「特命戦隊ゴーバスターズ」その3~アバターたちの悲劇~

承前

 番組も終わり、先頃次回作「獣電戦隊キョウリュウジャー」がスタートしたが、それでもまだ「ゴーバスターズ」の熱に浮かされてこんな文章を書いちゃってる筆者としては、あとはムックの発売を心待ちにしている状態で、おそらくはDVD最終巻のおまけについている小学館の超全集シリーズを尻目に、おそらく夏頃までに発売されるであろう他社のムックをひたすら待ち続ける日々だ。つまりその頃まで頭の中がなかなか切り替わらないんですね,私。

 現在発売中の「東映ヒーローMAX」のVol.44に掲載されている、本作のアクション監督を務める福沢博文氏のインタビューによれば、本作におけるアクションは、「なるべく人間に近い強さ」を表現することだったという。特に「ナイフのアクションをやりたかった」とのこと。画面を見ると、跳んだり跳ねたりといった超常の動きは実に少なく、ヨーコのジャンプをワイヤーワークで表現することはあっても、トランポリンを使ったアクションは極めて少ない。3人あるいは5人による合体技もほとんど見られず、イチガンバスターによる一斉射撃がキメ技だ。こんな感じで必殺技が否定されたことが、「=人間に近い強さ」という表現だというのだ。イチガンバスターを黒木司令官はじめ整備員が打つ姿を見れば、それが特別でないこともすぐにわかる。ソウガンブレードが剣ではなくナイフ的な扱いになっているのもそのためだし、これまでのシリーズで確立された「レッドの剣劇」も廃されることによって、3人あるいは5人のフラットな関係がより強化されたといっていい。もっとも無くなってみてはっきりしたのは、剣劇がないことで技をキメたときの決めポーズが少ないし、日本古来の剣劇の喪失は、あきらかにかつてのチャンバラや時代劇からの距離を感じる。とはいえこれまでのシリーズの否定ではなく、むしろ新しい要素として、アクション面の差別化というアイデアは、今後もなされていくだろう。これはむしろ歓迎したい。

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<ヴァグラスのアバターたち>
 今回は劇中に登場したアバターたちに焦点を当ててみたい。まずこの世界に最初に現れたアバターはヴァグラスのエンターである。エンターの行動はあくまで自らがマジェスティと呼ぶ「メサイア」を亜空間から現空間に復活させるために、エネトロンをできるだけ多く奪うこと。そのためにエンターが選んだ方法が、メタウィルスを無機物に注入してメタロイドを生み出し、より多くのエネトロンを強奪することだ。このエンターの行動自体は目的を持ったものであったとしても、彼の言動や態度を見るにつけ、そのセンスにゲーム性を持ち込んでいることは注目しておきたい。事実、後半での彼はしきりに「ゲーム」という言葉を使用している。

 「アバター」とはサンスクリット語のアヴァターラ(化身)を語源としており、比較的大規模なインターネットコミュニティで使用されるユーザー自身の身代わりとなるキャラクターを指す言葉だ。Wikiによれば「アバター利用者であるユーザーに模した姿にされることがある一方、現実の自分と違う性別にしたり、カスタマイズした姿に合わせて性格を変えるなどして別の人間に「なりきる」など、ある種の遊びとしても機能する」とある。
エンターというキャラクターは、基本的にメサイアが生み出したアバターではあるものの、メサイアとエンターの会話を聞いている限り、エンターの理路整然とした物言いで目的と目標を明確にした行動理論と、方法論を無視してまで現世界に進出したいと願うメサイアの欲望はまったく相容れない。となると、エンターというキャラクターは、メサイアが現世界から「エネトロンを奪う」ことを目的としてカスタマイズしたアバターであると断言できる。むしろメサイアはエンターというアバターを作るときに、その目的以外の要素を全く廃して作り上げたため、目的至上主義的なアバターとして誕生したキャラクターだといえるだろう。もちろんそう考えるには、22話から登場したエスケイプというアバターが重要な意味を持つ。エスケイプの行動原理はメサイアの満足のために、人類を苦しめることを念頭に置いて作られている。それがどういう意味かを考えるに、エンターとは異なる行動原理で動くアバターを使って、エンターの行動を促進させようとしたのだろう。破壊と戦闘を第一義に考えて行動するエスケイプがゴーバスターズと戦っている間に、エンターによってエネトロンを強奪するというのが、エスケイプと誕生させた最大に理由だろう。エスケイプという名前は、エンターをゴーバスターズの目から「逃がす」という意味で、まさに言い得て妙な名前だといえる。ところがこのエスケイプの行動原理にはエンターの作戦行動を支援する意思がなく、メサイアを「父」と呼び慕うがゆえに、エンターでさえ邪険にする。対するエンターは、エスケイプを作り出したメサイアの思惑を知りつつも、エスケイプを懐柔しようとする素振りすら見せる。

