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アニメとラノベのいや~んな関係~アニメ化とコンテンツの耐久性~

 あけましておめでとうございます。今年も皆様にとってよき年になりますよう祈念しております。さて、2011年一発目の更新ですが、ちょいと気になった記事を年末に拝見したもので、年末から年明けにかけてちょっとだけそのことについて考えてみたことを書いてみようかと思っております。
 記事はFC2ブログの有名ブログの一つである、「今日もやられやく」(http://yunakiti.blog79.fc2.com/)さんのところの2010年12月31日の記事である。

http://yunakiti.blog79.fc2.com/blog-entry-7763.html

 ブログ「今日もやられやく」は基本的に某巨大掲示板のまとめやオタク関連記事を集めるブログですので、この記事自体は別のニュースサイトにあったインタビュー記事を転載したものです。この記事の内容はやわらかい表現で書かれておりますが、内容はファンをかなりがっかりさせられる内容となっており、ラノベ原作者が自作をアニメ化されたものの、結果的に原作者の思う通りにならなかったようで、その気持ちをまじめに吐露していらっしゃった上で、ラノベ作品がアニメ化されることに対する今後への切ない希望で締めくくられています。
 この記事の内容から、現実のラノベとアニメの良好な関係性は私にはまったく読み取れません。ましてや去年末に話題にした「俺の妹がこんなに可愛いわけがない」の8話の桐乃同様の悲惨さがうかがい知れます。そしてそれは、私が本ブログを立ち上げたときの最初の記事を書きあげた時の薄暗い気持ちを思い出さざるを得ない内容だったのです。そこで改めてラノベとアニメの良好な関係性について考えてみたいと思う次第です。

2011.01.06 追記しました!

<まずは記事の要点から>
 記事は昨年アニメ化された「迷い猫オーバーラン」という作品の原作者である松智洋氏の独白のような形で書かれている。「迷い猫オーバーラン」という作品に関しては、私も本ブログの中で1話だけあげつらったが、本編とはまったく関係のない勇者ロボシリーズのような話があり、当時話題になったので私も乗っかって記事を書いた。だが「迷い猫オーバーラン」という作品自体はほとんど見ずじまいであり、作品自体を語る程情報がないので、ここでは触れないこととする。ただ素直な私の感想を述べることを許してもらえるのなら、昨今の原作つきのアニメの多くには、原作とは全く異なるテイストの1話が挟まっていることなどごく当たり前であり、それが翻って話題として取り上げられることがある一方で、原作やアニメ自体の評価とは別のところでもてはやされている風潮があるという認識でしかない。こうした脱線はあくまでお遊びの範疇であり、それ自体にはアニメ自体や原作を評価する指標にはならないと思っている。

 さて、記事による松氏の主張を、箇条書きにまとめておこうと思う。


・「迷い猫オーバーラン」はアニメ化を期に売り上げを上げた。原作者としては別のシリーズも成功しているが、「迷い猫」程の認知度はない状況。
・2000年代に入ると権利料の安い深夜枠での放送を狙いアニメ作品が増える一方でコンテンツが不足し、漫画やラノベに原作が求められるようになる。
・その結果、ちょっとでも人気のある作品はアニメ化がすすめられるようになる。
・メディアミックスに拍車がかかる。そのため人気がある作品をアニメ化するのではなく、放送枠を維持するためにコンテンツ数が必要となるため、供給のバランスが崩れ始める。
・アニメ化にあたり、漫画に比べるとラノベの巻数は少なくてよい。しかもキャラクター数も数を入れ込むことができる。
・ラノベ原作者のほうでも、アニメ化してもらうことを想定して執筆するという逆転現象も起こっている。
・アニメの企画はプロデュース側の制作会社から持ち込まれる。原作者としては今後の原作の伸びしろや、作品をどう大事にしてくれるのかが気になるところ。
・だがアニメにはアニメの文法があるから、原作者の希望には添えないこともある。
・原作者としてはいろいろ希望があったとしても、結局アニメ制作会社にお任せするしかない。
・アニメの出来不出来は原作の出来不出来に置き換えられる。だが原作者としてはその責任は負いかねる。しかも小説家としての死活問題となる場合すらある。
・アニメが売れることによる副収入がある。同時にアニメが売れることにより原作者の執筆する場所が確保できる。
・アニメ化は人気のバロメーターとなり、アニメ化されないラノベの原作者はいつも各場所を探す不安にさいなまれる。
・「アニメの終了=作品の終了」と受け取られやすい。
・またアニメ化作品後の2作目はハードルが高い。そのため創作活動の停滞につながる。
・その背景で、作品の寿命が短くなる傾向にある。
・作家としてメディアミックスに望むことは、
1)作品の寿命が延びるような、息の長いコンテンツとして育成してもらいたい。
2)メディアミックスによって原作とアニメが相補的な関係を築ける作品を選んでもらいたい。人気があるからアニメ化するのは、双方にとって望ましくはない。
・その結果、企画時からアニメ化やメディアミックスを前提としたラノベ企画を立ち上げることがあり、すでにアニメ化されている作品と類似した作品が作られるため、本末転倒なことになっている。


