追憶の漫画家・中野純子~彼女の描いた繊細さと包容力~

 2012年7月末に漫画家・中野純子は亡くなった。45歳の若さで急逝した。近年漫画界やアニメ業界、ラノベ業界、ゲーム業界など、ヲタク界隈では相次いで大事な方々が亡くなっている。それはこれだけ長く人に愛され、多くのフォロワーを産んだ業界ならではである。それは手塚治虫が亡くなったときに気づくべきではあったのだが、どれだけの偉業をなした人でもいつかは亡くなってしまうものだという当たり前のことを、人はついつい失念してしまう。だから著名人が亡くなったときに感じる感慨は、自分の親類縁者が亡くなった時とは全く異なる感触があるものだ。「虎は死んで革を残す」というが、作家と呼ばれる全ての人は、死んで自らが創作した作品を残す。手塚治虫や石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄などが残した膨大な作品は、多くのフォロワーを生み、新しい創作物を生み出し、新たなファンを増やす。それは余人が追いつける数ではない。だが漫画家はたしかにその足跡を残して死んでいく。そうした追悼の想いを込めて、作家の死後に作品集が発売されることも多い。つい先日、中野純子の作品集「Say,good-bye」が双葉社から発売された。彼女が生前に主な活躍の舞台とした集英社からの出版ではないことが若干引っかかるものの、こうしてすでに復刊の希望も持てない作品群と再会できる喜びは、ファンにとっては感慨もひとしおであろう。今回は改めて追悼の意を込めて、中野純子の作品群を取り上げてみたい。
Say,good-bye (アクションコミックス)Say,good-bye (アクションコミックス)
(2013/05/10)
中野 純子

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<中野純子、その歩み>
 中野純子は高校在学中の1984年に「月刊セブンティーン」(集英社)に掲載された「しーするう・だありんぐ」という作品でデビューする。まるで漫画のネタにでもされるような「高校生女流漫画家」であるが、大学進学のために執筆を中断し、大学入学後に改めて活動再開する。「月刊セブンティーン」が休刊になるのに合わせて同社の女性コミック誌である「ヤングユー」に移籍する。その後しばらくは「ヤングユー」を主な舞台として「That’s Michel!」(1987)、「IMOSEな関係」(1988)、「盛春少年」(1990)、「劇団ヒバリ」(1990) 、「Fool’s」(1991)などを連載。筆者が彼女の漫画を追いかけ始めたのもこの頃だ。1995年、彼女は仕事場があった神戸にて阪神淡路大震災に被災したという。筆者もその直後に社会人となり、しばらくは彼女の漫画のことを忘れがちであったが、それはこの時期に彼女が創作活動から遠ざかっていた事情によるものでもあった。1997年、集英社の「週刊ヤングジャンプ」の増刊「漫革」にて「神様だけが知っている」を掲載し、あらためて活動を再開。かつての女性コミック誌から舞台を青年誌に移しての活動再開となる。この「漫革」という雑誌は、本誌連載作品の後日談や外伝、ゲスト作家による読み切り、新人作家の投稿や持ち込み作品など、本誌とは異なる舞台を求めた野心的な雑誌であった。同誌で「B-SHOCK!」の読み切りを掲載し、その直後に本誌「週刊ヤングジャンプ」にて同作の連載開始。「ちさ×ポン」(2001年)、「ヘタコイ」(2007年)を相次いで連載。その間も精力的に短編をいくつか発表していた。だが2012年7月28日、虚血性心疾患により帰らぬ人となった。享年45歳。Wikiには集英社の雑誌における作品のみが羅列されており、その作品数は決して多くない。この度発売された作品集「Say,good-bye」を読む限り、表題作品は1991年に「WEEKLY漫画アクション」に掲載された作品だという。もしかしたら筆者が知らないだけで、集英社以外でも様々な作品があるのかもしれない。

