「仮面ライダーオーズ」~その3・人間の夢と欲望と問題解決~

承前

 少々話題が現行放送のアニメにずれたので、いまいちど戻そうと思う。
いま、まったくの無作為に「仮面ライダーディケイド」を見ている。平成ライダーシリーズの10年という節目に現れたライダーは、紡ぎだした物語をもってそれぞれのライダー世界がはらんでいた問題点を浮き彫りにする。そしてディケイドは世界の破壊者の汚名を着ながらも、9つの世界の改変を試みることによって、それぞれの世界が抱えた問題や矛盾を、その場しのぎ的ではありながらも解決してみせる。特に脚本家・會川昇氏が書きあげた前半の「キバ編」などはその顕著な例だと思える。
 本作においても主人公・映司をはじめ、比奈やアンクの3人の問題解決に至る過程が、物語を大きく展開させている。また伊達と後藤のバースチームにしても、それぞれが抱える問題について提示と解決がきちんと示されている。だが本ブログの「オーズ」編最終回となる今回は、主人公チーム3人の問題解決に至る過程を見ながら、本作のドラマの魅力を再確認してみたい。

オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー コレクターズパック【DVD】オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー コレクターズパック【DVD】
(2011/10/21)
渡部秀、桜田通 他

商品詳細を見る

こちらの発売も楽しみ!
S.H.フィギュアーツ 仮面ライダーオーズ タトバコンボS.H.フィギュアーツ 仮面ライダーオーズ タトバコンボ
(2011/02/05)
バンダイ

商品詳細を見る

いい出来!おもちゃ好きの方はぜひ手にとっていただきたい。

<アンクの場合>
 すでに「その1」にてグリードについて触れた。基本的にグリードであるアンクも、基本的な行動理念は他のグリードと変わりないはずだ。だがアンクは800年前のグリード封印の際、オーズと行動を共にしている。他のグリードが完全にメダル化されて封印されてしまったのに対し、他のグリードとは一線を画す行動によって、アンクはオーズとともに封印する側についた。封印の際にアンクは右手だけを分離して意識を移して封印された。だがアンクの残りの体はメダル化せずにミイラ状(アンク(ロスト))となってしまい、現代で鴻上によって発掘されたのである。物語後半ではアンクとロストの対立と完全体への欲望がより表面化してくる。これを見ても明らかなように、アンク自身の問題とはまさに「失われた自分自身を取り戻す」こと、それも16話で自ら語ったようにやわな体ではなく完全で強固な体を欲しているのである。アンクはそのためだけに映司をオーズに仕立て上げた。
 アンクにとっての問題解決への障害は、800年前と現代とであまりにも世界が変転した事。特に鴻上会長&里中や後藤とのやり取りでは後れを取っていたアンクだったが、アンクの本体である泉刑事の所持していたアイテムを使うことで、徐々にではあるが現代の情報を手に入れることになる。とはいえそうした情報を手に入れたところで、人間の思考もまた800年前とは違うのだ。アンクは人間に対して800年前と変わらない欲望を持っていることを知りながら、800年の時の流れを着実にとらえている。

 また当初は映司がアンクのいいなりにならないこともシャクの種だったろう。アンクにとって映司にメダル集めの才能という利用価値を認めていながら、利用しやすいのは自分の欲望に溺れやすい人間だったはずだ。アンクにとっての最大の誤算は、オーズに選んだ映司という人間が、アンクにとってコントロールしやすい欲に溺れてしまうような人間ではなかった事だ。ここで映司の「人間としての器」が問題になるのだが、それは後述する。物語当初、アンクと映司の間でオーズドライバーとメダルのやり取りがあったが、バディとしての映司とアンクの間で、どちらがイニシアティブをとるかというやりとりだったはず。アンクとしては映司の欲望をネタとして、映司を操りたかったのだろう。映司の人として得がたい資質、それこそがアンクにとっての二つ目の障害だった。
 当初のアンクの行動は、あくまでグリードたちが生み出すヤミーを倒してセルメダルを得ること、あるいはグリードたちからコアメダル奪ってでも自分の体を取り戻すことだったはずだ。だがいつまでたってもアンクは自分の体を取り戻すこともできず、泉刑事の体を使い続けている。映司や比奈にとってのジレンマは、1話で重傷を負った泉刑事の体をアンクが保持していることであり、アンクが刑事の体から離れれば、10分と生命維持が叶わないということだ。泉刑事の体はアンク自身の活動を保証しつつ、映司や比奈へのけん制でもあったはずだ。

