「ゴジラ×メガギラス―G消滅作戦―」~ゴジラ映画のつっこみどころ~

 東日本大震災後、この日本において「ゴジラ」映画を作ることは、大いに抵抗があることだろう。さりとて「ゴジラ」がゴジラたりえるためには、本質的に原水爆や原子力発電といった現実から目をそらすことができない。それだけに現在の日本では、「ゴジラ映画」を楽しむ余裕はなくなっているのではないだろうか。それは残念なことではあるが、否定しようもない現実でもある。個人的には2013年に予定されているゴジラの復活には、懐疑的にならざるを得ない。だがその一方で「怪獣映画」に出現する怪獣が、大自然の猛威の象徴であり、「怪獣映画」がそうした大自然の脅威に立ち向かう人間たちへの賛歌となるのであれば、以前本ブログでご紹介した「帝都物語」同様に、「怪獣映画」は意義深いものとなるはずだ。「怪獣映画」は必ず復古する。その信念を曲げないために、今回は「ゴジラ×メガギラス」という作品を取り上げて、怪獣映画を楽しく見るためのポイントを検証してみたい。
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(2001/08/21)
田中美里、谷原章介 他

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<概要と物語>
 「ゴジラ×メガギラス-G消滅作戦-」は2000年12月に劇場公開された作品。ゴジラシリーズの24作目に相当し、「ゴジラ2000ミレニアム」で再開したゴジラ第3シリーズの2作目に相当する。興業収入は12億円とされており、非常に成績が悪い。これは前作「2000ミレニアム」があまりにアレ(笑)な作品であったために、その次回作である本作が割を食ったのではと解釈している。そのため次作「ゴジラ・モスラ・キングギドラ大怪獣総攻撃」では、昭和ゴジラシリーズ以来の「とっとこハム太郎」との同時上映となったものの、興業収入は27億にまで回復している。こうした事情を鑑みれば、作品の出来不出来と興業収入はあまり関係がないように思う。

 今回のゴジラは1954年の最初のゴジラ上陸が、完全に新作として撮影し直されている。そしてここからはかつてのシリーズと異なる時間軸となり、1966年に茨城県東海村に、1996年に大阪に上陸している。過去2度のゴジラ襲来により日本は原子力発電を永久放棄した世界。首都が移った大阪にて新しいクリーンエネルギーとしてプラズマエネルギー炉の開発が進められていた矢先、3度目のゴジラ襲撃となった経緯がある。
 5年の歳月が流れ、防衛庁内の対ゴジラ組織「特G対」の実戦部隊の隊長・辻森桐子(演 田中美里)は一人の青年をスカウトする。その青年は工藤元(演 谷原章介)。特G対の研究部門の長である吉沢教授(演 星由里子)の大学時代の研究生である。吉沢教授の現在の研究は、プラズマエネルギーの技術を応用してマイクロブラックホールを作り出して、ゴジラを永久に抹殺する対ゴジラ兵器の開発である。工藤は吉沢に請われてこの研究と兵器の小型化に従事することになる。
 完成した実験機で山梨県の白州にて実験が行われる。実験は成功し、木造校舎は跡形もなく消し飛んだ。だがあまりに強力なエネルギーのひずみから、太古の生物が現代に現れてしまう。偶然にもその生物を卵を見つけてしまった少年は、興味本位で引っ越し先の東京に卵を持ちこんでしまうが、卵の様子に恐ろしくなって排水溝に捨ててしまう。その後卵からかえった謎の生物は、渋谷の闇にまぎれて人々を襲い始める。そしていつしか地下水脈を食い荒らした謎の生物は、渋谷の街を水没させる。
 一方太平洋沿岸にてゴジラが発見される。だがその海域には巨大なトンボのような生物の死体があるだけだ。だが突如として深海から浮上するゴジラ。桐子はゴジラの背びれに発信器を打ち込んで、ゴジラを追跡し始める。桐子が持ち帰った細胞から、巨大なトンボはメガヌロンから変体したメガニューラであることがわかった。そしてついにマイクロブラックホール砲「ディメンション・タイド」が完成し、種子島から人工衛星として打ち上げられた。すでに駒はそろった。桐子たちは奇岩島にゴジラを誘導し、そこでゴジラを葬り去る計画を国に提出し、承認される。ゴジラを誘導し奇岩島に上陸させることに成功し、あとはディメンション・タイドを打つだけという瞬間、無数のメガニューラが渋谷からゴジラに飛来する。メガニューラはゴジラのエネルギーを吸収し、最後の1匹をふ化させようとする。ディメンション・タイドでメガニューラごとゴジラを葬ろうとするが、最終調整不足により失敗に終わる。その間、ゴジラはお台場にむけて侵攻し始める。一方ゴジラのエネルギーを蓄えたメガニューラは、水没した渋谷で1匹のメガギラスを誕生させた。お台場を舞台に2大怪獣の対決の火ぶたが切って落とされた。ゴジラが東京を目指す理由は何か? ディメンション・タイドはゴジラにトドメをさせるのか?

