ニコマス昭和メドレー6 A面~前略、昭和の彼方より~

GW、いかがお過ごしでしたか?
 この記事を書き始めたのは5月4日の午前です。書き始めから、この記事の書き終わりの予定が全く見えませんw したがいまして、上記のようなご挨拶となりましたこと、先に陳謝いたします。まあ私にもいろいろ予定っちゅうものがありましてね。

 さて分家さんの「厄」の執筆を終えた後、ほっと一息ついたのもつかの間、本家さんからこれまた怒涛のような動画が公開となりました。しかもA面、B面だってさ。

 もうね、観る前からそのボリュームに笑っちゃった。どんだけスゲーんだ、あの方々は!





 しかも観たら観たで、知らない曲があるんだ、これが。今回もあちこちネット界隈を探索しつつ、不完全解説いってみようかと思います。なぜって?だって動画見て、感動で泣けちゃったんだもの。

「ドリフ大爆笑のテーマ」ザ・ドリフターズ (1978)
 動画はこの曲でにぎにぎしく出発進行!
ザ・ドリフターズが送る大人気コント番組「ドリフ大爆笑(年号)」シリーズのOPを飾っていたのがこの曲だ。番組自体は1977年2月からスタートしているが、最初期のOPはこの曲ではなく、軍歌「月月火水木金金」の替え歌だったとか(知らんかった)。1978年からこの曲が使われている。もちろん「隣組」の替え歌。いまCS「ファミリー劇場」でも見られるので、当時を懐かしみたい方はどうぞ。
元ネタとなっている映像は1983年以降2003年の特別番組まで撮り直されておらず、一部のメンバーからは不満も上がっていたらしいが、当時からメンバー仲が不仲だったせいもあり、面倒だとの理由で新撮されていなかったらしい。ちなみに2003年の新撮映像が、いかりや長介さんの最後の仕事であり、5人そろったドリフメンバーでの最後の仕事となっている。それにしても近年アイマス周辺における事情が変化してアニメ版が追加になったおかげか、このOP動画のにぎにぎしさは動画の出だしを飾るにふさわしい素晴らしい動画です。あ、タイトルは「ザ・ベストテン」風です。

「ごあいさつのうた」アルフィー、池田典代(1982)
ぷちます映像を使っての2曲目は、懐かしい「ひらけ!ポンキッキ」からのエントリーだ。本曲は矢野顕子の「ごめんなさいoh yeah」のB面として収録された楽曲。アルフィーはいいとして、この「池田典代」さんって方がまったくよくわからなくって。山下達郎さんの提供曲を歌ったりして、1979年にデビューした方だそうだが、調べても残念ながらよくわからない。ついでに言うと、なんでこの曲が矢野顕子の曲とカップリングなのか?についても、まったく謎です。アルフィーに関しては、あの3人のやんちゃなおじさんたちについて、ベタな説明いらなそうなんで。それにしても「ポンキッキ」とか「みんなのうた」とかの楽曲は、著名な方が歌唱するパターンがあるけれど、こういう曲の扱いってホント困るんじゃないかなって。アルバムにいれるでもなし、でも知名度は高いのでベスト盤には必ず入ってくるけれど、曲の雰囲気や作りが他の曲にマッチしないから浮くし。そういやこの曲、番組の本編が始まるとわりと早めに流れていた気がするのだが、どうだろうか? 気楽に自身のベストアルバムに「いっぽんでもにんじん」とか入れられるなぎら健壱がうらやましい。

EC:平凡パンチ
 アイキャッチの部分にどうにも懐かしいコラージュ的な映像が並びます。最初はグラビアアイドル誌の殿堂「平凡パンチ」から。1964年に平凡出版から創刊され、「週刊プレイボーイ」と並ぶグラビア・風俗誌であった。同社から発売される雑誌との色分けがあいまいとなり、1988年に休刊となった……はずだったんですが、1989年に再度復刊したものの、4カ月後に再び休刊となって現在に至ると。

「サンタモニカの風」桜田淳子(1979)
 1972年、秋田県民会館で行われた人気番組「スター誕生」に彼女が出場したのが14歳の時だったという。その回で番組史上最高得点となる点数をたたき出して見事合格。同年に行われた第4回決戦大会にコマを進めた彼女は、またも番組史上最高となる25社のプラカードがあがり、サンミュージックからデビューする運びとなる。デビューしてからすぐはトレードマークのキャスケットも話題となり、同じ年にデビューした森昌子、山口百恵とともに「花の中三トリオ」と呼ばれて人気を博す一方、3枚目のシングルとなる「わたしの青い鳥」で日本レコード大賞新人賞を獲得している。
 この曲はナショナルのエアコンのCMソングとしてTVで流れた曲で、2007年にガムのCM曲としてカバーされてもいる。歌手としての順風満帆な活躍の一方、女優としての活躍も目覚ましく、多くの主演映画や市川昆監督による金田一耕介ミステリー「病院坂の首くくりの家」での二役も評価され、1983年以降は女優活動へとシフトする。ドリフターズを見ていたこちらとしては、志村けんとの夫婦のコントなどでのコメディエンヌぶりも忘れ難い。その一方で統一教会や合同結婚式がらみの件もあって、芸能界とは疎遠になる近況ではあるが、2013年、約23年ぶりに表舞台に復帰している。すでに3人のお子さんを育て上げたかつてのアイドルの、今後の活躍に期待したい。

