「ブレンパワード」~その2・男と女のあいだには・・・~

承前
 ノヴィス・ノアのクルーたちがオルファンのリクレイマーたちと小競り合いを演じている間、学者たちは意外にも呑気に学会を開いてオルファンの浮上による地上への影響の可能性を論じあっていたりする。しかも同じ学会にオルファン側の代表として伊佐未研作博士が、正式なルートを通じて参加していたりするから、学会に参加するユウの神経を逆なですることになる。だがこの回(11話)で初登場するカント・ケストナーという少年は、地球上に張り巡らされているバイタル・ネットがオルファンの浮上と合致するように刺激され、そこに荒廃した地上の復興の鍵があるという論を展開する。だが学会に参加した科学者にとっては、オルファンを封じ込めることの可能性こそが問題であり、カントが示した重要な示唆には目もくれない。だがオルファンを封じ込める作戦を実行することになったノヴィス・ノアのクルーたちと、オルファンを浮上させようとするリクレイマーは、浮上しかけたオルファン付近の海上で、愚かしくも戦闘行為を止めない。13話および14話は、そんな対立構造の中でいくつかの人間関係が展開し始める、物語中央部の盛り上がりに相当する話数である。だからこの2話にはどえらい量の情報が圧縮されているのだが、いかんせん救いのない情報が見る者を圧倒する。

<男と女の深くて暗い溝>
 前回の話で、より新しい人間関係を肯定する物語であると書いたのであるが、そこにある人間関係には性別は関係なく、ある目的に向かって一方向に進む人間たちが手をつなぎ、信頼しあうことという、わかりのいいお題目に等しい。その一方で新しい人間関係としてSEXを持ち出すキャラクターがいる。そこにある人間の肉欲を否定しない、ある意味でもっとも人間らしい欲望でオルファンを利用するものがいる。それがジョナサン・グレーンである。14話後半でユウは、ジョナサンの告白によってジョナサンとユウの母・翠と姉・クインシィとの間の肉体関係をほのめかし、ユウを精神的に追い詰めることで戦闘を優勢に進めることに成功する。告白を聞いたユウは激昂し、激しくジョナサンをなじるが、そのことでユウは逆に追い詰められてしまうのである。しかもジョナサンは以前に母であるアノーアとの親子関係不全の状態であり、彼自身人と人との情愛のありようを知りもしないから、SEXを道具としてオルファンの女たちを手玉にとって、オルファンを自分の行き場のない復讐の道具とする方法を選んだのである。

 オルファンにいる人間たちの多くは、こうして人間社会に否定的な感情を持つ人間の集まりとして描かれている。シラー・グラスにしたって自分の兄弟たちを死なせてしまった悔恨が、そのまま現実世界の否定となってオルファンに身を寄せているし、探究心からオルファンに身を寄せたはずの伊佐未ファミリーにしたところで、研究ばかりで妻をかえりみない研作に愛想を尽かした翠にとっては、低俗で自分を満足させることもできない地上の男どもを睥睨したくてオルファンに身を寄せいているらしいことが分かる。ここで考えを進めてみれば、オルファンは地球になじめなかった人間たちを積極的に抗体として取り込み、自分と一緒に地球を出て行こうとしているかに見える。それは地球環境や自分のおかれた生活環境などを理由にして地球を見捨てようというエゴである。

 こうした男女間に流れる深い溝は、「家族」や「肉親」といった旧態然とした縛られる方向性の人間関係、いわゆる古い人間関係において指摘されている。14話終幕付近におけるユウとカナンとの会話では、「女が母であることを止め、子どもを育てなくなった」と指摘することで、女性を批判する台詞を吐かせている。女性が社会進出したことにより、女性が男をかえりみず、子育てを止めて利己的に生きていることが、女性自身を追い詰めているという話である。現代の視点で語られるその言葉は、男性からのくびきを離れて男女平等の社会を生き抜こうとする女性を痛烈に批判する。こうして男女の溝は深くなり、対立を深める結果になる。しかもSEXを通じて互いに利用しようとする打算しか、男女の間にはない状況なのである。この物語で表現されている旧態の人間関係が、いかにいびつに描かれているかがお分かりいただけるかと思う。

