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「のび太」賞賛に関するいくつかの話~のび太はそんなにエラいのか?~

 2011年2月16日付のgooのニュースに、この記事を見つけた。

「のび太」の人間性に再び脚光 「くじけぬ心」小中生の指標
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/110216/ent11021609330008-n1.htm
この記事を剛田武くん(小4)が見たらきっとこういうに違いない。

「のび太のくせに、ナマイキだ!」

 以下の記事でマンガおよびアニメ「ドラえもん」に関して何かを語るつもりはない。ただ上記のニュース記事と「のび太のくせに」という言葉に関して、以前より疑問に思っていたことについて、いろいろ考えてみたいのである。それは一見バカバカしい話のようでいて、実にバカバカしい話なので、付き合ってもいいよというお優しい方だけ、以下を読み進められることをお願いしておく。

<「のび太のくせに」とはどういう意味か?>
 あなたは疑問に思ったことはないだろうか? この「のび太のくせに」という言葉の不思議さについて、ふと立ち止まって考えたりしたことはないだろうか? この言葉、実に不可解ではないか。この言葉の発案者である剛田武くん(小4)は、「お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの」や「わが友よ」など、いわゆる「ジャイアニズム」とでもいうべき独特の言語センスおよび自我意識を持っている少年である。世が世ならこれらの言葉をして「流行語大賞」を受賞してもまったく遜色ないほどの言語センスなのではないかと、私はにらんでいる。ではさっそくその理由を紐解いてみよう。

 「~のくせに~だ」という言葉を考えた場合、「~」に当てはまる言葉は、基本的に形容詞あるいは形容動詞なのである。例をあげれば「やさしいくせに気が強い」とか「堂々としているくせに気が小さい」などと使う。そして「くせに」という言葉を使って、前後にある言葉を使って、前者を否定して見せる言葉になっている。「AのくせにBだ」という場合、AとBに全く真逆の言葉を入れることで、形容した対象を卑下したり、非難したりする場合に使用する言葉である。このAやBには場合によっては名詞が入ることもある。だがその場合の名詞は一般名詞であって、けっして固有名詞が入ることはない。そうでなければ対象を一般の何かと比較して否定したり卑下したりすることができなくなるではないか。
 ここで剛田武くん(小4)の独特のセンスが生きてくる。彼は一般名詞しか入らないはずの「~」に「のび太」という知己の名前を入れることで、さらに対象とする人間を貶める言葉を思いついたのである。つまり剛田武くん(小4)は、入るはずのない固有名詞を使用することで、一般名詞のそれよりも劣る固有名詞を見出し、あまつさえ固有名詞を一般名詞以下にまで格下げしたのである。形容詞よりも明確な名詞を使い、さらに一般名詞を固有名詞に置き換えてなお、固有名詞を貶める言葉を思いついたというのだ。つまり剛田武くん(小4)の頭の中では「形容詞>一般名詞>固有名詞(のび太)」という図式ができあがり、のび太という個人をどうあっても貶めたいという思いを、この言葉に乗せたのである。生まれてこの方40年とちょっとであるが、これほどまでに利己的に日本語を誤用した例を私は知らない。しかもそれがわずか小学4年生の口から発せられたことは、瞠目に値する。私がのび太なら、この言葉を発せられた後、全人格を否定されたものと信じ、すぐさま近隣のビルの上にあがり、飛び降りを決意するだろう。「のび太のくせにナマイキだ」とは、それほどの破壊力を秘めている言葉なのである。

<のび太は人づきあいが下手?>
 以上のようにのび太は、剛田武くん(小4)のこれほどの罵詈雑言に耐えながら生活していたのである。のび太の心中察して余りある。だがこれは筆者以外にも考えたことがある人がいるのではないかと思うのだが、それならばのび太は剛田武くん(小4)やスネ夫との付き合いを止めて、別の友達を作ればいいと思うのだ。それをして「そんなことしたら登場キャラクターが増える」とか夢見の悪いことをいうのは切ないではないか。ここでは一端「のび太は人づきあいが下手である」ということで話を進めてみる。つまりのび太は何かにつけ同じ町内にいる剛田武くん(小4)やスネ夫を良く見知っているため、彼ら以上の友達を必要とせず、むしろ彼ら以外の人間との付き合いを避けているのではないか。だとすればのび太はとんだ臆病者である。そうであれば剛田武くん(小4)をあれだけ増長させてしまうのもいたしかたないことなのかもしれない。

