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「フラクタル」~その2・テンプレート化された物語の意味~

 前回、「フラクタル」という作品世界、特にフラクタルシステムの矛盾について説明し、さらにその世界に中で対立項となっている「自由」の考え方が、日本における自由の過去と現在の姿であることを示してみた。そこには「フラクタル」という物語の発端と結末が揺らいでしまうほどの問題点をはらんでいることを指摘してみた。今回は「フラクタル」という作品の、より表層部分に着目してみたい。

<映像・物語・キャラのテンプレート化>
 本作を見た人で日常的にアニメを見る人ならば、本作があきらかにジブリアニメっぽいテイストで作られていることは、すぐにわかるだろう。今回はまずここに着目してみたい。このジブリっぽさの正体には、実はいくつかの種類があることにお気づきだろうか?

1.作品の淡い色調がジブリっぽい
2.牧歌的な風景がジブリっぽい
3.登場するメカニックがジブリっぽい
4.キャラクターやその配置がジブリっぽい
5.ボーイ・ミーツ・ガール的な当初のエピソードがジブリっぽい

 1~5に至るまでに、階層として些細な部分から大まかな全体まで、どの階層で区切ってもジブリっぽいのがこの作品の特徴といえる。「フラクタル オフィシャルログブック」(学研)には各話解説に岡田、東、山本3人がコメントを寄せいている。クレインがグラニッツ一家の船に乗り、フリュネらと生活を始める第5話における山本監督のコメントを見る限り、「これでやっと「ラピュタ」になった」というコメントを寄せている。このことから、山本監督の気持ちの中では、意識的に「ジブリっぽい」ことをやりたかったということは明らかである。そしてその表現は、先に示した5つの点(もしかしたらさらにあるかもしれないが)に解体したジブリっぽさを、本作の構築において再び組み合わせた作品が「フラクタル」という作品ではないだろうか。つまり分解された5つの点とは「ジブリっぽさ」を醸し出すテンプレートであると言える。さらに声優・花澤香菜を起用したネッサのデザインやそのかわいらしい言動すら、「萌え」を主体とする現在のアニメのテンプレートの一つなのだ。

 ではテンプレート化して解体してまで「ジブリっぽさ」を求めた事情はなんだろうか?

 一般にアニメーションは分業による成果であることは、いまさらここで語る必要もないだろう。ほとんどのスタジオジブリ作品においては、宮崎駿監督という個人の中にあるイマジネーションが、多くの人間の分業を経て、最終成果としてジブリ作品となっている。宮崎監督のアイデアや企画が先にあり、イメージボードなどをまとめ、そこからジブリらしいキャラやメカニックや背景の設定が書き起こされる。結果的に一人の人間の頭の中から発生している仕事であるから、分業として作業されたものであっても、出来上がりは宮崎監督という一個人のイマジネーションに落とし込まれてしまう。ゆえにそれぞれのデザインが整合するようにつくられるシステムなのだ。これをスタジオワークでやってしまえる特殊性こそが、ジブリっぽさやジブリのブランド性を強固に形作っている。

 だが本作はこういう作り方はしていないはずだ。一介のアニメ監督である山本氏には、こうしたやり方は許されない。もちろん通常のアニメ制作しか方法が残されていないはずだ。そのやり方は結局分業制であり、基本プロットが山本氏をはじめとするグループの企画であったとしても、山本氏の指示はあくまで「ジブリっぽく」であったのではないか。キャラクターデザインである「左」氏へのオーダーも、それほど細かいものではなかったとのこと(オフィシャルログブックのインタビュー記事より)。こうして分業として出来上がった山本氏のアイデアは、デザインとして結実するが、できあがったものはあくまでジブリっぽいものの寄せ集めであって、そもそも「ジブリっぽく」作られた本家ジブリ作品とは大きく異なる。「フラクタル」を見て最初に視聴者が引っ掛かる「ジブリっぽさ」に対する違和感の正体は、分業で作られた寄木細工の結果によるそれぞれの不整合なのだ。
だが逆に、通常のスタジオワークでもここまで出来たのである。山本氏一人の発案ではないにしろ、作品首脳陣のアイデアは、作品のように出来上がり、十分ジブリっぽさを出せたのである。スタジオジブリ以外のスタジオでジブリっぽい作品を作りたかった、それが山本監督の狙いの一つではなかったろうか。

