再放送の意義(特撮)

 「ザ・テレビ欄1975-1990」って本をご存じだろうか? 示されている16年の4月および10月のテレビ改変期にあたる時期の、新聞のテレビ欄を集めただけの本だ。正確にはコラムなんかもついているし、各日の気になる番組についても、欄外にコメントが添えられている本である。これがやけに面白い。見ていると本当に当時見ていたテレビの状況や、その頃を思い出す。すでに今年の春に出ていた本であるが、今日買ってきて帰宅し、家内と色々話をしながら読みふけっていた。かつて泉麻人氏が、新聞の縮版を読みふけりながら、しょーもない新聞記事を拾い集めた本が、1990年代によく角川文庫で発売されていたが、あの感じに近い。「ザ・テレビ欄」を読んでいて、ふと、というか、やはり思い当たったのだが、最近はアニメも特撮も、再放送枠がなくなってしまった、ということか。

 それというのもビデオレンタルに始まり、過去の作品が、DVDなどで簡便に見られることが上げられる。そもそもテレビ番組という物は、テレビ局にとっては資産である。新番組をつくる余裕がないときには、昔のVTRを引っ張り出して放送すればいいのである。
 と、ここまで書いてそうも行かないってことを思い出した。いつだったか定かではないが、その昔、テレビドラマに出演した俳優さん達が、再放送分のギャラを、テレビ局側に要求して、裁判沙汰になったことがあったはずだ。同じようなことが声優さん達の世界でも起こっていた記憶がある。つまり再放送をして視聴率を稼ぐのであれば、そのぶん、テレビ局に対しては、俳優や作品に対する著作権や肖像権から、ギャラが発生するっていう論理だったと思う。テレビ局側にも、資産の使い回しという意識があったために、ギャラの要求だなんて寝耳に水だったろう。その意味でもドラマなんかの再放送って、少なくなっていったし、それよりも安く安価に仕上げられたドラマや、ニュースショーなどをでっち上げたほうが、テレビ局側としてはいいってことになったんだろうか。現在の再放送のドラマってのは、なんらかの相乗効果をねらっての放送が主である。たとえばテレビ作品の劇場版が公開前なので、宣伝効果をねらっての再放送だとか、同じスタッフ、キャストによるドラマがスタートするから、そのための再放送とか。

 ただ、そもそも番組という資産が少なく、ギャラ云々の話が無かったころは、再放送は当たり前に行われていた。特にテレビ朝日系列、日本テレビ系列の夕方4時~6時までの枠は、自分が覚えている限り、「ど根性ガエル」やら「ルパン三世」、「巨人の星」や「ライディーン」「コンバトラーV」「ザンボット3」などのロボット物が再放送されていた。「デビルマン」や「キューティーハニー」なんかもテレビ朝日系列のこの枠だ。これらの再放送の意義については、氷川竜介氏のブログ(2009年6月3日 http://hikawa.cocolog-nifty.com/data/2009/06/index.html )や藤津亮太氏の文章(藤津亮太のテレビとアニメの時代 第6回 再放送が生む歴史感覚 http://animeanime.jp/special/archives/2009/06/6.html)にくわしい。特に後者では、アニメ再放送による影響力として、作品の再評価により、新規に作品が作られる土壌となる力を、アニメの再放送が有していたこと、また「おたくの世代分け」を再区分しようとする試みについて述べている。

 では特撮の世界はといえば、こちらもアニメに負けていないのだ。先ほどの「ザ・テレビ欄」に再度登場願おう。
 まず確認として、1975年3月末に、「ウルトラマンレオ」が終了している。一般にいうところの「第2期ウルトラシリーズ」の終焉である。一方の雄「仮面ライダー」も、1975年12月に「仮面ライダーストロンガー」で、7人ライダーを集結させて、これまでのすべての悪の組織の首領であった「岩石大首領」を倒して、一端幕を閉じることになる。しかしこの1975年は、現在も放送中である戦隊シリーズの祖である、「秘密戦隊ゴレンジャー」が放送を開始した年だ。

