映画「ウルトラQザ・ムービー星の伝説」~あなたはどこへむかうのか?~

 ウルトラシリーズの原初となる「ウルトラQ」というコンテンツも、非常に息の長い作品だと思う。「ウルトラQ」とは1966年から約半年にわたって放送された空想科学シリーズ(後のウルトラシリーズ)の第1作目だ。そもそもアメリカで放送されていた「アウターリミッツ」や「トワイライトゾーン」(ミステリーゾーン)を意識した、日本のSF特撮ドラマを制作しようとの意図で作られた作品だ。元となった「トワイライトゾーン」も1話完結の短編連作形式が基本のドラマであり、超常現象から侵略SF、怪奇現象など、そのネタも多岐にわたり非常に懐が広い。円谷プロはこうした土台を元に「怪獣」や「特撮」という自分たちの得意分野を織り交ぜることで、日本の「トワイライトゾーン」とも呼ぶべき作品として「ウルトラQ」を作り上げることになる。

 本家「トワイライトゾーン」はSF映画が流行の兆しを見せた1983年にリメイク映画として公開されている。「ウルトラQ」はといえば、モノクロ作品であるためか、その後のウルトラシリーズが再放送を繰り返している一方で、なかなか日の目を見ないカルト作品扱いだった。しかし1987年のTBS系列の深夜で放送された「泉麻人のウルトラ倶楽部」にて、ウルトラセブンと一緒に再放送されている。その後も深夜のテレビシリーズとして「ウルトラQダークファンタジー」(2004)が製作されたり、「ウルトラQ倶楽部」(2003)というラジオ番組で、最初のシリーズのメンバーが登場してラジオドラマを繰り広げたりと、その人気のほどが伺える。最初のシリーズのファンだった子供たちが、それを後押ししているのかもしれない。つい最近ではモノクロだった最初のウルトラQにデジタル処理で着色されて、カラー作品として甦る。そして1988年に「帝都物語」で大ヒットを飛ばした実相寺昭雄監督により1990年に映画化されたのが、この「ウルトラQザ・ムービー星の伝説」である。

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特撮(映像)

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<概要と物語>
 そもそもこの作品は、円谷プロとATG(アートシアターギルド)の共同制作されるはずだった「ウルトラマン怪獣聖書」が元となっている。その後別のウルトラマンの映画化企画がスポンサーとの関係でキャラクター商売としての問題性が浮上し、一度はご破算になったそうだ。しかし公開スケジュールが先に決まっていたらしく、企画を持っていた実相寺監督に引き継がれ、製作・公開になったという経緯がある。

 物語は山梨の古墳の近くで発見された謎の変死体から始まる。その変死体は大きな口径で額を撃ち抜かれており、しかも死体の周りには海水で濡れていた。しかも現場ではテレビ局TTVのロゴの入った鉛筆が落ちていた。また栃木の古墳でも同じような殺人事件が発生した。殺された男は土地の開発に関わっていた測量技師だった。一の谷研究所の一の谷博士(演 中山仁)の推測では、高圧で噴射された海水によって殺されたのだという。
TTVでは「古代史スペシャル」の制作で慌ただしい。そのころ奈良に取材に来ていた浜野(演 堀内正美)は、そこで海水を使った撮影妨害を受けていた。車のタイヤはパンクし、VTRは海水に濡れて使い物にならなくなっていたのだ。九州の吉野ヶ里遺跡を訪れた後、浜野は開発によって荒らされた古墳跡を見ることになる。だがその工事現場は謎の生物によって荒らされてしまった。浜野は九州の小さな漁村で宿泊したが、深夜に村民の謎の行動を追って消息を絶ってしまう。その後一度だけ出社した浜野は戸川(演 風見しんご)に、「竜宮城にいって天女の舞を見る」「俺の祖先は海に生きる一族だった」という謎の言葉を残して再び失踪してしまう。

