「ウルトラマン80」~その2・学園、SF、そして民話~

承前
 とかく「ウルトラマン80」を語る際に指摘される話としては主人公・矢的猛が「中学校教師」だったことが取り沙汰される。本作の最大の特徴であるのだから仕方のない話だが、前回をお読みいただいた通り、13話以降の物語は教師・矢的猛は登場していない。教師としてのエピソードは全体の4分の1でしかないのだ。たった4分の1のエピソードを持って作品を代表するというのは、はたしてどうであろうか? 今回は前回の区分にしたがって魅力的かつ忘れがちなエピソードを紹介しながら、「ウルトラマン80」という作品の魅力に迫ってみたい。


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<教師編>
 「ウルトラマン80」という作品を印象付けた第1クールの教師編は、主人公・矢的猛が桜ケ丘中学校の理科教師とUGM隊員の二足のわらじを履くという物語であるが、基本的には猛の中学校理科教師としての側面がクローズアップされたクールだ。同じTBS系列の学園ドラマ「3年B組金八先生」(第1シリーズ)の放送開始が1979年10月末であり、同第2シーズンのスタートが1980年10月である。本作は大人気シリーズとなった「金八先生シリーズ」の影響で制作されたと思われているかもしれないが、「君はウルトラマン80を愛しているか」(辰巳出版)に掲載されているインタビューによれば、金八先生第1シリーズの企画よりも早い段階で本作は企画されたことが伺える。先行する学園ドラマで思いつく人気作と言えば、日本テレビ系列で放送されていた「熱中時代」(水谷豊主演)があるのだが、こちらは舞台が小学校だった。このあたり周辺状況の記憶は定かではないが、中学校を舞台にした学園ドラマは、NHKの「中学生日記」ぐらいしかなかった気がする。だとすれば、同じTBSに「金八先生」という作品があったことは、「ウルトラマン80」という作品にとっては、大きな追い風となっていた可能性は疑い得ない。

 さてこのクールの見どころであるが、有名どころは1話「ウルトラマン先生」や3話「泣くな初恋怪獣」、そして太古の日本に登場した光の巨人のエピソードである8話「よみがえった伝説」などだろうか。教師としての矢的猛の姿は12話以降で見られなくなるが、このクールでは教師の姿ではない矢的猛の物語も散見され、後のクールの萌芽が見て取れる。また矢的猛が想いを寄せる新任の女性教師・相原京子先生の存在が、矢的猛によりコメディよりの演技を要求することとなり、教頭先生に目をつけられたりすることも含めて、生徒たちに親しみやすい「矢的猛像」が植え付けられる結果となる。

 1~2話の段階では矢的猛に懐疑的な生徒たちが、猛を心配するそぶりを見せはじめるのが5話「まぼろしの街」である。残業で遅くなった猛が帰宅する電車で見知らぬ街にたどり着く。その街はバム星人により占領された街であり、猛はその街にとらわれてしまう。そのためにUGMとも連絡が取れず学校にも顔を出さないため、先生方も生徒たちも心配し始める。やがてメカギラスを押し立てて侵略を開始したバム星人であるが、80の活躍により阻止されるという物語である。物語はウルトラQ28話「あけてくれ!」のようでもあり、ウルトラセブン34話「蒸発都市」や47話「あなたはだぁれ?」のような侵略SFの雰囲気もある物語であるのだが、巻き込まれたのが猛自身であり、先生方や生徒ら多くのレギュラーキャラクターが猛の身を案じる姿が挿入される一方、80の能力を使うことなく人間・矢的猛の機転と行動力によって脱出の糸口をつかむというストーリーは、矢的猛に主人公としてのヒーロー性を印象付けたことだろう。なにより生徒たちとの絆が一歩前進する描写は、教師・矢的猛にとってはかけがえのないエピソードになっている。