 このころ、特撮番組の再放送はきわめて少なく、「ザ・テレビ欄」にも、テレビ朝日の夕方に、「ジャイアントロボ」や「イナズマン」が再放送されていたようだ。それ以前は「キカイダー」が頻繁に放送されていた記憶がある。私が通っていた保育園で、母の迎えを待つ間に、見ていた記憶が強い。

 1977年になると、TBSの早朝6時台の時間で、「走れ!K-100」という番組の再放送がスタートする。大野しげひさ氏(ロボコンが最初に下宿した家のパパ役、でわかってもらるかどうか? ちなみにママは「サザエさん」役の加藤みどりさんである)が、小型で意志をもつ機関車「K-100」(「けーひゃく」と読みます)に乗り、見合いを進める母親から逃げるように日本中を旅するロードムービーのような番組であった。まあ大枠での特撮番組ですな。その後、当時まだ絶賛放送中であった「ケンちゃんシリーズ」から、「すし屋のケンちゃん」が、同じ時間枠で再放送される。つまり子供向けの番組を再放送する時間枠であることが認識されたタイミングである。当時はまだ日本テレビでは「おはようこどもショー」の時間であり、山寺さんが司会ではない「おはスタ」もまだ放映されていない時期だ。それでも就学児童は、この再放送の流れで、同局の「おはよう700(「せぶんおーおー」と読みます)」を見て、見城美栄子がゆくキャラバン隊の映像で、中東や東南アジアの風景をかいま見ていたのだ。

 そして1978年になると、突如として「ウルトラマンシリーズ」が放映される。「ザ・テレビ欄」によれば、10月の段階で、「ウルトラマンレオ」がクレジットされている。おそらく当時のこども達の記憶が新しいうちに、最新作から放送しようという魂胆だろう。ここから怒濤のウルトラシリーズの再放送ラッシュが始まることになる。1979年10月には「ウルトラマン」が放送されているし、土曜日には7時台に再放送枠があり、「ウルトラマンタロウ」が放送されている。
 また同時期には、フジテレビでは「ミラーマン」が、テレビ東京(当時は東京12チャンネル)では「怪傑ライオン丸」が再放送されている。朝はこども番組の再放送枠である認識が、定着した感がある。テレビ朝日ではあいかわらず夕方4時台が健在であり、「がんばれロボコン」「5年3組魔法組」「こちら惑星0番地」「透明ドリちゃん」などの再放送が記憶にある。

 ここで重要なのは、朝の「ウルトラシリーズ」の再放送で、当時の少年達の間でブームに火がつき、「第2次怪獣ブーム」が到来する事になるということだ。出版物も多く、とくに「ケイブン社」の「大百科」シリーズや小学館の「コロタン文庫」におけるウルトラシリーズの本は、爆発的にヒットする。「てれびくん」や「テレビマガジン」でも、新作の特撮作品同様に、旧作の作品が特集される。仮面ライダーやウルトラシリーズなど、シリーズを重ねた作品は特に念入りに特集された。こういった再燃の動きが、次作を作る動きに変換された。またあくまで未確認ではあるものの、大阪では毎日放送系列で「仮面ライダーシリーズ」の再放送があったとも聞く。

 まず「ザ・ウルトラマン」が1979年4月から放送開始する。本作はアニメ作品ではあるが、この作品が終了した1980年4月に、「ウルトラマン80」がスタートする。ほぼ5年ぶりの復活となった。また1979年10月に「仮面ライダー(スカイライダー)」が放送を開始する。原点回帰を目指しつつ、空中飛行の能力を有した新世代のライダーは、多くのこども達に喝采の拍手と共に迎えられ、翌年には「仮面ライダースーパー1」が放送される。これらの作品は、いずれ復活が期待され、それが約束されてはいたのだろうが、礎となったもとのシリーズが、再放送により評価されて、新作が作られたということになる。

