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「女性」と「家族」で見る富野作品(前編)

 前回までに「ブレンパワード」を見ていてはっきりと気がついた点がある。女性キャラクターの扱い方だ。ブレンパワードの項ではまだ男性理論から女性理論への脱却がはかられただけだと思っていて、それほどはっきりと感じなかった。だが見ている過程で、はっきりと女性キャラクターの変化を感じた。この変化こそが「ターンAガンダム」や「キングゲイナー」をきちんと読み説く鍵の一つになるのではないかと思ったのだ。それはとっても些細で、もしかしたら単なる富野由悠季という監督の演出論の瑣末な話なのかもしれない。けれど根源的に「男と女」という二元論を、富野由悠季個人の中でどうやって折り合いをつけているのか、私にはとても興味のあることに思えたのである。また「家族」というキーワードで、現代の家族の問題点を浮き彫りにして見せる。多くのインタビューでも自ら語っているように、富野監督自身、「家族」に対する問題意識は高い。そこで「女性」と「家族」に注目して、「ブレンパワード」以前のTV作品を対象に、その変遷を眺めてみたい。劇場用作品は除く上、一部の作品に関しては、やや突っ込み足りない部分があるかと思うのだが、お付き合いいただければ幸いである。なお劇場用作品については、ここでさらっと触るだけではもったいないので、別途作品別に取り上げるつもりである。

<ザンボット3、ダイターン3のころ>
 「無敵超人ザンボット3」と「無敵鋼人ダイターン3」の2作品は、富野ロボットアニメのプレケースといっていい。この2作品の中で描かれている女性キャラに関しては、まだまだ男性論理の横行するそれまでのロボットアニメの文法から一歩も抜け出ていない。ザンボットではわかりやすいマスコットであるし、ダイターンではステレオタイプのお色気担当である。主人公である男性キャラクターの引き立て役でしかない。
 注目すべきはザンボットでは「神ファミリー」という宇宙から地球に移民してきた宇宙人の末裔という設定が与えられており、そのファミリーの中で祖母や母という女性の存在がある。富野アニメにおける主人公には、ふた親に恵まれていないケースが多いが、それは両親が普通にいる富野監督自身のコンプレックスの裏返しであり、物語が展開するための方便だというインタビューがある。だからこの時の「神ファミリー」に関しては、あくまで「設定」という側面が強いだろう。

 だが「ザンボット3」では終盤におけるガイゾックとの決戦において、死を覚悟して出撃する勝平の祖父母が、手作りの茶碗を前に思い出話をしたり、勝平の父が特攻するに当たり、自分の妻を心配する台詞を言わせるなどしている。インタビュー記事によれば、こうした演出意図はあくまで「家族」の一般的に良好なありようを示したいというものであり、「家族」や「肉親」という人間関係に特別な思い入れはない。一方で女性キャラに関しても、添え物以外の存在ではない。

<ガンダムという変換点>
 この「家族」という人間関係が一変するのが「機動戦士ガンダム」に登場するキャラクターたちである。主人公であるアムロ・レイは満足に親の愛を知らずに育つ。父親は家庭をかえりみず、自分の仕事に没頭する。その一方で生活環境の変化を危惧して地球を出ることができないアムロの母は、故郷で看護婦のボランティアをしながら、愛人と暮らしているのである。アムロはサイド7のお隣さんであるフラウ・ボウを母親の代理として育っており、わがままの言い方を含めてその依存度はかなり高い。

 アムロのライバル・シャアにしても父親とは死に別れ、母親との縁も薄い(漫画「ジ・オリジン」では政治的な陰謀で引き離されている)。両親がきちんといたにも関わらず、親の愛情には薄い生い立ちを背負っている。また自分が見込んだ少女・ララアはアムロに取り込まれるようにして戦場で散っていく。これに端を発したアムロとシャアの確執は一層深まるが、その根本にあるのは母親への思慕だったことは、「逆襲のシャア」を見れば明らかだ。その妹であるセイラ・マスという少女は、兄であるシャアを掣肘することを夢想するも、それが行動できるほどの力はない。兄の批判をどれだけ口の端に乗せても、セイラには結局なにもできない一女性キャラクターでしかないのである。小説版「ガンダム」ではセイラはアムロに対して体を与えてすら兄の抹殺を依頼するほどである。そしてセイラというキャラクターは、兄・シャアというキャラに対するアンチテーゼとしてのみ存在する。女性キャラクターに過酷な人生を背負わせたことで、物語の一側面が展開するというドラマを見せたが、そのドラマはまだ男性理論を抜け出すには至らない。