EC:明星
 集英社が発行している芸能雑誌の老舗中の老舗。1952年創刊。「平凡」や「近代映画」といったアイドル誌に対する対抗馬としての発刊であり、当時の流行歌の歌詞や楽譜が掲載された付録本も懐かしい。

「月影のナポリ」ザ・ピーナッツ(1960)
 オリジナルはイタリア人のミーナ・マッツィーニの曲。本曲は森山加代子との共作となっている。いわゆる50年代以降のアメリカンポップスの日本語詞カバーとなるわけで、当時の歌謡界の流れの中にある1曲なのだが、この曲をザ・ピーナッツにあててくるプロデューサーの目のつけどころがすごい。冒頭の「ティンタレラ・ディ・ルナ」の「ル~ナっ!」と急に音の上がる部分のコケティッシュさは、発表後50年以上経た今でも、その可愛らしさを失わないのである。5枚目のシングルレコードとして発売された曲。
 ザ・ピーナッツといえば日本芸能界の黎明期を彩ったアーティストであり、その名とともに「シャボン玉ホリデー」や「渡辺プロダクション」やら「クレイジーキャッツとの共演」などがキーワードとして上がってくる。特にクレイジーのリーダー・ハナ肇は二人を大変可愛がっており、亡くなる直前まで交流があったそう。見舞いの際には必ずといっていいほど「おとっつぁん、お粥ができたわよ」とハナに声をかけると、「すまないねえ、お前たちばかりに迷惑をかけて」と、在りし日のコントを再現して見せたという。
 この動画に1点だけ申し上げるとすれば、わりと在りし日のピーナッツは、激しい振りではあったものの、二人の位置は近かったように思う(いらんツッコミ、システムだもんね)。

EC:リボンシトロンのポスター
 「リボンシトロン」って、タケダの「ハイシー」とかと同じで懐かしい飲み物だって感じがする。この懐かしさって「三ツ矢サイダー」がマイナーチェンジを繰り返しながら長く愛されている一方で、むしろ特定の時代に張り付いている感じがして懐かしいという印象がある。調べてみると、その歴史は意外に深く、サッポロビールの前身となる大日本麦酒によって、レモン風味の炭酸飲料「シトロン」が発売されたのが1909年だという。改名したのが1915年で、それいこうずっと「リボンシトロン」なのだそうで、発売100周年を迎える飲み物なのだそうだ。すまん。

「やさしい悪魔」キャンディーズ(1977)
 伊藤蘭、田中好子、藤村美樹の3人によるグループアイドル。昭和のアイドル史に燦然と輝くキラ星の一つであり、分家さんの「厄」に登場した南沙織、天地真理、小柳ルミ子らが昭和の女性アイドルの先達だとすれば、その次席を受け継いだのは彼女たちだと思う。
 スクールメイツのメンバーであった3人が、ある日プロデューサーに見出されてやがてデビューを約束される。そもそもNHKの歌謡番組のアシスタントを務めており、さして目立ったところのない彼女たちだったが、持ち前の明るくチャーミングな笑顔に、確かな歌唱力により、1973年に「あなたに夢中」でレコードデビューを果たす。とりわけ歌唱力の高い田中好子をメインボーカルに据えていたが、当時のマネージャーのアイデアにより伊藤蘭をメインに据えた5枚目のシングル「年下の男の子」が大ヒットする。それ以降昭和のアイドルシーンを牽引していくことになる。ドリフや伊東四郎・小松政夫とのコントの絡みも上々で、次第に低年齢層をとりこんで人気は爆発することになる。「やさしい悪魔」はそんな時期に発売された13枚目のシングル。本曲の作曲は吉田拓郎、動画では色調がフィードバックされている衣装のデザインは、アン・ルイスが担当している。後続となるピンクレディの登場もあって、このころから女性アイドルシーンは活況を呈する一方で、彼女たちは電撃的に引退を発表。1977年の夏のことである。周囲の説得により引退の日を半年ずらし、1978年4月後楽園球場に5万5千人を集めたコンサートをもって解散となる。「普通の女の子に戻りたい」と言い放った彼女たちのその後、伊藤と田中は女優として活躍。藤村は期間限定でソロ歌手として復帰したものの、その後は表舞台には立っていない。2011年、田中が55歳の若さで亡くなったのは記憶に新しいところ。これはもしかしたら昭和のトップアイドル初の死亡例なんじゃなかろうかと(あ、岡田有希子がいたけど、まだトップじゃなかったもんねェ)。
 さて動画。私はこれを見て目からうろこが200枚ぐらい落ちたし、腰も砕けんばかりに驚いた。この完璧なフリ、当時の雰囲気を写し取ったようなカメラアングル、そしてこのシンクロ率。本当に心から恐れ入ります。

「夏のお嬢さん」榊原郁恵(1963)
 この曲あたりから、前年までの不完全解説にて扱ってしまったがゆえに、書くことが少なくって苦しんでいる私の姿でもお楽しみください(泣)
 書くことないなあなんて思いながら前年の記事を読みなおしたら、やっぱりありましてね。榊原郁恵についてはそこで触れているので、そちらもご参照ください。You Tubeなんかでモノマネを検索していると、90年ぐらいに松本明子が往時のこの曲の郁恵さんのモノマネをしていた動画を見たりして。すると郁恵さん、同じく司会の所ジョージさんに促されて、松本と一緒に歌ったりして、大照れしたりしている。歌手活動をしなくなってからの彼女の歌が聴ける数少ない例だったんじゃないだろうか。