<事件ではなく、人に寄り添う>
 中野の描く少女の絵に、かつての筆者は一目惚れをした。ほっそりとした体のライン、ひかえめに膨らんだ胸、美しげで繊細な髪、ぐりぐりと塗りつぶされた瞳。陰影はとくに薄く、決して絵柄がくどい印象はなく、むしろ質素なほどだ。背景にしたところで過剰なまでに書き込むこともせず、情報量は極めて少ない。モノローグに情報量を詰め込むようにも見える。全体的にどこか質素で薄い印象の絵柄が特徴と言ってもいい。後日青年誌に移してからは背景も人物も書き込み量が圧倒的に増えていくので、その絵柄の変化は如実にわかる。このたび発売された「Say,good-bye」でもその2種類の時代の異なる漫画が弊録されているから、ぜひとも比べて見て欲しい。「ちさ×ポン」におけるちさちゃんの肉感的な裸の描き方と、女性誌に掲載されていた少女の裸体を比べてみても、明らかに異なる絵の質が印象的に写るだろう。どちらかといえば女性誌に掲載されていたころは絵柄も物語も淡泊な印象を受ける。そして青年誌に移してからの画質は書き込みも多く、物語もやや描写やエピソードの積み重ねが細かくなる。ところが彼女の視線というか、彼女描きたかったものの本質は、あまり変わっていないと思える。それが「Say,good-bye」1冊でもはっきりとわかるのだ。

 物語の点で比較してみよう。例えば「Say,good-bye」にも収録されている「盛春少年」や「IMOSEな関係」、「草花迷宮」などは、ある一つの事柄に着想を得て物語を紡いでいる。「盛春少年」では父親違いの兄妹の純愛を描いている。そこにあるのは「遺伝」としての認知の話と性の問題だ。「IMOSE~」では高校生で妊娠してしまったカップルが、日々の生活に追われている様をコメディチックに描いた作品で、「若い性」とその後の顛末の悲喜こもごもが、物語の中心にある。「草花迷宮」では分裂症を患った少女とその双子の姉に振り回される少年を描いた作品だ。
「若い性」を取り扱うと、ドラマならその結果として発生する妊娠と、その後の二人の社会的生活こそが問題の中心となり、それでも人間としての「愛」や「尊厳」がドラマを盛り上げてお涙頂戴になるのが定番だろう。「3年B組金八先生」の第1シリーズでも取り上げたこうした話題は、80年代以降に社会的な問題となり、中野にして創作意欲をかき立てられる話題となっていた可能性はある。ところがここからが「中野純子」という作家の特徴だと思えるのだが、こうした社会問題や話題や事件は、物語の着想を得るきっかけを彼女に与えるだけで、その問題を彼女が物語の中で解決したり、答えを出したりといったことをまったくしない。彼女はただ世相としての「若い性」をあからさまに描き出すことに興味をもって描いているし、さらに言えば「性行為」自体はどうでもよく、その結果として行為を行った二人のその後の物語にこそ最も執着しているように見えるのだ。問題提起的に話題を振っておきながら、その問題に対して作者なりの答えを出すわけでもなく、ただ軽やかに物語がはねていく感じ。被災した後でもその物語の軽やかさは変わらない。その意味では、「Say,good-bye」に収録されている「アタシに愛を!」この例に完全に当てはまる。彼女は被災後に掲載誌を変えて、絵柄までも変化したにもかかわらず、漫画という媒体を使って描こうとしたものは、デビュー時からいささかも変わっていないようなのだ。

<中野が扱う男女のイーブンな表現>
 では中野が漫画という媒体を使って描こうとしたものは何だったのか? それは「愛」や「性」を挟んで向き合う男女、そのものの生々しい姿だったんじゃないだろうか。彼女の最初のヒットとなった「IMOSEな関係」は、高校時代のたった1回のセックスが妊娠をもたらし、卒業後に子供を産んで一緒に暮らし始める。男のほうは大学に通いながら深夜のバイトに明け暮れる勤労学生で、女は子供とアパートで男の帰りを待つだけだ。子育ての大変さが女を追い込んでいって家出を繰り返す女に対し、あっけらかんとした男の優しさと包容力に、女は別れを切り出せないでいたり、自分の世界の狭さに悩んでみたりといった他愛もない物語が続く。そこに描かれているのは、若くして子供をもうけた事による生活上の喜びとハンデを背負う男と女の姿なのであるが、それをコメディチックに仕上げているのが、中野純子という作家の真骨頂な気がするのだ。その描き方はあくまで繊細であり、その細かな機微そのものが物語につながっている。そしてまた男も女も、描き方が平等でイーブンなのである。男のいい加減さを描く一方で、女がなすがままに流されてしまったことを悔やむシーンがあり、そもそも二人のセックスが互いにイーブンな条件で発生している以上、どちらを責めてもいない。しかし若くして子供を背負う社会的かつ生活上のハンデは、確実に二人を責め立てるはずであり、それを重々承知の二人はそれを跳ね返すあっけらかんとしたシーンでほのぼのと物語を締めくくるのである。それはまるで「セックス両成敗」と主張しているようにも思えてくる。

