイホイ」ってあるじゃないすか。単純に解釈すれば、年代的に視聴時期が合致するアニメや特撮、歌謡曲などに対してつかわれる言葉でしょうかね。こういう作品ってのは、そのメインターゲットが思春期や青年期に視聴すると、その作品がゆくゆく「おっさんホイホイ」になるのです。これ逆転させて考えてみると、思い返せば「おっホイ」作品だということはあるでしょう。けどハナッから狙って作られた作品が「おっホイ」になるってことは、例が少ないような気がするんですよ。
 ところがですねえ、普通はおっさんがはまらないはずの作品にはまりこみ、うっかり「おっさんホイホイ」作品に「なっちゃう」ってぇタイプの作品もあるんですね。私にとってはそれが「カードキャプターさくら」という作品です。まだ在職中のころ、職場の仲間との酒宴の席で、「娘にするならどんな子がいいか?」という話題になった時、「さくらちゃんと「ひとりでできるもん」のちぃまいちゃん」と言ったら、どん引きされた記憶があります。それぐらい私は「さくら」が好きでした。

<作品概要と物語>
 「カードキャプターさくら」は1998年4月よりNHK-BSにて放送開始しました。1999年には地上波にて放送が開始され、2000年3月(BSにて)まで放送されました。全3シリーズ70話という長丁場ではありましたが、実際には間に再放送を挟みながらであり、足かけ2年の放送期間となります。Wikiを見てみますと、恐るべきはその再放送回数です。2004年以降、NHKの様々なメディアを使って現在までほぼ間断なく再放送されており、現在もケーブルテレビでは放送中とのこと。NHKはこれまで「未来少年コナン」や「ふしぎの海のナディア」などヒットが知られておりますが、本作はこれを越えるヒットだと言ってよいでしょう。放送中の1999年夏とBSでの放送終了後の2000年夏には、劇場版が公開されており、特に後者の場合はテレビ版最終回の後日談となっています。今回のお題はこの2000年に公開された後日談のほうです。

 そも「カードキャプターさくら」の物語は古の大魔道師クロウ・リードが残した遺産・クロウカードをめぐる物語です。クロウカードを扱えるのは本来は魔術師のみ。それを父親の書斎で見つけた本に封印されていたケルベロスをさくらが起こしてしまうところから物語はスタートします。さくらはケルベロス(愛称・ケロちゃん)のサポートの元に、散らばてしまったクロウカードを集める「カードキャプター」として働くことになりました。さくらの住む友枝町で不思議な事件がおこると、そこで発生した魔力を手がかりに調査し、事件の根源たるクロウカードを捕獲する、それが「カードキャプターさくら」の基本ストーリーとなります。
 さくらはカードキャプターの活動の中で多くの人々に出会い、彼らに支えられていることを知ります。そして香港から来日した魔道師の家系の少年・小狼(シャオラン)に出会います。はじめはクロウカードを挟んで対立する二人でしたが、カードとの対決の中でシャオランに助けられたりするうちに、やがてその想いは淡い恋心に発展するのです(第1期)。またクロウ・リードの転生した姿であるエリオルが登場し、クロウカードをさくらカードに変化させるために、さまざまな事件が発生します(第2,3期)。そしてすべてのカードがさくらカードになった時、小狼はさくらに想いを告白しさくらの元を去っていくのでした。本日のお題はこの後の物語となります。

