魔法騎士レイアース~その1・善意と正義を否定する~

 ここ2年ほど、東京MXにてさまざまなアニメの再放送がなされている。関東エリア以外の方には関係ない話ではあるが、東京エリアのTV局におけるアニメの再放送がほとんど途絶えた昨今においては、レンタルでしかお目にかかれない作品に触れる機会であり、実に好ましい事態だ。「スペースコブラ」や「タイガーマスク」、「未来警察ウラシマン」、「らんま1/2」などが放送される中、大学生のころの筆者が熱中していた作品も放送となった。それが「魔法騎士レイアース」だ。マンガ製作集団「CLAMP」原作のもと、CLAMPの大川七瀬がシリーズ構成や脚本を手掛けており、アニメ版は原作マンガとは異なるラストを用意するメディアミックスっぷりが、CLAMPらしい作劇となった作品である。つい先日再放送でも最終回を迎えた本作の49話を振り返りつつ、2回に分けてたっぷり語ってみたい。

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(2010/12/22)
獅堂 光:椎名へきる、龍咲 海:吉田古奈美(現:吉田小南美) 他

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<作品概要(前半)>
 「魔法騎士レイアース」は1993~1996年まで雑誌「なかよし」で連載されていた漫画。アニメ版は連載開始の翌年1994年10月から翌95年の11月まで放送されていた。本作の後番組はあの「名探偵コナン」である。本作は20話までが原作の第1章に相当し、21話から49話までを原作の第2章に相当する。第1章はおおむね原作通りに物語が進むのだが、第2章はアニメ版と原作では異なる展開となっている。本作の白眉である第2章については次回に譲り、今回は第2章についてとっくり書いてみたい。
 物語は東京タワーに社会科見学に来ていて偶然居合わせた3人の中学生の少女、獅堂光、龍咲海、鳳凰寺風の3人が、東京上空がまばゆい光に包まれた直後、異世界セフィーロに召喚されたところから始まる。3人は見知らぬ異世界に突然召喚されたことで戸惑うが、導師クレフと出会い、彼女たちがセフィーロに召喚された事情を説明する。セフィーロという世界は要となる“柱”の願いによって保たれている世界であるという。その柱であるエメロード姫が、神官ザガードによって捕らわれたという。柱を失ったセフィーロは崩壊の危機に瀕しており、エメロード姫の願いによってこの世界を救うために「魔法騎士(マジックナイト)」として3人の少女は選ばれたというのだ。光たち3人は、エメロード姫の願いを叶えるため、異世界セフィーロを救うために立ち上がる。ザガートが送り込む魔道士たちの攻撃や、あちこちに跋扈し始める魔獣などを倒しながら、魔法騎士として日々成長を続ける光たち。そして伝説の3体の魔神、レイアース、セレス、ウインダムをよみがえらせることに成功し、ついには成長した魔法の力を持って、ザガートを打倒することに成功する。しかし、やっと助け出せたと思ったエメロード姫は豹変し、光たちに怒りの形相を見せる。そして自らが愛したザガートを殺した敵として、光たちに魔神で襲いかかってきた。そして光たちはこの物語の真実を知ることになる。エメロード姫は柱として、ただ一心にセフィーロの安定を願っていなければならない存在だった。だが彼女はたった一人の男性であるザガートのことを愛し始めており、その心は止めようもなかったのだ。たったそれだけのことで崩壊に向かうセフィーロ。そしてザガートは姫の想いを知って、エメロード姫を監禁することにした。姫はザガートをひたすら想う一方で、セフィーロの崩壊を憂慮するあまり、自分の死を望んだのである。その方法こそが魔法騎士を召喚し、自らを殺してもらうことだったのである。3体の魔神を合体させて、エメロード姫の魔神に対抗する光たちは、ついにエメロード姫の魔神の胸を刺し貫く。ここにエメロード姫の悲しい願いは成就された。そして光たちは悲しみと後悔を胸に、あの日の東京タワーで涙するしかなかったのである。

<ちょいと思い出話>
 はっきり言ってしまえば、90年代のゴールデンタイムのアニメ作品である。作画の面で充実しているとは言い難い。もっとも70年代からアニメを見続けていた筆者にとっては、回によって作画が異なるのなど慣れたものだったので、現在のように作画にいちいち文句つけるようなほどではなかった。それでもCLAMPによるキャラデザインが、当時「勇者ロボシリーズ」の作画などで定評のあった石田敦子の手で整理されたものとして画面に登場した1話を見たときから、この絵柄の質が毎回維持されるとは思えなかったので、ある種のあきらめを持って見ていた記憶がある。
 1話の序盤でいきなり異世界セフィーロに召喚される3人の少女。しかも幼女のような姿のエメロード姫の願いによって、まばゆい光とともに召喚されるシーンのインパクトは、いまもって大きい。主人公である光、海、風の3人の名前のキラキラっぷりは置いておいても、まばゆい「光」で召喚され、一面「海」の広がるセフィーロの美しい世界を眺め、クレフの聖獣によってセフィーロの「風」を受けるというシーンの連続が、彼女たちの名前とリンクしたことを端的に示している。このリンクは主題歌にも影響を及ぼしており、起用された3曲のOP曲の歌詞には、かならず「光」「海」「風」の3つのワードが埋め込まれており、トータルとして作品とのシンクロ率を上げている。

