「ムーの白鯨」~SFではなくファンタジーでないアニメの愉悦~

 PSPゲーム「モンスターハンターポータブル3rd」をプレイしており、日々狩りの毎日である。歳も歳なのでそう長いことプレイできないのが恨めしいのだが、見上げるような巨大なモンスターを、時間をかけて狩るのは実に楽しいしうれしい。モンスターにも様々なタイプがおり、クジラのようなやつもいれば恐竜型もいる。いずれも巨体だ。もちろん上手くできないこともあるわけで、巨体のうねりに巻き込まれて、自分の攻撃を妨げられた時など、思わず声がでるほどだ。その巨体がうねりを上げて動き回り、まわりをうろつく小さなモンスターをなぎ倒す姿を見ていて、ふと思い出した光景がある。巨大な白いクジラが空を飛び、その巨体がただ空を飛んでいるだけで、敵の戦闘機をなぎ倒す光景だ。それは小学生のころテレビで見ていたアニメ、「ムーの白鯨」である。
ムーの白鯨 スペシャルリマスターDVD‐BOX(7枚組)ムーの白鯨 スペシャルリマスターDVD‐BOX(7枚組)
(2010/03/26)
武岡淳一、井上和彦 他

商品詳細を見る

<物語と概要>
 TVアニメ「ムーの白鯨」は1980年4月から半年にかけて日本テレビ系列で放送された作品だ。制作は東京ムービー(現トムスエンターテイメント)であり、それまで同社が手掛けてきた作品が漫画や小説などの原作があるものだったのに対し、本作は東京ムービー初の完全オリジナル作品として制作されている。本作は東京および関東近県では金曜日夕方6時の放送であったが、この時間枠は本作から東京ムービーが制作を手掛けていた。次作が「太陽の使者 鉄人28号」であるし、さらに後続の作品は「六神合体ゴッドマーズ」である。多くの識者が本作に「ゴットマーズ」の物語や設定の萌芽を見ているが、「ゴッドマーズ」が藤川桂介を中心として田口成光や城山昇といった脚本家を起用しているのに対し、本作では星山博之や松崎健一、金子裕といった脚本家を起用している。この脚本家の差は、「ゴッドマーズ」を担当した脚本家は、円谷プロなどの特撮作品を担当した人々であるのに対して、「ムーの白鯨」の脚本家陣は「ガンダム」をはじめとするサンライズのロボットアニメを執筆した方々である。特に「白鯨」を担当した脚本家はどちらかといえばSF寄りの作品を執筆した方々なのだ。

 時は1982年3月。太陽系で惑星直列が起こった。同時に地球上では異常現象が相次いで起こっていた。それは遠く太陽系外から舞い戻ってきたアトランティス大陸が引き起こしていることだった。宇宙より飛来した先遣部隊は地球上を蹂躙する。時を同じくして5人の少年少女がイースター島に集められた。5人(ケン、ジョー、レイ、シン、ガク)の少年たちは海底より現れた巨大な白いクジラ「白鯨」と出会う。そこで語られた3万年前の真実は、アトランティスとムーの戦争の結果、ムーの科学力によりアトランティス大陸を宇宙に移動させることで太古の戦争を終結させたという。そして集められた5人の少年たちはムーの戦士の生まれ変わりだったのである。白鯨におさめられたムーの指導者であるラ・ムーやその娘・マドーラとともにケンたちは、地球に侵攻してオリハルコンの力を求めるアトランティスとの戦いを開始する。互いに衝突しながらも次第に絆を深める5人。そしてマドーラは太古からの因縁のようにかつての恋人ケインの末裔であるケンを愛するようになる。

 戦いは熾烈を極めた。それまでケンたちや白鯨の力によってアトランティスを防いできた。だがその努力もむなしく、地球の戦力はアトランティスの科学力になすすべもなく降伏する。ケンたちの戦いは孤立無援を強いられるのだが、白鯨のパワーアップなど経ながらアトランティスと戦い続けていく。アトランティスの目的は故郷である地球に帰還することと、地球の遺跡に隠されているオリハルコンという謎の力を手に入れ、アトランティスの帝王ザルゴンを復活させることにあった。ザルゴンの妻コンドラを頂点に、息子のゴルゴスとプラトスを前面に押し立てて作戦を進めてきた。だが戦いの中でゴルゴスは死亡する。そして白鯨の善戦空しく、オリハルコンはアトランティスの手に渡ってしまう。