<メディアミックス前史>
 ああこの作家さん、実直な方だなあ。今後彼の作家活動に支障が生じなければいいなぁなんてことを、軽く考えてみたりして。
 私がこの記事を読んで驚いたのは、作家がアニメ化を前提として創作しているというくだりである。創作はもっと自由であるべきだと思うのだが、アニメ化を前提にすれば、それだけモラルや表現の規制や縛りを受け入れねばならず、それだけで発想が狭まるのではと危惧してしまう。だが最近のお若い作家さんがたは、「売れる」や「認知度を高める」ために、そこまで自分の創作活動を縛るのだなと、驚かざるを得ない。逆説としては「俺の妹~」や「ヨスガノソラ」などの野心作が登場するのは、原作をチョイスするときのハードルを下げたことになるのだが、これとてあくまで例でしかなく、ラノベ原作をチョイスする時の選考基準としてはそれほど優位性を感じる点ではない。ということはやはり穏便にアニメ化できる作品を探すことになるのであれば、既存のアニメ化作品の縮小再生産品が跋扈することになりかねない。現にラノベの世界ではすでに飽和状態であり、微エロはゆうにおよばず、この世界にあるあらゆるジャンルを包括する作品群になりつつある。ましてや「セカイ系」などというラノベ特有の作品ジャンルですら完全に飽和状態であり、隙間をぬうようにして作品が出来上がっている感覚が否めなくもない。

 そもそもライトノベルの出自を考えてみると、朝日ソノラマ文庫や集英社コバルト文庫などの、いわゆる「ジュブナイル小説」に端を発している。その多くはティーンエイジャーを対象とした作品群であり、ファンタジー寄りの作品やちょっとSFっぽいものが多い。そのためアニメ作品のノベライズ作品というものの受け皿となっている事実が浮き上がってくる。そこにはアニメ作品初のメディアミックスの走りとなり、作品人気がノベライズ作品の売り上げにつながる。現在でもノベライズ化された作品が多く見受けられるのはこの流れがあるからだ。その後ノベライズはアニメ作品とは異なる物語を創作する土壌となり、ノベライズ作品は原点となるアニメとは異なる道を歩むことにより、異なる商品価値を持つにいたる。最近では「コードギアス 反逆のルルーシュ」ではアニメとまったく同じ物語の流れを紡ぎながらも、原点であるアニメを補完する情報を多く入れ込むことにより、アニメで感じた感触とは異なる感触を得られる作りが特筆される作品となっている。

 だがこのインタビューの現状を見る限り、話はまったく逆転している構造が見える。アニメがラノベ発になっているだけではない。ラノベの商品価値の側面としてのアニメという存在が浮かび上がってくる。それはそうだろう。出資者が出版社であり、現在のアニメの多くが出版社を母体とする制作委員会方式により制作され、その目的はあくまで本の売り上げを伸ばすためのメディアミックスが望まれて誕生しているのだから。
かつて出版社の立場にあったのはおもちゃ業界であり、おもちゃを売るために必要なキャラクターがそろうロボットアニメや魔女っ子アニメ、SFアニメがもてはやされた。この逆転の背景にあるのは、おもちゃを制作しても購買できなくなり、「ゲーム」にそのお株を奪われたことや、オリジナル作品を制作しても受けいれられなくなったテレビ業界でのアニメの事情、それを資金面で補完した出版社の助け船、そして自社製品である「本」の売り上げを伸ばす戦略としてのアニメ制作という図式である。そしてより製作費を抑えるために、放送権利費の安い深夜枠やU局に場を求めた結果が、現在の深夜枠およびU局でのアニメ放送につながる。1990年から2000年のアニメ周辺事情がここに集約されていると言っていい。

