劇場版「X(エックス)」~“悲劇”が魅了する~

 ハッピーエンドが主流のアニメ・特撮作品の中で、“アンハッピー”あるいは“悲劇”で終幕を迎える作品も決して少なくない。もっともハッピーかアンハッピーかの分かれ目は、見る側の判断にゆだねられる場合もあるが、これみよがしに悲劇で終わる作品もある。たとえば「仮面ライダー龍騎」や「仮面ライダー剣」、“全滅”の二つ名を欲しいままにした富野由悠季監督作品で言えば「伝説巨神イデオン」や「無敵超人ザンボット3」、「聖戦士ダンバイン」など。あ、「海のトリトン」なんてのもある。真っ白になった「あしたのジョー2」のラストの矢吹ジョー、きき腕を破壊しながらもマウンドで投げ続けた「巨人の星」の星飛雄馬、フランス革命で民衆側について倒れたオスカルを描く「ベルサイユのばら」など、こうした作品群も断定はできないが悲劇ではある。
 こうした“悲劇”で終わる作品群は、ハッピーエンドで終わる作品よりも圧倒的に記憶に残りやすく、そして何よりも「有終の美」という言葉とともに日本人の感覚になじみやすい。今回はとびっきりの“悲劇”で終幕する劇場用アニメ「X(エックス)」をとりあげてみたい。

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<作品概要と物語>
 劇場版「X(エックス)」は、1996年の夏に公開されたアニメ作品。CLAMP原作による漫画「X」は1992年に月刊ASUKAにて連載スタートしている。それまでにCLAMP作品に登場したキャラクターを、いわゆる“スターシステム”によって登場させたサイキックバトルを中心とした漫画だ。しかも一部の作品については出典元の作品と完全にリンクした形で「X」に登場させることで、それまでの作品群の続編的な扱いもできる物語を紡いでいる。これが功を奏してか、それまでのCLAMP作品の中では群を抜いて人気があり、様々な作品展開がなされた作品でもある。以下にその歴史を年表としておきたい。

1992年 漫画「X」連載スタート、単行本1巻発売
1993年 漫画「CLAMP学園探偵団」、「東京BABYLON」連載終了
1996年 劇場版「X」公開、ラジオドラマCD「Xキャラクターファイル」発売
2001年 TVアニメ「X」、WOWWOWでのスクランブル放送(全24話)
2002年 TVアニメ「X」終了、漫画「X」単行本18巻発売
2010年現在、漫画「X」は休載中



 この間、当然のことながら作品に付随するさまざまな商品展開がなされており、劇場版以前に発売されたオリジナルアニメによるミュージッククリップ集「X2―ダブルエックス―」は、「X」のアニメやイラストに合わせて人気ロックグループ「X JAPAN」の楽曲が流れるPVだったとのこと。

 1999年の東京。それまでこの国を行く末を夢で占い続け、その神託によって国を導いてきた夢見・丁(ひのと)が、世界の終末を夢に見る。世界の破滅は庚(かのえ)率いる「地の龍」と呼ばれる7人の能力者によって行われるという。丁は地の龍に対する7人の「天の龍」を招集し、その封印の力をもって「地の龍」の行う破壊活動を阻止するための戦いを始める。東京に点在する「封印」を破壊する地の龍と、それを守ろうとする天の龍の戦いは熾烈を極めた。その時、一人の運命の少年が、世界の終末につながる戦いが繰り広げられる東京に舞い戻って来た。その名は司狼神威。幼き日、共に過ごした桃生封真と小鳥兄妹を救うため、母親の命と引き換えに現れた神剣をたずさえて、神威は闘争あふれる東京の地に戻ってきたのである。その純粋さゆえに、目の前で繰り広げられる闘争を目の当たりにしながら、桃生兄妹を巻き込むまいとする神威。だが神威は丁との謁見によって天の龍となることを決めたとき、悲劇の幕が上がる。次々に死んでいく地の龍と天の龍の能力者たち。だが天の龍となった神威の前に現れたのは、守るべきであった封真であった。封真は神威の影星であり、神威が天の龍となることを決めた時、自動的に地の龍として神威と敵対する、仕組まれた存在だったのだ。小鳥の命と引き換えに現れる神剣をふるう封真と相対する神威。神剣を持つ者同士の死闘は、東京タワーを舞台に開始される。神威と封真の運命は、そして地球の運命は? その結末はたった二人の仕組まれた少年たちに託されたのである。

<アニメとしての評価>
 監督・りんたろう氏、作画監督・結城信輝氏という布陣そのものは、まことに豪華なラインナップといえる。りん監督はすでに東映の「銀河鉄道999」や「幻魔大戦」「カムイの剣」「火の鳥」などの角川アニメ映画を監督しているベテランだ。結城氏にしたところで「ファイブスター物語」や「天空のエスカフローネ」などでも活躍している。
キャラクターに関して言えば、CLAMPの表現する耽美系の美しげなキャラクターが十二分に表現されている。これらが美麗を極める背景の中を、劇場のスクリーンを舞台に動きまわるのである。単純に考えればそれだけで十分おつりがくる、大作感のある作品となっている。劇場公開当時発売されている「X パーフェクトブック」(角川書店)に収録されているCLAMP・大川七瀬女史のコメントによれば、「久々の角川の劇場アニメだと思った」そうである。

