いまさら「時をかける少女」にもの申す

 前回「放課後アニメ」をとりあげた。実態としては4コマ漫画を原作とした「放課後アニメ」をとりあげたのだが、その実、「咲-Saki-」などの部活アニメなども、大くくりで「放課後アニメ」というとすれば、裾野が広がってくる。そこで思い当たったのが、今回取り上げる細田守監督のアニメ劇場版「時をかける少女」だ。いやあ、主人公の真琴がタイムリープすることを除くと、真琴と他の二人が放課後に野球をする、部活すらしないようなアニメだが、この作品の底に流れる、青春時代の輝きや切なさ、コミュニケーションがうまくいかないもどかしさなんかは、間違いなく「放課後アニメ」につうじるものがある。全体にちょっとゆるいしね。

 ところが、旬を逃してDVDを見てしまったところにも問題があったかも知れないが、私自身はこの作品に対してとても良くない感想を抱いていることを吐露しておく。

 正直に言えば、40歳に手が届こうかというおじさんで、最近とみに涙腺が崩壊しつつある私が、この作品については1滴の涙も落とせなかった。知り合いの誰に聞いても、よそ様のブログをみても、私と同年代の人々にとっては、涙腺を心から開くことが出来る作品であると思っていたので、正直これは意外に思った。では、なぜに泣けなかったのか?

 話の骨子は理解している。ふとした拍子にタイムリープの能力を得た女子高校生が、その能力を実にしょーもない私利私欲のために使っているうちに、少しずつ変化し始めた時間の流れの影響で、大きな事件が起こる。最後の1回の能力を使い切っている彼女にはどうすることも出来ないのだが、それを未来からきた男の子が助ける。この未来人の正体は、親友の男の子だった。そして別れの時がくる・・・という話。これに女一人男二人の、甘酸っぱすぎる恋愛模様が重なり、おじさんならずとも、感動の海へいざなってくれる・・・・はずだったのだが、期待値が高すぎたのかしら? 終わってみれば、涙どころか、怒りまで覚えていた。

 まず気に入らないのは、話の大前提となっている女一人に男二人の構成だ。この状態がまずもって怪しい。いくら主人公の真琴が、女性を感じさせない存在として描かれているとしても、本人がそうでないと言っても、まわりが信じないだろう。それに本人たちだって、その気がないわけではなさそうだ。それを感じさせないことを理由に、女のほうから割り切った関係を強要するなどということ自体が、あつかましいにもほどがある。この形態は女性にとってもあこがれの男女形態だとも聞いたことがあるが、男にとっては冗談ではない。逆を考えれば納得しがたいのは自明の理である。

 そして主人公の真琴が、なんともアホすぎるのである。いや、まあ最後には悩むんだけど、それまで事態の深刻さに気がつかず、本当に些細な我欲のために能力を使い続けている。カラオケ10時間には笑うしかない。まあバカだからこれ以上の大事にならずにすんだとも言えるが、見ていて途中で腹が立ったことは確かだ。

 よく原田知世主演の映画作品と比較されるようだけれど、自分の意図しないタイムリープに巻き込まれるストーリーと、自己の欲求実現のためのタイムリープでは、あまりに比較対象として情けないと思う。でもこれが現代の女子高生の考え方なのかもしれない。受け身で事態の展開を待つなどという子は、今時ではないだろう。だから事態を自分の意志で変革しようとして、彼女は転がり続けたわけだ。

 世界観が狭すぎるとか、タイムリープに関するつじつまのいい加減さとか、言い出したらきりがない。世間的によくよく評価されている作品である反面、玄人筋ではあまりいい評価がなされてないように思うのは、作品をみると当然かなと思う。ブログなどを見ると、比較的褒めすぎかなと思うし、冷静さを欠いているかもしれない書き込みを見ることも多い。褒めたい事情はよくわかるし、それは一面の事実なのだが、私にとっては褒めるよりも、主人公・真琴の設定自体に問題があるとしか思えないのだ。

 wikipediaを見ると、「原作にある「SF」、「恋愛」、「青春」の三要素のうち、この映画では「青春」を取り上げた」とあるのだが、この作品を見る限りにおいて、これを青春とは言い難く、いいところ女子高生の痴話話にすぎない。これをして青春というのなら、そこらのグラウンドで、本気で白球を追いかけて甲子園を目指している男子高校生や、東大合格を目指して勉強に励んでいる学生諸君に申し訳が立たないではないか。

 そういう意味でなにか視野が狭いのだ。確かに「青春映画」の片鱗はとらえているのだろうけれど、「青春映画の傑作」という評価には、ほど遠いと思える。それならばボランティア部の活動をしている功介を、なぜ作画しなかったのか。勉強にいそしむ功介を、なぜ作画しなかった。真琴の焦点を絞りたいというのなら、なおさらのこと、比較対象としての功介の存在を、きちんと作画しておくべきだろう。恋愛に悩む早川と、何にも悩まない真琴の対比にもう少し踏み込むべきだったんでは無かろうか。キャラクターが生かし切れていないというのはそういうことだろう。

 真琴のタイムリープの場面などは非常に印象的に描かれている。むしろこの映像のアイデア一発で、この作品が存在していると言っても過言ではない。それだけに、映画の尺の縛りに、心から不満を感じる。 なにより先に示した功介の動きが作画されていないのは、尺や映画としてテンポの関係だろう。それだけに説得力がないと思えてしまうのだ。だから夕焼けの河原で真琴が涙を流すシーンに、ひとつも感情移入が出来なかったのだ。真琴が自分の内側にだけ始終するから、真琴が見た視線の先にある要素を省いたが故に、真琴の感情に寄り添うことが出来なかったのではないだろうか。でも多くの人々がこれを見て涙できるた事実は、映画の構造として、私が主張する絵が、この映画に不必要であったことを意味しているのだろうか?

 監督のやりたいことはわかるし、アイデアもいい。けれどできあがりのフィルムがこうなるのは、なにか別の事情がありそうな気がする。フィルムのつなぎがきれいだったので、ディレクターズカット版などは、今後も出ないと見ているが、脚本や絵コンテの段階では存在していたシーンに答えが隠されているのではないかと疑ってしまう。
スポンサーサイト

テーマ : 感想
ジャンル : アニメ・コミック

コメント

非公開コメント

プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
namima2のつぶやき
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
リンク(リンクフリーです)
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
FC2 Blog Ranking
フリーエリア
blogram投票ボタン
ブロとも一覧

あにめにゅ~す の あににゅ

分水嶺☆原田知世デビュー35周年

素足のアイドル達

有名人の珍言・名言集

宮廷アリス

TOY BOX
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

[FC2 Analyzer] http://analyzer.fc2.com/ -->