 ユウにしたところで、あの伊佐未ファミリーに育てられた事実は変えがたく、ノヴィス・ノアのクルーたちとの新しい人間関係は、それゆえにユウ自身を苛立たせることになる。特に自分の出自に懐疑的になった時には、祖母・直子とゲイブリッジとの関係を「老いらくの恋」として否定してみせる。ユウが思いだす直子の家出の思い出は、けっして楽しいものではなかったようだが、ユウにとっては心のよりどころとなっている。だが家はそうでも人は違う。翠や研作がユウを迎えに来た時に、それを引きとめなかった直子をユウは批判したし、母親の手から直子のもとへ戻ろうとしたユウの動きは、翠と姉によって制されてしまっていた。しかも母・翠も姉も、ユウの言葉や気持ちを汲み取ろうともせず、一方的な親のエゴだけで、「家族が一緒にいることが幸せ」というステレオタイプないいわけで、ユウの主張を黙殺するのである。常識論や正論が如何に人の気持ちを否定しまうのかという、実例のようにも見える。それでもユウはヒメに出会い、ブレンパワードを介してノヴィス・ノアのクルーと出会い、軋轢をくり返しながら新しい人間関係を築いていく。本作で新しい人間関係を正として描いている背景には、こうした新しい人間関係を築くために、衝突や話し合いを繰り返すことが大事であることを認めているからではないのだろうか。
 だがこうした温かな人間関係は、ラッセが白血病の体を押してまで出撃することを見守る(15話)という、ちょっと無理やりな展開まで許容することになる。それはブレンパワードもそうした人間関係を納得させる動きを見せることで、見ている側は関係性を承知させられてしまうのだ。

<演出面での面白さ>
 ちょっとだけ小休止し、本作で特徴的な演出についてお話してみたい。本作の物語をみて、ある会話の内容があるだけで、その前に何が起こったのかよくわからなかったという経験はないだろうか? 私はよくよく長時間の視聴の際には、うっかり居眠りする癖があるので、普段でも居眠りの間の時間を取り戻しながら見るのに時間がかかるのである。だが本作では、DVDを見ながらすぐにシーンを戻して見直しても、該当するシーンがないことがあり、むしろ台詞だけで語られている場合がいくつか散見される。あるシーンだけ見ていると、そのシーン以前に何事か起ったのではと思わせる台詞が聞こえるのであるが、その事実があるだけで、何事が起ったのかはきちんと描かれていないことがままあるのである。こういうのを演出的な倒置法とでもいえばいいのだろうか。これが有効に働くのが戦闘シーン後の会話である。戦闘シーンを多くのキャラクターの目線ですべてを描くことはまずない。だから主要キャラクターの動きに合わせて物語を展開させている背景で、別の戦闘シーンがあり、別のドラマも存在することをほのめかす手法として、あとから台詞でそれらしいことをいっておくことで、それ以前のシーンを回想したり説明したりする方法によりシーンの比重を分散するのである。14話終盤で、ラッセを涙ながらにしかるカナンのシーンなどは、代表例といえよう。しかもこのシーン一つ入ることで、ラッセとカナンの間柄が少しずつ進展していることも、無理なく説明している。

 また戦闘直前の出発シーンに、短い言葉での会話を入れることで緊迫感が増す一方で、人間関係の変化を如実に表すのは、富野監督がよくやる手法である。特に大事な戦闘の直前では儀式的にこうしたシーンが組み込まれることで、その後の戦闘シーンの伏線を張ったり、わかりやすい死亡フラグになったりする。これも富野監督の得意の手法であり、それは本作でも実に解りやすく提示されている。15話の出撃直後のラッセが「カナンは俺の子を生んでくれる人」という発言に対して、カナンは「妊娠させてくれなければ」と返すシーンがあるが、スキンシップは進んでもまだSEXに至っていない二人の微妙な関係が分かるシーンである。これを見て、いい大人が手の遅いなどとあなたが思うのも、富野監督の配慮された演出のたまものだったりする。