「仮面舞踏会」少年隊(1985)
 そもそもはジャニーズJr.だった3人。そのうちにジャニーズ少年隊として独立し、東山加入によるメンバーチェンジが行われ、現在の3人となる。80年代は田原俊彦や近藤真彦のバックダンサーとして知られており、近年では近藤と相部屋だった東山の昔のエピソードなども様々なメディアで披露されている。1984年に単独コンサートを実施。その様子を収めたビデオ(非売品)はその後のジャニーズ・アイドルのテキストのようになっているそうだ。このビデオに収められた1曲で音楽番組にて露出を多くしていった彼らが、本格的なデビューとなったのがこの曲である。激しいアクションに数多くちりばめられた個人の動き、3人の折り重なる歌声など聴いていると、すでにこの時点で3人のフィールドワークは完成していたようにも思えるし、TVで見た彼らに新鮮味がなかったのも、前述のデビューまでの足取りが長かったせいもある。
 この曲、彼らのデビュー曲にして最大のヒット曲であるが、3色の異なる色のついたカラーレコードとして発売され、それぞれB面が異なるという趣向が施されていた。あ、アイマスのCDでこの曲がカバーされている模様(菊地真?)。
 さてこの曲について絶対に避けて通れないエピソードとしては、紅白歌合戦に彼らが登場したときの曲紹介を、白組の司会者に抜擢された加山雄三が、声も高らかに「仮面ライダー」と紹介した話だろう。笑い話ですむレベルではあるものの、当時紅白をボケっと見ていた私のハートをガッチリつかんで離さず、この後の加山さんのミステイクにwktkしながらテレビにかじりついていたことを思い出す(このあともなんかやらかしたんじゃなかったっけ?)。

「キッスは目にして!」ザ・ヴィーナス(1963)
 ザ・ヴィーナスはそもそも男性5人組のバンドとして1974年に「ビーナス」としてデビューしたグループ。その後メンバーチェンジを行い、レコード会社を移籍し、音楽性を転換させながら、「ザ・ヴィーナス」として1981年にグループ最大のヒット曲となったのがこの曲だ。ちなみにヴォーカルを務めたコニーは、スクールメイツの一員であり、キャンディーズのメンバー候補の一人でもあったという。「コニーテイル」と呼ばれるちょっと短めのポニーテール、腰のちょい上のあたりから広く広がる落下傘スカートが印象的だ。落下傘スカートはモノマネでも取り入れられ、ヒット当時の「ひょうきん族」では着ている本人が取り扱えないほどに大きく広がったスカートが登場し、当時の芸人さんたちが歌いおわった途端にスカートの下に飛び込んでいたのが懐かしい。
 この楽曲、作詞:阿木耀子、作曲:ベートーベン、編曲:井上大輔という布陣となっており、ベートーベンのピアノの名曲「エリーゼのために」をオールディーズ風にアレンジした楽曲だ。1981年のカネボウのCMソングとして使われた。80年ごろからの音楽性の方向転換で、アメリカのオールディーズの方向性へと移行したザ・ヴィーナスの最大の成功曲である一方、その先見性を証明した曲でもあるのだが、むしろCMの起用がターニングポイントだったように思う。1983年に解散するも、ヴォーカルのコニーはその後も一貫してアメリカンオールディーズを歌い続けているという。

「なぜ?の嵐」吉沢秋絵(1985)
 現在私のブログで取り上げているのが、この曲が主題歌となっていた「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」だ。吉沢秋絵は、あのおニャン子クラブを生み出した「夕やけニャンニャン」の番組で主催されていた「スケバン刑事主役オーディション」に優勝し、この曲でデビューとなった、会員番号25番のおニャン子である。このオーディションは主役オーディションであったにも関わらず、実際には主役を南野陽子と決めて制作に入っていた経緯があるそうで、吉沢も主役ではなくレギュラー枠での出演となった。物語途中で敵の攻撃によって目を患ったという設定で、劇中に登場しなくなるシークエンスがあったが、これは吉沢がおニャン子としての活動に主軸を置いたためといわれているが、前述の経緯を知ると、なんとはなしに制作陣への反抗だったのかななんて勘繰ってみたり(悪いのは意志疎通のできないフジテレビの上層部ですけれど)。
 さて曲をお聞きの通り、けっして歌がうまいとは言えない彼女。その後の楽曲もテコ入れが必要だったようで、彼女の2作目、3作目のB面には「会員番号の唄」「新・会員番号の唄」がカップリングされていた。演技も全くの素人であったのだが、どことなくぽっちゃりとしたふくよかでいて品のよさそうな顔立ちが人気で、著名人にも彼女のファンは多いと聞く。「笑っていいとも」にレギュラー出演していた時には、彼女が自身の祖母の言葉を語ることによって、クイズの回答への根拠が増したことによって、コーナーをぶち壊していたりもする、どこまでも芸能界になじまない、娘さんだったように思う。

