マンガ家「ふみふみこ」~人を縛る鎖・暴力としてのSEX~

 それは突然の出会いだった。
 店頭でそれを見たときに、あまりにビビッドな色使いの表紙絵に、不釣り合いなほど純朴そうなセーラー服の女子高生が、スカートの裾をたくしあげている。あきらかにジャケ買いだ。そのマンガのタイトルは「女の穴」。およそ2年前の出来事だ。こうして筆者はマンガ家「ふみふみこ」と出会ってしまった。
 こんなふうなマンガとの出会いはけっして筆者にとって珍しい話ではない。だがそれ以降のふみふみこの著作を読み進めていくにつれ、この出会いがいかに筆者にとってセンセーショナルだったかと思わざるを得ない。今回は2009年にストーリーマンガデビューをはたして以降のマンガ家・ふみふみこの作品を俯瞰してみたい。そこに筆者が見出したものは、春風のような温かさの中にある無残な人間関係と、ささやかな救いだった。


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(2011/09/13)
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ふみふみこ

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<略歴と著作>
 マンガ家・ふみふみこは1982年生まれ。「女の穴」の表紙裏にあるプロフィールを読むと、2006年に4コママンガ「ふんだりけったり」で第11回「Kiss」ショートマンガ大賞の佳作を受賞しデビュー。その後2009年より「西島大介のひらめき☆マンガ学校」に参加し、2011年に徳間書店「COMICリュウ」にて「女の穴」でストーリーマンガデビューを果たす。現在も「COMICリュウ」誌上では「ぼくらのへんたい」が連載中であるが、他誌でもいくつもの短編や集中連載をしており、それがいくつかの作品集にまとめられている現状だ。今回は以下の作品を中心に語っていこうと思う。

・「女の穴」(徳間書店,2011)
・「さきくさの咲く頃」(太田出版,2012)
・「めめんと森」(祥伝社,2013)
・「恋につきもの」(徳間書店,2014)

 もちろんこれで彼女の作品すべてではない。「ぼくらのへんたい」は連載中であるため、本論では扱わないことにするが、何より近所の本屋にちゃんと置いていないとか、「そらいろのカニ」もまた書店で未確認で買えていなかったりと、まあこちらにも事情があるんですよ(泣) それはそうと、4コママンガ時代の作品は発売されてないんだろうか? できればそちらも読んでみたいのだが……。
 なお「恋はつきもの」と「女の穴」は実写映画として、2014年の春ごろから公開されるとのこと。

 「女の穴」(徳間書店,2011)は4つの短編よりなる作品集。表題の「女の穴」は、自分は宇宙人で、地球人との間に子供つくることを命じられているので協力してほしいと担任の男性教師に迫る女子高生のお話。「女の豚」は同性愛嗜好の男性教師を脅して攻め続ける女子高生のひそやかで倒錯した愛情の物語。この物語の女子高生側の視点で描き、後日談にいたる物語が「女の鬼」だ。もう1篇「女の頭」は、互いへの想いをつのらせる実の兄妹だが、兄の死を経るよって自分の頭の裏に兄を住まわせてしまう妹の物語だ。

 「さきくさの咲く頃」(太田出版,2012)は幼馴染である3人が主人公。幼いころに父親を自殺で亡くした少女・澄花と、その葬式で出会った双子のいとこ、暁生と千夏。3人がおりなす不器用な恋模様と、残酷なまでの純粋な青春譚が描かれている。そこに描かれているのは同性愛の悲喜こもごもだ。

「めめんと森」(祥伝社,2013)は葬儀会社で式典補佐のアルバイトを始めた“めめ”と呼ばれる女性と、その教育係で会社の社長の息子である黒川の純愛物語。生活に疲れて精神を病んでしまった妻との離婚歴がある黒川と、幼き日に兄を失った失望感を抱えながら、倒錯したSEXを望む“めめ”。葬式という人の死に立会う仕事の中で、傷ついた心を抱えた二人が少しずつ距離を近づけていくという物語だ。

「恋につきもの」(徳間書店,2014)は様々な雑誌や同人誌に掲載された作品を集めた短編集。表題作「恋につきもの」は相手の男に妊娠を告げた女性が自殺すると、なぜか女性の心は別の男性の体をもって生まれ変わっていた。その男性は相手の男が愛した男の姿をしていた。相手の男は同性愛者だったのである。死んだはずの女の心を宿した体のまま、それでも相手の男と体を重ねるものの……という物語。他に先述の作品集「女の穴」の「女の豚」に登場した同性愛者の男性教師の後日談も含まれている。また「君ならで誰にか見せむ」は、ささいな秘密を共有した二人の女子高生の友情話だが、後日談できれいに裏切る構成の妙が冴えわたる短編だ。

<人を縛る鎖、SEXという名の暴力>
 ふみふみこの描く絵は、書き込みが多いと思える部分はほとんどない。時折象徴的な大きなコマでは、細かい書き込みをするなと気がつくぐらい、やや淡白なほどな絵柄で、「女の穴」を読んでいると、スクリーントーンの使い方も単調に感じる。特に淡白に感じるのは人物で、表情のアップになってすら陰影が乏しいと感じることがある。
 ところがその絵柄で表現される感情表現はとても豊かであり、基本的にリリカルな少女漫画風の細い描線で描かれるのだが、時折青年漫画にありがちな太い線で描かれる人物の描写はどこかシニカルでコミカルだったり、エロいシーンはエロマンガの、コメディ系のシーンの時はコメディマンガの意匠が見られたりと、その物語に不可欠な要素が不完全ながら同居しており、独特の味わいのある絵柄だと思える。なんとなく思い出すのは柴門ふみが「PS元気です、俊平」や「女ともだち」の初期のころの絵柄と、やや洗練されてきた「東京ラブストーリー」や「あすなろ白書」のころの絵柄が同供している感じだろうか。淡白でいてリリカルな絵柄の中に、時折紛れ込む「毒」としての他ジャンルのマンガの絵柄の不完全な同居、それが筆者の持っているマンガ家・ふみふみこの絵柄への印象である。