 だが「ドラえもん」がこの世に誕生したのは1969年(筆者の生まれ年でもある)。1970年の高度経済成長期を目の前にして、世の中が沸き立っていたころのこと。大阪万博は「人類の進歩と調和」を高らかに謳い上げ、未来は明るいと誰もが信じて疑わなかったころである。団地があちこちに作られ、町のコミュニティにも変化が訪れ始めた時である。「ドラえもん」の世界観はむしろ70年の雰囲気と、それ以前の戦後の復興期の雰囲気のちょうど中間地点にあたる。子供たちのコミュニティもまだ狭い。そう考えると、町内にガキ大将がいて、それを頂点とする簡便的な小コミュニティこそが、当時の子供の世界だったにちがいない。だとすれば剛田武くん(小4)をしてガキ大将とし、それを頂点とするヒエラルキー的な小コミュニティが存在していたとするならば、のび太はガキ大将である剛田武くん(小4)の傘下に入ることを潔しとせず、むしろ進んで彼と並び立とうと奮闘努力していたという解釈も同時に成り立つはずである。のび太のやり方は組織論としては非常に不器用かもしれない。だがヒエラルキーの頂点に向かって、同等の立場になって彼の人と友誼を結びたいと願うのび太の姿は、実に立派ではないか。またこうしたヒエラルキーの攻略を独自に行動していたとするならば、のび太という男、なかなかに人づきあいが上手い作略家と言わざるをえまい。やるじゃんのび太。のび太のくせに・・・。

<大長編の功罪>
 ところが、である。最初にご紹介した記事で指摘されるほど、のび太は褒め称えられるような存在だろうか? それこそ剛田武くん(小4)に「のび太のくせに」と揶揄されるように、ドジでのろま、そして勉強はできない、スポーツも苦手のダメ少年ではないか。何より毎回ドラえもんに依存しては未来の道具を借り受け、それを悪用してはしっぺ返しを食らうという日常を繰り返す人物として描かれている。しかも彼には懲りるということがない。それを「だってそういうマンガだから」というのでは、いささか解答を急ぎ過ぎる。それに最初にご紹介した記事に対しても、反論にすらならないではないか。そんなダメ人間の烙印を押されているのび太が、どうしてもよく見える場面がある。その最大の理由は、いくつかののび太に関するエピソードと、映画大長編「ドラえもん」シリーズである。

 映画大長編「ドラえもん」シリーズは1980年「のび太の恐竜」からスタートした。これはコミックスにも収録されている「のび太の恐竜」を劇場版構想のもと新たに書き直した作品であることはよく知られている。これら大長編ドラえもんシリーズは当時の子供たちに大人気を博し、春休みのメインムービーとなった。現在では同じシンエイ動画で作られている「クレヨンしんちゃん」に劇場版シリーズとともに春休みに公開されており、どちらも観客動員数を稼いでいる、ドル箱シリーズと言って差し支えないシリーズとなっている。原作者であった藤子・F・不二雄先生が逝去された際には一度中断したが、その後一新されたキャストで再スタートを切ったテレビシリーズの人気に後押しされて、「のび太の恐竜」をリメイクするところから再スタートする。今年もリメイク作品「新・鉄人兵団」が公開されている。

 この大長編の特徴といえば、テレビシリーズにおいてまったく見られないキャラクターたちの成長が見られることである。のび太はテレビシリーズでは見せないりりしい姿で正義を説き、剛田武くん(小4)はのび太をいじめるのを止めて、ともに手を取り合って強大な敵に立ち向かう。そして臆病なスネ夫は必死に自分の勇気をかき集めて彼らに遅れまいと頑張るのである。彼らの泣きたくなるほどの友情が、時として最大の危機を乗り越える起爆力になり、ドラえもんが己の無力を嘆く前に、事態は急速に展開し収束を見せるのである。このように常日頃テレビシリーズやマンガ連載では見えないのび太たちの別の側面が大きくクローズアップされることにより、大長編ドラえもんは物語的なカタルシスを得ることに成功する。そしてのび太こそは「ドラえもん」という物語の主役であるため、特に成長著しく描かれる。また「のび太の結婚前夜」や「おばあちゃんの思い出」など、原作でのび太がフューチャーリングされるエピソードを映画化することにより、のび太はテレビシリーズのような弱虫でいいところなしの少年とは異なる描かれ方がしているのである。

