宇宙刑事ギャバン THE MOVIE~東映さんともあろう方が・・・~

 入間基地で行われている航空祭でブルーインパルスがまさにアクロバット飛行で観客を魅了していた頃、筆者はこの映画を見ておりました。いやまあ、別に航空祭に毎年行っているわけでもなく、映画館からの帰り道、空を見上げるとブルーインパルスの飛行機雲が残っておりましてね。その軌跡を見ていると、ちょっとばかり見るもの間違えたかな~なんて思ってしまったものですから・・・。以前「ゴーカイジャーVSギャバン」について書いたとき、いっそギャバンで映画を1作と書いたのは間違いなく自分自身であるのだが、その結果がまさかこういう作品となって現れるとは想像していなかった。

 TVシリーズ「宇宙刑事ギャバン」が最初に登場したのが1982年。それまで「キャンディキャンディ」や「花の子ルンルン」など女子向けアニメ作品を放送していた時間枠でスタートした特撮TVシリーズは、瞬く間に人気シリーズへと成長し、その後「シャリバン」「シャイダー」へと3作続けて放映された。その後時間枠の変更などもありつつも、スーパー戦隊シリーズと平行して東映の看板番組となる。その後「仮面ライダークウガ」の登場によって現在の「平成仮面ライダーシリーズ」へとバトンタッチすることになるが、いわゆる「メタルヒーローシリーズ」として(「燃えろ!ロボコン」まで含めれば)13作品を数えるシリーズにまで発展する。「宇宙刑事ギャバン」という作品はその礎として語り継がれる名作なのだ。

 さて「宇宙刑事ギャバン THE MOVIE」はこの10月に公開スタートした作品。それはかつての主人公であったギャバン=一条寺烈(演 大場健二)から次世代のギャバン=十文字撃(演 石垣佑磨)へとバトンタッチされる物語であり、新しい宇宙刑事サーガの幕開けとなる1本となった・・・はずなんですが。

宇宙刑事ギャバン THE MOVIE オリジナル・サウンドトラック宇宙刑事ギャバン THE MOVIE オリジナル・サウンドトラック
(2012/10/17)
音楽:山下康介、渡辺宙明

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<二代目ギャバン、出陣!>
 今回はすでに映画公開をほぼ終えている状況なので、ネタバレ全開で物語を紹介しながらその都度ツッコミを入れてみたい。それがこの作品に良さも問題も、一番ご理解いただけると思うのだ。
 物語は二人の若者が火星を目指して旅立つところから始まる。十文字撃と大熊遠矢(演 永岡卓也)。幼なじみの衣月(演 滝裕可里)に見送られて、二人は旅立つ。が、彼らの乗った宇宙船は消息を絶ったまま1年が経過する。衣月たちが勤めている宇宙物理学研究開発機構、通称「SARD」に何者かが侵入し、衣月が襲われる。必死に逃げる衣月。だがついにおそってきた怪物に捕まってしまう衣月を助けたのは、銀色に輝くコンバットスーツを身にまといし戦士・あの伝説の宇宙刑事ギャバンである。衣月を襲った怪物・ザン・バルドと激しくぶつかり合うギャバン。一瞬の隙を突かれてザン・バルドに衣月を人質に取られたギャバンは、攻撃を躊躇する。するとどこからともなくビーム一閃!ザン・バルドが衣月を解放したタイミングで、ギャバンは必殺の「ギャバン・ダイナミック」を放ち、ザン・バルドを倒すことに成功する。衣月の見送る中、夜空に消える1隻の宇宙船。それはギャバンの母艦・ドルギランであった。
 地球から銀河連邦警察の本部があるバード星へと戻ったギャバンは、コム長官に呼び出され、無断で行った地球での戦闘行為に対する叱責を受ける。ギャバンとその相棒でありコム長官の孫にあたるシェリーは、まだ正式な宇宙刑事として認められておらず、ドルギランの航行訓練中に無断で地球に立ち寄ったのだ。コム長官の命令によって別の星での任務を完了したシャリバンとシャイダーの二人が地球担当に任命されかけたとき、撃は自分が宇宙刑事になったいきさつを語り、自らが地球でのマクー捜査担当の宇宙刑事になることを志願する。撃の熱意に折れたコム長官は、彼をマクー捜査担当宇宙刑事として任命し、チャンスを与えるのであった。
その頃、宇宙犯罪組織マクーの首領・ドン・ホラーの死とともに放棄されていた魔空城に、謎の一団が集結していた。黄金の仮面をかぶった暗黒騎士・ブライトン、幻惑の妖術使いと呼ばれる魔女キル、リザードダブラー、そして倒されたはずのザン・バルドの4人だ。彼らの目的はワームホールを生み出して魔空空間を拡大させて、首領ドン・ホラーを再び甦らせること。先刻のザン・バルドとギャバンの戦いの裏で、リザードダブラーは「SARD」のワームホールに関する研究データを盗み出していた。ブライトンの指示により、魔女キルは次の作戦を開始する。