EC:GORO
 あった、あったねえこの雑誌。懐かしいなあ。1974年に創刊された総合男性誌で、グラビアやハウツー記事などで彩られた誌面は、写真週刊誌の派手さに匹敵していたように思う。1992年に廃刊。なお創刊号にはデヴィ夫人のヌードが掲載されていたという。

「真夏のあらし」西郷輝彦(1970)
 舟木一夫、橋幸夫と一緒に「御三家」と並び称される一人・西郷輝彦。60年代の日本歌謡界を盛り上げた立役者の一人だ。1964年「君だけを」でデビューを飾るも、即座に大ヒットとなり、この年の日本レコード大賞新人賞に輝く。鹿児島生まれの四角い風貌に似合わぬ甘い声に、世の女性はシビれたという。その後数多くのヒットに恵まれながらも自らが所属する会社の社長業も兼ねる忙しさの中で、俳優業にも進出。数々の映画に主演し、いわゆる「青春スター」として名声を得る。その後は「厄」のアイキャッチにも登場したドラマ「どてらい男」や時代劇にも主演を果たす一方で、歌手活動も継続。有名なところでは「星のフラメンコ」などが知られていることだろう。70年代にはロックポップス調の曲を中心に歌っており、「真夏のあらし」は日本レコード大賞作曲賞を受賞している。そして現在でも情報バラエティにも登場しているし、2時間ドラマでも当たり役を持っていたりと、現在でも第一線で活躍中なのが、西郷輝彦さんなのである。あ、普通に紹介で終わってしまった。ちなみにコサキンだろうとなんだろうと、「小岩」の歌ではありません(キッパリ)。

「失恋魔術師」太田裕美(1978)
 この曲を歌う太田裕美もまたスクールメイツの一員であり、キャンディーズのメンバー候補だった一人だそうだ。彼女の最大のヒット曲は「木綿のハンカチーフ」だろうが、この曲のヒットによって、どこへ行ってもこの曲しか歌わせてもらえなかった故に、彼女自身は「木綿の~」に複雑な心境を寄せていたという話を、以前TVのトーク番組で聞いたことがある。もっとも「木綿~」にしてもこの「失恋魔術師」にしても、そもそも先行して発売されたアルバムに収録されていた曲で、そこからのシングルカットだったという。デビュー直後ではピアノの弾き語りなどをやっていたそうで、送り手の趣旨としてはアイドルではなくアーティストとしてのデビューだったようだが、その愛くるしいルックスに美しい高音の声音が幸いして、アイドルとして認知されていく。しかし吉田拓郎って、どうしてこんなにアイドルの曲と親和性が高いのか?

EC パーマンの星野スミレ
 星野スミレは同じ原作者の「ドラえもん」の世界ではアイドル歌手なので。しかも「パーマン」では互いに正体を隠す必要によって、パーマン1号であるミツオに恋心を寄せながらも、その本心を隠してツンを装う少女なのだ。なんでも最近の「ドラえもん」では素顔のスミレの相談に乗るのび太というエピソードがあったそうだが、もうそんなシチュエーションだけでどんぶりメシ5杯は行ける気がする。

「センチメンタル・ジャーニー」松本伊代(1981)
 問答無用に振り付けがかわいい動画。今回筆者のイチオシです。
 最近になって現場復帰したヒロミの嫁。81年デビューではあるが、同期は82年組、つまり堀ちえみや早見優らと同じ年回り。この曲で日本レコード大賞新人賞を獲得している。デビュー時は「田原俊彦の妹」という触れ込み。この「妹」という触れ込みは「西城秀樹の妹・石川秀美」など昔からあるが、「横浜銀蠅の妹・岩井小百合」がいまもって無茶したなあと。この曲と2曲目「ラヴ・ミー・テンダー」はどこか60年代の香り漂うタイトルと80年代のアイドルソングらしい曲調(作詞:湯川れい子)、続く3曲目「TVの国からキラキラ」と4曲目「オトナじゃないの」の作詞は糸井重里氏でどこかテクノポップで、作曲は筒美京平で共通しているものの、作詞家が目指した世界観の方向性がまるで異なる。ところが彼女が歌うことで一本芯が通るかのようにアイドルソングに上手に着地するあたりは、見事というしかない。ところがこの人がしっとりをバラードを歌い上げると、途端に歌が上手く(聞こえるように)なる。しかも楽曲が素晴らしい。5曲目「抱きしめたい」や9曲目「時に愛は」は、本当に名曲です。
 動画ではうしろにミクさんたちを従えて、当時の「麻生真美子とキャプテン」が再現されているところが見事。ミクの髪の動きにも要注目。それにしても替え歌の歌詞に苦労がしのばれます。しかもこれは悪意じゃあありません、絶対に愛ですw

