「ヱヴァンゲリオン新劇場版:Q」を見た~その周辺状況あれこれ~

 11月より全国で公開されている「ヱヴァンゲリオン新劇場版:Q」を見ることができました。と、普段なら嬉々として本編について語るところだが、これほどまでに過熱気味にネット上で語られては、筆者などがいくら筆をつくしたとこころで、太刀打ちできっこないし、何より意見百出のヱヴァで何を書いても始まらない。ただ本作を見に行く前後で、ネタバレ全開でネットをのぞき込んだ挙げ句、改めていろいろ思うところありまして、こうして記事にしてみたいと思った次第。また本ブログはこれでも一応「特撮」を扱うブログでもあるので、同時上映の「巨神兵東京に現る」についてもちょろっと触れてみたいと思います。大したお話じゃあございませんが、どうかお付き合いくださいますよう。
Shiro SAGISU Music from“EVANGELION 3.0Shiro SAGISU Music from“EVANGELION 3.0"YOU CAN(NOT)REDO.
(2012/11/28)
鷺巣詩郎

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<ヱヴァ公開について>
 11月17日に本作が公開されてから9日間で、観客動員数200万人を突破、興行収入も26日の内に30億円を突破する勢いだったとのこと。前作「破」の最終的な興行収入が40億円だったというので、これはもう大ヒットと言っていいでしょう。今年の11月に「魔法少女まどか☆マギカ」の劇場版前後編が興行収入10億円を突破したとかで、ニュースになったのを比較すればわかりやすいかと。ツイッターでも流れてきたニュースですからご存じの方も多いかと。さてこのニュース、何か引っかかりませんでしたか? ヱヴァQ公開までに2012年は数多くの劇場用アニメが公開されたが、これほどの興行成績は上げていない。たとえ本作が「ヱヴァ」という作品だとしても、所詮はアニメ映画じゃないかとは思いませんでしたか?

 他の劇場用作品とヱヴァが極端に異なる点を一つあげるとすれば、今回のヱヴァQに関してはその「イベント度」が極めて高いということだ。前作「破」の公開が2009年。今回の「Q」公開までに3年の時が経っている。それが熱を帯び始めたのは、あの何の情報も見つけられないピアノの予告編がTVで公開されたあたりだろう。その後、ネットを中心に話題が集まる一方で、最終的にその熱が最大限に盛り上がったのが「Q」公開直前、2週にわたって「序」と「破」が地上波で放送された時だったろう。しかも「破」のオンエア終了直後に「Q」が全国の劇場で公開するという趣向で、劇場には多くのファンが詰めかけたという。しかも「破」のオンエア後に「Q」の冒頭約6分を先行放送ときては、過熱するのも当たり前だ。その約6分の内容が話もなく、ただひたすらヱヴァによる宇宙戦となっており、ひたすら想像力をかき立てさせられるのであるから、否が応でも劇場に駆けつけたくなる。事実公開から2週間以上経過した状況下で筆者も観たわけだが、席の予約状況は概ね8割以上、その客層自体は実に多彩でまさに老若男女がこぞってヱヴァを見に来ていたのである(小さい子供まで!と思ったら、隣の劇場で「プリキュア」やってました)。おまけに公開初日における劇場側の対応も面白い。最近は大型の劇場はいずれも複数のスクリーンを併せ持つシネコンになっており、他の上映作品がない深夜の時間を使って、複数のスクリーンを使って「ヱヴァQ」が上映された。どっと押し寄せたファンを、劇場は余すところなく受け入れたのだ(いや、間に合わなかった方もいるようでしたがw)。
少なくても劇場公開2週間前から、このイベントの仕掛は大成功していたと言えるだろう。もっとも裏面の事情としては公開直前までに様々な媒体の宣伝が功を奏していることは間違いない。某コンビニエンスストアでのキャンペーンは言うに及ばず、細かい商品や大手デパート、アパレル商品からお菓子まで、様々な展開でキャンペーンを張った結果が、ここまでイベントが成長したのである。もちろんこうした宣伝活動の背景には、「ヱヴァ」という作品自体のコンテンツとしての魅力の高さがあってのことだ。TV局がスポンサーというのも強い。だからこそスポンサーは大枚はたいてお金を出す。そこで潤沢に集まった宣伝費を惜しげも無く使って宣伝ができる。その最大の効果が生まれた結果が、今回の件だと言っていい。裏を返せば宣伝が効果を上げれば、ちゃんとイベントとしての「映画興行」は成立するのではないか?