 友枝町に「なでしこ祭」の季節がめぐってきたころ、祭りでの演劇の練習に手間取っているさくらは、不意に小狼と再会します。小狼に告白されたにも関わらず、きちんと返事ができなかった事を悔やんでいたさくらは、このチャンスに小狼に「自分も小狼が好きだ」と告白しようとします。でも様々な妨害に会い、想いを告げることができません。そんな中、友枝町の一部がなくなり始め、同時にさくらカードが失われていく事件が発生します。それはエリオルが住んでいた邸宅に隠されていた、もう1枚の封印されていたカード「無」の仕業だと、エリオルから聞いたさくら。事態に対処しきれないまま、なでしこ祭は始まってしまいます。小狼は怪我をした主役の男の子の代役となり、お姫様役のさくらと一緒に舞台に立ちます。舞台が終盤に近づいた時、「無」のカードが発動し、友枝町の人々まで消えてしまいます。けれど小狼のことを思うさくらの心は、「無」のカードを封印できない。それは「無」のカードの封印には「大切なものの記憶」が失われること、すなわち小狼への想いがなくなることになるからです。さくらは残されたカードを封印して友枝町の人々を救えるのか? さくらの想いは小狼に届くのか?

<おじさん、さくらにキュンとなる>
 この作品、というよりも「カードキャプターさくら」の最大の魅力は、主人公・木之本さくらのキャラクターに尽きるでしょう。登場当初は小学4年生、いつも一生懸命で、けなげでしぐさがいちいちかわいらしい。そのかわいらしい仕種の多くは、多分に過剰演出になっているのですが、この過剰演出によるかわいらしさの表現こそ、「萌え」の重要要素だと、ちゃんと気付かせてくれています。時代をさかのぼれば、いわゆる「ブリッ娘」とでも言えばいいのかもしれませんが、当時「ブリッ娘」と呼ばれた松田聖子が、多くの男性ファンを魅了したのと同時に、そのかわいらしさにあこがれて松田聖子と同じ髪型を希望した女性がいたことは、瞠目に値します。つまり男性女性問わず、「かわいらしい」と感じる部分は、ざっくり言えばほぼ共通しているということになりましょうか。そうした「萌え」の基本概念を考えさせるきっかけとなったのが、私にとっては「さくら」だったのです。

 白状しますが、私がテレビ版をまじめに全部見ていたかといえば、さすがにそれはないです(笑)。ですがすでにいい歳ぶっこいた大人であったにも関わらず、現在でも漫画の単行本を所持しているのも事実。物語のキーになる話については、録画してまで見る程度ではありました。熱烈なファンとは言い難い所業ですが、この作品を見ていると、さくらの同級生などみんな実にイイ子で、気持ちいいぐらい。少女たちの担任にはなれないけど、遠目で眺めている大人の気持ち(アブナイ!)で見ていたものです。
 劇中の終盤は、クロウカードをさくらカードに変える物語であり、同時に敵対していた小狼をさくらが気にしだす展開に、おじさんは胸をときめかせ、お父さんな気持ちで見ていたのです。最終回は小狼の告白で終わり、シーンが変わって成長したさくらが小狼と再会するという、最上級のエンディングを迎えて終了します。この物語はこのミッシングリンクを埋める物語ですから、気にならないはずがありません。この劇場版2作目は、さくらの心の中で芽生えた糖蜜のような甘々の気持ちを軸に、物語が展開します。

 序盤ビデオに残された小狼の姿を見て一人照れているさくらがすでに伏線。帰ってくるはずもない小狼(と苺鈴(メイリン))にさくらが再会します。再開後に自宅で夕食をふるまうさくら。ケロがいるとはいえ、自宅でいい雰囲気になる二人ですが、桃矢お兄ちゃんが帰宅して邪魔が入ります。以後、この展開がずっと続くわけですが、この甘酸っぱい展開がもうたまりません。しかもなにげに桃矢がさくらを心から可愛がっていることが分かるシーンなど見るにつけ、さくらが本当に周りの人々に愛されて育ってきていることが分かります。復活した最期のクロウカードの暗躍が気にかかりながらも、さくらたちの演劇の準備は着々と進んでいきます。苺鈴がなんとかお膳だてしても、なかなかうまく告白できないさくらではありますが、親友・知世も告白シーンの撮影を、虎視眈々と狙っていたりして。削り取られたポストの支柱の切断面が、不気味な雰囲気を醸し出していき、徐々に事件の深刻さが増していきます。こうしたちょっとした演出に妙が感じられます。そしてさくらこと丹下桜が歌う「ありがとう」にのせて、演劇のリハーサルやさくらの日常が映し出されるのですが、これがまたイイ。ふと小狼と目があうさくらの表情といい、その照れ具合といい、テレビシリーズを見ていた人なら音声がなくてもすぐにわかる千春ちゃんと山崎くんの幕間コントも実にいい味わい。