 さてここでもう一度「アバター」の意味を考えてみるに、ユーザーをメサイアとした場合に、よりアバターらしいのはエスケイプのほうで、エンターではないような気がする。ネットの世界で二つのアカウントをとって二つのアバターを使うことなど、別に珍しくもない。だがこれほどまでに目的意識を明確にして2つのアバターを使う事があるのだろうかと考えたとき、あ、あるよね!と気がついてしまう。ものすごく簡単に言えば、「とびだせ!どうぶつの森」で二人のキャラクターで遊ぶことがあるが、それは一人のキャラクターではどうしても集めづらいアイテムがあったりして、それゆえに二人目のキャラクターによって補足したいと願う場合などは、まさにこの例とさほど変わらないではないか。

 結果としてメサイアは二人のアバターを誕生させることによって、自身の進化を促す。29話にて亜空間でゴーバスターズを迎え撃ち、30話ではついにシャットダウンされることになるが、33話でエンターによって13枚のメサイアカードとして復活の狼煙を上げることになる。つまり進化も保存もアバターによって補われて初めてメサイアは存在できるようになった。実はここでエンターに変化が訪れることになり、メサイアとエンターの関係はあきらかに主従が逆転してしまう。その後、エンターはメサイアの復活を目指して行動を始め、メサイアを進化させるため、積極的に有機生命体の情報を集めることになる。口ではそう言いながら、この時点でメサイアは完全にエンターの手駒でしかなく、エンターはメサイアを掌握するから、これはもうエンター>メサイアとなっている。メサイアカードの一部すら自身に取り込み、最後のキーカードをヒロムに埋め込むと同時にヒロムのデータを集め、ヒロムの中のカードによって何度でも復活してみせるエンターは、まるで処置なしの不老不死の超人のようですらあった。

 ところでエンターとエスケイプの二人は、メサイアが亜空間に転送された時に取り込んだ転送センターの研究員のデータから作り上げたアバターという設定になっている。エンターがメサイアを失ってからの自立的行動の背景には、こうしたデータ化された人間の意思が、何らかの形で関わっているとみているのだが、どうだろうか? メサイアがエンターを生み出す際に参考にした人間のデータから、エンターにはいつしかメサイアを超克したいという人間の願いが投影されていたのではないだろうか? エンター自身はあくまでもアバターだと知っているわけだから、30話でセンターのメインコンピューターの破壊からいちいち逃れなくてもいいはずだ。ここでわざわざ逃げているそぶりを見せていることからも、人間同様の自己保存本能が働いているとしたら、エンターのその後の行動が、メサイアを復活させることよりも自身にとって有用なモノとして活用する術を模索したいと思うのは、至極あたりまえだと思えるのだ。逆に享楽的なエスケイプにとっては、エンター=メサイアとなるが故に行動まで制限されてしまう。この時点でエスケイプにあったアバターの「欲望を満足させる」という側面は完全に意味を失い、やがて利用されるだけ利用されたエスケイプは、ボロボロの状態でゴーバスターズと闘い散っていく。