 浜野の「古代史スペシャル」を引き継ぎ、浜野の消息を追い始めたのは、古墳での殺人現場を取材した万城目(演 柴俊夫)と戸川、それに浜野と同行していた新人の江戸川(演 荻野目慶子)だ。失踪した浜野の消息を追って浜野の住所を訪ねてみると、そこには「浦島町」の名前が。さらに浜野の実家に向かってみると、彼の実家の近くには「竜宮島」に祭られた「竜宮神社」があるという。万城目たちはそこで「浜野を探すな」と話す遮光器土偶の姿に似たロボットに襲われることになる。そこから万城目たちは、日本全国に残る天女伝説や浦島伝説が残る土地をめぐることになる。特に伊豆半島周辺には多くの伝説が残る。万城眼たちは浜野がかねてより言っていた竹取伝説の跡地を訪れる。だがそこも観光や開発の手が及んでいた。一人竹林に残る万城目の前に、赤い服の美女が現れる。彼女の名は星野真弓(演 高樹澪)。真弓は万城目の開発を疑問視する言葉に共感するも、浜野を探すなという言葉を残して消えていく。その近くには竹林を開発しようとした業者の死体が残されていた。

 東京に戻り一の谷研究所で事の経緯を説明する万城目。そこで彼は一の谷博士から、怪獣騒ぎのあった古墳あとの土に、弥生時代の花粉が含まれていたこと、日本書紀に書かれていた海の生きる一族は迫害されて山中に移り住んだとされており、そもそも海を渡って日本にやってきた一族である可能性などを聞く。浜野は太古に海を追われた一族の末裔なのか?
 そんな折、浜野の社員手帳が発見された。発見された場所は丹後半島「天の橋立」の近く。万城目たちは丹後半島へ飛ぶ。そしてこの土地もまた天女伝説や浦島伝説の残る土地だったのだ。浜野の手帳が拾われた神社へ向かう万城目たち。そこで待ち受けていたのはやはり真弓であった。「常世橋」の上で真弓と二人だけで話をする万城目。真弓の口から語られる言葉、それは「常世」にあこがれた古代人の物語だ。彼らは迫害されて国中を放浪したという。そして浜野もユートピアの存在を信じる人々と一緒にいるという。真弓は万城目に決断を強いる。現世のすべてを捨てて常世の国の存在を信じる人々の仲間になることを。でなければ浜野には合わせないという。浜野は常世の国を信じる人々の仲間なのだ。会話に割り込んでくるパトカーの群れ。会談は決裂し、真弓は警察官の手を振り切って古代怪獣「薙羅(なぎら)」に助けを求める。暴れる怪獣。それは古墳跡の工事現場を破壊した犯人だったのだ。だが万城目に危機が及ぶと、真弓は万城目の身を案じて怪獣を戻した。そして二人は和解する。謎の多い女と謎を知りたがる男。それは道ならぬ恋なのかもしれない。

 再び東京に戻った万城目たち。スポンサーの意向で「古代史スペシャル」のスタジオ撮影に入ろうとしていた。だが撮影が始まった途端、ライトは落下しセットは崩壊、スタジオ内に大事故が発生する。戸川は一人ごちる「古墳や古い伝説はヤバいって!」。
 浜野の後を受けて「古代史スペシャル」のために吉野ヶ里古墳を訪れる万城目たちは、そこで三度真弓と出会う。真弓は憤っていた。いたずらに古代人や遺跡を取り上げることが、古代人を貶めると思っているのである。だが真弓は万城目たちを指して「地球人」と呼んだ。真弓はその謎を突き付ける万城目たちを狙って、銀色の輝くボディとなって攻撃し始める。そこに現れて止めに入ったのは行方不明の浜野であった。

 浜野から語られた真実。それは真弓がある使命を帯びて地球にやってきた宇宙人であり、彼女は使命に合致した人間との接触を図っていた。その使命とは、もとの美しい自然のままの地球を取り戻すこと。そしてその目的に賛同した人々こそ、かつて古代に地球に飛来した宇宙人の末裔であり、「常世の国」の存在を信じる人々だったという。浦島伝説の残る地に生まれた浜野もまた、こうした古代人の末裔に連なる人間だったのである。浜野は現在の開発で荒廃する環境変化を憂えていた。それはまた万城目たちも同じ想いだったのである。常世の国を信じる人々の儀式を見て、互いに理解し合う万城目と真弓。想いは通じても互いに寄り添うことはできない二人は、常世の島でただ抱き合うしかない。

 真弓や浜野、常世の国を信じる人々の想いを知った万城目たちは、東京に戻り上層部や営業を通じて「古代史スペシャル」の番組制作の中止を申し入れ、放送を延期させた。だが万城目たちが秘匿していた常世の国を信じる人々の村を、観光開発の手に売り渡すこととなってしまう。それは万城目たちの本意ではなかったのだが。開発業者たちは古代怪獣によって殺されてしまう。翌朝謝罪しに行った万城目は、そこで真弓から別れを告げられる。そして常世の島から一つのロケットが空の彼方へと飛び上がる。そのロケットがどこに向かっているのか、誰も知らない。