 さらに時代が下ると、1986年の10月頃に、「超電子バイオマン」が再放送されている。なんだか突拍子もない話のようであるが、これには訳がある。
 1982年3月に、突如として放送開始されたのが、「宇宙刑事ギャバン」である。主役のギャバンを大場建二が演じ、その生身のアクションを生かして人気番組となった。その人気は次回作「~シャリバン」「シャイダー」と受け継がれ、時ならずきわめて小さな特撮ブームが起こることになる。それは「シャイダー」に出演した森永奈緒美演じる女宇宙刑事アニーの活躍が大きいことは認めるが、シリーズの「銀河連邦警察」という大きな背景と、それを彩るさまざまな敵組織やエピソード、脚本を一手に手がけた脚本家・上原正三氏や、映像化するスタッフの、脂ののりきった演出とも相まって、加速し始めたのだ。
 
 同時期放映していた「戦隊シリーズ」は「ゴーグルV」「ダイナマン」「バイオマン」であるが、翌年の「電撃戦隊チェンジマン」にて、主役にイケメンを配したことで、多くの女性ファンがつき、宇宙刑事シリーズによる特撮ブームは、完全に飛び火することになる。つまりこのブームに乗る形で再放送されたのが、この朝の時間の「バイオマン」だったというわけだ。この時期、素顔のヒーロー達が特写され、写真集は出るは、アニメ誌「ニュータイプ」でも特集されるわ。あおりを食って特撮雑誌の老舗である「宇宙船」は勢い余って季刊から月刊化してしまうほどの入れ込み様だ。
 このころ85~86は、テレビ朝日は夕方でも再放送していた。私は宇宙刑事シリーズも戦隊シリーズも、ここで大分補完していた。また夏休みになるとテレビ朝日の朝10時ぐらいに、よく「電子戦隊デンジマン」や「ギャバン」が放送されていた。だが夏休みと同時に始まるために、夏休みと同時に終わる再放送枠は、最終回まで放送されないことが多く、最終回が確認できたのは、後年ビデオレンタルが出来るようになった頃だったりした。「スケバン刑事」シリーズもこの頃の放送だ。フジテレビの夕方、あの「夕やけにゃんにゃん」の前の時間枠だった。東映がある意味で脂ののりきった頃だろう。

 そして再放送はなくなっていく。それはレンタルビデオの普及と、同時に家庭用ビデオデッキの普及が、こういう流れを作ったとしか言えない。私の実家でもデッキの導入はこのころであり、再放送の番組を録画して、何度も繰り返し見ていた記憶があるし、そのビデオはいまでも自宅に眠っている。再放送はその役目を終えたのだ。
 あの幼女連続殺害事件の宮崎死刑囚の自宅の写真が公開され、その部屋がビデオテープに埋もれていたことを思い出す。同時にそのコレクションが、少なからず当時は流通しておらず手に入らない物であったことに、嫉妬を覚えた記憶もある。

 最近では「新劇場版」が公開されたエヴァンゲリオンが、テレビ版を日本テレビで再放送するというので、話題になったが、これとて映画のための宣伝効果をねらってのことだ。だが再放送による再評価が、次の作品を生む土壌になっていることは、藤津亮太氏に文章や、上記の内容を見て貰えば、一目瞭然のことである。ソフト化による購買ではなく、放送に乗せることによる、公への訴えこそが、再評価への正しい道のような気がしてくる。それはたぶん幻想だろう。けれど地上波およびテレビの普及がこうまでなってきた事情は、1度きりで放送された番組だけではなし得なかっただろう。むしろ手っ取り早いDVD等のソフトの宣伝として、地上波での再放送を見直してもいいのではないかと思う次第である。

 ただし、またギャラの話に戻るようなら、すべてはご破算である。
 
 

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波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
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