 ところが先述の通り、鴻上が発掘したロストが覚醒したことで、アンクはロスト自身を取り込む方法を模索し始める。だがアンクにとってその選択は、自分の自意識を失うかもしれないという賭けだったのだが、40話にて逆にアンクはロストに取り込まれてしまう。だがプトティラコンボになったオーズによって、鳥系コアメダルの一部は破壊されてしまう。アンクは再び泉刑事の体を乗っ取って復活し、映司とたもとを分かつ(43話)。それは自分の体を取り戻すというアンク自身の欲望が、完全に果たせなくなった瞬間だったのだ。自身のコアメダルを破壊されたアンクは、残る6枚のコアメダルを求めてウヴァを通じてグリード側と接触。真木と手を組んで映司と対立することになる。アンクは真木によってメダルの器にされることでコアメダルの独占を目論むが、それでも自身の体を取り戻すことができない。だが映司が紫の恐竜系メダルによってグリード化するのを止めるため、46話で映司とアンクは激しくぶつかり合う。だが真木の心変わりにより、アンクはほとんどのコアメダルを真木に奪われてひん死の状態となる。ウヴァの暴走と真木グリードとの戦いのため、アンクは自身の意識を秘めたタカメダルを映司に渡し、映司とともについに真木グリードを倒すことに成功する。だがすでに割れかけたタカメダルは、最後の役目をはたして割れてしまい、その破片は映司と比奈で分け持つことになる。だが最終回手前の47話にて、アンクはすでに満足していると語り、比奈へ泉刑事の体を無事に返すことを約束していた。

 結局自身の体を取り戻せなかったアンクが満足したこととはなんだったのだろうか? それは800年前に生まれながら、「死」という概念がないメダルの怪人グリードにとって、真に「人間になりたい」という願いを叶える方法、それは人との交わりの中で死ぬことだったのかもしれない。これまで破壊された事がなかったコアメダルの破壊がグリードにとって致命傷となることは、恐竜系メダルの登場によって既定の事実となった。だがこの時点でアンクは「死」を自覚していないはず。そのアンクがグリードとして「自分の体を取り戻す」よりも最終的に「人間として死ぬ」という欲望を持った理由は、映司や比奈をはじめとする人間たちと暮らした時間と、その中で紡いだ絆がそうさせたと考えるほうが自然だろう。人間たちのなかで欲望以外のファクターで人を眺めたアンクの出した結論は、ともに変わらない不完全さを持つグリードと人間の共通性と、「死」という概念だった・・・ってどうなんだろ?

 アンクは人間との絆を紡いできた一方で、グリードである自分自身を疎ましく思っていたのかもしれない。他のグリードがグリードであるがままに欲望に邁進していたのに対し、アンクはむしろグリードであることを捨て去りたかったのか。アンクがツールを使って集めた現代の情報は、800年前に生まれた怪物であるアンクにとっては、決して住みやすい環境ではなかった可能性もある。時代や世界からはじき出された疎外感。だがアンクは別に寂しさを口にして死んでいったわけではない。あくまでグリードではなく人のように「死」を受け入れることによって、欲望を満たしたのである。人間のような「死」こそが、メダルの怪物グリードにとっての欲望の充足であったことは、なんとも皮肉だと言わざるを得ない。いや、もしかしたらこうした生死に関するジレンマこそが人間の証だと考えていたとしたら、アンクはまさに欲望以外の感情を得たことを、人間に近づいたとして受け入れたとは考えられないだろうか。アンクの問題解決とは、人間の中で生活し人間と絆を紡ぐ中で人間を良く知り、人間の持つジレンマや矛盾、欲望以外の心を理解することだったのか。そう考えると、800年前にアンクがオーズについた理由もよくわかる。アンクはオーズとなった欲望の塊と言われた人間に、強く興味を持ったのではないか。人間への興味とあこがれ、そして人間であることの疑似体験。アンクの欲望に対する問題解決の方法とは、そういうことだったのではないかと思う。