 近年の日本映画の衰退は目に余るところであるが、かつて映画は華やかで大きなお金が動く産業であり、芸術であり娯楽であった。娯楽であるからこそイベント性が高く、観客もお祭り気分で映画を見に行く。普段あまり映画を観ない人でも、「これは」と盛り上がっている作品があればついつい劇場に足を運ぶ。映画とはそんな娯楽であった。ではいつからこうしたイベント性が低くなったかと言えば、一部の映画制作者が採算度外視で映画を撮影する私的フィルムとなってしまった時期があったからだ。その時期を経て、映画は観客を顧みなくなったのではないか。しかも検閲まがいの事までして提灯記事ばかりをでっち上げるもんだから、観客は映画という産業に対して興味も信頼も失ったのである。さらに不況が追い打ちをかける。そうなってからの日本映画の衰退は目に見えてひどくなる。こういう事態になっても映画製作会社や配給会社は存続しなければならないから、映画の興行自体は続けられる。年に1~2本のヒットがあればいいほうで、箸にも棒にも引っかからない映画が量産された。映画はお金にならなくなってきたのだ。そうするとまず宣伝費から削られた。そのかわり客寄せ的にアタリの良い役者や監督が起用される。あるいはすでにTVで人気のドラマのスピンオフ企画で劇場公開するようになった。アニメの劇場用作品もこれに類するものである。こうした流れが業界の先細りでなくて何だろうか?
 もっとも宣伝費があればいいというものでもない。「ヱヴァ」という優良なコンテンツがあってこその話。かつての角川映画や東宝、松竹などの配給会社の映画だってそうだったはずだ(今の衰退の原因もこうした会社にあるのだけど)。先の役者や監督による宣伝効果やVシネなどの低予算映画の製作は、こうした大作映画のイベント性という背景があって誕生した亜流でしかない。かけるべき所にお金をかける。映画関連業界は今回の「ヱヴァQ」で、映画制作費の内容自体を見直すべき時に来ているのではないか?

追記
 もちろんこうした宣伝効果とは関係なしに映画を観ている方々がいる。ただそれは、アニメがどこまでいってもニッチなニーズであるのと同じように、映画という産業に対しては少数派ではないか。しかもイベント性をもって、映画になかなかお金を落とさない多くの人にお金を出させるためには、宣伝が有効だと思うのだ。やはりお祭りはみんなで盛り上がりたい。

<「巨神兵東京に現る」について>
 特撮主食の筆者にとっては、ヱヴァ本編以上に緊張して観てきました。それにしてもいい。時間の短い短編でありながら、これほどまでに濃密に破壊のカタルシスを味わえる作品はそうはないだろう。林原めぐみのナレーションを背景に、東京に舞い降りた巨神兵が、新宿辺りから蹂躙して東京を壊滅に追い込んでいく。その悲鳴ともつかない咆吼をあげて、最初はただ歩みを進める巨神兵が、口をあけた刹那一条の閃光が街に放たれ、街が熔け、爆発する。あとはその爆発と炎と破壊をひたすら楽しむ作品だ。こういう楽しみは特撮好きでしか味わえない愉悦かもしれない。
 気になったのは巨神兵の大きさだ。あれってどのくらいの身長なのだろう? ついかつてのエヴァンゲリオンに身長の設定がないことに思い至ったのだが。もし「風の谷のナウシカ」に登場した巨神兵と同じなら、なんとなくモビルスーツ(18m)ぐらいかなあと勝手に思っていたら、本映画の巨神兵はあまりにもデカい。もっともあの破壊力抜群のプロトンビーム発射のシークエンスを見せるために、ギミックが仕込まれているとしたら(別プロップの可能性だってあるよね)、その大きさはギミック故かなとは思いました。なんでも躁演で動かされた巨神兵の動きは、文楽を手本にしているという。なるほどあのゆらっとした、あてどなく歩いている感じは、あの「サンダーバード」のような躁演を思い起こさせる。これで巨神兵を攻撃する戦車やら戦闘機が出てくれば、さらにお金と時間がかかっただろうなと思わせる。
 もう一つ、映画を観て思い出したのは新宿の町並み。まるで「ルパン三世」(新)の155話「さらば愛しきルパン」の冒頭部における、ロボット・ラムダと自衛隊の攻防を思い出した。「ルパン」ではあくまで逃げ回るラムダに向けて自衛隊の戦車が発砲するも、外れて街を破壊してしまう。その戦車の描き方や町の人のモブシーンの緻密さ、銭形と自衛官のコミカルなやりとりまで、実に思い出深いシーンの連続である(ただし、物語としては納得しがたく思いますw)。一方で巨神兵は圧倒的な火力で街を蹂躙してみせる。破壊によって被害を受ける人を描くのは、この際はちょっと問題があるだろうが、この緻密に立て込まれたミニチュアを破壊するインパクトは確かに大きい。そしてここで思い出してほしい。某水爆怪獣が日本のランドマークを壊しまくっていた映像を。これを比較すれば、ちんまりとした数多くのミニチュアを丁寧に壊していくのと、巨大なランドマークを派手に壊すのと、どちらが面倒くさいかがわかるというものだ。この映像が一切のCGを使わずに撮影されている事情を考えて、巨大な怪獣が大きな構造物を壊すこととの差に思いをいたせば、このミニチュア特撮のものすごさ、わかってもらえると思うのだが。こうしたミニチュア特撮にCGを組み合わせれば、互いに手の届かない範疇を補完し合うことで素晴らしい映像ができあがることだろう。日本映画の出資者の皆様、ぜひともミニチュア特撮のすばらしさをご理解いただき、こうした特撮映画にお金を出資していただきたい。なにも役者にばらまくために制作費があるのではない。使うべき所にお金を使っていただくことを切に願う。