<記事を読んで感じること>
 「俺の妹~」の8話を見ていると、言い知れぬ不安が湧き上がってくる。その不安の正体が、どうやらここに潜んでおり、しかもその不安は見ている私たちだけでなく、原作者であるラノベ作家をもさいなんでいるようなのだ。そしてその正体は、「私の好きな作品を汚さないでほしい」、あるいは「私の生みだした作品を汚さないでほしい」という願いのようなものではないか。
 インタビュー記事で気になるのは、「アニメにはアニメの文法があるから」という事情で、原作者にはアニメ化にあたり口を出すことができなくなるあたりである。それこそ「俺の妹~」の前半部分で桐乃がへこんだ理由に他ならない。「俺の妹~」では兄・京介の尽力と黒猫の手ひどい指摘によって、構成(おそらく脚本家)が意趣返しすることで、桐乃の意見が無謀にもまかり通るという物語であるが、おそらく多くのラノベ原作者にとっては、それこそがファンタジーな展開に見えたことだろう。「俺の妹~」には脚本家の悪意があったが、「アニメにはアニメの文法があるから」という言葉の裏には、何かトリックが隠されているように思うのだ。

 そのトリックの正体は「商売」だろう。「資本原理」と言い換えてもいいし、もっと端的に「金もうけ」としたっていい。つまりアニメ制作による金もうけのシステムということである。
 制作母体の基本となっている「出版社」は、アニメの成功により利益を享受する。これは理解しやすい話だろう。結局ラノベの権利を持って本を売っている出版社は、アニメの成功により本の売り上げをもたらし、同時に周辺商品が売れることにより、権利や著作権などからお金が発生し、それにより利潤が生まれる。これにより利益を享受するのは、ラノベ作家も同じなのである。インタビュー記事で作家さんが希望している「息の長いコンテンツとしての成長」であるが、作品が息の長いものになることで得をするのは、原作者と制作委員会だけである。だがこれだけ作品サイクルが短く、しかも飽きられることが多い日本の土壌の中では、息の長い作品は割と簡単に飽きられる。根強いファンというのもいるにはいるが、そうした根強いファンがつく土壌には、相当に作りこまれた設定なり背景なりが必要である。いまだに終わりを予感させない「ファイブスター物語」や「バスタード」などを考えればいいだろう。こんなコンテンツはそうはない。逆に「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」が最初から長期的な視野に立ったコンテンツではない。偶発性の高いいくつかの条件が重なって長期コンテンツとなっている(当然プロデュース側の努力はある)。その一方でこれらの作品が半ば飽きられていることも一面の事実だ。
既に完結している作品でも、長く人気を保持している作品もある。「銀河英雄伝説」などが代表例だろうか。だが本作が長く愛されている条件に、アニメ化は必須条件だったろうか? 小説は読んだがアニメは見なかった人だっているだろう。アニメ化が繰り返されて長期化することと、コンテンツが長く愛されるというのは全く別物であることがおわかりいただけるだろう。アニメ化とコンテンツの耐久性は別の話なのである。それを息の長い作品とするためにラノベがメディアミックスに依存するのは、そもそもおかど違いなのではないか?

 一方で、支給される製作費が固定され、30分1本いくらで取引をするアニメ制作会社はどうだろう? こうした会社には株式会社もあれば有限会社もあると聞くが、会社である以上利潤追求は当然の動きである。だがどれだけ作品がヒットしても、与えられる製作費が結果として増えることはない。アニメ制作会社にとっては、アニメの成功は会社の待遇の改善はされるものの、会社や個人をかえりみれば監督だろうが演出家だろうが作画マンだろうが、もらえるお金は作品の成否に関わらず、どの作品も同じなのである。それでもアニメの作り手だって出来ればよいものをと思っているに違いない。ひどく冷たい言い方を許してもらえるならば、作画や演出の出来の悪さや演者とキャラクターの不一致などを除けば、「アニメの出来不出来=原作の出来不出来」は否定しようもない側面がある。何よりその責任を回避しようとするのであれば、原作者はアニメ化など許可するものではないのではないか。ましてやアニメ化することを目的に作品を作るために縮小再生産品が執筆されるのであれば、その責任は総じて編集者を抱える出版社とラノベ原作者にあるといっていい。

 ラノベ原作者たちが不安がることももっともだと思うし、自分の生みだした作品が長く愛されてほしいと願う気持ちはよくわかる。だがアニメ化とコンテンツの耐久性には因果関係が薄いことはすでに指摘した。話題にしたインタビュー記事が一方的に作家の立場を主張したものにすぎないことは自覚すべきだろう。当然筆者がここで論じていることだって一方的な主張であることも承知している。ただ「涼宮ハルヒ」というシリーズを知るにつけ、アニメ化における諸問題がありつつも、次巻の発売が心待ちにされる優秀なコンテンツが生まれている事実は、一考する余地がある議論だという気がするのである。