 幕間コントもそうですが、この直後の雪兎さんとさくらの会話など、きちんとテレビシリーズの「さくら」の物語を、きちんと踏まえている展開であることが、視聴している人間に気持ち良くアピールしているあたりは、脚本のうまさが感じられます。エリオルの登場も突飛なものではなく、事前にさくらが手紙を書いており、文通が続いていることが前提にあるシーンが挟まれていることにより、イチゲンさんでもわかりやすくはなっているはず。そうした作り手の誠意や視聴者へのサービスが行き届いていることが、本作をより良い作品に感じられる一因だと思います。

 遊園地でのさくらたち4人のシーンでも、ジェットコースターに弱い小狼や、苺鈴と話しながらも、隣の小狼を気にしているシーンなど、「うまい!」とうならざるをえません。

<劇中劇の意味と舞台装置としての学校>
 本作は劇中劇として、戦争で引き裂かれた王女と王子の物語が登場します。この劇中劇が非常に重要な役割を演じているのは、本作の場合にはものすごくわかりやすい展開なのですが、「劇中劇」の意味合いを考えるきっかけとして十分なテキストと言えるでしょう。本作では劇中劇の設定が、小狼に告白できないさくら自信を重ねることと、この後に控える「無」のカードとの対峙を暗示しており、物語の最終局面でのさくらの決断に大きく影響する主要素となります。また劇中劇ですらやや感傷的な印象の物語であるが故に、「無」のカードを解放し、さくらカードに変換する過程で、「そのとき一番大事にしている想い」を引き換えにすること、つまりさくらにとっては「小狼への気持ち」を代償にすることを、劇中劇で説明しているシーンであり、視聴者に悲劇の結末の可能性を想起させるシーンとなっています。

 教室での明るいリハーサルシーンから転じて、雨が降る渡り廊下でのさくらと小狼のシーンは、ダイレクトにこれからの事態の深刻さを伝えています。こうしたシーンのトーンなどの調整も、キャラクターの心情表現としてわかりやすく作られているのも本作の特徴です。しかもこの「渡り廊下」っていうシチュエーションが素晴らしい。本作では学校を主舞台とはしていなのですが、祭りで浮かれている学校の様子というのは、やはり「学園祭」や「文化祭」などを想起させます。また「学校」という舞台にはありがちな場所をあえて指定してドラマを見せることで、学校という舞台から遠く離れてしまった視聴者にも、過去を思い出させる装置として認識させることに成功していることも解ります。近年学園物が好まれる背景には、こうした視聴者にとって共通認識としてわかりやすい舞台を提供する意味合いが強いことは、容易に想像できること。それだけに「安易」と取られかねない危険性もはらんでいると言えるでしょう。

 そして事件は深刻さを増し、「無」のカードはより直接的にカードをさくらから奪っていきます。事件の中で山崎君の怪我というアクシデントで、王子様役が小狼に交代になります。そんな中でも祭りに興じる友枝町の皆様。それを上空から眺める「無」のカード。このシーンが、「無」のカードの行動原理につながる重要なシーンです。