 そしてほどなく帝王ザルゴンが復活し、アトランティス大陸は地球へ帰還すると同時に、地球を改変する作戦を始める。戦いのさなか、プラトスのかたわらにいる女性戦士ラメールの秘密が明かされる。彼女は3万年前のムーとアトランティスの戦争の際、人質として連れ去られたラ・ムーの娘、マドーラの姉であったのだ。ケンたちの戦いは、地球を守る宿命の戦いだけでなく、マドーラのためにラメールを助ける戦いとなっていく。だが女帝コンドラはらプラトスに想いを寄せるラメールの気持ちを利用して、ラメールを前面に押し立てて作戦を行うが失敗してしまう。アトランティス大陸の制御をするために女帝コンドラは白鯨と戦い散っていく。作戦の失敗の責めを負わされて、ラメールは処刑されそうになる。だがそれを救ったプラトスは、反逆者となって父王ゴルゴスと争うことになる。プラトスは戦いのない平和な世の中を作るために戦ってきたつもりであったが、ゴルゴスはむやみに戦乱を広げるから意見が対立していた。そしてラメールへの愛をきっかけにプラトスは反逆する。そしてプラトスはゴルゴスによって失明し、ラメールはひん死の重傷を負う。そして二人はケンやマドーラに見守られてついに死んでしまう。
 ゴルゴスはオリハルコンパワーを使ったグレートパレスを使って地球全土を掌握しようと企んでいる。アトランティスに捕らえられた地球の人々は、奴隷として扱われている。白鯨とケンたち5人は、イースター島の地下神殿を破壊されてしまう。最後の戦いへと赴くケンたち5人の運命は、地球はアトランティスの魔の手に落ちてしまうのか?

<独特のデザイン>
 物語は3万年に渡るムーとアトランティスの戦争を描いている。片やアトランティスはムーの指導者ラ・ムーの大いなる力によって、時空の狭間に吹き飛ばされ、不遇をかこつ。だがその代わりに3万年の間に科学力をさらに進化させ、帝国の礎を築いている。だが一方のムーはアトランティス亡きあとほぼ全滅する代わりに、来るべきアトランティスの地球侵攻に備えて、白鯨やイースター島の地下神殿、マドーラなどを準備し、しかも太古の時代の戦士たちを現代に転生させることでわずかばかりの戦力を手に入れている。この差はアニメで見ているとまことに大きい。それはアトランティスとムーのテーゼの違いとして表現されており、「ラ・グリル」を信奉するムーのおだやかな人々と、「オリハルコン」の力を信じるアトランティスの人々との対比になっていることは、すぐにわかる。そしてその具体例としてアトランティスの支配者ゴルゴスとムーの指導者ラ・ムーにもその対比ははっきりと見て取れる。こうした区別がデザインにはっきりと表れている。

 アトランティス側は猛禽類をモチーフとしており、要塞や戦闘機のデザインモチーフがはっきりしている。物語の前半では世界各地に点在する遺跡や文明の痕跡にはアトランティスやムーの影響があり、オリハルコンが眠る可能性があるとして、しばしば戦いの舞台となっている。だがナスカの地上絵はいいとして、エジプトのスフィンクスがアトランティスの地上要塞ってのは、デザインセンスが違いすぎる気がするが、物語が世界の遺跡やミステリーやオカルトをモチーフにしているのだから、仕方がない。アトランティス人の衣装も西洋風の甲冑でまとめられている。

 一方のムー側は、どこか古代ギリシャ風の印象があり、ゆったりとした布の折り目のラインがやわらかい印象を見せる。また彼らが乗る飛行艇「ムーバル」にしても、古代の小船が空を飛ぶイメージがあり、鋭く攻撃的に飛ぶアトランティスの戦闘機に比べて、航空力学では飛んでいない緩やかな印象がある。なにより最大の魅力である白鯨は、当初まったくの巨大なクジラの姿で登場し、何度目かの変身を経て最終的には完全な宇宙船となってしまう。それも直線より曲線を多用するデザインセンスであり、線の多いアトランティスのメカニックに比べて、明らかに線が少ない。白鯨の緩やかな動きは、鈍く緩慢に見えながら、アトランティスの戦闘機を圧倒するその動きは、猛る大自然の猛威と重なるかのように、怒れるクジラという強烈でいてどこかほっとする印象を醸し出している。