<陣マサトというアバター>
 さて本作にはもう一人重要なアバターが存在する。いうまでもなくそれは4人目のゴーバスターズである陣マサト、その人だ。陣は13年前の事件の時にセンターにいながらにして、メサイアに取り込まれることなく亜空間に一人で残り、バディロイド・ビート・J・スタッグとともに、2台のバスターマシンを作り上げたのみならず、失われつつあった自身の体を保存しながら、自分のアバターで4人目の戦士となった男である。その人となりはあくまで不完全さを好み、軽妙洒脱な変人(笑)である。
 現世界に現れるアバターである陣マサトが、エンターやエスケイプと最も違う点は、自分自身でアバターを作り出し、寸分違わず自分自身をアバターに投影していることだ。先ほどの「アバター」の意味をもう一度見てほしい。アバターは疑似人格である場合もあり、ユーザーの人格が完全に反映される保証はない。とすれば陣マサトが底抜けに明るいアバターであることは、疑似人格だからではなく、むしろ陣マサト自身の性格に由来する。陣のアバターはJによって現世界に投影されているアバターであり、ヴァグラスの攻撃によって体が失われても、Jがいればそのデータを投影し何度でも甦る。一見すると彼の気楽さはそこに由来しているようにも見えてしまう。しかも物語終盤に至るまで、自身の本体は亜空間にある。そしていつかは実体を取り戻したいと願っており、再びロボット工学者として働きたいと強く願っている男なのだ。だがヒロムの中のメサイアカードを取り出すための触媒として自身の体を投げ出して、ヒロムたちに世界の命運を預けた陣は、結局Jを残して消えてしまう。それはまた陣マサトという男が夢半ばで倒れてしまったかに見える。すでに物語中盤で肉親たちを失ったヒロムたちにとって失ってはいけない人として、後半の陣マサトはとても重要な人物として描かれているのに、どこか自分の命を軽んじているすっとぼけた人物なのだ。だがそれゆえに悲しみを隠して明るく振る舞う姿が痛々しい。この屈折した感情表現ですらアバターに残した彼は、心から現世界への帰還を夢見ていたのだろう。34話でみせた13年間ともに過ごした転送センターの研究所員への想いと、彼らをシャットダウンせねばならない悔しさは、陣以外誰にも理解できないだろう。その重荷を一緒に背負うとまで言ったヒロムの成長を促したのは、陣マサト自身なのだ。

<アバターの悲劇>
 エンター、エスケイプ、陣マサトという3人のアバターについて触れてみた。さてこうして並べて比較してみると、3人のアバターはまったく異なるタイプであることにお気づきだろうか? エンターとエスケイプはメサイアが作り出したアバターではあるが、エンターが目的重視で作り上げたアバターなのに対してエスケイプは快楽重視で作られている。この時、メサイアの真の目的は一体何だったのか?という疑問がわき上がってくる。アバターという存在が自身を包み隠して別人格を作ることができるとしたら、その逆もまた可能なはずだ。つまりメサイアは自身の人格をそのまま投影したもう一人の自分をアバターとして現世界に送り込むこともできたのではないか? エンターはメサイアの欲望を知りながら、あえてメサイアを押さえ込むように目的に執着していたかに見える。またエンターもエスケイプも、13年前に転送した際に取り込んだ人間のデータの断片から作り出したアバターとして設定されている。とすれば、エンターの性格設定上の因子として、取り込まれた人間の要素がエンターやエスケイプに取り込まれている可能性がある。少なくてもエンターは最終的にメサイアを制御していたし、実体化したメサイアと共闘したり、メサイアカードとして利用してもいたことを考慮すれば、エンターは13年前にメサイアに取り込まれた人間の意思によって、メサイアを押さえ込むために作られたアバターだったと考えた方が打倒なのではないか? そう考えると、ゴーバスターズたちは自分たちの肉親が、メサイアを制御しようとした想いが生み出したアバターと戦っていたことになる。これは相当な皮肉ではあるが、13年前にメサイアを転送させた人間たちによって、最初から仕組まれていたメサイア抑制のための措置がエンターだったと考える方がわかりやすいかもしれない。それ故にメサイアというラスボスを倒すまでに登場した、中ボスとしてのエンターやエスケイプと考えてもいいだろう。そうすればゲーム感覚で活動していたエンターの真意は読み解きやすい。エスケイプですらゲームを進めるための中ボスでしかないわけだ。