<「やだっ」に萌えろ!>
 さくらの想いが重なる劇中劇に涙している終盤にきて、さくらの切ない胸の内がわかるだけに、涙腺は緩み始めます。そして事件は一気に本格化し、さくらはカードを奪われ、街の人々ごと空間を削り取っていく「無」のカード。こういう非常時にそれぞれのキャラクターがよく見えてきます。特に桃矢の「さくらを!」のセリフもそうでしょう。そして涙腺を暴発させてしまうシーンが、知世の作った衣装をさくらたちに渡すシーンです。それはこれまで知世がさくらの衣装を着替えさせることに対するアンサーであり、わかりやすい知世のさくらへの愛情を感じさせるシーンです。知世は言います、これまで一度だって私の衣装を着て、さくらが戻らなかったことなどないと。だからこそつい自分を犠牲にしてしまうがちな小狼にも、自分の命に責任を持てと諭すのです。このシーンで泣けるのはやはりテレビシリーズを見てきたからなせることであり、テレビシリーズの時間の積み重ねがあり、それが想い出となってはからずとも自分の記憶に残されていることを、今更ながらに思い知らされることになるのです。

 遊園地にて展開される「無」のカードとのラストバトル。月(ユエ)やケルベロスも失いながら、ついにさくらは「無」のカードと対峙します。その少女のような姿のカードは、自分の本心を吐きだします、「一人にしないで」と。さくらは「無」のカードのやり方を全否定! しかしその上で、52枚のカードと一緒に「無」のカードもさくらカードに変換することを告げるさくらでしたが、その作業は「一番大事な想い」を捨て去らねばないらないのですから、逡巡してあたりまえ。しかもそれが小学6年生のすることですから、当たり前でしょう。無の暗黒球に閉じ込められた小狼も心憎い。そして「無」はさくらカードになって「希望」の生み出すのです。それはやっとの思いで伝えることができたさくらの精いっぱいの言葉。その言葉はすべての制約をとっぱらって小狼に届くのでした。

 ・・・っぐす。ふええ・・・・(泣)。よかったねえ、さくらちゃん。

 確かにね、40を過ぎたおっさんの見る映画じゃあありませんよ。わかってるって、そんなこと。でもね、言いたくても言いだせない想いって、あったでしょ? あなたにだって、あなたにだって、そこのあなたにだって。当然このおっさんの若いころにもあったのですよ。けどさ、その想いが成就できないことのほうが、圧倒的に多いじゃないですか。たとえ架空の世界の物語でも、たとえ本作のような児童対象の作品であっても、キャラクターの思いが、キャラクターに届くのだって、きっと難しいと思えるし。しかもあの「無」のカードの状況下で、さくらの思いが成就できるってやっぱり思えない(この時テレビシリーズや原作漫画のエピローグの件は頭にありません)。幼くちいさなさくらが、必死こいてたどりついた結末は、やっぱり幸福を手に入れてほしいんですよ。そんなささやかなおじさんの願いを、この映画はかなえてくれたのです。これに満足しないで何に満足すればいいのよ。

 そんなわけで、不真面目なファンではありつつも、テレビシリーズや原作漫画から付き合っている人には、本作は細々とした不都合に目をつぶって、喝采するしかない作品になっているとは思います。しかもこれ以上ないってくらいの大団円。だれも死なないし、だれもいなくならない。切なくキュンとした想いとさわやかな風のような印象だけを残して、シリーズは完結するのです。

小狼「おい、よせって。待ってれば元に戻るから!」
さくら「や~だっ!」(←イマココ)
 さくら小狼に向かって大きくジャンプして、
さくら「大好き!」

のラストシーンの件に、むずむずした思いを感じた人もいるはず。初見時も「これはやっちゃいましたね!」と思いはしたけれど、これ以外のラストシーン、私には考えられません。いいんです、もう。さくらちゃんですから。

 劇中劇を絡めた構成の巧みさ、徹底したファンサービス、描写された細かい動きやしぐさ、そして何物にも代えがたいさくらたちのキャラクター。全方位的に善意で固められた世界というのは、本来は居心地が悪いものだと思うのですが、そうした「善意」とありったけの「愛情」で作られている本作です。これを最後まで見られるあなたなら、きっと「君の届け」を見ても、全話視聴できるはず。ぜひとも「耳をすませば」にだって臆することなく立ち向かっていただきたい。

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(2009/12/22)
丹下 桜くまいもとこ

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