 これらメカデザインを担当したのは青木悠三氏。ルパン三世(新)では作画を務め、ルパン三世パートIIIではキャラクターデザインを務めている方である。ルパンでは後に崩れたようなデザインのルパンで、あきれるほど思いっきり動かした映像を見せてくれる職人であるが、80年当時の鋭角的なロボットでもなく、さりとて「スタジオぬえ」のような科学考証の入ったようなデザインでもなく、ガンダムのようなカチッとしたデザインでもない。こうしたふんわりとしたメカデザインは、実は当時として見れば相当な冒険だったのではないかと思うのだ。

<SFなのか、ファンタジーなのか?>
 70年代末期。いわゆる「終末ブーム」「ノストラダムスの大予言」「オカルト」「超能力」などが流行した時代である。映画ではまさしく「ノストラダムスの大予言」が映画化されているが、表現上の問題でソフト化されていない幻の作品となっていたりする。また「ユリ・ゲラー」などの超能力者が来日し、テレビの前でスプーンを曲げたりした記憶を持つ人もいるのではないか。今となってはちゃんちゃらおかしい話ではあるが、そのブームたるや空前であった。そんな中でオカルトブームの牽引役となったのが雑誌「ムー」である。雑誌のタイトルが太古に失われた大陸の名前を持ってくるあたりの「やっちゃった感」はぬぐえないものの、現在でも発行が続けられているという由緒正しいオカルト雑誌である。筆者の友人にもこの手の本の愛好家は多い。そして一夜にして海中に没したという伝説の大陸アトランティスの伝説や消えたムー大陸など、扱うネタの数は枚挙にいとまがない。本作すらもそうしたオカルトネタの一つでしかないのかもしれない。

 ところで試みに問うのだが、アトランティス大陸やムー大陸が忽然と姿を消したことに対する解釈は、果たしてSFの範疇なのだろうか? そうした伝説を科学的に根拠だてて語ることは果たしてSFの領分なのだろうか、疑問に思うのだ。「プレートテクトニクス」や「マントルプリューム」などの地学用語(どちらも大陸移動を科学的に説明する専門用語だ)を使って、ムーやアトランティス大陸消失を説明しようとする人々の、なんと多いことか。これは冗談ではなく、本当にいるのだから驚きだ。よしんば「日本沈没」という作品がこうした地質学的な根拠から想像された作品であるとしても、それをあるのかないのかはっきりとしないような太古の大陸に適応するのは、どうかと思うのだ。それはSFのやり方ではないような気がするのだ。
では翻って本作はファンタジーだろうか?ロボットものでも甲冑で中世の欧州っぽい風景の中で物語が展開し、妖精や人間とは異なる種の一族が登場する「聖戦士ダンバイン」はファンタジーと呼ばれたが、本作の根底にあるのは「オカルト」の領分の事項である。「海底軍艦」は敵として「ムー帝国」が登場するが、むしろ轟天号の開発秘話を考えれば、SFとしたほうがいいかもしれない。「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズや「ハリーポッター」が人気となっている現在では、こうしたオカルト的なネタはファンタジーの領分には入れてもらえないような気がするのである。

 実は本作がこうしたSFともファンタジーともつかない理由は、どうやら脚本家に求められるような気がする。先述の通り本作の脚本は星山博之をはじめとする「ガンダム」や「マクロス」を手がけた脚本家陣によって執筆されているが、当時はまだファンタジーが今のように隆盛を見分けていたわけではないし、SF考証といっても「ガンダム」である。そして脚本家陣はこうしたオカルトネタの扱いに困っていたので、完全にSF側にもファンタジー側にも寄せられなかったのではないだろうか? 本作をあえて分類するならば、「超古代史ロマン」とでも付けられるだろうか。ま、そんなことは本作の評価になんら影響することではないのだが・・・。