 なおより消極的な理由としては、本作がフジテレビ「ノイタミナ」枠の作品だったことがあるだろう。本来「ノイタミナ」は普段アニメを見ない人へ向けて作られたアニメ作品枠である。普段アニメを見ないのにアニメを見る人が見るアニメ? それは一般的に照らせば「スタジオジブリ作品」ということになるだろう。だとしたら視聴者獲得のため、意識的にジブリ作品の模倣を試みることは、自然の流れだと思える。しかもこれまでの作品の多くに漫画原作などが付随していることを考慮すれば、実質的にジブリっぽい作品を作れる可能性があるのはオリジナル作品だという話は、至極当然だと思える。
 ただし、ジブリ作品を好んで見る人々が、あえてテレビでジブリっぽい作品を見ることに、何の意味があるのかということについては考慮されていたのだろうか、という疑問がなくはない。年に数回ではあるが、この国ではDVDを買ったり借りたりしなくてもテレビでジブリ作品を見ることはできるのである。

<ジブリじゃなくて富野?>
 フラクタルの世界における「家族」のあり方については、作り手が自覚的に問題性を含ませている。最初に登場するクレインの家族は、個々人の「自由」を理由にクレインはおろか夫婦ですら同居せずに暮らしている。終盤になって登場するフリュネとバロー、そしてモーランの関係も疑似家族であるが、こちらはバローの偏執的な愛情が根拠となっている変則的な家族である。どちらも満足に家族として機能しているとは思えない。本作は家族について自覚的に奇形の家族を描いている。とはいえその奇形の家族の在り方を受け入れているクレインという姿は、家族の問題性を自覚しながら問題提起をせずに暮らしている少年なのだ。クレインにとってはフラクタルシステムも家族の問題も日常化してしまっているため、事を荒立てることや争いを好まない性格が、問題提起を拒んでいるともいえる。だからこそ物語の進展によりシステムや家族のありかたへの疑問を口にするからこそ、バローの愛情をゆがんだものと認識できるのである。

 この家族に関する問題提起、それに機能していない家族。どこかで聞いたことがないだろうか? こうした家族の問題の典型としては、富野由悠季監督作品の主人公にありがちな気がしないだろうか? もしかしたら山本監督は、ジブリっぽいテンプレートで作品を作りながら、富野監督作品の持つ現代社会への問題提起を含ませてみたかったのではないだろうか? 実はそう思える節がいくつか散見されるのだ。
「天空の城ラピュタ」との比較で考えてみよう。シータやムスカはラピュタの王族の末裔である。だが「ラピュタ」の世界の中ではすでにラピュタは失われた存在であり、世界から否定された存在なのだ。一方本作の世界を握る少女・フリュネはフラクタルシステムに肯定される存在でありながら、システムを否定する人物として描かれている。似たような物語構造の中で、キーとなる人物の立場がまったく逆となっている。つまり「ラピュタ」が旧態の世界が新しい世界に否定される物語であるのに対し、本作は新しい世界が旧態の世界を駆逐しようとしている世界で、旧態の世界に回帰しようとしている物語なのである。
ここでフラクタルシステムを、富野監督の作品「聖戦士ダンバイン」に登場するバイストンウェル世界における「オーラマシン」と仮定すると、物語中盤でバイストンウェルから駆逐されるオーラマシンの姿は、本作で世界のありようから崩壊の定めにあるフラクタルシステムと近しいと思える。
また3,4話の「星祭り」襲撃戦や終盤の僧院への攻撃などでは、戦闘シーンにおいて容赦なく人が死んでいく。このあたりの描き方は、主人公周辺のキャラクターの集中するために他をそぎ落としてしまうジブリ作品よりも、富野作品により近しい。本作はジブリっぽいアニメのふりをした富野アニメなんじゃないかと勘繰りたくなるような描写が散見されるのである。とすれば、本作はジブリっぽさというテンプレートに、さらに富野作品としての「現実世界の問題提起」や「毒」まで入れ込んでみせた作品なのかもしれない。そう考えると、本作は実に野心的であるし、詰め込み過ぎなのかもしれない。

ネットではいろいろ言われている本作ではあるが、筆者はこの作品をそれなりに楽しんだし、本作に含まれている問題提起については、筆者が本記事で取り上げたよりもはるかに多くの問題をはらんでいる。本作で提起された問題を議論するための土台として、何かを考えるための指標の一つとして、複数回の視聴に耐えられる作品ではないだろうか。あえて付け加えるが、筆者は本作のソフトを購入したいと本気で思っている。それはアニメ周辺業界の支援の意味などではなく、問題点を整理するうちに、はっきりと本作が好きだからと気付いたからだ。なんでも近頃は「爆死アニメ」だとか「覇権アニメ」だとか称して、ソフトの売れ行きやマスの動き等で作品を区別するらしいが、自分が本当に面白いと思う作品を、自分の目で見つける楽しみは今も昔も変わらないのではないか。「おたく」とは、何より自分の面白いと思った作品を、自分の言葉を尽くして擁護する生き物のことじゃないだろうか。

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参考図書としては、実に面白い読み物でした。特にインタビュー記事は充実しています。
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テーマ : フラクタル
ジャンル : アニメ・コミック

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波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
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戦隊シリーズをこよなく
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