「デリケートに好きして」太田貴子(1983)
 うん、アイドルなんですね。今回の裏テーマとしては、「アイドル」という存在を突き詰めていく思想があるのだろうか? この方は紛れもなく80年代に突如として現れたアニメ界のアイドルなんですね。「魔法の天使クリィミーマミ」は1983年に放送開始。本来2クール(26話)の予定があまりに人気だったため延長して1年間の放送となった。本曲はその主題歌で歌うのは主役・優=マミを演じた太田貴子である。
 昨今、「魔法少女」は「まどかマギカ」に代表される、華やかな見た目や振る舞いの裏に流れるダークな真実というのが当たり前のようになっており、夢も希望もない。もちろんそれは大きなお友達にとっては心地いいダーク感なのかもしれないが、子供を持つほどの年齢に達すると、もっと夢や希望があってほしいと願うようになる。その受け皿としての「プリキュア」は本当にできがいいと思えるが、その一方でアイドルにあこがれてそのために努力する姿を活写する「アイマス」や「アイカツ」なども存在する。その分岐の一つの分岐点は、間違いなくこの作品だろう。魔法の使用はあくまでも「アイドル」としてマミに変身することにこだわり、その背景にある魔法で作られた人格と本人の人格とのはざまで揺れる優の悩みと想い。その2極化した先にあるのが、現在のアイドルものアニメと魔法少女アニメなんじゃないだろうか。

「みかん色の恋」ずうとるび(1974)
 現在も構成作家の思い描く通りの安定した笑いをお茶の間にお届けすることで有名な「笑点」。その中で行われた「ちびっ子大喜利」で、後のメンバーとなる山田隆夫が座布団10枚獲得したことによって、デビューとなったグループ。その山田隆夫は結婚を契機にグループをいち早く脱退しておきながら、現在も座布団運びとして「笑点」に居座り続けている。他のメンバーも俳優になるもの、バラエティで活躍するもの、後に構成作家となるものなど、その活躍は多種多様。動画のコメで「江藤の絵」というネタが多数見られたが、それは「お笑いマンガ道場」や「三波伸介の凸凹大学校」でみせた画伯っぷりによる。筆者の記憶によれば、あらゆる四足動物は江藤の手にかかれば、すべからくナメクジを横から一筆書きしてたような絵となり、司会者が「これはなんだ?」と詰問しても、「これはどうみても○○でしょう」と強気に切り返すやり取りは、当時すでに殿堂芸でもあった。曲について触れていないので、ちょっと触れておこう。デビューから数えて3枚目のシングルにして、おそらく最大のヒット曲。なによりグループ解散後でも独立したメンバーがあらゆるところで名刺代わりに歌うもんだから、おそらくは彼らの楽曲の中で最も知名度がある曲なのだろう。小泉今日子がカカバーしていたアルバム「ナツメロ」が懐かしい。ところで動画に埋め込まれている当時のずうとるびの動画が、なんとも懐かしい。

EC:雑誌「平凡」
 最後のアイキャッチは、アイドル情報誌の草分け的な存在である「平凡」である。「明星」同様のアイドルや人気のタレントたちが、頬寄せあって表紙になっているのも懐かしい。筆者はプリクラで顔を寄せ合っている女子高生のプリを見るたびに、これを思い出しておりました。「平凡」は平凡出版→マガジンハウスから発行されていた雑誌で、1987年休刊。

「スシくいねェ!」シブがき隊(1986)
 歌う「シブがき隊」は1981年に3人が出演した「2年B組仙八先生」をきっかけにして結成されたグループ。当初「シブがきトリオ」とされていたが歌手デビューに際して「隊」と改めてデビューする。当時の人気の過熱ぶりは筆舌に尽くしがたい。82年組のアイドルの中では頭一つ抜けていた感じだったし、何より男性アイドルの数が数多ある中でも、注目度が高かったゆえに、多くの女性ファンを獲得することになる。デビュー曲「NAI NAI16」を始め、ヒットメイカー・井上大輔のとんがった楽曲が楽しめる。1988年に解隊となって以降、俳優業や司会業へと移っていくメンバーだが、メンバー間の交流は意外に少なく、この3月に惜しまれつつ終了した「はなまるマーケット」の1コーナー「はなまるカフェ」に出演した本木が、布川と食事をしたエピソードを披露した際に、「俺も誘ってよ」と切り返したのは司会の薬丸だった。
楽曲について触れておこう。「スシくいねェ!」は彼らの18枚目のシングル。人気に少しばかり陰りが見え始めた時期だったが、NHK「みんなのうた」で流れると同時に火がつき、発売前年の紅白歌合戦でレコードリリース前に歌われた曲らしい。なんでもステージでトークに間ができたときに、布川がすかさず「スシくいねェ!」と突っ込みをいれる持ちネタがあり、それにインスパイアされて出来上がったのがこの曲だという。動画は安定の木星のみなさま。でもなぜか冒頭のアニメネタw Pさま、ここに食いつくんだ、芸が細かいwww

「怪獣大戦争 ゴジラ対キングギドラ」 (1985)
 動画中の「本日の物販、完売いたしました」にお茶吹いたw
 それにしても無茶な動画である。いくら筆者が仮定した裏テーマが「アイドルを突き詰める」だとしても、「ゴジラ」や「キングギドラ」といった怪獣にたどりつくとは思いもよらなかった。
 そもそもの映画について触れておくと、最初に「怪獣大戦争」が公開されたのは1965年。アメリカとの合作映画だったが、1971年に「怪獣大戦争 ゴジラ対キングギドラ」として改題・短縮されてリバイバル上映されたとのこと。派手なエフェクトで現れるキングギドラ、シェーするゴジラ、X星人に初めて宇宙に連れ出されるゴジラとラドンなど、シリアスさとシュールさが混在する我が国の特撮怪獣映画らしいバランスが魅力の作品だ。