<問題の検証、その楽しみ方>
 ゴジラ映画ひいては怪獣映画にはほぼ基本となる“つっこみどころ”がある。その中にはシリーズやドラマ優先のため、こうならざるを得ないというものもあるが、こうした突っ込みどころさえ押さえておけば、大概の怪獣映画は楽しめるはずだ。そうした点を挙げた上で、本作での扱い方を検証してみたい。なぜ今回本作を選んだのか? それは本作の監督である手塚昌明氏は本作が監督デビュー作であり、本作に手塚氏が持っているゴジラ映画のエッセンスをすべて込めていると思われるからだ。その彼の持つエッセンスの一つ一つが、まさに“ツボ”であるからこそ、本作は怪獣映画として面白い作品に仕上がっているのである。では検証してみよう。

1.ホラー映画の側面
 「怪獣映画」はゴジラにしてもガメラにしても、最初に登場する時には「謎の生物」として登場する。ゴジラやガメラが定番になれば、その対戦怪獣がその位置にくる。その都度新登場の怪獣は「謎の生物」として登場するから、そのアプローチは人間世界に対する謎の生物のアプローチとして映像化される。これを多くの場合、映画の前半に持ってきてホラー映画の要領で、謎の生物による人間の虐殺などとして映像化される。つまり怪獣映画の前半は「ホラー映画」となる側面がある。この部分でいかに人間が無残に殺されたり、スプラッタな死に方をしたり、徐々に襲い来る謎の生物による蹂躙が描かれるかで、その後姿を現す怪獣への思い入れがほぼ決定してしまう。
 本作では渋谷において孵化したメガヌロンが人間を襲うというシーンなどに見て取れる。また水没した渋谷のビルの壁面に、たくさんくっついているメガニューラの姿など、背中におぞけが走るシーンとなっており、なかなかに気持ちが悪い。ヌトヌトとした体液が人間に浴びせかけられる一方で、血はあまり流されないのは、視聴対象である子供への配慮であるが、それだけに物足りないと思うのであれば、迷わずホラー映画に足を進めるべきだろう。なお渋谷でのカップル惨殺シーンで殺された女性役は、かつて「ウルトラマンガイア」の最終回付近で天使役として登場した女優さんである。こうした役者のクロスオーバーは、特撮好きの人間にとってかなり重要なウエイトを占める。