<冴えわたる実相寺演出!>
 実相寺昭雄監督作品といえば、多作品とは異なるアングルやカメラワーク、広角レンズを多用した不思議なシーン、陰影の強いシーン、光と影の舞台装置など、実相寺演出の代表的なものは枚挙にいとまがない。劇場用作品の前作である「帝都物語」は、ストーリーの怪しさがこの演出と相まって、最大の効果を上げていた。だが「帝都物語」はストーリーや物語にある仕掛け、そして大パノラマで展開する巨大なセットなどに目を奪われて、やや実相寺演出自体が後退していた。その分、本作では実相寺演出が目白押しであり、もし実相寺演出を知りたいと思うならば、本作を見ればほぼその全容を知ることができる。その意味では実相寺ファンにはたまらん作品になっているかもしれない。
 
 特撮部分で言えば、遮光器土偶を模した「ワダツジン」と真弓が変身した「ミラーメタル・ワダツジン」が目につきやすい。物語の根幹をなす2大アイテムであるワダツジンの出演シーンは実に凝った演出のステージに登場する。竹林で万城目たちが真弓と初めて出会うシーンでは、無数のライトを地面に埋めて、その上に枯葉を乗せてカモフラージュしてステージとした。次にミラーメタル・ワダツジンが登場するシーンでは、ワイヤーでつるされたワダツジンの人形をまっすぐに飛ばし、攻撃の結果として白煙が巻き起こるのだが、これも枯葉を敷いた地面にドライアイスを埋め込んで発破する方法で演出されている。一見してスタジオで撮影されているようでいて、実は現場で撮影されているのが非常に面白い。ラストに登場する真弓たちの乗るロケットの発射シーンは、往年の「ウルトラセブン」に出てきたウルトラホーク2号の発進シーンを思い起こさせる作りだ。下からあおるように見上げるロケットの側面に細かいモールドが仕込まれており、そのモールドの全容がわかるのは、スタッフロールが出る直前まで待たねばならないという小仕掛け。ロケット内部で、半透明の勾玉状のカプセルが浮いており、その中でコールドスリープしている人々の映像など、実にSFチックでいい。

 トドメは古代怪獣「薙羅」である。ウルトラシリーズでも活躍したベテランデザイナー。池谷仙克氏デザインの薙羅は、ハサミムシのような長い尻尾に、五角形の背びれ、眠たげな目に、細くてねじれている2本の角。太い足に蛇腹状の腹を見ていると、ストロングスタイルの怪獣であることがよくわかる。演出上街中で暴れないことが前提であるので、劇中でじっくり全体のフォルムが見られるのも、怪獣ファンには嬉しいポイントだ。ただし、残念なのは都市部で暴れないため、巨大感の演出はされていない。むしろ実相寺演出であるため、怪獣広場であっても上から撮影してしまうことと、ミニチュアが作りこまれていないのだ。むしろ演出上必要最低限のミニチュアと、ライティングによって演出されている。また必殺の破壊光線の発射時には、後ろ向きになっていた角が前向きになるのだが、角のギミックをはっきりと見せていないため、薙羅の印象がまた薄くなってしまっている。そこにあるのは怪獣としての巨大さよりは神々しさとでもいえばいいか。

 ちょっと実相寺監督作品の怪獣たちを思い起こしてみてほしい。ガバドンにしてもシーボーズにしてもスカイドンにしても、巨大感よりはそこにいる実在感を主張して見える。それは実相寺監督にとって怪獣がなんであるかを物語っているような気がする。ガバドンでは目線の低い子どもたちの友達、スカイドンは超重量であることへの悲喜、シーボーズは親に見捨てられたような子どもの悲哀と、それぞれの怪獣に投影しているイメージがはっきりしている。それだけに怪獣に巨大さを感じていないのではないか。実相寺監督にとっての怪獣とは、テーマや見せたい想いの投影対象として存在していたのかもしれない。

<わたしはだあれ?>
 さて物語の方に注目してみると、割と新しい感じの環境破壊や建設・開発による弊害を取り上げているのだが、それは疑問符を投げかけるための一つにすぎず、物語の中核を握るのは、「日本人とは何ものなのか」という謎に注目している。この謎については、過去のウルトラシリーズでも言及されている。有名なところではウルトラセブン「ノンマルトの使者」がメジャーだろう。また「あなたはだあれ?」という作品でも、自分自身のアイデンティティを揺るがせる事態に直面した人間を描いている。ウルトラセブンという作品では、地球も宇宙の一部であるという認識があるから、惑星間での人類の移住というのが、かつてのバルタン星人以上のリアリティをもって描かれている。ウルトラセブンに登場する宇宙人の多くは、こうした認識で地球という星を見ているのだ。