 序盤からギャバンtype-G とザン・ドルバの戦闘で、こちらのボルテージはいきなりMAXまで引き上げられる。その姿は見間違うことなくギャバンなのであるが、目の輝きの青さ、胸の部分に光るボタン状のメカニックが液晶パネル状に変わっている。銀に青。このイメージは本来シャイダーのモノなのだが、これ以降に登場する初代ギャバンとの共演における差別化のために、あえて銀になじみの良い「青」が選択されているようだ。簡略化ではなく機能の最適化。それこそが新しいギャバンスーツのデザインの意図するところのようなのだ。ディメンション・ボンバーもスパイラル・キックも初代を継承し、レーザーブレードの一閃でトドメを刺す姿は、かつてのギャバンそのものといっていい。
演出的に面白いのは、レーザーブレードの出現のシーンだ。これまでのギャバンなら、前屈み気味に右手を左側に持って行き、左の拳辺りに合わせるとによって、右手にレーザーブレードが出現する。この時、レーザーブレードを抜くポーズで一端フィルムを止める。続いてのカットで右手にブレードを持たせることにより、一瞬でレーザーブレードを出現させるシーン表現する。つまり2カットで1シークエンスを作ることになる。今回は手元を見せず、画面の端部に手をかくし、手の辺りで光を合成することによってブレードの出現を表現する。もちろん画面の外側では、ポーズをとったギャバンにブレードを受け渡す行為が行われており、光の合成を加えるだけの1カットで済ませている。こうすることでカットによる戦闘シーンの流れを断ち切らずにスピーディーに見せている。もちろん撮影アングルによって巧妙に手を隠すことによって迫力あるシーンを産んでいることは言うまでもない。
 
 物語の前段として二人の若者が宇宙で消息を絶ち、その二人が地球にいる女性と幼なじみであること、火星付近で二人の乗った宇宙船が爆発したこと、一人生き残った撃が何者かの手によって保護され、後に宇宙刑事になったことなどが無理なく語られる。ところが、地球で衣月を助けた撃はあくまで訓練中であり、舞台はいきなり地球からバード星に飛ぶのである。

 おい、バード星ってそんなに地球と近かったっけ?

 かつてTV版「宇宙刑事ギャバン」でも、42話で烈に助けられた伊賀電が、44話で宇宙刑事シャリバンとして地球に戻ってきているのである。果たしてその間の時間経過がどのくらいかは解りかねるが、ほんのカメラのパーン程度の短い時間で地球からバード星に到達できるとは思えない。

 後に解るのだが,撃と遠矢の宇宙船が消息を絶った事情、それは火星付近で発見されたワームホールを調査中に、遠矢が無理矢理船外活動によってワームホールを調査しに行こうとし、それを止めるべく撃も船外に出たところで遠矢はワームホールに吸い込まれ、助けようとした撃は宇宙船の爆発によって遭難してしまったというのである。そもそも遠矢たちが火星に旅立ったのもワームホールの調査が目的であり、遠矢の研究の正しさを立証するためだったというのだ。
 さてここで気になるのは、現実の宇宙探査や宇宙開発の現場について、あまりにもリスペクトがなさ過ぎる点だ。現実世界では、人を乗せて宇宙を航行する有人探査はほとんど行われてない。現時点で人間を乗せて大気圏を離脱するのは、国際宇宙ステーションへの往復が主体であり、他の天体付近への航行を目的とした有人宇宙船は、計画を含めてほとんどない。東映ですら探査衛星の「はやぶさ」に関する映画を製作しており、現時点でのNASAの仕事だって予算縮小によって無人探査機を活用しての惑星探査が主流になっている。そもスペースシャトルが現役引退し始めている現在、あの宇宙船のセンスすら危ういと思えるのだ。ましてや個人の事情で宇宙船を建造し打ち上げられるほど、「SARD」ってものすごい財力なのだろうか?物語側の要請でこうなったことは疑い得ないが、それにしても子供相手ということを隠れ蓑にしてリアルを顧みないというのは、いかにも思慮が足りないと思わせる。これが20年前ならいざ知らず、現在の宇宙や科学に興味を持つ子供たちに対して、あまりにも雑な対応だと思うのだ。