2.新怪獣を生み出す難しさ
 今作で登場する「メガギラス」。実はその幼体である「メガヌロン」は「空の大怪獣ラドン」に初登場し、ラドンに食われていた昆虫怪獣である。そのメガヌロンが羽化してメガニューラとなり、さらに巨大な1匹にエネルギーを集約することで誕生する最強の「メガギラス」という図式は、群れをなして生活するアリやハチを想像させる行動様式が、リアリティを感じさせる。昨今の新怪獣は、それなりに背景考証がなされているため、そこにいる理由がちゃんと説明されている場合が多い。それだけに怪獣の「生物感」は増す一方で、怪獣としての神秘性は低下する。平成ガメラに登場した遺伝子怪獣ギャオスにしても、その生態そのものがドラマを生みだしたレギオンにしても、こうした怪獣登場の背景をつきつめていった成果である。だがそれゆえに怪獣が自然災害の象徴である側面は低下することは、以前にも指摘した。新怪獣を生み出すことは難しくなっているのだ。
 またゴジラとの対戦というシーンを取り出してみても、地に足をつけて戦っているゴジラに対し、躁演で空を飛ぶ設定のメガギラスは、モスラ同様ゴジラとからみにくい怪獣でもある。空を飛ぶ怪獣との対決というのはそれだけ相手との接触の瞬間がバトルの本質となってしまうため、どうしてもタメの時間が長くなる。両者が地に足をつけて戦うパターンと比べると、間延びした感じになってしまう。ゴジラにしても相手と距離を取って放射火炎で戦おうとするから組み合いにくい。そうした事象を逆手に取った演出が、メガギラスの尻尾の攻撃をゴジラが口で受け止めるという演出として登場する。こういうバトルの演出なども、裏の事情を想像しながら見ると違った味わいを感じられるだろう。

3.怨恨でゴジラは倒せるか?
 過去のゴジラの出現により肉親や親しい人が殺された。それを契機としてゴジラを倒すという行動動機が生まれる。平成ゴジラシリーズに多いシチュエーションであるのだが、それは平成ゴジラシリーズが一連の継続したシリーズであるがゆえに発生する。こうしたゴジラに対する怨恨は、見ている観客にとってはわかりやすい行動動機である。だがその一方でその怨恨はゴジラを倒すことでしか晴らされることはない。だがゴジラはのうのうと生き続けているではないか。そう考えを進めていくと、ゴジラに対する怨恨は晴らされることもないまま、別のドラマにすり替えられていく。「vsスペースゴジラ」なんて話はまさにこの典型だ。
 本作では主人公・桐子の行動動機も、ディメンション・タイドの開発者・吉沢博士の行動動機も、大阪でのゴジラ上陸とその被害を契機としている。わかりやすい行動動機は物語を動かすが、その半面でプラズマエネルギーの利権にありつこうとする杉浦(演 伊武雅刀)の行動動機は、目の前の科学技術を利用することであったことが終盤になって明らかになる。こうした一つの事象がまったく考えの異なる人間たちによって幾様にも解釈され、決して一枚岩ではないことは、現実世界でもよくあることだろう。

4.女性主人公は必要か?
 かつてのゴジラシリーズでは、主人公はゴジラや対戦怪獣にまつわる事件に巻き込まれてしまう人間が多かった。とくに新聞記者やフリーライターがメインになることが多く、被害者の妹などが彼らと行動を共にして、事件の背後を明らかにしていくといったものが主流である。これが平成シリーズになると、より積極的にゴジラを倒そうとするために、対ゴジラせん滅組織が成立し、その中核を担う人物を主人公にすることで、女性キャラクターは科学者の立場としてこれに関与する。さらに時代が下がると、女性が主人公として雄々しくゴジラに立ち向かうことになり、本作の桐子役の田中美里をはじめとして、釈由美子や吉岡美穂などの主人公が登場する。
 こうした女性キャラの進出の過程は、女性の社会的進出に歩調を合わせるというよりも、客寄せパンダ的な扱いかもしれない。だが彼女たちが必死にメカを操ったり、果敢にゴジラに立ち向かう必死な姿は、かつての「スケバン刑事」シリーズや実写版「セーラームーン」シリーズ、そしてなによりこれら戦う女性の元祖である「キューティーハニー」に材を求めるべきだろう。とはいえゴジラ映画に対しては、戦う主人公が女性である必然性はあまりない。にもかかわらず、本作では戦う主人公はおろか科学者までも女性で占められているし、ディメンション・タイドを転用しようと企む人間は男性なのである。それに協力する工藤の役にがやや優男のイメージがある中世的な谷原章介をおいている事情は、男性理論ではなく女性理論で物語が作られていることを示している。そうした女性理論は桐子が昆虫博士と呼ばれる少年に対する対応や、メガニューラ出現に責任を感じて落ち込む少年に対する回答を示す桐子の様子に現れている。女性の中に見られる二面性、激しく敵を憎み行動する苛烈さと、子供に対する優しさ。こうしたありがちな二面性こそが、便利に脚本家に使いまわされている感じが否めなくもないが、女性を主人公にすることで矛盾せずに二面性を説明なしに整合させているのである。それは現代の女性が感情が支配するのではなく、理知的かつ社会的な生き物であると認知されたからだろうか。

