「ひだまりスケッチ」シリーズ~画面情報量の制限と深夜アニメ~

 年があらたまってからしばらくは特撮作品が続いていたので、そろそろアニメ作品をと思いながら、なかなか作品が決まらないでいる。前回はつい筆が滑ったかのように、まるで敗北宣言のような文章をしたためてしまったことが、いまさらのように悔やまれる。そこで改めてアニメーションを自分自身の中で評価するに辺り、アニメ自身が持っている画の情報から読み解くということを考えてみたいと思い立った。そのために「ひだまりスケッチ」シリーズをテストケースとして取り上げてみたい。え?無茶にもほどがあるって? うん、そうかもしんない(泣)
ひだまりスケッチ Blu-ray Disc Boxひだまりスケッチ Blu-ray Disc Box
(2012/07/25)
阿澄佳奈、水橋かおり 他

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<作品概要>
 「ひだまりスケッチ」は芳文社発行の4コマ漫画誌「まんがタイムきららキャラット」に掲載されている作品。2004年4月から掲載開始し、現在までに単行本7巻まで発売中の作品。原作者の蒼樹うめ氏は同作品で商業誌デビュー。近年では「魔法少女まどかマギカ」のキャラクターデザインでも知られている。
 アニメ作品としては2007年に第1シリーズがスタート。毎シリーズ1クールで制作され、2008年に第2シリーズ「ひだまりスケッチ×365」、2010年に第3シリーズ「ひだまりスケッチ×☆☆☆(ほしみっつ)」、2012年に第4シリーズ「ひだまりスケッチ×ハニカム」が放送された。それぞれのシリーズの間にはOVAとして特別編が制作されており、現在は第4シリーズ後に相当するOVAの制作中とのことである。本作の制作には新房昭之総監督およびシャフトが担当している。

 物語はやまぶき高校の美術科に通う4人の女子高校生たち(ゆの、みやこ、サエ、ヒロ)が暮らす「ひだまり荘」での出来事を追う作品で、いわゆる日常系アニメにカテゴリーされる作品だ。第3シーズンからはそれぞれ学年があがり、ひだまり荘も2人の下級生(のり、なずな)を迎えることになり、メインメンバーが6人となってエピソードが膨らんでくると、さらに面白さが増していく。そして彼女たちの脇を固めるひだまり荘の大家さん、吉野屋先生、校長先生などが、絡みそうであまり絡まないという微妙な距離感で物語に花を添えていく。アニメは毎回明確に日付がタイトルとして示されており、1話完結であるが時間の流れは一様ではなく、日付が飛んだり遡ったりすることもある。つまり作品が彼女たちの日常をエピソード単位で切り取っているのだ。そうはいいながらも第4シーズンでは最上級生であるサエとヒロの二人の進路の問題などが浮上し始め、いつものかわいらしく間抜けなゆのたちの日常の中に、「卒業」という区切りのエピソードが忍び寄ってくる緊張感がもたらされ、物語にアクセントがついている。

<画面演出に関する考察>
 そして本作は新房監督とシャフトが手がける作品らしく、エッジの効いた映像的なセンスの面白さが際立っていることも特徴だ。例を挙げれば「平面的な画面構成」「キャラクターのアイコンとなるアイテム」「ドット柄などのカラートーンの背景」「実写の取り込み」などだ。バンダイチャンネルで掲載されている氷川竜介氏のコラム「氷川竜介のチャンネル探訪」の第1~5回では、「ひだまりスケッチ」シリーズを含めた新房×シャフト作品に焦点をあてて語っておられる。その第1回(http://info.b-ch.com/category/13758976-20.html)で、上記のような演出に触れ、以下のようにまとめておられる。

これらはアニメの記号性を活かして、凡庸に見えかねない日常に、感情的なアクセントをつける演出テクニックです。文章で言えば「修辞法」や「句読点」にあたるような表現です。



その上で、際立った映像から瞬時に大胆にキャラクターが動くなどのメリハリが効いている演出がなされていることも同時に指摘されている。
はい、確かに氷川さんの仰るとおり(笑)。んで、ここで終わってしまってはウチのブログ的に面白くないので、ここでもう一つ話を展開させてみたいというのが今回の趣旨でございます。今回は文字ブログにしては珍しく、画像を差し込みながら、こうした演出に秘められている理由を考えてみたい。最初から言い訳するようで申し訳ないのだが、筆者は別に絵画デザインなどを勉強した訳でもなく、単に画面から受け取る印象論が優先となる。これから展開するのはあくまで自論であるので、そのところ含み置いていただいた上でお読みください。