 ガンダムにおける女性キャラクターを俯瞰すると、その文法はやはりそれまでのロボットアニメの文法でしかない。特筆すべきはハモンとキシリアという二人の女性だろうか。キシリアははっきりとした女性幹部であるが、最終的には兄であるギレンを射殺してジオン軍を掌握する。それは一見家族愛を持ち出すくせに、実のところは権力欲であるというキシリアの底が透けて見える話であり、女性に実権を握らせることを否定的に描いている。またハモンの存在はランバ・ラルという人間とコンビで「大人」の雰囲気を醸し出すことに成功する。それはホワイトベースの側では生まれない雰囲気であり、母とは異なる大人の女性という意味でアムロにとっては「マチルダ」同様に忘れ得ぬ存在となる。

<イデオン、罪を生む存在として>
 「伝説巨神イデオン」になると、前作「ガンダム」で見せた少年少女の群像劇は頂点を迎える。カララ・アジバという敵の資産家の娘という存在が、地球側の少年少女の中の群像劇の中で化学反応を起こす。カララこそバッフ・クランと地球との戦争の火種であり、ソロ・シップの中でも常に火種だった。だが彼女の存在だけがソロ・シップ内のもめごとの火種ではない。それはバッフ・クランの攻撃から逃れるという極限の恐慌状態の中で、敵の娘であるカララは地球の人間たちとの対立を深めていかざるを得ない。だがカララの惜しまない努力は一つの光明をもたらす。それが2つの種族が種族の壁を越えて解りあえるかもしれないという希望である。だが恐慌状態の中で人は生き残りたいというエゴが働く。そのエゴは様々な手段としてソロ・シップの中で顕在化する。エゴのぶつかり合い。しのぎを削るような生存競争の中でしか、和解の希望は生まれなかった。そしてカララはソロ・シップの実質的なリーダーであるジョーダン・ベスとの間に子供をもうける。それは二つの種族の和解の象徴であった。

 「イデオン」では女性を積極的に物語の中心に据えることで物語の主導権を握らせている。しかもその女性は戦乱の原因を生み出す罪深い存在でありながら、同時に救世主を生み出すのである。「生む」という女性ならではの行為に固執することで、女性が本来持っている世界を動かす力と、その「業」を提示して見せたように思える。
 一方で本作にはフォルモッサ・シェリルという女性科学者が登場する。カララが登場当初にソロ・シップのクルーから嫌われていながら、徐々にクルーになじんでいくのと逆に、シェリルは当初クルーたちの科学的な根拠から、自分たちが戦う根拠を示してくれる存在だったにも関わらず、徐々にその立場をカララによってはく奪されていくのである。常にやわらかなものの見方をするカララに対して、科学的な裏付けを必要とするシェリルは常に対立する。その成り立ちを考えてもシェリルはカララのアンチテーゼとして登場している。こうして2人の女性を互いにアンチテーゼとして登場させることで、人間のエゴを見せ、衝突を繰り返す。その衝突こそが人間の「生」だとでもいうように。こうして富野作品の中で明確に相対する2人の女性キャラクターが登場しだす土壌が出来上がる。

 さらに言えば劇場版「イデオン」において、カララの姉ハルルが妹への嫌悪感を示し、さらには姉が妹を射殺するというショッキングなシーンが登場する。しかもハルルはカララの美しい顔を狙って撃つのである。ハルルの中にある複雑な感情は劇中で白状されることになる。男の子が生まれなかったアジバ家で、男のように育てられ軍人となったハルルは、その恨みを父親であるドバに吐き出すのである。そのドバでさえ自分の悔恨を口の端に乗せ、父親の悲しみを吐き出す。だがそこに父娘の温かな情愛はない。ここにもゆがんだ家族がいたのである。だが劇中でこの家族が報われることはない。たとえイデの発動があったとしても・・・。

<ザブングル・ダンバイン・エルガイム>
 「イデオン」はあくまでも人間のエゴイズムがぶつかり合う物語であったから、登場する人物を全滅させることでしか物語をたためなかった。それは人間のエゴイズムや欲望の前に、人は無力であるという現実だけが突きつけられて終わるのだから、見ているこちらとしてはしんどいことこの上ない。だが次作「戦闘メカ ザブングル」では「惑星ゾラ」と呼ばれている荒廃した地球で、新たな人類種となったジロン・アモスたちシビリアンが、造物主であるイノセントに反乱をおこすという物語だ。その過程で楽屋落ちのようなギャグや、作画による遊びをたっぷりと見せてくれる、愉快な作品となっている。それは前作「イデオン」を反面教師としての制作であろうことは容易に想像がつく。