<本編についても触れてみる>
 さて、そうはいってもヱヴァQ本編を見て、感じないこともないわけではないので、ここらでちょろっと本編にも少しだけ触れてみたい。
 先行してTVでの作品冒頭6分強の映像を見たとき、その背景で使われていた音楽が「ふしぎの海のナディア」で使用された曲をアレンジしたモノが使われていた。アクションシーンの曲と言うよりはナディアやジャンが乗っていた潜水艦ノーチラス号が敵対組織・ガーゴイル率いるネオ・アトランティスの巨大空中戦艦に攻撃を受けてピンチに陥っているときとか、物語終盤でNノーチラス号が巨大アダムスキー型円盤・レッドノアに集中砲火を浴びてピンチになっているときなど、主人公側がはっきりと窮地に立たされている時に使用されていた曲だ。主旋律が高音のヴァイオリンなどの弦の音で奏でられるエキセントリックな曲なだけに、とても印象深い曲だ。以前に登場していた予告のピアノのまた、本編を見ればその重要度がわかるのだが、この曲にも本作を解く鍵が隠されていたような気がする。
 今回の「Q」。事前情報から知る限り、どうやら正の感動は得られにくい作品のようだった。実際に観てみればそれほど悪い感じはしなかったものの、シンジくんは前に踏み出そうとしても踏み出せずに足踏み状態のまま、しかも「破」から14年という時間を経ているという世界の物語だ。ミサトさんやリツコさんたち旧ネルフの実戦部隊は「ヴィレ」という別組織に所属し、人格まで変わってしまったかのように厳しい表情を見せている。アスカやマリは容姿こそ変わらないものの、それを「ヱヴァの呪縛」としている。戦闘シーンは序盤と終盤に集中し、中盤はまるで落ち込んだように沈んだトーンで統一され、華やかさはカヲルくんとシンジくんとの連弾ぐらいだ。