追記
 古い記事ではありますが、”あの”山本寛氏のインタビュー記事が、上記のアニメの苦しい現状を知らせてくれています。本記事と合わせてご一読いただければ幸いです。アニメ業界だって生き残りをかけて、必死です。ラノベ作家の方々が安易に自作の宣伝を狙って依存していい業界では、決してありません。それぞれの商品価値があって、相乗効果を生み出す。それが本来のメディアミックスのあり方だと思います。

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1007/26/news010.html
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[2132]原作とアニメの微妙な関係・1

  波のまにまにさんもライトノベルとアニメの関係を述べていた ので、現状の知見が疎い私ですが、 『けいおん!』と『侵略!イカ娘』の原作者にとっての問題を指摘 した関連で今回は、 メディアミックス自体に問題を広げます。まず『宇宙戦艦ヤマト』と『機動戦士

コメント

非公開コメント

No title

 以前にハルヒ=悪女?の時に乱文を書き込ませていただいた者です。また乱文(暴言?)ですいません。

 リンク先を見ると原作からアニメ化・その後についての原作者の心の吐露のようですが、正直その程度の作品しか書いていないから仕方がないとしか思えませんし、アニメが残念な結果となったからメディアミックスに対する批判を言ってるだけのような気がします。

 また、自分の意見が通らずにアニメ会社に改悪されたということも書いていましたが、文字媒体と映像媒体では表現方法も違うので、原作者意見=善という考え方もどうかと思います(意見通りやったらもっと酷くなったりして)。

 出版社のメディアミックス戦略は営利団体である出版社の営業戦略ですので善悪は正直わかりませんが、個人的にはメディアミックスには内容の薄い、美形キャラが無闇やたらに出てくる作品が向いているような気がします。だから心情を吐露した原作者が描いたような作品がアニメ化されたりするのではないしょうか。

 この原作者のすることは、メディアミックスについて愚痴ることではなく、万が一再メディアミックスした時、アニメ制作会社の改悪を受けない名作を書くことではないでしょうか。

ここから下は半分愚痴です。

 昔からライトノベルズという分野に属する小説は読んでおりますが、最近は全体的に内容の薄い作品が多いと感じます(ブックオフで暇つぶしに買って読む人間に言われたくないでしょうが)。

 妖精作戦、エリアル、ソルジャー・クィーン、蓬莱学園シリーズ等読む側にもある程度の知識を求められる(と感じる)作品が少なくなり、美麗なイラストと萌?というオッサンが理解に苦しむキーワードで作成される内容の薄い作品が大部分を占めてきました。
 原因を考えると、出版社がレーベルを無闇に増やして粗製乱造していること、出版業界の利益拡大のためメディアミックス戦略を採りオタク属性の方々のニーズに答えるように似たような作品を世に送り出していること(どの様な設定を盛り込もうと同じ、豚骨も塩も味噌もラーメンはラーメンです)が原因と思います。しかし、原作者側もアニメ、漫画、ラノベだけを読んで育ち、ラノベ作家としてデビューしているような人間が多く、原作者自身の引き出しの中身が少なく作品自体の内容の薄さに十分に関係していると思います。

あと最後にアニメ制作会社はこの原作をアニメを作りたくて作ったわけではない気がします(付き合い、本命を作成させてもらう交換条件とか)。

原作、アニメを見ていないのに、よくここまで言えたな俺

No title

てんぷるさま

 コメントありがとうございました。おっしゃること、まことに一言一句その通りだと感じました。

 最近のラノベが味薄く感じていたのは私だけではないのですね。それこそ月に数十冊も出るラノベをすべて読んでいるわけではないのですが、その裏表紙等に書かれている数行の紹介記事を読んで、買ってまで読んでみようという作品が少ないわけで。

 私、思うのですが、ラノベがアニメと肩を並べるほどの存在でなければ、ラノベというメディア自体の死活問題だと思うのです。ましてやアニメ化に依存してしまうラノベという形では、結局商品価値の低いラノベというメディアの存在感が希薄になってしまうと思うのです。アニメとは異なる存在感と商品価値のあるラノベ。そういう存在にならなければ、ラノベというメディアは居場所を失ってしまうのではないでしょうか? それはラノベに原作を求めて商売をしている出版社にしてもアニメ制作会社にしても、死活問題だと思います。