<比奈の場合>
 比奈はアンクの素体になっている泉刑事の妹。服飾関係の専門学校に通う学生で、どうやらデザイナーを目指しているようだ。だがこの物語においてもっとも問題が多いのはこの娘かもしれない。彼女はコンプレックスが多すぎるのである。

 一つは泉兄に対するブラザーコンプレックスである。学校の友人からも指摘されるほどであるから、兄思いは相当のものがあると思われる。また彼女は目に見えて怪力である。物語当初、彼女の怪力にはなんらかの理由があるのかと思っていたのだが、いやもう実際にただの怪力であり、その使いどころは毎回のアンクや映司に被害が及んでオチとなるものの、彼女自身はその力を疎んじているようだ。そしてまた比奈自身が気づいているか怪しいのであるが、彼女はもしかしたら友達がいない(少ない)のではないか? 劇中彼女がさまざまな事情で同級生から嫌われたりするシーンがあるものの、比奈をして友達と主張したり、比奈のアルバイト先であるクスクシエに彼女の友達が訪れるという図をほとんど見たことがない。彼女は両親が不在であるがゆえに泉兄へのコンプレックスを発動させていると見れば、もしかしたら彼女は人との付き合い方がよくわからないのかもしれない。また不可思議な怪力も、彼女を一般人から遠ざける理由となっている可能性もある。自ら自分の殻に閉じこもろうとする比奈にとって、兄の存在は唯一外界とのつながりである。だからこそ比奈の兄への依存は画面から感じるよりも大きいと思われる。

 ところがアンクである。刑事である泉兄がグリード事件により命の危険にさらされたとき、偶然とはいえアンクは兄の体に取りついて素体とした。これによりアンクは比奈にとって忌むべき存在でありながら、兄の体の生存を保障する存在となる。アンクは兄の体を持ちながら、意識は兄ではないという存在だ。当初の比奈はこれを受け入れることすら大変だったろう。だが目の前で映司やアンクがヤミーやグリードと戦うことを目の前で見て、納得せざるを得ない状況となる。しかし映司と一緒に行動するアンクは、憎まれ口をたたくし、兄の体もかえりみず無茶をする。アイスばかり食べて栄養も考えない。次第に比奈はアンクと接近していくようになる。

 この比奈の行動は、兄を心配するというよりはなくむしろ兄を構いたいという行動に見えないだろうか? そう考えると彼女の行動はよくわかる。彼女は兄の庇護下にいながらそのことに自覚的であり、できれば兄と立場を入れ替えたいと願っていた。つまりアンクの登場によって比奈は自分の欲望の一部をかなえたことになる。だがこれは主客が入れ替わっただけで、他人から見るとブラコンである事実から抜け出した事にはならない。しかも自分とアンクとの間には常に映司がおり、アンクとの仲を調停する。同時に映司は常に比奈を護るために動いていたから、兄の役目が映司に入れ替わっただけだ。比奈自身はなにも変わらなかったのである。だがそれを自覚していたからこそ、服飾デザイナーの勉強を頑張ろうとするエピソード(35,36話)もある。このエピソードではヤミーの力によって比奈は自分の夢である服飾デザイナーの夢を破壊されてしまうが、より以上に重要なことはデザイナーの力を認められ海外に誘われた比奈が、兄の身を心配して羽ばたけないでいるということだ。このエピソードに見られるように、比奈にとってはアンクと兄の存在は自身のブレーキになってしまっていることだ。だが兄がアンクにすり替わっていることにより、比奈の心配のベクトルは変わった。守ったり守られたりする兄という存在ではなく、映司とともに厳しい戦いを潜り抜けた友情にも似た感情を、比奈はアンクに感じ始めたのではないだろうか。だからこそ比奈は映司とアンクと3人でいた時間の長さと重さを自覚することになる。