 「ザブングル」ではジロンをめぐる恋敵としてエルチ・カーゴとラグ・ウラロという二人の少女が登場し、物語を盛り上げる。二人は事あるごとに対立し、その対立は女性ならではのかしましさとにぎにぎしさであったから、表面上はまたも旧来のロボットもののセオリー通りの女性キャラクターなのかと思っていた。ところがアイアンギアーのクルーとの衝突から、エルチもラグも家出をし、ジロンをほったらかして目先の恋に走ろうとするのである。さらにエルチは記憶を書きかえられ、ジロンと対立する。エルチは自分の愛する男を苦しめるという立場に追いやられたが、作品随一の人気を誇る美形キャラで、事実上のイノセントの頭目であるアーサー・ランクの尊い犠牲に上に記憶を取り戻し、再びジロンとともに戦う道を選ぶのである。一方のラグは、ジロンの気持ちが二人のうちのどちらかにあることを探りながら、やはりジロンとともに戦うことを選ぶ。2大看板としてのエルチとラグであるが、物語はややエルチ寄りになった。だがエルチとラグの、恋にも困難にも戦闘にもめげない元気いっぱいのキャラクターは、女性の強さやバイタリティを示している。一見「ダイターン3」に登場する二人のアシスタントと大差ないが、主人公であるジロンの手に余る存在であることが、この際は重要だったようだ。

 さらに次回作「聖戦士ダンバイン」では様々なタイプの女性キャラクターが存在する。メインヒロインであるフェラリオのチャム・ファウはわかりやすくかわいらしさが目を引く一方、主人公であるショウ・ザマにまとわりつく口うるさいキャラクター。マーベル・フローズンはショウと同じ地上人でありながら、先達として彼を導く大人の女性だ。エレ・ハンムやシーラ・ラパーナは王女様キャラクターであるが、シーラ・ラパーナはその凛とした強さやわかりやすい可憐さがうけて、人気キャラクターとなった。
 ショウのライバルキャラとして、前半に登場したのはガラリア・ニャムヒーである。貧家に育ち成り上がり者の騎士であるガラリアは、名門の出であるバーン・バニングスとの対比やショウとの戦いでストレスをためていく。だがガラリアはショウとともに地上に出てしまった時に、バイストン・ウェルに帰る夢を見ながら散っていく。後半では同じ地上人であるジェリル・クチビも激しくショウを責め立てるが、増大するオーラ力を制御できなくなった彼女は、戦いの中で憎悪のオーラ力でハイパー化して散っていく。

 他にもショウたちのリーダーであるニー・ギブンと恋仲になるリムル・ルフトやキーン・キッスなど、多くの女性キャラクターが闊歩した。そのため「ダンバイン」は複雑な人間関係を持つ群像劇となった。彼女たちは積極的に物語を大きく動かす存在となる。少なくても2大看板でありながら、物語には大きく関与できなかったエルチとラグと比較すれば、ダンバインの女性たちの活躍は目にも明らかだ。

 本作での戦いの根源が、家庭をかえりみないルーザを振り向かせるために挙兵した地方領主ドレイクという図式は、すでに崩壊した家族というモチーフが登場したことを示している。ここで健全で良好な家族関係は物語の前にいともたやすく崩壊し、不完全でゆがんだ家族関係を取り上げることで、現実の家族の問題を浮き彫りにして見せる。またショウにしても一度地上に上がった時に見せた両親との確執、特に母親の無理解によるすれちがいが、ショウにとってはひたすらつらい物語を紡ぎだす。これらは富野監督の「家族の問題」の萌芽が見て取れる。

 続く「重戦機エルガイム」ではエルチとラグの再来のように二人の女性ファンネリア・アムとガウ・ハ・レッシイが登場する。他にも前半を牽引するネイ・モーハンや、当面の敵の親玉であるオルドナ・ポセイダルやフル・フラットなど、年齢の対比がはっきりとするキャラクター構成となっている。だがバイオリレーションという技術の適用が原因であるが、それゆえに意識したほどに「若者と老人」というキャラクターのコントラストがつかなかったように思える。それは新進気鋭のデザイナー・永野護のデザインセンスの高さが、キャラクター設計を邪魔する結果になっている感じなのだ。
 物語的には群像劇をめざしたものか、「ザブングル」的なコメディを目指したのか判別がつきにくく、アムとレッシイの二人のやり取りがとげとげしく目立つ結果となっている。ただし「女性」が世界の表舞台に立って支配し、それを情欲で縛る男が背後から操るという世界設定、最後にはそんな世界に反乱する女性たち、男性キャラクターを守り立てることで自分のキャラクターを誇示する女性キャラクターなど、女性キャラクターが物語の前面に進出する姿が印象的な物語となっている。

 なお本作にはポセイダルに根絶やしにされたヤーマン一族の復讐という側面があるが、ここで注目されるべきは「血や血統」というものの存在だろう。ダバがいまどきの軽くてしなやかな人物として描かれる一方、彼の行動動機の根本にはこの「血と復讐」というものが存在する。だが反乱軍のリーダーとなることと、彼の行動動機が完全に一致しないから、物語は軸がぶれたように見える。そこを指摘すれば、富野監督自身が「血統」という部分を信じ切れていないように感じられる。「血よりも濃いものがある」、それが監督の気持ちなのではないだろうか。

さて、この続きは後編となる。また連続ものになってしまった。長くなってしゅびばせん。
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テーマ : アニメ
ジャンル : アニメ・コミック

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波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
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