<撃のアクション、その人となり>
 地球に改めて赴任してきた撃=ギャバンはまず衣月に接触する。衣月は遠矢が続けてきた研究を引き継いでおり、マクーの目的に合致する情報を持っていると思われたからだ。「SARD」のコンピュータから盗まれたデータは、まさにその研究データだったのだ。データによれば「大山エネルギー研究所」(あの「大山小次郎」が設立か?)に保管されているアクシオン隕石が、ワームホールの生成に関連するとのことで、撃たちは研究所へ急行する。ところが研究所にはすでに魔女キルが潜入しており、キルに操られた研究所員によって撃たちは行く手を阻まれてしまう。結局研究所は破壊され、アクシオン隕石もキルに強奪されてしまう。ほうほうの体でドルギランに帰った撃たちは、謎の廃工場からデータがダウンロードされていることに気づく。そのデータはディラックの方程式、量子力学の基礎理論のデータである。手がかりを求めて廃工場に赴く撃と衣月。そこに現れたのは黄金の仮面騎士・ブライトンであった。圧倒的な剣技で撃を圧倒するブライトンは、ついに衣月をつれて異空間に消えてしまう。現れたリザードダブラーの猛攻の前に満身創痍の撃。そんな撃のピンチを救ったのは一条寺烈、初代ギャバンである。
ドルギランに戻った撃にコム長官から下された命令は、マクーの捜査を初代ギャバンに委譲することだった。データや隕石を盗まれた叱責もあり、失意の撃。落ち込んだ撃の前に現れたのは烈だった。烈は撃を激しく叱咤する。ブライトンの正体に薄々感づき、衣月すら奪われた撃はまだ立ち止まったままだ。だが撃は烈と激しくぶつかり合う中で、烈の思いを受け取っていた。その怒りも悲しみも、撃自身が前に進むため、愛する者を守るために力に変えていく。そんな二人に襲いかかるリザードダブラー。だが烈の思いを受け取った撃はもう負けはしない。魔空空間でのバトルを経て、撃は烈とともに蒸着し、魔空城へと飛び込んでいく。

 このブロックの前半は衣月の想いで進んでいく。ここで観客はこの物語の根幹をなすものが「恋愛」であることに気づかされる。まあ遠矢、撃、衣月という3人の登場人物を考えれば当たり前と言えば当たり前なのだが、特撮作品好きな方なら、つい「仮面ライダーTHE FIRST」を思い出すのではないだろうか。この例を出すまでもなく、地球的規模の危機と恋愛が同等に描かれていることに、普通の感覚ならばめまいすら感じる。それはハリウッドスタイルの映画の縮小再生産であるばかりか、粗悪なコピーにすらなれていない。このブロックの終盤で、烈と撃の間で交わされた感情論が薄ら寒く感じてしまう理由は、それ以前の動機付けが「恋愛」という感情論が二度繰り返されてしまったが故に、効果を失ったのだ。これはこの作品の後半にも大きく響いてくる。
 このブロックでもっとも面白いのは研究所に忍び込んだ撃とキルの操る人間たちとのバトルや、魔空空間に入ってからの撃と烈のアクションだろう。研究所での撃は、敵に回っているとはいえ人間を倒すわけにはいかないので防戦一方になる。それがコミカルな演技となって撃の人となりを伝えている。しかも魔空空間に連れ去られてからの撃は、烈のコミカルなアクションに引っ張られるようないい演技を見せる。特に烈役の大場健二氏の技のキレ、コミカルな演技は堂に入ったものだ。「30年ぶりだからな」という烈の台詞もアドリブだったそうだが、戦いの現場でもユーモアを忘れない戦う男のダンディズム。撃がここまでできるようになるまではまだまだ時間がかかりそうであるが、撃が目標とすべき姿がそこにある。それをまざまざと見せつけてくれる。
 ただし、魔空空間の演出には多少なりとも難ありを言わざるを得ない。かつて「宇宙刑事シリーズ」で行われてきた異次元空間の表現には、「扉」や「上下」が重要なモチーフになっている。たとえば崖から落ちると別の空間に入り込むとか、扉を開けると別の空間だとか、カメラをひっくり返して上下を逆転させてみたりと、細かいカットと切り返しの連続、その間に行われる激しいアクションが渾然一体となって不可思議な映像を見せてくれる。今回はショッピングモールに現れた撃と烈がお客に紛れた戦闘員とバトルしたり、細い路地裏に誘い込まれて、巨大な剣に追いかけられたりしている。カット割りが細かいのは結構だが、アクションシーンの舞台がショッピングモールと路地裏にほぼ限定されており、今ひとつ異次元感が伝わってこない。少なくてもかつて見た異次元感とはまったく感触の違うものだ。もっとも宇宙刑事シリーズで最も異次元な映像を撮影していた小林義明氏は、ロケハンにものすごく時間をかけており、撮影時点ですでに頭の中に映像ができあがっていたようだ。アクション監督を主軸に活動されている本作の金田治監督には望むべくもないかもしれない。もちろん時間的な制約はさらに重くのしかかるので、いたしかたなしか。