 さてあらためて作品を見ると、序盤から主人公・神威が東京にやってくるきっかけが描かれた後、天の龍である「皇昴流」と地の龍である「桜塚星史郎」が、高層ビルを背景にサイキックバトルが展開されている。共にCLAMPの別作品である「東京BABYLON」に登場するキャラクターであり、原作を知っているものにとっては、彼らの因縁を知っているだけに開始当初のこのバトルにまず度肝を抜かれることになる。だがまったく彼らの背景には触れることがない。はっきりと申し上げればわかる人が見てわかればよしという感じだ。その後、神威は幼馴染の桃生兄妹と再会する。そして丁は集まった天の龍の仲間たちに地球をめぐる戦いの背景を説明する。そして神威を仲間に獲得するために、彼らを神威の元へと派遣する。そこでまた再び天の龍の二人と遭遇し、サイキックバトルへとなだれこむ。
 実に淡々と物語は進む。その淡々さにはあきれるほどであるが、実に淡々と進むのだ。そして容赦なくサイキックバトルは互いに戦いあう者の命を奪い、そこに残されるのは、無残に廃墟となった「封印」と呼ばれる東京の名所だけである。そして次の戦いは死者を生み、悲しみを生む。その後に神威には次々と悲劇が襲いかかるのである。この展開自体は、原作を読む者にとって特別な展開ではない。原作漫画では龍同志のサイキックバトルこそ見どころではあるが、バトルが見どころとなるためには、その前フリとしてのインターミッションのパートにおける、戦いあう二人の龍の因縁や、それぞれの能力者がこの戦いに秘める想い、何を願い、何を守り、何のために戦うのかなどのエピソードが積み重なることで、次の戦いに対する重みづけができることになる。原作漫画においては、バトルとインターミッションの比重は等しいか、インターミッションに偏っている。

 ところがこの劇場版では、そのインターミッションの部分を一部そぎ落とすことにより、淡々とバトルを優先的に見せていく。まったくインターミッションがないわけではないし、天の龍たちが戦う理由が描かれていないわけではない。だがその比率は明らかに軽く、時間配分は圧倒的にサイキックバトルに割かれている。淡々とした雰囲気は、つまりバトルとインターミッションの逆転した比重と、そのテンポに由来することになる。

 問題なのは天の龍による封印の破壊と世界の崩壊があまりにもダイレクトにつながっており、なぜそうなるのかが説明されていない。封印の破壊が何のトリガーとなって世界が崩壊するのかの説明が欲しいところだ。また「幻魔大戦」でも指摘したが、崩壊した世界が「映像」として範囲が狭いため、世界が小さすぎるきらいがある。目の前で起きている事象と絵で表現されているもののバランスが、明らかに欠けている感じがする。

 それもおそらくは淡々と事象を見せていくことに起因しているこのだろう。前出の「X パーフェクトブック」(角川書店)に収録されている大川七瀬女史のインタビューによれば、「メインスタッフで最初に意思統一したのは、淡々とした映画を作ろう」ということだったという。この淡々とした映画の構成は、当然のことながら狙って作られた結果だということだ。そこで次の章では、この「淡々と」の事情にもう少し迫ってみたい。

<「淡々と」見せる悲劇とは?>
 「富野由悠季全仕事(キネマ旬報社)」に掲載されている「伝説巨神イデオン」に関するインタビューに、こんな一節がある。

「「ガンダム」よりよっぽど不自由でした。というのは、最初からイデオンとソロシップのデザインがあったから。こんなひどいデザインのもので物語なんか作ることができないでしょうという前提があったんです。」

「何でイデオンみたいな、言うなればぶっ切れた映画を作ったのかというと、ロボットアニメでもここまで強力な物語ラインのものが作れるんだぞと。」


 富野監督の言を借りれば、「伝説巨神イデオン」という作品が「悲劇」というバッドエンドを選択した事情は、おもちゃ屋主導でデザインされたメカニックを見せられた監督自身が、すべてのしがらみを振り切るように強力な物語ライン作った結果だということらしい。同じく主要キャラクターが全滅する「悲劇」を描いた「聖戦士ダンバイン」は、人間の魂の安息の地「バイストン・ウェル」という設定ゆえに、キャスト全滅のラストでも救われたものとする見方もできる。“悲劇”という物語は、作り手にとってかなり強引な手段であることが、富野監督の言葉から想像できる。

 前出のインタビューによれば、CLAMPにとって本作は、原作とは別の物語として作っているという。その結末もつまりは劇場版に限定されるものだ。そしてまたキャラクターが一人死ぬたびに残ったキャラクターが大泣きするような映画にはしたくないとまで語っている。りんたろう監督のインタビューには「『X』のエッセンスを放り込んで1本の映画にまとめあげるやり方としては、あれしかなかった」とまで語っている。つまり本作で選択された“悲劇”という物語の選択は、必然だったというのである。ここには、物語が完結していない原作漫画の存在が大きく影響しているようだ。