EC:「巨泉×前武ゲバゲバ90分」の「ゲバゲバ・ピー」
 テレビ黎明期の人気コント番組「ゲバゲバ90分」のアイキャッチで、B面へと続く。
 この番組、とにかく収録が苛酷であったことが知られており、収録中1度でもNGとなったコントは2度とやり直さないとか、実に楽しそうに演じているように見えながら、アドリブは絶対に許さない収録だったとか、ディレクターが酸素ボンベを隣に置きながら、酸素吸入しながら演出していたとか、枚挙にいとまがない。実際短いコントを矢継ぎ早につなげていくやり方で、そのコントのあいまに流れていたのが、動画で使われているアイキャッチの「ゲバゲバ・ピー」のアニメーションだった。
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コメント

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No title

ゲバゲバといい、見たいものがビデオになってくれないんですよね。
そんな良い番組がたくさんあった時代には、録画があまり出来ない……。
うまく噛み合わないものですね。

No title

絵の木さま

 そりゃあ、当時の録画専用の家庭用ビデオデッキは、まだ普及してませんからねえ。
 現在の動画サイトがどうしても時代が偏ってしまう事情の半分は、ビデオデッキの普及率でしょうし、それゆえにより古い映像記録は、それだけで価値があるものだと、私などはつい思っちゃいます。

No title

ゲバゲバはBOX出てますよ。

No title

ありがとう!予感はありましたが本当なんですねぇ。
だけど、キイハンターなんかもちょっとは出てるのを知ってるんですが、全話が見たくて言うんです……。
欲張りね……。
あー、それにしても横から声をかけられてビックリしたぁ。 こういうの全然経験ないから。嬉しいですよ。

A面解説お疲れ様です

例年のご解説ありがとうございます。

まだA面ということで全体のコメントは避けつつ、自分のパートだったとこだけは何時ものようにコメントさせていただきますw

【太田裕美・失恋魔術師】
太田裕美さん可愛い声ですよネェ~
今回こちらを選曲する際に念頭に置いたのが、”筒美京平無双を避ける”でした。(酷い話だw)
太田裕美さんの代表曲といえば『木綿のハンカチーフ』やデビュー曲の『雨だれ』かと思いますが
ここ数回の昭和メドレーにおいて筒美氏の楽曲が良く使われていたようなので、あえてその曲は使いませんでした。
その中でアイマスに合いそうな曲として今回の選曲となったわけです。
『さらばシベリア鉄道』は流石に雰囲気作りが大変なのでw
雰囲気作りといえば、動画内コメントにありましたが今回ショートカットと昭和っぽい服装を意識した結果、あの美希となったわけです。

【太田貴子・デリケートに好きして】
楽曲としてはアニソンの毛色が強いですが、アニメの中でアイドルとして活躍していたクリーミィーマミはやはり
当時の子供にはアイドルとして映っていたのでは無いでしょうか。(私も大体この頃がドストライク)
また曲を歌っていた太田貴子さんもレッツゴーヤングのレギュラーメンバーなどで活躍していたアイドルでした。
それとクリーミィーマミ30周年ということで最近は注目も浴びていますので出しておいて損は無いですよね!

まだまだB面の解説が残っていますが無理せずに気楽にお願いします
こちらものんびり解説楽しみにまってます。

No title

毎度、お疲れ様です

 月刊平凡と平凡パンチ、というよりもポパイやブルータスの、というより社名から「平凡」が消えて
はや30年以上なんですよね。ポパイやブルータスが面白いと読んでいた頃には取り扱う雑誌の
名称からも「平凡」が消えていきました。30代半ばから下の世代は社名なり、雑誌名なり「平凡」と
付いた書籍をリアルタイムで手に触れた人はごく僅かだろうなと

 あぁアイドルの話でした。太田裕美さんの歌は1985年でなくて1978年で、85年は阪神日本一で
なくて彼女が結婚した年ですね。その結婚前、80年代前半はニューヨークへ渡ったり、70年代の
イメージを破る感じで活動していた印象が強いですね。
 もしかしたら彼女が一員になっていたかもしれない(←普通にコメでも流れていましたね)解散した
キャンディーズの3人も、ちょうどその頃は色々と芸能活動の方向を模索していた時期でしたね。

 旬な時をパッケージしたまま思い出として残しつつ、模索している様子も見つつまたアイドルとして
ではない芸能人としての輝きをみているからこそファンとして思い入れがより強くなるのでしょうね。
 だから「平凡」各誌ではないんですよ、「ポパイ」なんですよね。あと「平凡出版」ではないんですよ、
「マガジンハウス」なんですよね自分としては。「平凡」各誌を愛読していた人には申し訳ありません。

No title

?さま
 情報をお寄せくださり、ありがとうござます。密林にて確認しました(在庫ありw)。

絵の木さま
 ↑とのことです。買う?と聞かれても、お金が……としか答えられない我が身が悲しいです。

No title

紅狸Pさま

 コメントいただきまして、ありがとうございます。

 太田裕美さんって、なんていうか現在のお姿を見ても、あんまりサビてない感じが素敵だなあと、いつも思うんです。普通にアイドルが半ば結婚で引退して、ものの見事に劣化した感じで登場するのを目の当たりにしてきたもので。なるほど筒美避けでしたか。

 そうだ!太田貴子さんって、レッツゴーヤングのレギュラーでしたよね。楽曲につい目を奪われて、アニメしか思いつかなかった我が身を恥じます。アニヲタってやーねえw マミ30周年で少しだけ盛り上がっているので、そちらの今後にも期待します。