<これでいいのか、東映さん!>
 ここからはバトルの連続で怒濤の終盤を迎えることになる。魔空空間から脱出した烈と撃は、ともに蒸着しギャバンとなる。初代ギャバンはリザードダブラーと戦い、Type-Gはマクーの戦闘機隊との激しい戦いをくぐり抜け、魔空城へ突入する。そこで待ち受けていたのは魔女キルとザン・バルド。対峙した彼らの間に割り込んできたのは、シャリバンとシャイダーだ。そこのバトルを二人に任せたギャバンは、ついに捕らわれた衣月のいる広間にたどり着き、ブライトンに立ち向かう。そこでギャバンが見たものは、ブライトンの仮面を脱いだ旧友・遠矢の姿だった。自らもコンバットスーツを脱いで説得を試みる撃。だが1年前の出来事に端を発した怨恨は、二人を和解させようとしない。遠矢は1年前の事故の時、ドン・ホラーにそそのかされた気持ちのままギャバンと対立しているのだ。ブライトンの剣技に押され始める撃。衣月はドン・ホラーを呼び覚ますための生け贄となるかと思われた刹那、自意識を取り戻すことで儀式は中断、ドン・ホラーの復活は阻止され、ついにギャバンはブライトンも倒すことに成功する。だがそれは幼なじみの友人との永遠の別れでもあったのだ。数日後、地球を後にした撃からの手紙を読みながら空を見上げる衣月の姿。その表情は再び出会える日を夢みる、希望の笑顔であった。
 
 これまでの宇宙刑事シリーズの中では、通常空間で変身し、首領の命令一下で異空間に引きずり込まれ、幾多のバトルを繰り広げ、敵モンスターを倒して現状空間に復帰してエンドとなるのがルーティンである。実は異空間では変身コードが届かないので、異空間に捕らわれる前に変身を済ませておく必要があったからだ。ところが本作を見れば、そのルーティンをいともあっさり打ち破ってくれる。一つはほとんどキャラ立てできていないシャリバンとシャイダーの変身、もう一つはブライトンの攻撃によって変身状態が解けた撃が、再びコンバットスーツをまとうタイミングだ。いずれも魔空空間内での変身となるのだが、これにはなんとも納得いかない。特に後者に関してはドラマ側の要望があったためとは言え、一度人間体に戻ってしまうため、こうならざるを得ないのであるが、そもそものシリーズのセオリーを無視できるほどの内容とは思えないのだ。ましてやシャリバンとシャイダーが突入にしたところで、変身前を出す必要など全くない。いっそコンバットスーツ着用後の状態で突入してくる方が、まだしも説得力がある。

 ブライトンたちの目的はあくまでドン・ホラーの復活なのだが、衣月の体を依り代として復活させようとしたらしい。だがこの依り代が衣月である事情がまったくない。撃と遠矢の確執が衣月を挟んでの三角関係だとしても、衣月自身にはなんの能力もないわけで、こうなるとブライトンは復活するドン・ホラーの中で衣月が生きているという前提で、ともに生き続けたいという願いのようなものがあるかもしれないが、依り代が誰でもいいというのであれば、何も宇宙刑事が一緒にいる女性などを選ぶ必要がないし、別の人選でのほうがよっぽど速やかに作戦遂行できるのである。
 そしてまた1年前の出来事に真相が明らかになるのだが、この真相もあきれるほど恋愛至上主義的で気が滅入る。撃と遠矢の「ワームホールを発見したら遠矢の勝ち、でなければ撃の勝ち」という科学者にあるまじき恋のさや当ての二元論のために、「SARD」が金を出したのかと思うと、その無念あまりある。これでは物語自体も浮かばれない。遠矢はまたドン・ホラーの口車に乗っかって、撃を逆恨みしていたに過ぎず、ここを突き詰めていけば物語がどうにもできないレベルにまで落ちてしまうほどだ。
 最後に撃からの手紙を読んで、空を見上げる衣月のシーンで終幕になるのだが、その空の向こうの虚空には、衣月の希望である撃がいるのである。そこに流れるのはエンディングテーマとして串田アキラ氏の歌う「宇宙刑事ギャバン」がかかるのだが、