 またよりはっきりと生徒たち守るべきを守る姿を明確に打ち出してきたのは、9話「エアポート危機一髪!」である。怪獣ガビシェールが中国に登場したことにより緊迫するUGMから物語はスタートするが、一転して進展しない相原先生の猛の仲を見るに見かねた生徒たちが猛と相原先生のデートを画策する。しかしガビシェールの登場によりデートをすっぽかしてしまう猛。二人の仲はこじれる一方であったが、教頭先生が相原先生に持ちかけた縁談話によって一気にこちらも緊迫する。空港に縁談相手を迎えに行くよう教頭先生に言われた相原先生とそれを追う猛と生徒たち。だが彼らが向かった空港ではガビシェールが暴れていた。猛は相原先生と生徒たちを守るために80に変身しようとするが、相原先生たちが見ている前で変身できない猛に危機が訪れるという物語だ。いままで以上にヘタレの猛を印象付ける前半に対し、後半では自己のヒーロー性を前面に出しながら守るべき人たちを前に変身できない猛のジレンマが、ドラマに深い陰影を与えている。ガビシェールという怪獣も石油を好む中国から来た怪獣で、どこかシャープな印象のシルエットが悪役然としており、これはこれでなかなか恰好のいい怪獣である。そして猛と相原先生がどうなったのかといえば・・・・・それはぜひご自身の目でご確認を(笑)。

<新人隊員タケシ編>
 13話からスタートするこのクールでは、UGM隊員として日々を過ごす猛の姿が描かれているが、物語の主体として「UGM」の隊員あるいは猛自身である場合が多い。このため後述する次クールでは、視線がUGMから市井の子供たちに移っていく傾向にあることで、明確に区分されるといっていい。また14話から着任するイトウチーフによってチームワークを確立していくUGMである。

 また今クールの特長としては「暴れる怪獣を退治するUGM・ウルトラマン」や「侵略宇宙人を撃退する」といったかつてのウルトラシリーズの王道と言える作品が散見される。15話「悪魔の実験室」はマッドサイエンティストの暴走によって宇宙生物が怪獣化する話であり、おなじみの「怪獣墓場」も登場する。またスペースマミーが初登場する回でもある。
 17、18話の「魔の怪獣島へ飛べ」の前後篇は、かつての多々良島を想起させる複数の怪獣が登場するイベント編。星沢子とイトウチーフの悲恋を縦軸に、舞台となる潮風島の伝説をからめた怪獣伝説がからみあう物語となっているが、三大怪獣と80とのバトルはやはり胸躍る。
 20話「襲来!!吸血ボール軍団」は宇宙船に取りついて地球にやってきたボール型の宇宙生物による侵略SF。後の「ウルトラマンティガ」22話「霧が来る」にも似たシリアスな話であるが、怪獣の名前が「オコリンボール」というダジャレなのが当時のバランス感覚なのだろうか。
 続く21話「永遠に輝け!!宇宙Gメン」では宇宙犯罪者である怪獣を追ってきた年老いた宇宙Gメンと猛の交流の物語。どちらかといえば宇宙刑事シリーズなどにありそうな物語が展開されている。
 また24話「裏切ったアンドロイドの星」では宇宙連邦の使節と偽ってやってきたアンドロイドが地球に侵略に来るSFで、機械文明の発展によって政治をアンドロイドにゆだねた宇宙人の話が登場し、機械文明批判をしてみせる硬質なSF物語である。
 そして22話「惑星が並ぶ日なにかが起こる」では惑星直列にふれ、26話「タイムトンネルの影武者たち」では、ついに猛はタイムトラベルをしてしまうのである。こうしたSFガジェットを用いた背景については、「君はウルトラマン80を愛しているか」(辰巳出版)にもあるように、当時のSFブームに乗ったものではあっただろう。だがむしろウルトラシリーズとして、正当な侵略SFであった「ウルトラセブン」にならったと考えたほうがまだしもあり得るのではないだろうか?

 このように今クールで登場したスペースマミーの活躍を増やすべく、外宇宙からの侵略や宇宙を舞台にした物語が多いクールであり、意外なほどクールで硬質な印象の物語を見せてくれる。それはかつての「ウルトラセブン」で見せた侵略SFよりもバラエティに富んだSF的な広がりを見せる。また同時に王道の怪獣ストーリーもあるというバラエティに富んだ作風となっている。はっきり申し上げれば前クールにおいて「教師編」ゆえにできなかった物語が展開した物語群であり、80全体の中でももっともSF性が高く、ウルトラシリーズらしい物語を展開したクールと言える。ある意味でどこから見ても楽しいクールと言える。

<中堅隊員タケシ編>
 今クールは当初こそ前クール同様の侵略宇宙人や宇宙怪獣の襲来といった物語が散見される一方、徐々に登場し始めるのが物語の主体が市井の子供たちになっている物語だ。多くの場合様々な困難にぶつかっている子供たちを軸として展開し、猛たちUGMの面々と子供たちが知りあうことで子供たちが困難に立ち向かい問題解決していく中で怪獣との戦いが描かれるというもの。その進化系として子供たちが親しみやすい地域に根差した伝説・伝承や民話などを題材にした物語が散見される。

