釣りキチ三平~釣りと科学と水墨画~

 実は7月末から母が入院生活をしている。左半身が不自由な生活をしていた中で、夜中トイレに起き、トイレまでの移動の途中で尻もちをついたのであるが、その場所が運悪くふすまの桟であったために、圧迫骨折を起こしてしまった。起き上がれないため救急車で運び込み、入院生活となった。現在もなお無職の私は、80歳を迎える父親とともに看病にあたっているが、基本的に完全看護の病院であるため、大したことはできない。そのかわり少しずつ回復する母親の元気にしたがってグレードアップするわがままにつき合わされて、日々の見舞いを繰り返している。母親は病院に任せておけばいいが、父親もいい歳なので、健康を害さないように気を付ける毎日である。

 そんな母の入院生活の中で、ふとしたタイミングで談話室にてこのマンガと再会した。それが「釣りキチ三平」である。現在では「キチ」はほめられた言葉ではないにしろ、漫画のタイトルだからいたしかたない。筆者が小学生のころに大流行し、このマンガを経由して一度ならず竿を握った世代である。しかもその人気絶頂のころにアニメにもなっている。つい懐かしくなって近所のレンタル屋においてあったDVDを借りてみると、もう懐かしさで胸が張り裂けんばかりになったので、ここにいろいろ記しておきたい。

<作品概略>
 漫画「釣りキチ三平」は矢口高雄の作品。1973年から約10年間にわたり週刊少年マガジン誌に掲載された。岡田斗司夫著「オタク学入門」(新潮OH!文庫)によれば、1973年は未曽有の第1次オイルショックとその余波による紙不足の結果、人気絶頂だった週刊少年マガジンの売り上げがどん底にまで低迷した時期に当たる。それに拍車をかけたのは人気連載である「あしたのジョー」の終了である。まさに第一次マガジン黄金期の終焉である。紙不足は少年誌自体に大打撃を与えたが、その中でサンデー、チャンピオンは勃興期を迎え、来るべき80年代のジャンプ一人勝ち時代の先駆けとなる。「釣りキチ三平」はそんな中で産声を上げたのだ。
 親の顔も知らずに秋田の片田舎で祖父とともに暮らす少年三平三平(みひらさんぺい)。物語は竹竿作りの名人で祖父の一平や、近所に住む幼馴染に暖かく見守られながら、主人公・三平がただひたすらに釣りを愛し、様々な魚へのアタックする様子を描く釣り漫画である。「釣り」というジャンルに特化した作品としても草分けであるし、作者・矢口高雄氏が実際に釣りをした経験が、そのまま漫画として作品にフィードバックされているため、劇中で三平が繰り広げる様々な釣り勝負には臨場感やリアリズムがただならぬほどに感じられる。もちろん釣り経験者である矢口氏の解説は懇切丁寧であり、HOW TOものとしても使えそうなのだが、やや経験者向きのアドバイスは実戦向きではないのか、子供の頃の体感としてはあまりにも玄人向きでした(トホホ)。
 そういえば、現時点で確認しようがないのであるが、最初に発売された単行本の初期巻において、三平くんは少年ではなく、大学生ぐらいの風情で、たばこを吸っていた描写があったので、初めて読んだ時にぎょっとした記憶があるのだが。ご存知の方はいるだろうか?

<漫画版、その科学と伝奇>
 漫画版の三平を読んでいて思うのは、三平の釣り、いやさそもそも「釣り」というものは、まことに科学的に理に適っていると思わせる描写が散見することだ。もちろん部分的にはハッタリもあるのだろうが、不思議な文様をたたえたイワナや黄金のイワナの出自、アユのおとりを使った友釣りや日本の毛ばりを使ったテンカラ釣り、それに対するフライフィッシングの類似性と差異などの描写は、釣りというどこか牧歌的に思われる趣味の世界の基礎に、ちゃんとした理にかなった科学的な考え方が存在することを示している。こうした描写は枚挙にいとまがないが、こうした科学的描写の積み重ねが、いわゆる「怪魚」と呼ばれる桁外れに巨大な魚や、現実にはあり得ないほどの異形の魚たちへの釣りとしてのアプローチに現実味を持たせることに成功している。
 面白いのは三平くんという釣りマニア(笑)は、釣り方にこだわりがない。それどころか新しい釣りの方法を次々と取得しては、伝統の釣りでは成しえなかった釣りに挑戦することになる。釣りとは直接関係がないキャスティング大会、有明海のムツゴロウ釣り、そしてハワイのブルーマーリン(大物カジキマグロ)やカナダの巨大サーモンなどの釣りと、三平くんが住む秋田での渓流釣りや鮎釣り、タナゴ釣りなどが、完全にパラレルに描かれており、劇中で三平くん自身が言うとおり、その場所や環境に合わせて適宜釣りスタイルや方法を選んでいる。実際には釣りスタイルや釣り場を選んで限定している釣り人が多いのは、どれもこれもやっていたら、その釣りのための機材をそろえるためにお金がかかるからで、いくら趣味とはいえ、あまりに守備範囲を広げすぎるのは個人の趣味としてはあまりに金喰い虫になってしまう。「釣りキチ三平」という漫画は、そうした釣り人の不満解消もしてくれるマンガなんじゃないかと思う。