そこは「星空のメッセージ」じゃないんですかぁ!

事ここに至り、脚本家にしても監督にしても、あまりにも原典となる「宇宙刑事ギャバン」知らないのではないかと思われるのが、決定的に問題だろう。ぶち壊しとまでは言うつもりはないが、あまりにもリスペクトがなさ過ぎる気がして、ちょっとばかり腹立たしい気持ちが沸き立ってくる。そりゃ、本来の視聴対象であるお子さんの理解力を想像しての話だというのは理解できるが、宇宙開発の現実とのギャップにしても、縦筋となる恋愛要素にしても、どう考えても視聴者をないがしろにしている感じが否めない。ましてやシャリバンやシャイダーの登場にしたって完全にとってつけたような感じだし、物語には一切絡んでこない。これでは最近のライダー映画や戦隊映画にちょい役で登場する次回作ヒーローや石ノ森ヒーローとなんら変わりない。これまでの作品ならいざ知らず、本作におけるシャリバンやシャイダーの立ち位置とはそんなに軽いものでよいわけがない。彼らはシリーズを担うキャラクターであり、本作以降につながる可能性を期待させるキャラでなくては存在価値がないではないか。だいたにしてマクーがどうして地球で復活する理由があるのだろう。そもそもドン・ホラーが地球の若者を使って復活する理由もなければ、そんなブライトンというキャラクターに、魔女キルやザン・バルドが跪かなければいけないのか。どうもこういった根本的な設定が曖昧なまま、旧作との関連づけなどをあまり考えずに自由に作られた作品だと言えそうだ。となれば、本作は旧シリーズを愛してきた者にとってはあまり思い入れできそうにない作品となっている。

 こうなると一人気を吐いて二代目ギャバンを演じた主演の石垣佑磨氏やこの復活劇に重厚さを与えたコム長官役の西沢利明氏、また本作の精神的支柱となる大場健二氏のがんばりが水泡に帰すほどにツッコミどころ満載の作品となってしまった気がする。どうやら「ゴーカイジャーVSギャバン」のヒットに気をよくして、調子に乗っちゃったのねってことのようだ。少なくともシリーズにリスペクトできる監督を配置したり、脚本も旧作との関連を言及し、気を使うことができる人材配置をするべきだったのではないか? 天下の東映さんともあろう方が。
最近の仮面ライダー映画では前作の「キョーダイン」といい次回作の「アクマイザー3」といい、過去の東映作品に登場したヒーローを流用している状態だ。この流れ、実は「仮面ライダー響鬼」の中盤に登場した「変身忍者嵐」が最初だろうか。この安易な流用は、あくまでターゲットの観客である子供たちの親の世代を直撃するように配置されていることはすぐに解るし、それに異を唱えるつもりもないのだが、本作はあまりにも旧作への愛が足りないのだ。

 とはいえ、シリーズが復活し、別のシリーズが作られる可能性が広がったことには素直に喝采の拍手を送りたい。「戦隊」と「ライダー」だけではなく、別シリーズの製作の可能性が垣間見えたことに、軽い満足感を覚える。また筆者が本作を見に行ったときに、主題歌を一緒に歌う子供たちの姿を見るにつけ、彼らにとってはこれでいいのだという思いも確かにある。筆者のようなケチの付け方は、東映という子供を相手にして商売している会社にとっては、まったく意に介さないものなのだ。それにこれほど文句を言いながら、結局動くギャバンを見たくって、劇場に足を運ぶばかりか映像ソフトも買ってしまうに決まっているである。今はただ、本作に出演し、現役をアピールした初代ギャバン=大場健二さんのアクションを楽しみにソフトの販売を待ちたいと思う。 