 エンターが自分たちのデータから作り込まれたアバターである事実、そしてデータ化された人間がもう戻らないことを伝えるために、ヒロムの肉親たちが用意した存在がアバターだとしたら、それをさらにわかりやすく体現し、その事実を伝えようとして作られたアバターがエスケイプだとしたらどうだろうか。事実ヒロムはエスケイプの持つ二丁拳銃の名前をヒントにその事実を突き止めた。だが真実を知るために、ヒロムたちは亜空間に突入するしかなかった。本当は亜空間に突入する以前にヒロムたちに気づいてほしかったと、13年前の転送に巻き込まれた人々は思っていたのではないか? そう考えを進めると、エンターとエスケイプはヒロムたちに、肉親がもうこの世に存在しない事実を受け止めるだけの強さを授けるための試練そのものだったのではないかと思うのだ。

 ところが物語終盤、エンターは自我を持ち始める。これこそヒロムたちの肉親が思いも及ばなかったことだったろう。メサイアを完全に支配下に置き、メサイアを現世界に甦らせるという前提で、有機生命体のデータを収集し始めたエンターは、亜空間で自らが敗北を喫したヒロム自身に興味を持ち始め、ついに自身の強化によってゴーバスターズ打倒に動き出すことになる。ゴーバスターズにとっての本当の闘いとは、まさにここからだったのではないだろうか。その一方でエスケイプという存在は、まるでアバターとして使われなくなったアカウントのように使い捨てにされていく。パパと慕うメサイアの形が喪失した時点で、彼女の存在意義は完全に雲散霧消してしまう。エンターが自我意識に目覚めたのに対して、エスケイプはメサイアに依存しすぎていたためだろう。自我を持てなかった彼女の最期は、ただ悲しい。

 陣マサトの場合は、本体が亜空間に存在しているにも関わらず、欠落データによって現世界に復帰できないというハンデを持っている。その事実をどこで認知したかははっきりしないが、陣マサトが亜空間でヒロムたちの肉親と顔を合わせていないと言ったことや、転送に巻き込まれた事については、さまざまな想いが去来していたことだろう。転送に巻き込まれた事実も、いっそヒロムに当たり散らしたってよかっただろうし、陣マサトにとってはバスターズに協力するいわれもないはずだ。葉月博士とタテガミライオーのエピソードは、ある意味で陣マサトの本音の部分が部分的に顔を覗かせていた話だったかも知れない。
そんな彼がビートバスターとして戦線に降り立った事情は、欠落していたデータを探しだすことと、バスターズに対して亜空間での現実を実証するためだった。彼は最初から茨の道を歩むつもりで現世界にアバターとして登場したことになる。しかもヒロムという仲間を救い、現世界を救うために、自身のデータが納められたメサイアカードを持つエンターを倒し、なおかつ自分の体を触媒にしてカードデータを移植することを選択する。たとえヒロムたちの感傷があったとしても彼の悲しみ、いかばかりか。いつか来るその悲しみを受け入れてビートバスターとして活動することを決めた彼は、時にゴーバスターズの壁となり、時に仲間として、時に年長者として、時に参謀として、常に傍らに居続けたのである。たとえ自分の夢が果たせなくなったとしても、涙をのんで自分に課した勤めを果たした男、それが陣マサトだったのではないか。

 繰り返すが、「アバター」とは人間の疑似人格である。だが上記でご紹介した3人のアバターの悲しみを見るにつけ、アバターに自身の悲しみを押しつけている、あるいは切り離した自身の悲しみ部分をアバターにしているかのように見えることがとても悲しく感じるのだ。自分たちの肉親の良心と戦っていたのかもしれないゴーバスターズ。自分が現世界にたどり着けないことを薄々感じながらも、夢を追いつつ戦い続けた陣マサト。結局は自我を持っても実体のある人間本体に勝てなかったエンターやエスケイプ。そのシビアな現実は全て13年前の出来事に由来するのだ。
ところでメサイアという最初期のウィルスプログラム自体の出自もまた物語の中で開示されてはいないあたりが気になるところだ。転送研究センターのメインコンピューターがウィルスに冒されたことによって突然変異的に誕生したメサイアではあるが、このウィルスを仕掛けた人間こそが、この災厄の原因だったはずである。だが物語上の真相は闇の中だ。これを大自然の驚異のような偶然にも等しい寓意と見るか、はたまた現実世界で起きている不気味な出来事の背景にある、実体の見えない原因の暗喩とするかは、これを読むあなたの判断に任せたい。

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テーマ : 特命戦隊ゴーバスターズ
ジャンル : テレビ・ラジオ

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波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
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