 そして最終決戦を前にして比奈は迷う。対立するアンクと映司を目の前にして、どちらかが必ず失われることを恐れたのである。だが47話にて知世子に指摘されて、比奈は初めて気づく。二人とも、いや兄を含めて3人ともを無事に取り戻す欲張りな方法を考えてもいいのだと。何かを切り捨てる発想ではなく、すべてを手に入れる発想。それは比奈にとって何かをあきらめるのではなく、決して何もあきらめないことであり、親を失って兄とだけ向き合って生きてきた比奈にはない発想だったに違いない。自分は何もできないという考えではなく、自分に何ができるかという考え。それは自分の抱いていたコンプレックスにより消極的だった自分の殻をやぶり、比奈が羽ばたく事が出来た瞬間だったのかもしれない。つまり比奈は「ヒナ」であり、「鳥」になることで自身が抱えるコンプレックスを克服したというお話。本作のサイドストーリーとして、比奈の成長物語があったのだ。実際、比奈は事態に巻き込まれたとても難しい役どころであり、アンクを見つめながらそこには兄への思いも込められているという複雑さだ。その比奈役を演じた高田理穂は実にかわいらしい。筆者は心から彼女のファンになった。今後も応援していきたい。とりあえず、DVD化された映画「マリア様が見てる」を早く見ておきたいところだ。

<映司の場合>
 本作の主人公・火野映司。彼の出自は劇中で語られている通り、政治家一族の子息である。幼少のころより何事においても優秀であり、すべてにおいて満たされて過ごしてきた彼は、世界中を廻り紛争地域への旅行や多額の寄付を行っていた。だが旅で訪れたある紛争地帯において、武装勢力の攻撃によって彼が世話になっていた村が焼かれ、仲の良かった人々の命が奪われるのを目の当たりにする。実は映司の行ってきた寄付金が内戦の資金に回っていた事、武装勢力に人質になった際には、政治家特権により一人だけ釈放され、この件が事実無根の美談として紹介されてしまうなど、現実のむごたらしさを肌身で感じることになる。事件に関わった罪悪感は彼をさいなみ、結果として彼は本来の善良さもあいまって、自分の命をかえりみることなく目の前の誰かを助けるために行動するようになる。

 劇中では登場最初期から「お人よし」で「若いくせに達観」しており、体のいい「神様」のような人物像として描かれている。それでいて自分をかえりみず目の前の人を助けることにこだわる映司は、まさにヒーローとして得がたい資質を持つ人物と感じた。だがこうしたキャラクターは、「555」の乾巧や「ディケイド」の門矢司といった一筋縄ではいかない面々を見慣れた人々にとっては、正直歯ごたえのないものではなかったろうか?
 ところが彼のキャラクターの裏には大きな穴があったのだ。前述の経歴から、映司は自分の欲望がないキャラクターとなっていた。それゆえに映司は仮面ライダーオーズとなっても、より多くの欲望を受け入れても暴走することのない「王の器」として選ばれた人材なのだった。この欲望の無さこそが、映司の最大の問題点であり、通常はそれが顕在化することはないはずだった。だがアンクと出会い、多くの人々がグリードによって自分の欲望をヤミーとして顕在化するのを目の当たりにしても、彼は飽きることなく人々を助けることを目的にオーズの力を使い続けたのである。それは時にアンクとの対立を生みつつも、アンクのバディとして戦い続けたのである。

 それは前述のようにヒーローとして得がたい資質ではあるが、それは本来映司がそう願った姿でしかなく、映司自身のあるべき姿ではないのではないか? 図らずも41話でアンクが離れた泉兄が比奈に「彼を都合のいい神にしちゃいけない」と話したが、その実都合のいい神のごとき存在になろうとしたのは、映司本人だったかもしれない。だがその都合のいい神はオーズの器となったことで、他人の欲望を見せつけられていくがゆえに、自分の欲望と対峙する必要に迫られる。それでも出来る限り自分の欲望から目をそらしていた映司だったが、オーズとなって戦う力を得た事、そしてグリードすら叩き伏せるほどのコンボの力、さらにコアメダルの破壊さえ可能な恐竜系コアを体内に偶然取り込んでしまったことで、この世界をグリードから守る力を得る。そしてまた力の行使には映司自身の自覚も必要であったから、彼の資質は偶然にしろ良い結果を得たかに見えた。

 恐竜系メダルの力は映司の暴走でしかない。だがさらに加えられたメダルによって、映司は恐竜グリード化を始めることになる。それは映司が人間を捨てることに他ならない。欲を捨て自分を失っても目の前の人々を護りたいと手に入れた力は、彼を神どころかグリードにしてしまおうとしている。地味に「仮面ライダー」らしい「人間である体を捨てる」という意匠がさりげに使われているのだが、映司の場合は力を求めるが故に自分を失っていくという過程と見るべきか。そしてグリード化が進行する過程で、映司は五感の一部である味覚と視覚を失い始めることで、初めてわが身に押し寄せた危険を感じたのではないだろうか。だが彼はプトティラの力を使うことをためらわない。