 原作漫画を読んでいる人間にとって、本作は実に消化不良な作品だったという印象があるに違いない。それは当然で、原作を担当している大川七瀬女史が脚本に参加しているにも関わらず、原作で語られていない謎の部分は、本作ではほとんど語られないまま終劇している。本作にて初出の謎の解明としては、丁と庚姉妹の本当の願いの部分が代表的だろうか。その点以外、桃生兄妹と神威の関係性や、封真と神威の因縁、先述の昴流と星史郎の深い因縁や、他の天の龍の戦う事情、嵐と空汰の関係性、さらに言えば地の龍側の事情や集められた謎など、まーったく本編では触れられていない。原作ではこれらのエピソードが積み重なることで漫画足りえているのだから、この部分が削られているのは片手おちなんのではないか? その疑問を解消する物語の畳み方こそが「悲劇」なのである。

 それもそんじょそこらの“悲劇”ではない。丁寧に見ていればすぐに気付くが、バトルの結果として龍のみなさんが死んでいくのであるが、明確に血を流して死んでいくのは、ごく限られた人物のみだ。それは徐々に後半になるに従い“悲劇”が牙をむき始める。最初のインパクトが神威の母が体内から神剣を取り出すシーンであるならば、封真と神威の対決シーンに先んじて空汰の腕は切り裂かれ、偶然を装うように登場する草薙は、まるで捨てられるかのように封真の能力で体を破壊されていく。最後まで生き残りそうな遊人も殺され、コンピューターに愛された少女・颯姫は、そのコンピューター自身の欲望を前に惨殺されるのである。極めつけは神威と封真の最終決戦の結末だ。そしてはっきりと神威の振り上げた神剣が封真の首を切り落とすことで、バトルは終結するのである。だが東京の夕景に広がるのは破壊された町並みであり、その中で守るべきであった人々を救うことができなかった一人の少年が、自ら切り落とした幼馴染の少年の首を抱えてただ泣いているだけだ。回避されたはずの世界の破滅の意味など吹き飛んでしまうほどの“悲劇”がこの物語の終末を彩っているのである。しかもその悲劇はオブラートに包まれた、印象としての悲劇などではなく、はっきりと血の滴りや傷、貫かれた剣などを見せていくことで、その悲劇の正体を明確に提示しているのである。そこには微塵の救いもない。徹底した悲劇なのだ。

 こうして映像として明確に結ばれた“悲劇”によってしか、この物語は終われなかったのか? 先述のように大川女史やりん監督の言葉を借りれば、この悲劇をきっちりと描くことでこそ、原作とは異なるラインの物語として劇場版「X」は成立しなかったし、そのはっきりと意識した作り手の意志として、この作品は悲劇として描かれた物語だと言える。しかもその悲劇ゆえに、本作は強力な魅力を放っている。誰が見たって物語の進行上、どこかに救いが入り込む余地がなく、死をもってしか彼らの戦いの結果を表しきれないし、その戦いに関わった罪は、そのまま世界を背負ったものとしての回避できない責任の上で死んでいる。その覚悟をして戦いの場に臨んだものを、どうやって救うというのだろう。「淡々と」作り進められてきた本作は、まさにこの救いのない“悲劇”ゆえの結末であるし、そのどうやっても抗いようのない強力な結末に、人々は魅了されるのだ。

 劇場版「X」の5年後、WOWWOWにてテレビ版「X」が放送される。この時点でも原作の決着はついておらず、いまもって原作は完結を見ていない状況だ。だがこのテレビ版「X」は、当然のことながら劇場版とは異なる物語を見せている。基本的なストーリーラインは同じものの、互いに激突する地の龍と天の龍のメンバーは、その想いや願いゆえに、時として龍の立場が入れ替わったりする。また神威はどちらのメンバーになるかをギリギリまで引っ張っているのは原作にやや近い。何より封真と神威の戦いの決着は、神威の死によって幕が引かれ、神威の願いを封真が引き継ぐような形となっている。これを持って希望を語ることはできないだろうが、いすれにしても劇場版とは異なる形での“悲劇”の結末といっていいだろう。

 あとはいまだ未完の原作「X」が残されている。未曾有の大惨事となった阪神淡路大震災や東日本大震災を経て、強烈なカタストロフが魅力の「X」という物語は、今執筆されることは難しいだろう。だがCLAMPのメンバーは、今も「X」の完結の執筆には意欲を燃やしているという。時勢や掲載誌などの問題は多々あるだろうが、「X」という物語の悲劇に魅了された人々もまた、この作品の完結を心待ちしていることだろう。そして既に2つのアナザーストーリーによって、2つの“悲劇”が提示された。現在までの原作を見ている限り、やはり“悲劇”的な結末は回避しようがないだろ。ならばと肝を据えて、原作者CLAMPが描く最後の悲劇に、心地よく魅了されたいのである。

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連載再開、そして続編を心待ちにしましょう!
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波のまにまに☆

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