 そして最初の記事に話は戻る。この記事および富山大学の横山秦行名誉教授による著作「「のび太」という生き方」では、のび太が実にすばらしい人間かのように描かれている。しかものび太のありようは、悩める多くの少年少女を励まし、本当の自分と向き合い、前向きに社会を生きていく人々の見本となるのである。だがこうした見識の多くは、原作に描かれた数本のエピソードと、前出の大長編ドラえもんに登場する成長したのび太を基本として説明しているように見受けられる。一説によれば原作漫画は全部で1344作品あるそうだ。それほどの原作エピソードに対して、1割にも満たない本数しかない映画をもって、果たして「のび太」をはじめとするドラえもんに登場するキャラクターを語ってもいいものだろうか? 大長編はあくまでのび太を含めたいつもの仲間たちが極限状態に置かれた状況でしかない。成長しない1344作品ののび太はやはり真実であり、大長編を含めた圧倒的少数の作品をしてのび太を英雄視するのはいささか問題がありはしないだろうか。そのわずかばかりののび太のいい部分があるからだと言わんばかりの論調については、やはり疑問を持たざるをえない。ましてやのび太がそれほど持ち上げられるのであれば、同様にスネ夫や剛田武くん(小4)だって、注目を浴びてもおかしくないではないか。さらには優秀であり静ちゃんにも気に入られているでき杉くんだって見直されるべきであるし、のび太を叱ってばかりの母・タマ子さんだって振り返られるべきであろう。これでもまだのび太をのみ取り上げるようであれば、筆者はやはり「のび太のくせに」という言葉を吐かざるを得ない。こうして筆者は剛田武くん(小4)の言語センスと先を見据えた視点に、改めて舌を巻くのである。


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以前劇場用アニメを取り上げたときに、ドラえもん映画はランキング外でした。理由はスピンオフ作品だからなのでしょうが、意外に選者に気恥ずかしさを抱かせるからではないでしょうか。
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テーマ : 藤子・F・不二雄大全集
ジャンル : アニメ・コミック

コメント

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No title

「ドラえもん」で繰り返し描かれるのは、魔法のように何でもできる未来道具を手にしたとたん、調子に乗って乱用した挙句しっぺ返しを喰うのび太やジャイアンやスネ夫の愚かな姿であり、それを冷ややかな視点で描く作者の藤子・F・不二雄先生には戦慄を禁じえないのですが…。
藤子F先生のSF短編集はブラックすぎて読み返せませんし。

No title

うめさん
 コメントありがとうございます。

 おっしゃるとおり、F先生のSF系短編集などは、結構目を覆いたくなるような作品が多いです。あの柔和な笑顔の奥に、どれほどの毒をひめていらしたのでしょうか。

 それにくらべるとドラえもんは毒の部分がのび太に集中していることを考えると、面白みに欠ける気がしないでもないです。だからこそドラえもんが世界で受け入れられる原因だと思います。

 それにしても記事の扱いはやはり疑問を抱かずにはおれません。

No title

 作者の藤子・F・不二雄先生はあの絵柄で結構怖い作品を書かれていますね。子供のころドラえもんの感覚で短編集を読んで、エーって気分になりました。

 ところで、実社会にでて改めてのび太とジャイアンの関係を見ると、のび太を地域の子供社会に結びつけていたのはジャイアンではなかったと思います。作品の関係でしょうが、のび太、ジャイアン、スネ夫、しずかちゃんの4人で常に行動していたと思います。また、想像にすぎませんが他の同級生はのび太を一段低く見ていて対等に付き合っていたのはジャイアン達だけではなかったでしょうか。

 のび太は周りからの低い評価に対して自ら奮起して改善するようなタイプとは思えませんので、ジャイアン達との関係が切れれば、引き籠り状態になる可能性もあると考えます。

 そういう意味ではジャイアンはのび太の恩人なのかもしれません。

No title

藤子A先生の作品「笑ウせえるすまん」「変奇郎」「黒ベエ」等を読むと、個人の狂気が産みだす恐怖を描いていて。
一方、藤子F先生の作品「モジャ公」「SF短編集」等を読むと、状況・又は
その世界の狂気が産みだす恐怖を描いている様に感じました。
思い出してみますと、私が、これほど心底から恐いと思える作品を
描ける漫画家は他に知りません。
「ドラえもん」だってのび太にしてみれば
未来には絶望だけが待っていたわけですし。
藤子作品はかなりの猛毒と思いますよ。
だがそれがいい。

No title

てんぷるさん
 コメントありがとうございます。

 本文でも指摘してますが、のび太とジャイアンの関係は結構複雑ですよね。コメントで指摘いただいた通り、のび太を社会につなぎ止めていたのはジャイアンという指摘は正鵠を射ていると思います。当の二人がそれに自覚的ではないあたりがいいのでしょうけど。

うめさん
 ドラえもんに登場する未来の世界は、のび太にとってはたして絶望でしょうか? 改善できる余地が残されている未来は絶望じゃないのでは? F先生という人は毒は持っていても、その毒から解放される方法論を示しています。絶望と見せかけている結末は、そこから抜け出すための方策を示しているに過ぎず、それに絶望してしまって立ち止まることは、残されたチャンスをフイにするだけにように思えます。猛毒といえど使い方によっては薬になる。それも使う人間の側のやり方次第だとしたら・・・?
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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