 筆者が漫画を読み返して思うのは、釣りの規模や対象魚の大小まで様々な話が混在して展開するくせに、同時にファンタジーまで持ち込んでしまう貪欲さだ。たとえば連載中盤あたりのエピソードではジャックという巨漢のカナダ人の釣りマニアさんが登場する。巨大な竿や仕掛けで巨大な魚を釣るビッグファイトを所望して三平の家を訪ねてくるのだが、そこで三平がジャックに教えたのは小さな仕掛けで釣るタナゴ釣りだった。それはビッグファイトにおける緊張感やスピリッツは、小さな仕掛けで小さなタナゴを釣る緊張感に負けるとも劣らないという一平じいちゃんの逆転の発想からだったが、その話はさらに次回に続く。三平は開催されたタナゴ釣り大会の優勝を蹴ってまで、ジャックに100匹のタナゴをつらせることに執着する話へと展開する。その理由がまことに心温まるエピソードなので、気になる方は是非探してでも読んでほしい。さらに続く回では、ジャックは自分の得意とするフライフィッシングによって三平とともにユキシロヤマメ釣りに挑戦する。ジャックの教えを乞うた三平は、その次の回で黄金に輝くイワナを釣る物語へと展開し、さらには長編となるカナダのサーモン・フィッシングへとつながっていくのだ。このようにたかが釣りと侮るなかれ。一つの釣りから次のスタイルの釣りへと展開し、対象魚を変えてまで展開していくこの粘り強いほどの展開力こそが、「釣りキチ三平」という作品を長寿作品へと進化させた原動力だと思える。もちろん「釣り」という趣味の幅も規模も懐の深さもあってこその話だろうけど。

<アニメ版、その背景の美しさ>
 一方のアニメ版ではあるが、1980年から82年までフジテレビ系列で放送された。全109話であり、そのほとんどが原作通りにアニメ化された(一部改編やエピソードの取捨選択はある)。どうしても本作に関しては、三平役の野沢雅子さんや鮎川魚紳役の野沢那智さん、三平の幼馴染のユリッペ役の白石冬美さんなどの豪華声優陣の演技に耳を奪われてしまう。現在のように短い放送機関の中で、情報量を圧縮するように吐き出される演技もへったくれもない声に対して、ゆっくりとタメのある安心の演技が素晴らしい。現在の声優さんの演技の主軸が、いかに情報量を圧縮するかにおかれているとすれば、その差は歴然としているし、目を閉じて耳だけで聞いても豪華さが伝わってくる。こういうのって、もはやある一定の年齢層にしか伝わらないんだろうなと思うけど、なにせ40代無職男性のたわごとなので、大目に見てほしい。

 さて筆者は漫画と比較してアニメ版「釣りキチ三平」のもう一つの美点に気が付いたので、この場で指摘しておきたい。それは背景美術の美しさである。漫画版における背景は、それはもう緻密に描かれており、そうした背景の中でシンプルに描かれた三平たちキャラクターが、高い頭身を保ちながらも手足の長さを生かした動きのある演技でもって背景に映えるように描かれている。それは矢口高雄氏の筆致の特徴でもあり、矢口氏の描き出す漫画全体に貫かれているポリシーと言ってもいい。キャラクターが動くことで物語が展開するのは当たり前だが、その背景に描かれている大自然こそが主役だとでもいうかのように、厳然とそこに主張する。三平でいえばバケモノイワナを戦ったしぐれ谷だったり、巨大なイトウを負った北海道の湿原だ。その圧倒的に広大だったりインパクトのある美術舞台設定を、三平がほめたたえるところから物語が始まることが多いが、物語冒頭で印象付ける大自然こそ、矢口氏が三平に込めた裏テーマでもあるのだろう。事実エピソードとしても自然破壊やダム建設などの事態が物語に影を落としているし、そうした環境保護とは相対する人々には容赦ない仕打ちをキャラクターにさせる一方で、三平や作者本人はそれを否定も肯定もせずにいる。公害に苦しみ開発によって失われた自然を顧みることになる70年代だからこその裏テーマだろう。

 アニメではそうした緻密でいて裏テーマを仕込んだ背景を、まるで幽玄の世界に引きずりこまれるような水墨画的な表現で背景としている。もちろん描くべき地形などは表現されているが、画面をびっしりと塗りつぶした漫画と異なり、うすぼんやりとした山の尾根や朝霧に隠れるような湖面の水面などの表現は、まことに怪しくて美しい。漫画の筆致と比べて手抜きだと指摘する向きもあるだろうが、筆者はそうは思えない。むしろこれから三平が立ち向かう謎の怪魚や、これから起こるであろう魚とのファイトに向けて、見ている我々の期待とも不安ともつかない感情までも見事に表現した、背景による視聴側の感情操作にまんまとはめられている気がするからだ。同じ日本アニメーションが制作しているアニメ「ちびまる子ちゃん」あたりと比べてみるといいだろう。まる子の日常で描かれる背景はあくまで街の中や学校の教室や家の中で、その対象物がはっきりしている場合が多い。一転してまる子や友蔵じいちゃんあたりの感情を表現する場合、背景がどんよりしたり、不可思議な絵が並んだりするではないか。「ちびまる子ちゃん」の場合はそうした感情表現が話のオチありはサゲに来るため、常にそうした表現が現れるわけではない。むしろこれから見知らぬ魚とのファイトを控えて緊張や不安を目いっぱい抱えた三平くんと視聴者の感情は、まるで幽玄の美を象徴する水墨画的な背景に依存していることになる。さすがは日本アニメーションといったところか。

 さてアニメ「三平」は2年間の放送で全109話もあるわけで、筆者も全部見ているわけではない。今回はアニメ序盤の印象論的な話しかしていないし、むしろ漫画原作の話に偏った話になった。まだ自分の中の三平ブームは残っているので、機会があればアニメ全話視聴の暁に、再度チャレンジしてみたい。
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