(1)平面的な位置関係
 「ひだまりスケッチ」を見ていて、筆者が最初にびっくりしたのは、後述する画面構成、あるいは構図がものすごく単純なことだ。特にゆのたちが通う「やまぶき高校」と、彼女たちが住まう「ひだまり荘」は道一本を挟んだ位置にある。高校とひだまり荘は位置的に非常に近い。それをものすごく単純な構図で表現しているのだ。本当ならひだまり荘の周囲にある建物が映り込んでいなければならないし、ひだまり荘を手前に、学校を奥に描く場合にはパースがつくはずで、2つの建物が位置関係として、他の建物が邪魔をして、こんな映像になるはずがない。けれど、学校とひだまり荘の位置関係だけは、この映像で一目でわかるではないか。この“一目でわかる“というのが、これ以降の項目でも重要なキーワードとなる。

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(2)構図の単純化
 前項同様、学校でのクラスを真上からとらえたアングルや、ひだまり荘の一部屋における構図なども、非常に単純化されており、一目見てすぐにそれとわかる。またアングルが固定されており、できるだけ低い位置にあるのだ。前項の位置関係を示すだけの単純な構図も、本項のアングルが固定された部屋の様子、クラスを真上から見せるアングルも、こういう構図って、子供の頃に描いたことはないだろうか? 空間認識の発達程度の低い子供の頃に、立体を捉えて画として表現することが難しいと、こういう構図の画を描いてしまった経験はないだろうか。逆説的に言えば、こうした単純な構図というのは、空間認識程度が低い状況でもそれとわかるわかりやすい構図であるともいえる。あまりにも単純な映像であるだけに、誰が見てもおや?と不思議に思う映像ではあるが、そこに描かれている情報はよりわかりやすく単純化されているのだ。

(3)人物のアイコン化
 わかりやすいのはゆのの「×」印の髪留めや、サエの眼鏡などだろうか。また第3シリーズで後輩二人登場後だと、それぞれの部屋のドアカラーと集合ポストのカラーが同じなどというのも、人物がアイコン化されている例だといえる。このキャラアイコンは物語の導入として、だれを主人公として視点を誘導させるかというガイドになっている。シーンの切り替わりやカットバックするときの導入としても機能しており、見るものに対して勘違いさせない作りになっている。

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(4)カラートーンの背景
 本来アニメで表現される背景という画は、街の情景や遠方に見える山野の情景、設定として書き起こされている部屋のレイアウトなどから書き起こされている。設定として起こされていない背景については、背景美術がその都度画を書き起こす事になる。本作でももちろん同様の背景画はあるのだが、本作ではこうした背景の代わりにドット柄のカラートーンが用いられている。単に背景を置き換えているだけではない。各人の部屋の背景にある物品や、スーパーマーケットの棚におかれている品物が表現されている。本来なら部屋にある物やマーケットの棚を背景として作画することにより、その場所の雰囲気を醸し出す。背景にある“何か”で物語が紡がれない限り、そこにモノがあることを表現するだけでいい。とすれば、本作で描かれているドット柄のカラートーンで表現されている背景は、極限まで背景にある情報量を落としてみせることで、それっぽさを表現しているともいえるし、背景をデザイン化したことで情報量を制限したともいえるのではないか。

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(5)実写の取り込み映像
 例えばヒロが作った料理や野菜などの食材が代表的な例だろう。なんでも劇中で取り込まれている実写の料理は本作のスタッフが制作したもので、撮影後はスタッフでおいしくいただいているのだとか。こうした実写の取り込みによってどんなことが起きるのか。こうした実写を逆に画として書いたらどうだろうか? 「美味しんぼ」や「クッキングパパ」なら書いてしまうだろう。それをあえて書かないで実写の取り込み映像を使うことで、そのシーンが見るものに与えるインパクトは格段に上がる。見た人の記憶にも残りやすいだろう。また同時に実写を使う事によって、そこに描かれているものは、誰にも理解しやすい映像であるから、その実写映像の情報は、誰が見ても共通認識できるものだ。誰もがみてすぐにそれとわかる。情報量を制限しても理解できるということが重要視されている。

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(6)ゆののお風呂シーン
 ゆのさんのお風呂シーンは、毎回その日の終わりに登場する。一つのエピソードが終了する時や、翌日に期待を寄せるシーンなど、日単位で物語が成立している本作では、1日の終わりにゆのがお風呂に入るということは、エピソードや物語が一段落している証であることを示す。原作をきちんと読んでいないので明確ではないが、こうした一段落を明確にしているのは、アニメならではの構成ではないだろうか。ゆののお風呂シーンが繰り返されるて定番化されることにより、作り手と見る側との間に共通認識が生まれることになる。お風呂シーンが入ることで、ああ彼女たちの1日が終わったんだという感慨を生み、見る側にわかりやすく一区切りをつけるシーンなのだ。