<ムーとアトランティス、その対比>
 ムーとアトランティス、ラ・グリルとオリハルコンを元にする力の対立は、結局はアトランティスが示す物質文明へのアンチテーゼでしかない。それに打ち勝つものが「愛」だと物語は伝えて終わる。だが「愛」をテーゼに戦争を戦い抜いた「宇宙戦艦ヤマト」が、波動エンジンとヤマトという物質がなければガミラスに勝つことすらできなかった時代背景を考えれば、それから数年たっただけなのに、この陳腐さは何であろうか?
 序盤はムーの子供たちに焦点を合わせて、アトランティスとの戦いの中で成長し、絆を深めあう子供たちの姿を描いている。が、終盤になると気がつけばラメールとプラトスに物語が集中し、アトランティス人も同じ地球に生まれた人間であり、まったく同じ「愛」があることを見せている。だがゴルゴスというアトランティスの象徴たる人物は、そんな惰弱なものを信用せず、親子の愛、肉親の愛すらも完全に否定して見せる。サイボーグとなってまで彼に尽くしてきた妻コンドラでさえも捨て駒にして、物質欲の権現として地球をわがものにしようとするゴルゴスには、わかりやすいステレオタイプの悪のイメージしかない。「ムーの白鯨」でいうところの「愛」は、残念ながら「ヤマト」で見られたナショナリズムを土台にした「愛」ですらなく、大自然を相手にしたグローバリズム的な愛でもないのだ。友と築く愛、愛する女性や男性との愛、肉親の愛といった、あまりにも身近でわかりやすい愛である。そこに奥深さはなく、1980年という物質文明の到達点に至る、大量消費時代の日本を考えれば、それらのいわゆる「隣人愛」のようなものは、あまりにも説得力がないような気がする。少なくても、筆者がリアルタイムで見ていた感動とは全く異なるベクトルの感慨を、今回のDVD視聴で感じたことだけは、ここに告白しておきたい。

<アニメとしての魅力は満載!>
 物語のテーマについては、ずいぶん否定的な見解を述べたが、だからといって本作が面白くないだなんて思ってはいけない。本作にはアニメならではの楽しみにあふれている作品でもある。

 注目したいのはまずメカ戦である。本橋秀之氏が作画を担当したメカ作画には、実に優れたものが多い。考えても見てほしい、片や突起物にあふれ、鋭角的なイメージのアトランティス側と、丸く生物的だったり機械的なイメージを廃したムー側のメカニックが、ほぼ同時に同じ画面に収まって空中戦を見せるのである。その設定の曖昧さはこの際置いておくが、ひよひよと浮かぶように進むムーバルが、どうやってあの高速で飛んでいそうなアトランティスの航空戦力と互角以上の戦いをしているのか、不思議に思う方が普通だろう。それが同じ絵なの中に収まるのである。それも乱戦模様の作画は、今でも迫力満点だ。
 本作は透過光などがオリハルコンの輝きなどに効果的に使われているが、その一方でアトランティス戦闘機のビーム、ムーバルの熱球ビーム、白鯨のオーロラビームなど、その発射の過程や光球、ビームの光跡が克明に設定されており、毎回律儀に守られて作画されている。目を見張るのが白鯨のオーロラビームで、効果としてはビームに触れた敵機は、機能停止になって落ちるというものであるのだが、そのビームの折りたたまれたような反物のような光跡は、見ているこちらでも面倒くさくなるような作画で演出されている。
 第1話でアトランティスの先遣隊が地球の防衛軍と戦闘する場面の作画は、故・金田伊功氏の作画であることでつとに有名であるが、これに比肩する戦闘シーンを探すとすれば、中盤15話でのケンとプラトスとの一騎打ち空中戦や、25話26話のラストバトルだろうか。特に26話におけるザルゴン艦と白鯨の一騎打ちで、白鯨がビームでダメージを受けまくる際のダメージ描写には、物言わぬ白鯨がうねり、痛みをこらえている感じがよく出ていて圧巻である。

 キャラクターに注目すれば、当時雑誌等でも人気だったのがヒロイン・マドーラだった。特に恋人ケインを想いながら、3万年後に備えてサイボーグ手術を受け、3万年後にケンと愛し合うという展開の純粋さには、当時の男性諸氏のハートをがっちりゲットしたことは想像に難くない。しかもツルペタ属性ときている上に、当代きっての美少女役声優・吉田理保子さんが演じているのだから、たまらない。しかも彼女のサイボーグ手術は、亡き恋人ケインへの純潔の証であるから、イマドキなら処女信仰の人なら間違いなく食いつくキャラクターだろう。その一方、最終回で父ラ・ムーのはからいで人間の少女に戻るという展開も、実においしいところをさらっていくではないか。先の処女信仰の方からは、純潔のはく奪ともとられかねない話だが、それゆえに愛するケンと添い遂げられる少女の夢はここにかなうのだから、そっとしてあげておいてほしいものだ。