 アニメの底辺を支えるという意味ではなく、ラノベというメディアが自立的に存在できるよう、ラノベ作家の方々にはがんばっていただきたいと思います。

 ええ、私たちの言葉は、あくまでもエールですよね。

No title

回答ありがとうございます。

確かにエールです(笑)。
長々と書きましたが言いたいことは、「俺に新刊と聞いただけでワクワク出来た日々を返せ」ですからね。

たしかに私もラノベの底上げは必要と思いますし、作家さんには頑張ってもらいたいと思いますが、別のアプローチも必要ではないかと思います。これを書くと非難を浴びこと確実ですが、まあオッサンの戯言と思って聞いて下さるとありがたいです。その方法ですが

① 深夜アニメの本数を減らす。
② レーベル数または作品数を減らす。

です。深夜アニメ、ラノベとも数が多すぎる気がします。全てが高いレベルであれば良いのですが、正直残念な作品が高い割合を占めていると思います。それを見てユーザはそのジャンルを離れると考えます。

作家さん、出版社、アニメスタジオその他関係企業も商売でしょうから数を減らせと言っても無理でしょうが、早い段階で決断し量より質をとらないと、各人の利益と共にラノベを含む業界自体も衰退していくのではないでしょうか。そうなってからの回復は不可能ではないかと考えます。

子供の頃のアニメ、特撮等は詳しく覚えていなくても印象深く、何かのきっかけで懐かしく思い出されることが良くあります。それは思い出という最上のフィルターがかかっているというのもありますが、深く内容が考えられていた作品が多かったからだと思います。今のアニメを子供が数十年して懐かしく思い出せるかと考えると正直NOだと思いますからね。

また、業界の衰退はラノベに限ったことではなく、他の小説も同様の事が言えると思います。文字読みとしては悲しいことですが。

No title

てんぷるさま

 こちらこそ重ねてコメントありがとうございます。

> ① 深夜アニメの本数を減らす。
> ② レーベル数または作品数を減らす。

以上2点の方法ですが、私も考えましたが、現実的に問題ありそうです。
①はアニメ本数が激減した90年代前半を考えると、できうる限り避けたいなあと。
また②については、その作品数を支えている作家さんのことを考えると、そうもいかないのではないかと。

これもあくまで個人的な見解ですが、数が多いというのは多様性を生み出す元となります。生物でも食でもそうですが、多様性があるということは、さまざまな人のニーズに応えることであり、多様な価値基準を認めることで、ジャンルが豊かになることを示すことになると思います。

「化石」の世界では「アクメ」というのがありまして、特定の生物種が誕生し、質的にも量的にも拡大して絶頂を迎える時期を「アクメ」といいます。それはやがて淘汰されて集束し、そこで質も量も安定するといわれています。かつておもちゃ屋がリードしていた80年代のアニメがこのアクメだとすれば、現在は出版社がリードするアニメのアクメだと見ることができるかもしれません。

とするならば、いずれは収束します。きっとラノベもそうでしょう。ラノベの前例もまた「カッパノベルズ」や「角川ノベルズ」などの新書サイズの本を想起すればわかりやすいかと思います。

いずれまとめたい話でしたが、現在「これを見ておけば大丈夫!」というような作品がないように思います。以前の「エヴァ」がこれに当たりますが、こうした人々にとっての「共通言語」となるような作品は、おそらく多様性の中から生まれるのではないかと考えます。

私はこうした時間の流れの中で、事象の変遷を確認できる今が、面白いと思えてなりません。

原作者の弁護

前略 間違って二重にトラックバックをしてしまいました。お手数ですがどちらかを消していただきますよう、お願いいたします。私の記事は松智洋氏に肩入れしたものですが、解りやすく言えば原作者とアニメ制作者の利害は衝突することがあるということで。双方ともに生き残りに必死なのは、間違いないはずであり。
                    草々

No title

大塩高志さま

 コメント、ならびにトラックバックありがとうございました。トラックバックの件は修正済みです。

 なお大塩さまの記事も拝見しました。「銀英伝」の件は自分で書いておきながら苦笑しました。確かに特殊例ですね。やりすぎでしたw パトレイバー等の件は、参考になります。ありがとうございます。

 別のコメントにも返信しておりますが、手厳しい意見を書いているようですが、これもラノベ作家さんたちへのエールのつもりで書いておりまして、まあ分かりにくいのは私の文章がつたないせいです(泣)。とはいえ、アニメもラノベもそれぞれが確固とした商品価値を持っているべきだという趣旨は変わりません。

 どうしてもアニメよりの意見で記事を締めましたが、こうして意見や反論という形でリアクションがあったということに、軽い自己満足を覚えております。こういう話は一人でやいのやいのやっていても限界がありますので、どんな形であれ、話題が飛び火して展開することは、記事を書いている側にとってはうれしい限りです。

 今後とも反論やご指摘いただければ幸いです。議論をかわしていけたらと願ってやみません。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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