 33話「少年が作った怪獣」は、成功確率の低い手術を控えた少年が、手術延期のために作った工作怪獣が巨大化して暴れるという物語。本作のキーワードである人の「マイナスエネルギー」が怪獣化した顕著な例であり、80という物語の根幹が揺らいでいない証でもある物語と言える。そしてこのあたりから主客が子供たちにシフトし始めることとなる。続く34話「ヘンテコリンな魚を釣ったぞ!」や36話「がんばれ!クワガタ越冬隊」、41話「君はゼロ戦怪鳥を見たくないかい?」の主役は子供たちであり、子供たちの想いと怪獣の行動が物語を展開させる。
そして39話「ボクは怪獣だ~い」は、宇宙から飛来した植物を口から取り込んでしまったテツオ少年が、怪獣化してテツオンとなってしまった物語であり、まるでウルトラQの15話「カネゴンの繭」に似た話となっている。子供の願いをかなえ、超能力を使って何でもできるテツオン。だが怪獣となった故に子供たちの中で孤独化し、怪獣化した自分を心配する温かな両親の想いをうけて改心したテツオンを、猛は責めるでもなく優しく教え諭すのである。そしてテツオンの元になっていた宇宙植物を倒すため、テツオンの体内に潜入して宇宙植物を倒すのである。最初はカネゴンの話を見ているつもりが、いつの間にかセブンの31話「悪魔の住む花」になっているというハイブリッドな物語だ。

 また35話「99年目の竜神祭」や40話「山からすもう小僧がやって来た」、42話「さすが!観音さまは強かった!」など、地域に眠る民間伝承や民話を軸とした物語も登場する。こうした物語を見ていると、まるで「ウルトラマンタロウ」などにあった物語に印象が近い。前クールのSF性とは一転したこのクールの物語群は、「タロウ」や「ウルトラマンA」の後半、「ウルトラマンレオ」の後半に登場した「日本の民話シリーズ」などのストーリーラインとほぼ同じだ。これもまたウルトラシリーズのバラエティといえばいいだろうか。この民話的な物語ラインは、「ウルトラマンティガ」の27話「オビコを見た!」や「ウルトラマンガイア」11話の「龍の都」などは、こうした物語の派生形である。

 このクールで注目したいのは37話「怖れていたバルタン星人の動物園作戦」である。この話、UGMの見学に来ていた小学生の少年少女に嫉妬した一人の少年の心に付け込んだバルタン星人が、その少年に取りついてUGMに入り込んでUGMと80の打倒を画策する物語である。スペースマミーとバルタン宇宙船の激しい空中戦やバルタンと80の死闘が見られる終盤は特撮的に見どころがあるのだが、この物語の白眉は前半に登場する少年少女がオオヤマキャップに質問をする件である。少年の質問はUGMと80の関係についてのものだったが、オオヤマキャップは80の存在とその正体について言及しているのだ。この時点でおそらくオオヤマキャップは80の正体が矢的猛であることに気がついているような演出となっている。これが後の最終クールや最終回におけるオオヤマの猛や涼子への対応につながっており、大きな伏線となっていることだ。はっきり申し上げてヘナチョコのバルタン星人には見るべきものは何もないのだが、後の物語や特撮部分には見どころの多い物語となっている。ぜひ注目してほしい。

 また今クールの後半から劇中に流れる挿入歌「心を燃やすあいつ-矢的猛の歌-」という曲がある。劇中で使用される場合、この曲の歌なしのインストゥルメンタルの場合が多い。だがこの曲が使用されるタイミングは、ドラマの主役である少年たちが改心したり、人として大事な事に気付いたり、あるいはひたむきに何かに打ち込んだりする時だ。そしておおらかな曲調のこの曲が、がんばる少年たちを温かく見守るようにやさしく流れるタイミングは、ふと感動をもたらすタイミングだ。

<地球人・矢的猛編>
 さて最終クールとなる今クールでは、開巻となる43話「ウルトラの星から飛んできた女戦士」において、UGMの城野エミがガルダン大王の刃から猛を守って殉職する。ガルダンはそもそもユリアンを追って地球にやってきたのだが、そのユリアンは地球に飛来した際に一度記憶を失ってUGMに保護された。オオヤマに「星涼子」と名付けられたユリアンは、なにくれとなく世話を焼いてくれたエミと仲良くなったが、その友誼の証にユリアンが渡したブレスレットが仇となり、ユリアンと誤解されたままエミはガルダン一味に誘拐されてしまう。猛たちはエミを助けに向かうが、その結果としてエミは猛をかばって命を落とすのである。悲劇的な始まりとなってしまった今クールではあるが、エミの位置をユリアンが占めることで物語は続いてゆく。