 B面執筆も半ばまで来ておりますので、気長にお待ちくださいませ。

No title

No NAMEさま

 コメントいただきまして、ありがとうございます……あの、怒ってます?w

 なんとなく「平凡」「平凡パンチ」をまとめ切れていない感じではありましたので、ちょいと補足させてください。

 最初にこれらの雑誌が発刊された当時、社名は「平凡出版」だったんですよね(あくまで史実として)。
 「週刊平凡」の創刊が1959年、翌年には100万部を突破したようで。「平凡パンチ」の創刊が1964年だそうです。2年後にはこちらも100万部を突破してます。ちなみに「ポパイ」の創刊が1976年、「ブルータス」が1980年なんだそうで、その後83年に社名を「マガジンハウス」に変更しています。87年に創業者の判断で「平凡」が休刊となります。

 ご指摘の通り、「平凡出版」のころのこれらの雑誌を手に取った人は、確かに少ないでしょうね。S.44生まれの私が小学生のころに手に取ったあたりが、最後だと思われます。

 んで、実は私自身、そのころの切り抜き記事(伊藤つかさのファンだったもので)をいまだに残しておりまして、そのころの記憶が、まだ「平凡出版」だったもので、かなり偏った記事になっております。

 あ、太田裕美さんの年号は修正しておきます。いろいろとご指摘、ありがとうございました!

No title

まどマギはまだ見てないので詳しくを知りませんが(名前は放映時から耳にし当時けいおんの件とは別の知り合いが興味を示していたので余計に見たがり、そのまま数年の年月が過ぎた……)、見た目が可愛らしい魔法使い少女モノであるとのギャップは、ほろ苦さならば僕は良いと思うんです。
噂に聞こえるダークなものだったら、それ自体はいいにしても、見た目ももう少し大人向けっぽくして欲しいよ、と思うわけです。
というか、この外見と中身との取り合わせに喜ぶ人はどれくらいいるんですかね?

今年も解説お疲れ様&ありがとうございましたm(__)m

さて私のパート、振りをおほめ頂き恐縮ですがどちらもモーション作成者様は別におりまして、私がしたことと言えばステージを選んでカメラワークを決めて、あとは仕上げにお歌詞をトッピングしたくらいです(笑)
というかモーション探してて伊代ちゃん見つけて「センチメンタル…→センチメートル、ティンときた( ̄▽ ̄)b」で作成決めたぐらいですからw。(最初はマッチョドラゴンでやろうと思ってたぐらいだし(^^;)

そんな感じなのでお歌詞作りも実はあまり苦労してません。動画確認してもらうテスト用の初稿が30分ぐらいですw。
うん、愛ですよ愛、ちひゃ可愛くて仕方ないもん。
当時のドリフの面々が伊代ちゃんを大変可愛がっていたそうですが、その理由がいじった時のリアクションのよさで、しかもそれが計算とかじゃなくて素の天然さだった所で、私のもきっとそんな感じです(キリ)。

あ、動画は「松本伊代とスクールメイツ改めキャプテンの二人」ですのであしからず(^^;

No title

猫ジーナPさま

 コメントいただきまして、ありがとうございます。

 そうだ、3人はいなかった~! うひゃあ、はずかしい。
 でもコメントいただいたからには、前後関係を残すためにも、修正しないほうがいいかなあ・・・w

 本当に個人的な意見なんですが、この動画、絶対の当時の松本伊代本人よりかわいいですよね。後ろの二人含めて、本当にかわいい。制作時間かけてないとおっしゃってますが、ご謙遜ご謙遜。十分時間かけていらっしゃるじゃないですか。まあコマ撮りしちゃうPさまもいらっしゃるので、それに比べてというお話かもしれませんが、何より「愛」ですよ「愛」w

 82年組のアイドルたちって、最初に登場した南沙織のころのカンブリアン爆発から数えると、2度目の生物多様期だなって気がするんですよ。それだけに多様な人材がいて、みんな大事にされてて、シブがき隊と話をすると妊娠するからしゃべっちゃだめとか言われたとかいう話もそんな感じで。ドリフに大事にされてたってお話も、なんかいい話だなあって。あまりスレてなかったんでしょうね、彼女。作ったリアクションじゃなくって、それでいて適切というか。

No title

絵の木さま

 「まどマギ」に関しては、別記事もありますので、そちらもご参照下さいね(宣伝!)
 私もこの絵柄にダークな世界観という組み合わせに、疑問を抱いた一人ではありますが、基本的にはそうしたハードでダークな印象を絵柄で払拭して、観客に対するインターフェイスとしての触り心地のよさを重視した結果だと思っております。

 もう1点指摘しておくなら、制作にいたる当時のアニメ界の文脈ってのがありましてね。蒼樹うめ原作のマンガ「ひだまりスケッチ」のアニメを監督したのが新房昭之氏であること、この作品がオリジナル企画の作品であり、上記のような触り心地を考慮した選択の結果としての蒼樹うめ初のアニメ用のキャラデザインという流れですね。そういう流れの中では、驚くに値しない話なのかなと。

 またこの組み合わせに需要があるのか?といわれれば、それを確認するためにも、一度見ることをオススメしておきます。少なくても最後まで見切れば、悪い話じゃありませんから。

No title

まどマギの記事は1ヶ月前に読んだばかりなのにすっかり忘れていました。
で、また読みました。が肝心の作品を未見なのでそちらについては後ほど。

子供向けでダークなものというと、昔から特撮なんかでよく描かれてきたようですが、それとは違った感触なのでしょうか。

No title

ん、そもそもまどマギは当時の文脈により絵柄がああなっただけで、子供向けではない……?