 「ムーの白鯨」を知らない人でも、なんらかのCDで水木一郎氏が歌う本作の主題歌を聞いたことがある人はいるだろう。OPもEDも実に名曲であるし、とある番組に出演したアニキの言によれば、「ムーへ飛べ」はアニキにとってもとても大事な歌なのだそうだ。また主題歌にも負けずに名曲ぞろいであるのがBGMである。担当したのはすでに鬼籍に入られた故・羽田健太郎氏。アニメでは「宇宙戦士バルディオス」や「スペースコブラ」「超時空要塞マクロス」などが有名な氏であるが、ここでもハネケンワールド全開で聞かせてくれる。しかも多くの楽曲のフレーズフレーズが、「渡る世間は鬼ばかり」や「マクロス」などの楽曲と似たフレーズが使われており、氏の楽曲が十分に堪能できる。現在でもコロンビアから発売されている復刻のCDで聴くことができるので、興味があるかたは是非とも触れてほしい。

 今回の視聴はレンタルDVDで行った。もともと本作のDVDは円谷プロ作品と同じ「ウルトラデジタルプロジェクト」の一環としてリマスターされた商品だった。レンタル版でもそのリマスター版で見ることができる。昔テレビで見たことがある方は、ぜひとも一度レンタルなり購入などしてご覧いただきたい。筆者はあまりに画像の美しさに声も出なかった。元のネガにも問題があるかもしれないが、それだけに暗いシーンも多い。特にザルゴンの影になった顔は判別しづらいほど暗かったが、全体の色調は明るく淡い印象のカラーで統一されているから、ムーバルや白鯨の飛ぶ空の「青」が実に美しい。BDによる解像度は必要だと思えないのだが、こうしたリマスターは大歓迎である。手直しもせずにパッケージして送り出す大手制作会社の作品が大手を振っている業界だからこそ、こうした良心的な作品パッケージは、きちんと認められてほしい。

 筆者は子供の時に見てからほぼほぼ30年ぶりの再会であったが、当時あれほど感動した最終回に、今回あまり入れ込めなかった事はいささか残念であった。それも30年もたてばモラルも変わるのは当然であるが、それ以上に本作が放送された80年当時ですら、ある一定以上の人々には受け入れられなかった可能性に思い至った。だが大好きだった本作に再開してそれでも思うことは、いまどきならこうした作品も、かえって「アリ」なんじゃなかろうか?と思ったことだ。いや、今だって「愛」というには口はばったいのは変わらない。けれどムーとアトランティスの対立軸をきちんと現代風に置き換えることで、テーマをきちんと盛り込めば、やってやれないモチーフではないと思えた。当時これをオリジナル企画として世に送りだした東京ムービーには、最大の賛辞を贈りたい。と同時に、メインターゲットである子供たちに見せるには、こうした突っ込みどころ満載な粗々な作品のほうが、子供たちに強く訴えるのではないだろうか?

〈ANIMEX 1200シリーズ〉(13) ムーの白鯨 テーマ音楽集〈ANIMEX 1200シリーズ〉(13) ムーの白鯨 テーマ音楽集
(2003/09/25)
TVサントラ、水木一郎 他

商品詳細を見る

記事中で示したCDがこちら。
スポンサーサイト

テーマ : アニメ
ジャンル : アニメ・コミック

コメント

非公開コメント

No title

 本橋浩一ではなく、本橋秀幸です。
 前者では名作アニメのプロデューサーになってしまいます。
 

No title

MTKさま

 申し訳ありません。
 おっしゃるとおり、本橋秀之さんですね。修正しておきます。ご指摘ありがとうございました。

No title

こんな所でムーの白鯨を熱く語る方に出会えるとは思わなかった…。

感激です。

No title

?さま

 コメントいただきまして、ありがとうござます。
 熱さが伝わっただけで、本望です。
よろしければ、またお付き合いくださいませ。

No title

5人の戦士は、子孫ではありませんね。
ケン以外の4人は、ムー大陸の最後を前に、魂を3万年の未来に送られた当人の「生まれ変わり」、ムーに残ったケンも、4人と経緯は違いますが、ケインの魂を持った「生まれ変わり」です。

No title

?さま

 ご指摘ありがとうございます。
 おっしゃる通り「生まれ変わり」でした。修正しておきました。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

カレンダー
01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -
namima2のつぶやき
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
リンク(リンクフリーです)
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
FC2 Blog Ranking
フリーエリア
blogram投票ボタン
ブロとも一覧

あにめにゅ~す の あににゅ

分水嶺@53.8

素足のアイドル達

有名人の珍言・名言集

宮廷アリス

TOY BOX
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

[FC2 Analyzer] http://analyzer.fc2.com/ -->