 ここでユリアンは猛と組んで出撃する機会が増え、このウルトラマン二人が事件を化一決する糸口をつかんでいくという、ちょっとしたバディものが成立しているところが面白い。初期編での猛がそうであったように、ウルトラマンとしての知識や認識は、他人をおどろかすことがしばしばであり、同じようにユリアンの発言は隣にいる猛にたしなめられたりしている。またユリアンの宇宙人としての超能力の使用に関しても、43話の段階から猛は制限させている。それは猛が地球人としてこの星で生活するために学んだことであり、ユリアンと言う宇宙人の後輩を得たことで、これまで以上に猛は秩序立ってくることになる。とはいえ基本のストーリーラインは前クールと変わることなく子供の目線が主体になっており、子供たちが引き起こす事件を猛とユリアンと言う二人の宇宙人が、解決していくという物語にシフトしていくことになる。

 さてここで今クールの要注目の物語は、44話「激ファイト!!80vsウルトラセブン」と48話「死神山のスピードランナー」の2話である。
 48話は死神山にすむと言われる韋駄天小僧が里に下りてきて、マラソン大会に出場する話で、民話よりの物語である。しかも学校の名誉のために韋駄天小僧を買収してマラソン大会に優勝しようとする老獪な学校長が出てきて物語をかき回すのである。実はこれとまったく同じストーリーラインの話が40話「山からすもう小僧がやってきた」である。40話では泥棒コンビが山から里に下りてきたすもう小僧で金もうけをたくらむために物語が展開し、猛は民話に従いすもう小僧を山に返そうとするのである。猛の奮闘努力の方向性は48話では別の少年が担うことになるのだが、基本のストーリーはまったく同じなのだ。ここで興味深いのは、すもう小僧や韋駄天小僧を利用しようとするのは悪意をもった大人である。これはそれこそ東宝の映画「モスラ」で小美人やモスラの卵で金もうけを企むハッピー興業となんら変わりがないのである。こうして大人の不道徳がたしなめられる話は、繰り返されていったと思うと面白い。

 そしてまた44話は「妄想セブン」が登場し、80とバトルを繰り広げたことで有名な話だが、そこに至る物語は意外なほど複雑だったのである。セブンの人形を持ち歩いていたサッカー少年は、サッカー場に乱入してきた暴走族のバイクにはねられて大けがを負ってしまう。少年をはねたバイクの青年は、少年のライバルチームのエースの兄であり、弟の勝利のために例の少年をはねたのだという。だが弟はその兄をなじるのである。兄たち暴走族は弟のつれない態度に腹を立てて暴徒化するのであるが、重傷を負わされた少年の怨念はセブンの人形を実体化させ、暴走族を襲うのである。セブンを攻撃し始めるUGM。だがユリアンは目の前で暴れているセブンが、実体のないものであることを見抜き、少年の怒りを受け止めるため、80はセブンと戦う事を余儀なくされるという話である。この物語は忘れかけていた人間のマイナスエネルギーによる事件である。ましてや悪意が悪意を呼んだ例として、実に堂々巡りの物語であった。しかも暴徒化する暴走族は、「おれたちは怪獣だ!」と叫びながら夜の街を走り回るのである。実はこうした描写こそが初期の教師編で取り上げたかった当時の社会の実体であり、そうした人間の悪意と戦うことこそ「80」という作品の初期テーマであったともいえる。本作は「80」の最初期のテーマを完遂させる物語だったといえる。

 そしてむかえる49話「80最大のピンチ!変身!女ウルトラマン」にて2大怪獣の猛攻に倒れる80を助けるために、ユリアンは変身するのである。そして50話「あっ!キリンもゾウも氷になった」において、人類の力だけで強大な怪獣マーゴドンの打ち勝ったUGMの姿を見届けて、猛はユリアンとともに地球を去るというラストを迎え、ほぼ1年に渡るウルトラマン80の物語は終幕となる。最後に流れる曲は名曲「心を燃やすあいつ」だ。これまでがんばる少年たちをあたたかく見守ってきたこの曲が、地球と別れる猛たちのために使われることで、やさしい目線のままで物語が締めくくられたのである。