No title

絵の木さま

 「まどマギ」に限って言えば、そもそも深夜枠のアニメですので、子供向けではないですよ。
 脚本の「虚淵玄」とかいう人も、ゲームや他の作品でも、ダークな世界観の脚本を手掛けているので、この時点でも単なる子供向けではなく、アニメファン向けのつくりかと想像されます。

No title

彼のシナリオの方面にも、まにまにさんは明るいの?
あ゛、いや、シナリオの作風は暗いでしょうが…って、そうじゃなくてですね…!
…スミマセン。

No title

絵の木さま

 いや、まったくw
 虚淵さんに関しては、「まどマギ」で初めてその名前を認識しましたし、友人から話を聞いたのと、ネットで調べた程度で、さしたる知識はありません。虚淵さんの手掛けた作品をよく知る方にとっては、「まどマギ」も大したことないのかもしれませんけれど、知らなかった私には新鮮でした。
 特撮フリークの私にとっては、現在放送中の「仮面ライダー鎧武」も彼が手がけているので、その物語の収束に期待しているところです。

No title

今年も解説ありがとうございます!
私の担当箇所は、ゴジラとパーマンですね。

アイドル化したゴジラ。
元来の『恐怖の象徴』としての怪獣ゴジラではなく、子供に人気のマスコットキャラクターとなり、ギャグっぽいネタも入るようになり「シェー」なんかしちゃうわけで。「アイドルと化したゴジラ」なんてひねた批評の記事なんかもありました。そこから、今回のテーマ、「アイドル」に関係するよね!ということです。
今回のテーマが「アイドル」なわけで、アイマス自体がアイドルなわけで。そりゃ普通に作ったら普通だから、普通は他の人に任せて違うのを作ろう!と。視聴者さんも同じような映像が続くと飽きるかな-とか。
私、ゴジラにはなんとなく縁がありまして。うちは親が厳しくて小遣いをもらったことがなくて、でもわずかに買ってもらえた本のひとつに、「完全保存ゴジラ図鑑」というのがありまして。なぜ興味をもったのか、なぞですが、たぶんゴジラ映画を観せてもらえなかった悔しさから本でいろいろ情報を知りたかったということかな。歴代ゴジラって耳があったり顔つきが違うんですよねー。あと、ゲームのゴジラの制作にもちょっと関わってたり。そのときもゴジラのことを調べたりして。そして今年もまたゴジラが助けてくれたわけですw

パーマンは最高ですよね。
藤子ワールドの中でもちょっと変わっていて、お約束な「ひ弱でいじめられる主役少年」が「すごい能力や道具をもったキーキャラクター」に助けてもらうというお話から外れているんですよね。自分自身が強くなっちゃう。でも本人のドジっぽいのは変わらない。カッコ悪いけどかっこいい。幼稚園の頃に藤子不二雄の漫画キャラを描くのが好きで、よくパーマン描いてたのを覚えてます。
今回選んだ理由はもちろん、星野スミレがアイドルだということ。漫画版もTV版も何度かのリメイクで終わり方やパー子が正体を明かすタイミングが違っていますが、いずれにせよパー子かわいいのは共通。アイマスのメンバーの中でもツンデレである伊織が似合うかなと。
いいよなぁ。ずっと思い続けてくれる女性。はぁ。嫁が欲しかったなぁ。(あ、おっさんの愚痴が始まりそうだぞ逃げてー)

さてさて、記事中に40ぐらいで亡くなっている方のことが何度か出ており、びくびくしておりますが、私も40過ぎてそろそろ身体がいうことを聞かなくなりつつも、今さら健康を気にかけ始めました。お互い身体はなんとか大事に。
来年もなんとか出来るかぎりのメンバーで、出来る限りの作品となると思います。無理せず楽しくが長続きの秘訣かもしれません。

No title

仮面Pさま

 コメント頂戴いたしまして、ありがとうございます。

 自分が子供のころ、正義の味方=アイドル化していったゴジラっていまでもどうも苦手で、特撮ファンとして一応一通り見てはいるんですが、いまだにゴジラ好きにはなれずにいます。なので今度公開されるアメリカ版ゴジラも、かなりどうでもよかったりしてます。それにしても大胆な動画で、楽しかったです、笑いどころがたくさんあってw

 パーマンは私もすごく好きな作品で、他の藤子作品とは異なるヒロイズムがあると思うんですよ。あれってF先生の中のヒーロー観なんだろうなって見てました。パー子に扱いについても、すごく複雑で、アイドルという正体を隠しつつ、パーマンセットが本性を暴きつつも、それすら隠してしまうというダブルギミック。さらにミツオへの恋心が透けて見えてくると、そのギミックがプラスにもマイナスにもなるというこの絶妙さ具合は、1枚看板のアメコミヒーローの斜め上をいっていると思います。

 来年も楽しい動画、期待しております!(ふひひ)
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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