 物語の序盤は、光たち魔法騎士の卵である3人がセフィーロという世界を、視聴者と一緒に見ていく展開だ。柱であるエメロード姫がいないセフィーロでは、魔獣が頻繁に出現して人々を襲い始めていたり、もともとは穏やかな森だった場所が、魔物を生み出すあやしい空間となっていたりと、さまざまな弊害をもたらしている。そういったセフィーロの現実を目の当たりにした3人は、セフィーロの人々を救うことを目的として冒険を進めることになる。つまり序盤の物語はあくまで3人の動機づけとなる物語なのである。その中でその後重要なキーパーソンとなるプレセアと出会い、自分の魔法の力と一緒に成長する武器を手に入れる一方でプレセアを失ったり、謎の人物・フェリオと一緒に旅をしたりすうる。もちろんその間にもザガートが送り込んだ刺客が魔法騎士たちを襲うのだが、そのたび魔法の成長や武器の成長が、彼女たちを助けることになる。このあたりはまさに「ドラゴンクエスト」シリーズを彷彿とさせるRPG的な展開であり、その枠を一歩も越えるものではない。特に19話で敵の本丸である神官ザガートを打倒するまでの物語は、3人の少女たちによる勧善懲悪の冒険譚が語られ、それはあまりにもRPG的でありすぎた。ザガートの刺客であるアルシオーネやアスコット、カルディナ、ラファーガなどが段階的に3人を襲いながら、やがてアルシオーネ以外は3人と友誼を結ぶ展開は、パーティーを増やしていくRPGと同じように見える。また3人の魔法の力の成長や、困難をクリアして伝説の魔神であるレイアース、セレス、ウインダムを手に入れていく過程を見れば、本作がRPG的であることは疑いえない。
本作の音楽はCLAMPのリクエストによってドラクエシリーズのすぎやまこういち氏に依頼されていたが、結果的には当時一線を引いていたすぎやま氏は監修として残り、氏と仕事上の縁があった松尾早人氏によって作曲された。この楽曲がセフィーロの壮大な景色に合致する主題曲などを除く多くの曲を、シンセサウンドで作られており、よりいっそうドラクエ感が強くなる。当時すでに地方の大学生であった筆者は、毎週ビデオに録画しながらも、そのあまりにRPG的な気持ちのいい展開に気持ちが緩み、録画しっぱなしでちゃんと見ていなかった記憶がある。ところが、である・・・・

<正義と善意のゆらぎ>
 本作に隠された真実が牙をむいたのは、第1部の最終回となる20話「伝説の魔法騎士!驚異の真実」だ。物語は先に示した通りである。つまるところ3人の少女たちはだまされたようなものである。そういってしまえば本当にひどい話なのであるが、ではいったい誰がエメロード姫の本当の願いを、そのまま聞き入れてくれるというのだろうか?それがわかるだけに、この物語の本当の恐ろしさが見えてくる。ここに至って筆者は初見時に度肝を抜かれた想いでこれを見た記憶がある。

 ここで示されているのは、光たち3人の少女の正義や善意が、それを利用せざるを得なかった人々にとってまったく正しいありようだったはずで、それはRPG的な展開とも、動機づけの物語としてもきちんと機能していたはずなのだ。だからこそ光たちは目の前の出来事に集中し、敵を薙ぎ払い、困難を退けてすべてを手に入れた。だがしかしそこで目のあたりにしたこのセフィーロの真実は、それは一方的に裏切って見せたのである。「思う力がすべて作る」世界であるセフィーロは、ある意味で自分たちが正しいと思うことをすればきちんと正しく結果が出てくる世界だ。逆にいえば強い想いは、その成果として現れる一方で、その正邪の判断は別になってしまうこともあるわけだ。だからセフィーロの世界とはその想いの質は問わないという弊害を持つ。ところが我々視聴者は、ただ単にRPG的な世界観に没入し、ゲームをクリアするような気持ちで物語を読み進めてしまった。それは物語の中の人物である光たちにとっても同じだろう。20話の驚愕とは、まさにこうしたゲームや物語に没入してしまう自分たちに、世界の裏の真実を付きつけられたショックだったのだ。見ている我々は「ゲームをクリアしただけで、それで終わりだと思っているのか?」と作り手に問い詰められているようにも感じられる。「魔法騎士レイアース 設定資料集」(講談社)に収録されているCLAMPの大川七瀬の言によれば「絶対的正義はないってことは書きたかった」ということらしい。それはCLAMPという集団が描き続けてきたいくつかの作品でも同じであり、特に「聖伝‐RG VEDA‐」の終盤の展開にも似ている。壮絶なキャラクターたちの死が繰り返される中で、ぽつりぽつりと本音を漏らして死んでいくキャラクターたちに涙する一方で、描かれていることの裏側に隠された真実を知って、その都度驚愕する。そしてその想いはたった一人の人を思うだけのことなのに、状況や身分などにがんじがらめにされた人間たちの愛憎が入り混じるのだ。結果的に「レイアース」ではエメロード姫とザガートの悲恋という真実や、セフィーロの「柱システム」の二面性に現れている。CLAMPの作品は、得てしてまったくの善意で始まる物語が多い一方、それがきれいに裏切られることが多い。それは物事の一面をきちんと見せる一方で、その裏側にある別の面を覆い隠す隠れ蓑となっていることを、つい忘れがちになる。光たちのRPG的なゲームのような物語進行は、まさにこの隠れ蓑だったことになる。アニメとはいいながらも、まさにCLAMPの術中にまんまとはまってしまったのである。

 さて続く21話以降の第2部では、こうした真実を知らないままで行動してきた自分たちを激しく後悔しながら、光たちは再びセフィーロの地に舞い戻ってくるところから始まる。そしてその後悔はどんな結果をもたらすのか? 次回はこの点に触れながら、光たちの行く末を見守ってみたい。


魔法騎士レイアース 新装版全3巻 完結セット魔法騎士レイアース 新装版全3巻 完結セット
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CLAMP

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原作漫画です。こちらもぜひ。肩すかしっぽいラストはCLAMPっぽいです(笑)
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波のまにまに☆

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東京都出身
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