5.科学技術の限界と二面性
 ゴジラの出自が水爆であることは知られている。第1作「ゴジラ」の最大の命題は、まさに「オキシジェン・デストロイヤー」という最終兵器にあるわけだが、ここに「人を脅かす科学」と「人を救う科学」という二律背反の考え方がある。そしてまた科学は万能ではなく、常にその限界が存在する。水爆を起源に生まれたゴジラではあっても、「vsデストロイア」にてメルトダウンして一度は死んで見せた。また超常の自然の恐怖であるゴジラは、人間が開発したいかなる兵器にも屈しない存在である。ゴジラ自身から生まれたスペースゴジラやビオランテ、抗核バクテリア、スーパーXはおろかメガゴジラ、モゲラに至るまで、ゴジラを倒すには至っていない。それこそが科学の限界を端的に示す事情とも言える。
 本作で登場する「デメンション・タイド」は、マイクロブラックホールによってゴジラを消滅させる兵器である。その開発はまぎれもなく飽くなき科学の追及であり、ゴジラを目の前にした人間の行動の結果ともいえる。このアイデア自体、ゴジラファンなら一度ならず考えた方法に違いない。それをやって見せた本作は、まさにゴジラファンを自認する手塚監督ならではの想いが込められた映画だと言ってもいい。だがこの「ディメンション・タイド」ですら使おうとする人間の二面性が込められている。最終的に人工衛星として落下するので消滅するのであるが、吉沢博士は成功の暁には設計図ごと消去することを前提として開発しているのに対し、杉浦は転用することを考えている。人間の側の事情で悪用される技術。科学には常にこうした問題点が付きまとうことを、本作でも示していることは、原点である1954年「ゴジラ」のオキシジェン・デストロイヤーとともに命を絶った芹沢博士と対比される存在でもある。科学者としてどちらが正しいか? その疑問に答えを見いだせる人など、いはしないだろう。だが原子力発電の是非を問う現実の日本を考えるなら、一度は考えてみる価値があるのではないだろうか?

6.ゴジラは本気で倒せない!
 本作では超必殺兵器「ディメンション・タイド」によってゴジラを倒そうとする人間の物語である・・・・のだが、ここで最大の矛盾が生じる。マイクロブラックホールだなんて科学的にも非常識極まりないこの兵器を持ってしても、ゴジラは倒せない。作中2度にわかる発射を試みるが、1度目は機械的な誤差によりゴジラは間一髪これを逃れ、2度目は桐子による決死の発射でゴジラを仕留めることに成功し、物語は一度確かに終わったかに見えた。だがエンドロール直前には、桐子は日常に戻った工藤に再び協力を要請し、エンドロール後には再び咆哮を上げてゴジラは復活しているのである。私たちが楽しんだ物語は、いったいどうなってしまったのか?
 平成ゴジラシリーズで最も多いラストは、対戦怪獣を倒したことで満足して海に帰っていくゴジラのシーンでエンドというパターンだ。あれほどゴジラ憎しと戦ってきた男たちですら、その後ろ姿を見送るしかない。それはまるで雨と風が吹き荒れる台風が過ぎるのを、じっと耐えて待つかのようではないか。それは確かに大自然の猛威とかぶる印象を待つが、その一方で物語は圧倒的に放り出されて、収束しないまま終了するという、観客にとって満足しがたいラストになってしまう。映画というメディアにとって非常に重要なのはエンディングをいかに迎えるかということであり、そのため物語をゴジラと怪獣のバトルにすり替えてでもラストを曖昧にするゴジラ映画というのは、映画としては極めて奇形な映画の形態であることになる。だがなぜにこうしたラストになるのか? それは製作者やファンのだれもが、ゴジラの存在を愛してやまないからであり、同時にシリーズの継続のためにはゴジラの存命が必須条件だからである。一見してディメンション・タイドという非科学的でありながら確実にゴジラを葬ることができそうな方法を持ってしても、ゴジラが倒せない理由は、唯一ここに集約される。すなわち、ゴジラならびに対戦怪獣、あるいは自衛隊や対G組織のメカニックなどに思い入れがない人にとっては、本来ゴジラ映画は実に受け入れがたい欠点のある映画であるということになる。
 そしてまたゴジラを本気で倒す気がないということは、いかなる超必殺兵器をもってしても、人間はゴジラに勝てないことがわかりきっている。当然必殺兵器も必殺ではなく、逆算で弱点をついてくるゴジラというものを描きだすことになるから、どこまでも制作者はゴジラを倒す気がないのである。ゴジラを倒す作品を作りながら、その実ゴジラを倒す気がない、この最大の矛盾を解消しない限り、ゴジラ映画は現状を打破することができないのではなだろうか? その点、現時点での最終作である「ゴジラファイナルウォーズ」では、一度ならず人類はゴジラを冷凍して行動不能にしている。この作品が他と異なる味わいのゴジラ映画になっているのは、こうした事情故かもしれない。