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<情報量を制限することのメリット>
 以上、「ひだまりスケッチ」シリーズにおける映像表現のうち、6つの点に注目してみた。そしてこうした映像表現は、いずれも視聴者に対して情報量を制限しながらも、そこに描かれている情報を何一つ落とすことなく伝えており、なおかつわかりやすいのだ。
これらの映像表現は、それまでのアニメにおいていずれも部分的に用いられてはいても、作品内で常套手段となることはめったになかった。それはこうした映像表現を多用することによって引き起こされる、画面から喚起される情報量の低下を恐れているからではないだろうか。「少女革命ウテナ」や「輪るピングドラム」の監督である幾原邦彦監督が、劇場版「美少女戦士セーラームーンR」のソフトに収録されているインタビューで繰り返された、「キャラクター記号論」を必要以上に準拠するならば、単純化されたマルチョンだってアニメは成立する。けれどキャラクターのみならず背景までも精緻に描き込むことで、そこにある情報量を画面内に圧縮すればするほど、アニメとしての評価は高く、その作品は評価される傾向にあった。これまでのアニメとはそういった評価軸が確かにあったのだ。

 そんな時代の流れに、この作品は逆行するように存在する。背景は極限まで単純化され、構図や表現方法も簡略的であり、実写までとりこんで作画を省略してまでしている。でもそこに現出した作品は、他作品と遜色ないほどにアニメらしい作品としての「ひだまりスケッチ」シリーズだったのである。理由の一つはあくまでも推論に過ぎないが、過剰なまでの作り込みに対する警鐘の面があったのではないだろうか。1クール13話の深夜枠アニメとはいえ、その制作過程が厳しいことは、作業がデジタルに移行した現在でも変わりがない。けれど背景や構図を省力化することによってでも、作品のレベルを維持できるものとしたらどうだろう。すべての作品がこうなってしまっては問題がある。だが1シーズンに1,2作ほどは、こうした情報量を制限された映像表現の作品があったっていいと思うのだ。それをして手抜きと呼ぶことができるのかもしれない。だが1作品だけをあげつらって手抜きだと指摘したところで、そこに込められた情報量が遜色なく、しかもわかりやすく見る側に伝わっているならば、条件は十分に満たしているといっていい。それ以上の情報量を要求することは、過剰な装飾に満たされた作品を見たいという願いなのか。それならばそういう作品を探せばいい。非をならすのはどうかと思う。

<日常系アニメの今と未来>
 この作品がいわゆる「日常系アニメ」に分類される作品群であることも、これを肯定していると思える節がある。なぜ近年深夜枠のアニメで日常系がもてはやされているのかを考えたとき、視聴者側が小難しい理屈をこねくり回した作品を敬遠しているのではないかと思えるのだ。つまり視聴者側が気楽に見て、すぐに作品に気持ちよく埋没できるアニメとして、「日常系」が選ばれているのではないか、と考えてみる。そうすると、本作で見られる映像表現の数々が、情報量を制限してまで様々な表現方法をおこなった事情もわかるような気がする。仕事で疲れて帰宅して深夜にアニメを見る人々にとって、情報量を制限し、見る側を圧迫しない程度の情報量でも安心して見ていられる、無理に頭を使わなくても気楽に見続けていられるアニメ。そうした見る側の欲求を上手に満たしているのが本作のよさなのではないだろうか。複雑さを避けて単純化された構図も、位置関係を即座に理解できるパースもないような画面構成も、ドット柄で表現された背景も、情報量におぼれるようにアニメを見ていた人々に安らぎを与えていたのではないかと思うのだ。ゆののお風呂をパターン化した事情も、実写をとりこんで情報を共有化した事情も、画面からの情報を極力そぎ落とした結果として必要最低限度残した情報だとすれば、心地よくキャラクターの動きに酔い、物語の流れに身を任せていられる。筆者は「ひだまりスケッチ」シリーズのような情報量を制限させたアニメを、「オアシスアニメ」とでも呼称したい気分だ。

 今後このような作品が増えるかといえば、それはないだろう。少なくても上記の表現方法は本作を含めて新房監督およびシャフト作品の特徴となっていることは、それ以外の作品には適合しないに等しい。ただし、日常系アニメやコメディ・ギャグと呼ばれる作品群にとっては、かなり有効な手段であるし、新房監督作品では「化物語」シリーズなどでも似たような映像表現が使用されていることもある。それでもこうした映像表現が新房監督およびシャフト作品独特の演出として知られる以上は、他の作品で多用されることもないだろう。だとしたら、こうした映像表現の作品が大量に増えることもないだろうし、ブランドとしての新房×シャフト演出は、今後も新しい映像表現を繰り出してくるに違いない。「ひだまりスケッチ」はまだ連載中であるし、アニメシリーズもまだ展開していくことだろう。新房監督らが今後送り出してくる作品を心待ちにしながら、新しい映像表現の可能性とその解釈を今後も楽しみたいと思う。

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(2012/12/26)
阿澄佳奈、水橋かおり 他

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波のまにまに☆

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