んで、ふと思ったのだ。旧ネルフ実戦部隊の変貌は、「ふしぎの海のナディア」に登場したエレクトラさんの逆説的な変貌なんじゃないかって。
エレクトラさんは、ノーチラス号の副長で、ネモ船長と同じタルテソス人。ネモが引き起こした大災害を生き延びてネモたちに保護された娘だが、恩人ともいえるネモを敬愛していた。しかも大災害を引き起こしたネモの正体を知りながらネモに付き従っていた。そこにはネモが失った(と思われた)娘の代わりに自分がネモから愛されているという自負があったからだ。だがそのネモの前に、本物のネモの娘であるナディアが現れた。そのことに思いをかき乱されるエレクトラは、思い詰めて退艦命令を出したノーチラス号の中でネモと一緒に自殺しようとする。だがネモが抱いていたエレクトラへの思いが愛情であることを知って、エレクトラは改めてネモとともに生きようとする。そしてエレクトラはネモの子を身に宿しつつも、ネモの死を看取りながら強く生きていくという人なのだ。
こうして考えてみると、「ナディア」に登場したシチュエーションが、「破」のエンディングから本作の冒頭に至るまで、頻出していることに気づく。例えばミサトさんたちの心変わりが、エレクトラさんの逆接だったりする。ヴンターの起動のシーンなどは、そのバックにかかる曲を含めて完全にNノーチラス号の発進シーンだった。いつミサトさんが「偽装のすんでいない戦艦なんて、瀕死の狸だわ」とか言い出さないかとドキドキしちゃった(そんなことにドキドキする人は少ない)。シンジが起こしたニア・サードインパクトはネモが引き起こした大災害と何ら変わりが無い。またシンジくんがネルフに逃走して最後の騒動を引き起こす辺りは、ナディアがネオ・アトランティスに拉致されて、洗脳されて利用されてしまうあたりもそっくりだ。最後のオチにしても放り出されるシンジくんたちは、まるで「島編」の冒頭を思い出させた。物語の実体を見せないまま足踏み状態に見えながら、それでも最終章への伏線は張りまくっているという構成からして「島編」と同じだ。たぶんもう一度見直して探してみればいろいろとあるのだろうが、どうやら「ヱヴァQ」という作品は、「破」までのTV版のリメイクを終えて次の段階に進むにあたり、「ナディア」の物語要素を持ち込んでTV版24話を再構成したような物語だといえはしまいか。しかも「ゼーレ」が完全に沈黙し、物語への関与を表向き放棄したような形になっているのは、対立構造を「ネルフVSヴィレ」というシンプルな構造に落とし込んでいる。人類補完計画がゼーレの思惑から外れていないのであればネルフとゼーレは入れ替え可能だから、旧エヴァのように三つ巴でわかりにくい敵対構成をシンプルにしたとも言える。アスカの口癖であった「バカシンジ」は「ガキシンジ」に変更となっている。それは14年という時間経過ではあるものの、「ナディア」に登場したシチュエーションである「子供と大人の差」というものを含んでいる気がする。そう考えると庵野監督が本作をどうしたかったのかという思考が読める気がする。本作の裏を読む鍵は、「ふしぎの海のナディア」なんじゃないか。ってことは「ナディア」関連の楽曲を使ったことも、このためのヒントだったのかもしれない。ってことは、次は「トップをねらえ!」なのか? でも音楽は鷺巣さんじゃないけど。

追記
 宇多田ヒカルの手による主題歌。相変わらず旧エヴァを引きずっている感じがもはや痛々しい。

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サブテキストとしてどうぞ。あ、NHKの放送の理由も・・・
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テーマ : ヱヴァンゲリヲン新劇場版
ジャンル : アニメ・コミック

コメント

非公開コメント

No title

一切情報を出さず、断片的に出すというのは『クローバーフィールド』を彷彿とさせるなぁと思いました。
確かに、お祭り感覚ですね。猫も杓子もヱヴァ、ヱヴァ、ヱヴァ、です(笑)。

『破』が終わってから「次は『ナディア』と絡めて来るかもなぁ」という漠然とした考えがあり、今年の『ナディア』再放送があって「これは……!?」と思っていたらやはり『ナディア』を絡めてきたという『Q』でありました。
しかしよもやBGMまで持ってくるとは思いもよらず……。

今回の『ヱヴァ』の根底にあるテーマは、ストレートに「大人への成長」だと思います。『破』で「何が大人なのか分からない」と言ったシンジ君が最終的に「大人の意味」を見つける物語なのではないかと。庵野監督の『ヱヴァ』の所信表明に「中高生をメインターゲットにする」という旨の記述もありましたし。
そう考えると、次は『トップ』では無いような気がします。


>まるで「ルパン三世」(新)の155話「さらば愛しきルパン」の冒頭部における、ロボット・ラムダと自衛隊の攻防

「特撮博物館」で購入した図録&パンフレットに意識したという旨の樋口監督のコメントが載っていました。
曰く、「私淑」だそうです。

特撮巨神兵、特撮映像もさることながら、「音(SE)」もまたトクサツしてましたよね。「あの」爆発音を聴くのは久々だったように思います。

No title

(うっかりDVDでナディアを買っちゃった)飛翔掘削さま

 コメントありがとうございます。
 私はLD時代の遺産を持っており、DVD以降のメディアは一部の話数だけバラで買いました。
 大丈夫、似たようなものですよwww

 新書に「カーニバル化する日本社会」とかいう本がありまして、これによればカーニバル(祭り)として事象をとらえて人が集中すること自体に危惧する内容の本だったようですが、お祭り的でないとお金が動かない以上、致し方ないかなあと思うこともあります。本自体の危惧も理解はできますけどね。