 さて今回は「×メガギラス」をテキストに、ゴジラ映画を俯瞰する試みを行ってみた。逆説になるが、これが本作を持って出来た理由は、ひとえにゴジラ好きを自認する手塚監督が、初監督作品ながらゴジラ映画のエッセンスをきちんと抽出し、そのエッセンスを細大漏らさず自身の監督作品に投入して作られた映画であったからである。実は上記で指摘した点は、ヒーローと化したゴジラが相手だと、あまり関係が無くなる点もある。近年「ゴジラ対ヘドラ」以降のゴジラ作品があらためて取り上げられる機会もあり、ヒーロー化したゴジラはこれから再評価が進むのかもしれない。ヒーロー化したゴジラは、別にゴジラ作品として別物なわけではなく、ゴジラの一側面でしかない。だからこそ悪役なゴジラを改めて押さえておいてから、ヒーロー化したゴジラを再評価する足がかりになりはしないだろうか。

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コメント

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No title

怪獣映画を布教する上では「お決まり」の部分がネックになるんですよね…。
ポイントさえ押さえれば愉しんで観れるというのは、つまりそういう事な訳で…。
そのポイントの面白さをどう説くかが布教の鍵なのかも知れませんね。

…とは言いましても、実際に観せたらコロっとハマっちゃうケースも無きにしも非ずでして。
そうやって一人布教に成功しました(笑)。
やっぱり最終的には「合う・合わない」の問題になってくるんでしょうか。

No title

飛翔掘削さま

 コメントありがとうございます。
 「お決まり」部分は、「なぜ?」につながれば楽しんでもらえるのですが、スルーされると困りものです。
 結局は、興味があるかないかの問題によってしまうわけで。上の記事はイントロデュースとしては必要十分だとおもうのですが(自画自賛してみる)。

 私にはできませんが、ニコニコなどで編集された動画ってありますよね。あんなふうに一つの視点でいくつかの作品を
一気に見ることができる編集動画が作れれば、布教の味方になってくれる様な気がします。結局怪獣映画の面白さを特撮部分だとすれば、ドラマ部分が邪魔だし、ドラマ部分だとすれば特撮部分が退屈になっちゃう。全編を無理に見せるとたいがい拒否反応をおこすので、私は早送りしながら布教していた思い出があります。

ありがとうございます!

ガイガン凶さま

 コメントいただきありがとうございます。
 過分におほめの言葉まで頂戴いたしまして、重ねてありがとうございます。
 この作品、ミレニアムシリーズの中では興行収入的には目立たない作品ではありますが、
大好きな作品でありながら、テキストとしてはわかりやすい構成の作品だったために、
こういった文章になりました。ドラマ部分で語りすぎず、特撮部分で見せていく、
特撮ファンとしては見ていて楽しい作品です。楽しんでいただけて幸いでした。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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