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テーマ : 特撮・戦隊・ヒーロー
ジャンル : 映画

コメント

非公開コメント

No title

どうも、こんばんわです。

個人的にこの映画で一番ずっこけた部分はエンドロールに
「映像提供・北京原人who are you?」って出てきた時でした、
てっきり、東映的にはもう完全に黒歴史になってるのかと思ってたのに、まさか、こんな所で再会出来るなんて・・・

それはさておき、自分も先日友人数名とこの映画を見に行ったのですが、
その感想はみんな揃って「ああ、昔懐かしの東映Vシネマだ」ってな感じでした。

まぁ、元々のテレビシリーズが「映画にも負けない迫力の特撮アクションを目指す!」と、意気込んで作られた物でしたから
今のようにライダー映画も戦隊映画も一年に2、3本も作らねばならない中で「ギャバンも」と、なると昔のようなクオリティで作るのは難しかったのかという事情も分かるような気がしますが、
それにしても「もっと魔空空間での戦いを見せてくれよ」とか「話のテンポが悪いな」とか不満点アリアリです。

過去のヒーローの流用といえばウルティメイトフォースゼロが凄く面白いキャラクターで、今の子供たちにもすっかり馴染まれたのに、東映は何故こんな事に?
聖闘士星矢やセーラームーン(これは東映だっけ?)も復活させたりして、どうしたんだろう?

No title

レバニラさま

 コメントありがとうございます。

 とりあえず、ここでも言っときますね。

 「GUNHED」は実写「デビルマン」とは決して同列ではありませんでした。

 さて、「北京原人 who are you?」の件ですが、あらかじめ知っていても、あらためて文字として読んでびっくりしました。みうらじゅんさん風に「ぺきふー」ですが、どうせ東映にとっては映像ライブラリー扱いですから、いまさらどうしてロールで名前を出すのかと不思議な気もしましたが、もしかしたら実写「デビルマン」もこうした扱いになる日が来るのでしょうか。「ぺきふー」にしても「デビ」にしても、なんかこう、周期的におかしなものを作る会社ですね、東映って。

 「Vシネ」とおっしゃいますが、かつての「戦隊VSシリーズ」はまさに「Vシネ」予算でつくられております。当然、セットから小物までTVの流用ですから、Vシネ予算でできるわけですが、その延長線上で作られている平成ライダーシリーズ劇場版は、ある意味で脚本勝負のVシネだと思います。事実、あまり知名度のない役者さんを発掘するのも、かつてのVシネの役目だったわけで、TVの平成ライダーシリーズに渋めの役者が突如登場するのも、この流れです。一方の戦隊の映画は、ライダーの脚本に対して物語ラインをほとんど変えずに映画をとっているようなもので、こちらこそいよいよVシネ感がありました。

 んで、この流れにあるのがまさに今回の「ギャバン」だと思うんですよ。まさにVシネ感満載というべきか。でもVシネが悪い、というつもりはないんですよ。ただ「安っぽい」っていうところが、映像として見えちゃうってのが問題でして。

 本文でも触れましたが、「魔空空間」でのバトルの扱いのまずさや、ご指摘いただいた「ドラマのまずさ」は見ていていたたまれない感じでした。しかもドラマ部分はメインターゲットである子供にもわかりやすく、を目指したのでしょうけど、その配慮が完全に裏目に出ており、かえって説明不足を招いていて、物語の中心に恋愛を設けた弊害だと思えます。

 それでもここのところの東映の過去の遺産を発掘する作業は、どうみても我々世代を狙ったものであることは理解しております。が、どうにも輝かしい遺産を食いつぶしている感じが否めません。膨大なコンテンツを持ちながら、そのコンテンツを活用し切れていないんですよね。ライダー映画の「キィーダイン」や「アクマイザー」なども、決して扱いがいいとは思えません。せめて「仮面ライダースピリッツ」ぐらいのリスペクトがほしいところです。

No title

今の特撮に足りないのは一から新しいものを作ろうっていう創造性ですね。

実はまだ映画を見ていないのですが、予告動画とかを見てブライトンの正体は多分彼だろうと予想できました。
たいてい仮面をした敵の正体って序盤で行方不明になる奴ってお約束がありますから。

No title

なお様

 コメントありがとうございます。
 ありゃ、ご覧になる前にわかっちゃいましたか。まあそりゃそうですよね。

 新しいものを創造する力・・・・ご指摘ごもっとも。だから東映のいまのやりかたは、昔の資産を食いつぶしているようにしか見えないんですよね。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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