 「盛春少年」にしたところで、主人公となる兄妹の二人には全く責任はない。だが二人は親たちの火遊びの責任をおわされてしまっている。これだけでも結構な重さの物語になりそうだけれど、兄は兄で妹の純愛を知りながら高校1年にして酒をたしなみ、女子大生の彼女とセックスにふける。妹を裏切っているのだ。そんな兄にも事情があり、もちろん妹にも事情がある。だが互いに愛し合う二人が、「依存」せずに愛し合うには、まだ時間が必要なのだ。その顛末と結末はぜひとも漫画を手にとって読んで欲しい。だが少なくても、思い悩む二人の時間は等しく描かれており、一見すれば稚拙で可愛げのない物語にも見えるだろうが、二人は最終的にセックスをすることを選択する。つまり自分たちの愛を確かめることをセックスの理由にしてしまうのである。だが妹の拒否によって未遂に終わってしまう。そして互いに依存しないで生きていこうと離れる決意をする二人で物語はエンドとなる。その結末は、どちらにも責任を負わせずに終幕しているのだ。ある意味で中野が紡ぎ出す「若い性」の一つの意味を持たせ、一組の男女の関係性における最初ではなく、最後となるセックスを描いた点において、「盛春少年」は中野純子という漫画家の一つの到達点となる作品かも知れない。だが中野はどんな物語を紡いでいても、その物語の中心にいる男女を、必ずイーブンに描き出す。その事で、彼女の描く物語は問題解決もなく、作者としての結論もなく、ひたすら軽やかでいられるし、それ故に彼女の漫画は愛されたのではないだろうか。

 その後の「ちさ×ポン」を読んでいても、主人公の男女の機微が丁寧に描かれているし、二人の物語がじれったいほどにゆっくりと進行しながらも、じっくりと幸せに向かっていく様は、それほど劇的ではなくても読んでいて微笑ましい。その微笑ましさはそのまま中野純子が女性コミック誌において紡いできた「軽さ」そのものであり、その軽さは一貫して中野が漫画の中で扱ってきた「若い性」をはじめとする題材の重さから逃れようとする作劇方法だった。その軽さ自体は、「Fool’s」や「劇団ヒバリ」などのセックスを描かないコメディ寄りの作品あたりに如実に表れている。

阪神大震災で被災した後、彼女は活躍の舞台も絵柄も変えてきた。普通こういった人生の転換期を経た漫画家は、何かしら大きな変換点となって漫画そのものに影響を及ぼすものだ。だが彼女は一貫して同じようなテーマを扱い続けた。それが自分のフィールドだとでも言うように、淡泊にもほどがあるセックスを描き、その後の男女の機微を丁寧に拾い上げて描き続けたのだ。しかも男女両方をイーブンに描き、どちらにも物語の結論を預けず、どちらにも責任を負わせない方法論は、問題解決自体を否定して見せ、どこかほんわかとした体温を感じさせる結論で物語を閉じている。はっきりとは覚えていないのだが、かつて新人漫画家だった頃の中野が、掲載誌においてリレー漫画に参加しており、その漫画のネタを拾っていく過程そのものをエッセイ漫画にしていたことを思い出した。中野純子という作家は、日常のどこにでも転がっている事柄を拾い上げ、それを俯瞰して見せてくれるだけでなく、そこで生じている事柄自体をまるごと包み込んでくれる暖かな視点を持っていたような気がする。中野純子という漫画家は、その暖かな包容力で男女の愛を作品化してきた作家だと言えるかもしれない。

草花迷宮 (YOUNG YOUコミックス)草花迷宮 (YOUNG YOUコミックス)
(1990/07)
中野 純子

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IMOSEな関係 (YOUNG YOU漫画文庫)IMOSEな関係 (YOUNG YOU漫画文庫)
(2001/01/18)
中野 純子

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盛春少年 (YOUNG YOUコミックス)盛春少年 (YOUNG YOUコミックス)
(1990/12)
中野 純子

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ちさ×ポン 1 (ヤングジャンプコミックス)ちさ×ポン 1 (ヤングジャンプコミックス)
(2002/05/17)
中野 純子

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ヘタコイ 1 (1) (ヤングジャンプコミックス)ヘタコイ 1 (1) (ヤングジャンプコミックス)
(2007/10/19)
中野 純子

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テーマ : 漫画
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