 本作の脚本を執筆した佐々木守氏は実相寺監督の盟友であり、共にいくつもの作品を手掛けてきた。実相寺監督の回顧録のドラマ版「ウルトラマンを作った男たち 星の林に月の船」という作品の中でも、TBSの演出家だった吉良平次(実相寺監督の作中の別名)がウルトラマンでメガフォンを取った時に、かつて没になったドラマの復讐戦として、佐々木守氏を脚本家に選んだエピソードが語られている。その佐々木氏がかつて手掛けた作品に「アイアンキング」(1972、宣弘社)がある。この作品は日本征服を狙う組織と戦う国家警備機構の静源太郎とその相棒である霧島五郎ことアイアンキングの活躍を描く巨大ヒーロー作品だ。この作品に登場する敵組織というのが、日本の原住民族の末裔である「不知火族(しらぬいぞく」」であったり、現政権の転覆を狙う「独立幻野党」といった組織なのである。特に「不知火族」というあたりには、本映画に登場する「常世の国を信じる人々」に通じるものがある。「怪獣使いと少年 ウルトラマンの作家たち」(切通理作著)に収録されている佐々木守氏の言によれば、日本原住民、あるいは自然児として生きている人間は、現代社会からつまはじきにされ、社会と敵対するしかないから、「アイアンキング」では敵に仕立て上げたというようなことらしい。

 先の「ノンマルトの使者」は金城哲夫氏の脚本であり、氏が揺るがせられたアイデンティティは沖縄と本土の板挟みになった故だった。「自分が何者なのか?」という問いに対する答えを持たないまま、自分たちの現代社会を肯定するため、ウルトラ警備隊は海底のノンマルトの都市を破壊し、キリヤマ隊長をして「この地球は我々のものだ」と言わしめた(平成セブンでは、この行為が宇宙の法則に反するとして、問題視される)。現代社会で生きることこそが、自分のアイデンティティを確立させるための理由として選んばれたようにも見える。対して本作における佐々木守氏は、時の権力者につまはじきにされた古代の日本人、常世の国を想いながらひっそりと生きている古代人の末裔、そして開発や産業を優先してこの国の美しさをないがしろにしている人間を対比させ、現代社会で生きている人間は、古代にこの国を愛した人間とは異なると断じている。それゆえに現代社会から逃げ出すように宇宙へと逃避する常世の国を信じる人々の姿で物語は幕を閉じる。かすかな光明を見出すなら、それは真弓と万城目の邂逅しかない。共にアイデンティティを揺るがせる物語でありながら、その物語の閉じる手法は、真っ向から対立しているといっていい。

 先にも示したように、「トワイライトゾーン」を起点として生まれた「ウルトラQ」ではあるが、その作劇方法の中心には常に怪獣がいた。怪獣が人間たちと対立し、人間たちが知恵と勇気で怪獣たちを撃退するさまこそが「ウルトラQ」の見どころと言える。その本流があるから、支流のように「あけてくれ!」や「悪魔っ子」などが存在できる。「トワイライトゾーン」を基準としたら後者の方が本筋だろうが、そうならないのは「ゴジラ」という作品が先行にあるからだ。「ウルトラQザ・ムービー」という作品が真に「ウルトラQ」かと問われれば、怪獣が出ては来るものの、怪獣が謎の中心としてある物語ではなく添え物に近い。そういう理由で本作は否定されるのはいたしかたないことだ。だが開発による環境破壊や、日本人はどこから来たかなど、それまでのウルトラシリーズで扱われてきたテーゼが扱われていることを考えれば、本作はウルトラQから始まったウルトラシリーズが、ウルトラQに戻ってきたといえる、回帰的な作品かもしれない。
作品のラストで石坂浩二のナレーションで、「あなたは何ものなのか?」という問いに答えるべき実相寺監督と佐々木守氏はもういない。それが残念でたまらない。

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 ウルトラシリーズの原初となる「ウルトラQ」というコンテンツも、非常に息の長い作品だと思う。「ウルトラQ」とは1966年から約半年にわたって放送された空想科学シリー

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