 映司はアンクすら気づかいながら、生活を共にしつつグリードと戦い続けてきたが、アンクの変節により映司はアンクと対決することを迫られる。映司とアンクの殴り合いは、映司を暴走から助けようとするアンクとアンクとの絆を取り戻したい映司の対決でしかない。それはまたかつて映司が味わった失望感となんら変わらない感情だったに違いない。グリードの暴走により世界を崩壊させようとする真木の計画をつぶすため、映司は最後の選択として、最強の力を欲して鴻上の呼びかけに答え、空っぽだったはずの欲望を解放することになる。最終回、ウヴァの変化した暴走体とグリード化した真木を倒した映司は、落下する中で消えゆくアンクの感謝の言葉を聞き、映司の欲望はアンクとの出会いによってすでに叶えられた事、そして何より最後に欲したことは一人ではできない事を成し遂げていくための人と人のつながりである「絆」であったことに気付いたのである。すべてのコアメダルは失われたことで、最終回のエピローグで映司は旅の中へと戻っていった。これがオーズにおける映司の物語だ。本ブログをお読みいただいている方なら、近年の特撮作品においては、何かを求めて戦いながら、結局は戦い続けた仲間との絆こそが何ものにも代えがたい価値あるものだったというオチは、割と多く選択されている事にお気づきだろうと思う。「仮面ライダーオーズ」という物語はそれを隠しテーマでなく、メインテーマとして持ってきている作品だったと言える。しかもそのサイドとして映司は人間からかけ離れた不可思議な存在から、過去の悲しみを踏まえたうえでやっと人間に戻り、人間的に成長した物語という側面もある。映司の過去が語られる32話での「人間が助けていいのは自分の手が届く範囲じゃないか」なんて言い草は、設定年齢21歳の青年がおいそれといえる言葉ではない。だが映司のつらい過去と経験がそれを言わせたにしても、彼が過去になそうとした事は、所詮親の庇護下でのことでしかない。それを真実として自分の言葉としたことは、「オーズ」としての物語が映司に必要だったのではないか。映司のつらく悲しい体験は、オーズとしての戦いや力の行使を経て、初めて意味を持った説得力のある言葉として完成形に近づいたのかもしれない。

 「仮面ライダーオーズ」という物語は、こうして主人公格たる3人が抱えた問題を、一つ一つ解決していった物語であるという側面があると考えてみた。この問題提起と解決の流れとは、本作が前面に押し出したテーマである「欲望」や、脚本家・小林靖子がインタビューなどで語る「手と手をつなぐ→人同士の絆」というテーマをすべて内包しているように思える。映司が伸ばす手の先に、我々はいるだろうか。そして我々は自分たちを護ってくれる手のために、手を差し伸べているだろうか。人が普通に生きているこの世界では、手を差し伸べるべき相手はいくらでもいる。だがそれは自分の手の届く範囲でしか伸ばせない手に違いない。けれどその手の短さに臆することなく手を伸ばせるなら、伸ばしたその手はきっと誰かの差し伸べた手に気づくこともできるのではないか。
 それにしても平成仮面ライダーシリーズは面白い。例年最初はいろいろ言われつつも、結局楽しんでしまう。この9月から始まった「仮面ライダーフォーゼ」も、なんのかんの言いながら楽しんでしまうのだろう。そんな9月が毎年ちょっとだけ悔しい。
スポンサーサイト

テーマ : 仮面ライダー
ジャンル : サブカル

コメント

非公開コメント

プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
namima2のつぶやき
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
リンク(リンクフリーです)
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
FC2 Blog Ranking
フリーエリア
blogram投票ボタン
ブロとも一覧

あにめにゅ~す の あににゅ

分水嶺☆大分のお土産といえば『ざびえる』

素足のアイドル達

有名人の珍言・名言集

宮廷アリス

TOY BOX
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

[FC2 Analyzer] http://analyzer.fc2.com/ -->