ところがそんな絵柄のマンガの中に描かれている内容は、とても苛烈だ。上記に挙げた作品たちだけでも、マンガ家「ふみふみこ」という作家の方向性がわかる。そこに描かれているのは紛れもなく人間の男女の間に流れる情愛なのだが、いずれも倒錯していたり、同性愛といった社会的に否定されてしまうテーマの作品が多いのだ。しかも何もなければ秘めていられたはずのキャラクターたちの想いは、すべからくSEXを通じて表面化し、SEXによって縛られてしまうのである。しかも仕掛ける側である少女たちは、それを自覚的におこなっており、SEXが相手の男を責め苛む暴力となっている。

登場する男性キャラクターのほとんどは物語に対して受動的であり、主体的に物語を動かす手段を持たない。それだけに彼らを「M」とあてはめてしまうのは早計だろう。むしろ彼らを追い詰めて身動きできなくしている女性キャラクターにこそ注目したい。彼女たちはいったい何がしたいのか?

<男たちにうんざりしている女たち>
 ここでもう一つ指摘しておきたい。ふみふみこの描くマンガに登場する女性は、ほとんどの場合男性の真実に驚かされている。「さきくさの咲く頃」の澄花は、想いを寄せる暁生を毎日のようにのぞき見ながら、彼がBLの嗜好をもつことを薄々と感じながらも、自分とSEXをする暁生を否定できずにいた。しかも暁生と双子である千夏の想いにも気がつかずにいる。「恋のつきもの」に収録されている「君ならで誰かに見せむ」では、小さな秘密を共有していたつもりの少女は、いつしか時を経て男と付き合い始めた相手の少女の姿を見ることで、彼女がまとっていたかつての不思議な雰囲気を失ってしまったことを知る。「女の豚」に登場する中年男性教師の同性愛者としての本音は、彼を愛しながらも蔑んだ少女に、己の中の鬼を自覚させる。
 
 これはあくまでも筆者の理想論で、取るに足らない願いのようなものだが、SEXは男女ともにイーブンであってほしい。それはSEXによって得るものも失うものも、精神的だろうか肉体的だろうが、男女差があってはいけない気がするのだ。現在でもSEXによる暴力は男→女というのは一般的見解である。処女と童貞では、「出血」という儀式を経るだけに、女性の側の肉体的な喪失感は理解できるのだが、男が一方的に女に与えるものでもなく、その逆もまたしかりだと思いたい。その意味では、女性キャラがSEXという名の暴力で男性キャラを追い詰めるという光景は、逆転する男女の立ち位置を想像させるし、一般的見解とは真逆の価値観だと感じる。
 現実の世の中を俯瞰すれば、「草食系男子」や「肉食系女子」などという言葉もすたれて久しいが、男女の関係性がやや偏ってきていることは疑いえない。元気な女性が精気のない男性を叱咤している姿、男性優位の社会の中で自分の居場所を声高に叫ぶ女性の姿は、現実の社会現象としてそこにある。だとしたら、ふみふみこの描く男女の物語は、どこかこの状況を突破したいという願いのようなものなのではないだろうか? 男性の真実を知っているようで知らない女性たち。女性たちは居丈高に振舞い、現実の男性にうんざりしながらも、そこから奮起する男性を、「実は」という驚きと意外性によって自分たち女性を裏切る男性の存在を期待しているんじゃないだろうか? そう考えると、SEXで自分の体を行使してまで男性を追い詰める女性というのは、戦地に出立する前夜の営みにも似て古風だ。ふみふみこの描く物語というのは、女性優位で男性を追い詰める暴力としてのSEXを描きながら、健全でイーブンな男女関係をもとめる、古風な男性へのエールなのではないかと思うのだ。

 その証拠といっては何だが、「めめんと森」に登場する二人を見ると、倒錯した愛を求める“めめ”によって救われるのは、傷ついた心を抱える黒川なのだ。また「恋につきもの」に含まれる「女の豚」の後日談である「村田克己54歳」では、中年男性教師の独白でまとめられているかと思えば、相変わらず例の少女に付きまとわれている。中年教師がジェンダーなキャラクターだとして、男女の感情がないまぜになっているとしたら、女の立場では不幸でも、男の立場だとしたらそんなにダメな男でも愛してくれる女の存在は、むしろ救いなんじゃないかと思えるのだ。「恋につきもの」にしたところで、主役であるはずの女性は死んでしまっているのに、生きて救われているのは男性の側なのだ。それはまるですべての罪を許すとでもいいたげなほど、男のキャラクターが救われていることこそ、ふみふみこ作品が男性へのエールである証拠なんじゃないかと思える。

 現在連載中の「ぼくらのへんたい」も読み進めているが、こちらは4人の女装男子の物語だという、志村貴子の「放浪息子」を想起させる内容に思えるが、こちらを読み進めることによって、また筆者の「ふみふみこ評」も変わるのではないかと期待している。ふみふみこは筆者にとって、今後も要注目の作家である。


ぼくらのへんたい(1) (リュウコミックス)ぼくらのへんたい(1) (リュウコミックス)
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