<ユウブレンのリバイバルの意味>
 中盤のもうひと山は、ユウの乗るブレンパワードが新型機に変更になるエピソードである。通常通りの富野作品を考えれば、それは主人公機が新しい機体に乗り換えることで新しい力を手に入れるというエピソードであるが、「ブレンパワード」という作品に限っては一味違う味付けがされている。
 17話の戦闘にて、バイタルネットに引っ掛かったユウブレンは、クインシィの乗るグランチャーの体当たりを食らい、その衝撃で行方不明になってしまう。その戦闘ではクインシィの激しい攻撃により、満身創痍となってしまったユウブレン。一度ならず自分の母親を見下してみせ、正体不明なオルファン側の指導者・ガバナーの支持を得て、ユウを倒すことに躍起になるクインシィは、ついにユウを排除することに成功したのである。だがユウはバイタルネットの網に従って移動しただけであり、決して死んだわけではない。だが傷ついたブレンの状態は、もはや戦える状況にはない。だがそこでユウは3人の人物に出会う。一人は死んだはずのジョナサン・グレーンである。彼はもう一人の人物、バロン・マクシミリアンの後見により新たな機体バロン・ズウを手に入れて、ユウを倒すために事あるごとに仕掛けてくる。そんなユウに助け船を出すのが、最後の一人ネリー・キムである。そして彼女が駆るネリーブレンは、ユウに人間とともに生きようとするために生まれてきたブレンパワードという存在を示す。バロン・ズウの攻撃で傷ついたネリーブレンは、ユウブレンと一緒にリバイバルの光に包まれ、ネリー・キムの命すら吸い込むようにして、新しいブレンパワードとして甦る。2機の心やさしきブレンの力を得た新しいブレンは、バロン・ズウの攻撃を跳ね返し、ネリー・キムのいた森から脱出する(17~19話)。だがリバイバルと同時に若い命を散らせていったネリー・キムに思いをはせて、ユウは残されたブレスレットを見て、ただ涙するのである。

 このエピソードではユウは新しい機体と力を手に入れるだけに他ならない。ユウはブレンパワードという存在を通じて、それまでのグランチャーやオルファンで学んだ認識を、再度改めさせる経験をする。それはまるで生きた人間のように人と寄り添ってひっそり暮らすブレン、そしてまるで人間の子供のようにはしゃいで遊ぶブレンを目の当たりにして、その認識を改める。そして新勢力となったジョナサンとバロンの存在が、ユウの今後の戦いが新しい展開に入ったことを告げている。そしてまたヒメを思い起こさせる女性・ネリーという優しい女性を知ったユウは、そんな彼女と死に別れることで、人の命の重さを痛感する。たとえネリーの命が残るわずかなものであったとしても、ユウにとっては失ってはいけない女性であったはずだ。だからこそ彼女の死は、ユウのよく知るヒメへの思慕へとつながる。つまり話数にしてわずか3話程度でありながら、ユウは人生の変換点に立ったのである。これほどの変転を経たユウである。リバイバルしたのはブレンだけではなく、彼自身も再誕したといってもいい。自分ひとりでできることの限界を感じ、ヒメたちと協力する方法論を模索しようとするのだから。それはこれまでの2号機の登場とはまったく異なる状況である。おもちゃ屋の事情やデザインの事情などとは全く異なる、キャラクターや物語主導による、納得の2号機の登場であった。

 さて、噛みごたえのある本作に関しては、もう1回お付き合いいただくことになる。さて最後となる次回では、ユウと姉・依衣子に注目してみたい。お付き合いいただければ幸いである。
ブレンパワード〈1〉深海より発して (ハルキ文庫)ブレンパワード〈1〉深海より発して (ハルキ文庫)
(1998/12)
面出 明美、富野 由悠季 他

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全3巻です。
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