 そして約30年の時を隔てて、80は教師としてあのころの生徒たちと再会するという物語が用意された。「ウルトラマンメビウス」41話での話である。そして怪獣との激化する戦いに専念するために、教師である事を捨てたと語る矢的猛は、その後悔の想いとともに、再び当時の生徒たちとまみえるのである。こうして教師・矢的猛の物語も完結したのである。

 さて「ウルトラマン80」の物語を振り返ってみたがどうだろうか? 筆者は放映当時真剣に見ていなかったことはすでに述べたが、この年になって見直した「ウルトラマン80」という物語に、私はすっかり魅了された。これほどSF性が高く、そしてこれまでのウルトラシリーズのフォーマットを踏まえた作り、そしてユリアン登場によるウルトラ一族としての地球人との関わり合い方について、これほどまでに作りこんでいる作品だとは、考えてもみなかった。「特撮はいい」とだけ揶揄される本作ではあるが、あえて筆者は「ウルトラマン80」はシリーズの温故知新を感じることができる傑作であったと、胸を張って断言できる。現在発売中のDVD-BOXを買うもよし、レンタルDVDで見るもよし。ウルトラファンならずとも特撮ファンならぜひとも一度触れてほしい作品である。
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テーマ : 特撮・SF・ファンタジー映画
ジャンル : 映画

コメント

非公開コメント

No title

ああ、こんな話もあった、あんな話もあったと、懐かしくなりました。
今観るとまた持つ感想も違ってくるんでしょうねぇ。
そしてやはり、久しぶりに『80』を猛烈に観たくなってきました。

しかし、私の近所にはレンタルDVDは置いておらず、DVDBOXを買えるだけのお金は……。
どうしてくれるんですか!(笑)

No title

飛翔掘削様

 あはははは・・・・・、勝った!wwww

 あ、いや、すいません。
 その手の苦情をコメントにいただいたこともありました。申し訳ない。
 視聴環境というのはいかんともしがたいのですが。

 たとえばですね、ツタヤディスカスとかどうでしょう?

No title

どうも、こんにちわです。

先日、プリキュアファンで集まった時に「学園ドラマ+ヒーロードラマ」の先駆者という事で「ウルトラマン80」が話題に上がったのですが(プリキュアの話しろよ^^;)
リアルタイム世代の人は80を回顧して「なんか、一つの学校が物語の舞台になってるせいで今までのウルトラマンと比べても話のスケールが小さく感じた」と、仰っていたのに対し、
ウルトラマンなんて見た事もない90年代前半世代の人に80の(例として第2話と第3話を挙げて)解説をすると「面白そうじゃないですか」と、答えてくれました。

ここから自分は「一人の少年の悩み事が怪獣の出てくるドラマとリンクする構成って、もしかして今流行り(?)の“セカイ系”の先駆けだったんじゃないか?」という事を考えました。

当時のSFブーム全盛期には、そういった“世界の危機を救う為に、まず一人の人間の心を救う”という物語は受け入れがたかった物が、
昨今、世界の危機と個人の苦悩が直結したセカイ系全盛の時代には、むしろウルトラマン80のようなヒーローの方が受け入れられるんじゃないかと思いますが・・・

でも、同時に“それは無いな”という考えも浮かんできます。
第二話「先生の秘密」において、登校拒否のユキオ少年を励まし一緒に学校に行こうとした矢的先生が、途中でユキオ少年とはぐれてしまい、一人で学校に行ったらユキオは欠席・・・
翌日、ユキオの所にその事を問いただしてみると「先生が本当に僕を心配してくれるなら、もっと必死に僕の事を探してくれたハズだ」
そう言われた矢的先生は「甘ったれるな!!」と、ピシャリ・・・というシーンは、
先年放送されていた「スイートプリキュア♪」において、お父さんと喧嘩して傷付いた主人公を相方の子が励ますどころか、主人公にも非があるとお説教してしまうシーンにも通じる所があって、
しかもこのエピソードはネット上で壮絶に叩かれ、作品そのもののアンチも増やす切っ掛けにもなって
「多分、矢的先生の教育方針は今の時代にもそぐわないなぁ・・・^^;」と、思った次第です。