 「大人への成長」については至極真っ当なご意見で、それこそ「ナディア」でも試みているのですが、島編から最終決戦までの流れが急すぎて、破綻している「ナディア」のラストをやり直す感じかもしれませんねえ。もしかしたら庵野さんが実写で撮影した映画が次のモチーフになるかもしれませんけど。それもまた予想の範囲内。

 「巨神兵」の音、よかったですよね。なんかもういろいろと複合的なオマージュに満ちてもいるし、どうだ!と言わんばかりの迫力ある音だったと思います。むしろ林原めぐみの声が邪魔なぐらい・・・あ、いやいや嫌いじゃないですけどねw

私もナディアのLD-BOX持ってますよ~

遅ればせながら、ようやく観てきました。

ここまで遅れた理由の1つは、「どうせ、ヱヴァは面白いに決まっているから、いつ観たっていいじゃん」と、いっそBlu-rayが出るまで待とうかと思っていたからでした。
ただ、ふとしたきっかけで、冒頭6分の予告を観て「ナディアだっ!」と分かり、慌てて観にいったというのが本当のところです。

※それにしても、冒頭6分に流れる「バベルの光」BGM、あまりに自然で出来すぎてました。

自分にとってベストの宇宙戦艦は「ヤマト」であり、それをすべてにおいて凌駕した「N-ノーチラス号」。 そして、今回その「N-ノーチラス号」をも超える「ヴンター」に出会えたことは最高の感動でした。
ほんとマジに感動で震えが止まりませんでしたよ。


>林原めぐみのナレーションを背景に、東京に舞い降りた巨神兵が

贅沢な悩みで申し訳ないのですが、このナレーションは「島本須美」にやってもらいたかった!

No title

涼宮ハルカスキーさま

 コメントありがとうございます。
 ナディアのLD-BOX、おんなじですねえw なかま、なかま!

 私も自分でもこんなに早く見に行くとは意外でした。「破」も公開からだいぶたってから見に行きましたし。
 「ナディア」の最終回付近をあらためて見るにつけ、庵野さんの基本的なメンタリティはあまり変わっていないんじゃないかと思えることが多々あります。今回の「Q」は確かに模倣としての「ナディア」に見えますが、根本的な思想そのものは「ナディア」とたいして違いが無いんじゃないかと。やはり周辺にある情報が邪魔をして、つい見失いがちになってしまう気がしてます。けど多くの方々が指摘しているように、その周辺情報の解説を持ってしても、庵野監督がそれほど大それたことをやろうとしているとは思えません。それは「トップ」ですら同じなのでは・・・と思っております。

「Nノーチラス」に関しては、まったくの同意。まあ使徒を振り回してなんて無茶はしましたが、あれがもっとも心躍るシーンであることは間違いなく。あの頭のシーンだけでも見返す価値ありでしたね。

「島本須美」、納得です。単に林原さんが苦手なんで、私はついそう思っちゃいますが。また林原さんのあのナレーションって、可愛げ無いでしょw あれがまたダメなんですわ。でも可愛げのあるとんがった声もどちらかといえば苦手でw
なんかこう小器用な感じがダメっぽいです。たぶんこんな感じはマイノリティだとは思いますが。

ナディア~

>ヴンターの起動のシーンなどは、そのバックにかかる曲を含めて完全にNノーチラス号の発進シーンだった。

やっつけ仕事ですが、ナディアの映像にヱヴァQのBGMをかぶせてみました。
Blu-rayが出るまではこれで我慢します。
  ↓
N-ノーチラス号 発進!
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19585352

N-ノーチラス号 パリ上空
http://www.nicovideo.jp/watch/sm19585043



>もう一つ、映画を観て思い出したのは新宿の町並み。

一番最初に巨神兵が街の上空にうつ伏せで浮いていましたよね。
あれって、ナディアのパリ上空のレッドノアだったのだ…と動画を編集しながら思いましたよ。

No title

涼宮ハルカスキーさま

 動画、拝見しました。映像自体はヱヴァQ鑑賞直後に見たのですが、これだと音楽に負けそうで。
 そう思えば、あの音楽はテレビよりも劇場に向いた派手でインパクトがある音楽としてできあがっていると思います。

 ああ、レッドノアねえ。ふわっと浮いている巨神兵が不気味だったんですが、急にでてくるあたりまさにレッドノアっぽいですよね。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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