長々と失礼しました。

No title

レバニラさま

 コメントありがとうございます。それにしても興味深いお話ですね。

 私、プリキュア自体は完全にスルーしておりまして、そんな話がありネット上で叩かれていたことなど、知る由もなかったです。しかしコメントを見る限り、そのお話が叩かれる理由がよくわからないので、ちょいと検索してみようかと。

 高校の理科教師を目指していた私としては、矢的先生の教育方針はやや剛直で、ナイーブな子供たちには受け入れがたい人物ではないかと思っておりました。劇中の先生は、「先生」というよりも生徒たちと一緒に成長する過程にある若い人材として描かれており、教師としての不足部分も「宇宙人」としての矢的先生のほうがより重要だったように思います。生徒の側にしても「先生」よりも「世話の焼ける近所のお兄さん」という立ち位置が本音でしょう。だからこそ彼らの思い出に残り続けた先生は「ネビウス」での再会につながると思えば、泣けてきます。

 あいかわらず「セカイ系」がよくわかっていない私ですが、こうした矢的先生の剛直な教育思想では「セカイ系」は理解できないでしょうね。たぶん「セカイ系」ってこうした硬直な感じ方や考え方を排して、よりパーソナルな人間の内側に視点を移動させた物語だと思うので。
 ただ、「セカイ系」の物語が横行するラノベの世界やアニメ・マンガの世界なら、こうした過去の遺物ともいえる剛直な思想がそれらを内側から打ち壊して新しいステージに至るためのキーになるとも、個人的には考えているのですが。

追記
 今のプリキュアの新番組への交代がなんだか早くなったのは、先の話が遠因なんでしょうか? アンチを増やしたって、ずいぶん極端なはなしですねえ。

No title

一応、自分が例に挙げたお話は「スイートプリキュア♪」の第三話『ジャジャーン!響は音楽が嫌いニャ?」というエピソードで、
人間関係に傷ついたキャラに対して同意、同情するのでは無く、キチンと問題に向き合わせようとする姿勢は、矢的先生の姿勢にも通じる物があると思って、比較例に挙げさせてもらいました。
このエピソードは自分のブログでも考察してます・・・が、エピソード単体を知るには、東映の公式サイトをチェックしてみて下さい。

東映公式サイト
http://www.toei-anim.co.jp/tv/suite_precure/episode/summary/3/

一応、レバニラによる考察(^^;
http://hitorigatari140.blog107.fc2.com/blog-entry-64.html

ちなみにプリキュアが一年交代制になったのは、プロデューサーの交代による物です。
プリキュアの場合、ファンの割合は子供:9でオタク:1ってな感じなので、基本、東映さんはネット上の意見等スルーです。


で、ですね、話を80に戻しますと、
セカイ系全盛の時代には、むしろウルトラマン80のようなヒーローの方が受け入れられるんじゃないかと言いましたが、
実はロボットアニメにセカイ系思想を初めて持ち込んだ「新世紀エヴァンゲリオン」の庵野監督が「ウルトラマン80」大好きという事もあって、
80の“世界の危機を救う為に、まず一人の人間の心を救う”というファクターが、確実に今のラノベの世界やアニメ・マンガの世界と通じる物があるとレバニラは考えた訳です。

>セカイ系が過去の遺物ともいえる剛直な思想がそれらを内側から打ち壊して新しいステージに至るためのキーになる・・・と申されますが、
「エヴァ」やら「Air」やら「まどマギ」といったセカイ系作品は「甘ったれるな」と、剛直な終わり方をして一部ファンから反発を喰いつつ、結局他の作品よりも長生きした事を考えると・・・

と、これ以上のことはまだ思案中なので、唐突ですがこれで終わります。
個人的に後期EDテーマ「地球人だよ」がお気に入りです。

No title

レバニラさま

 詳しい情報、ありがとうございました。ブログも拝見しました。プリキュアとのだめ、興味深いお話でした。

 例の話も拝見しましたが、多少の理不尽さは感じたものの、子供に音楽のなんたるかを教えたいと思っている親の心も十分に感じられたので、それほど奇異に感じはしませんでした。何よりそれを相方の少女が目覚めさせる展開は、十分物語的にもアリだと思うんですが。

 「エヴァ」等の作品群がきちんと延命し続けている事情は、おっしゃる通りだと思います。いってしまえばちゃぶ台返し的なオチだったと思いますが、そこに込められたメッセージは十分力強いものでしたからねえ。プリキュアの話がこれに類するかどうかはわかりませんが、力強さって強引さもありますが、なにやら人の心に訴えるものなんじゃないでしょうかねえ。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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