OVAクラッシャージョウ~劇場版で物足りなかったあなたへ~

 過日、なんとな~くネットを徘徊しているうちに、久しぶりに「WEBアニメスタイル」の腹巻猫さんの記事にたどり着いた。すでに過去の記事で、劇場版「クラッシャージョウ」の音楽集について言及しておられる回(http://animestyle.jp/2013/10/22/6394/)だった。念のため書いておくけれど、腹巻猫さんは、本邦におけるアニメ・特撮音楽に関する研究者であり、その研究の成果は現在のアニメサントラ盤の解説を務められるほどの大御所さんである。腹巻猫さんが不定期に開催されていらっしゃる「サウンドトラック・パブ」に、10年ほど前に一度だけ飛び入りで参加したことがあった。他にお集まりのサントラ強者を知りもしないのに、夫婦でひょこっと顔だけ出して、流れる音楽を楽しむだけ楽しんで帰っていたのが、今もって緊張感を思い出させる記憶である。その時の温和で優しそうな語り口と、ご自身で運営されているサイトの掲示板でも、いくつかのサントラに関する疑問にお答えいただいて、後日大変恐縮した思い出がある。さてそんな腹巻猫さんが、「クラッシャージョウ」のサントラについて、どのようなお話をされるのかと思い記事に目を通すと、大変興味深い話が載っておりましてね…。

<作品概要>
 1983年の春に劇場公開された「クラッシャージョウ」については、以前本ブログ(http://naminomanima2.blog78.fc2.com/blog-entry-96.html)においてずいぶんとこき下ろしてしまって、その後だいぶ反省している。だってこき下ろしても、好きなものは好きなんだもん。んで、今回扱うのは劇場公開後の1989年に発売された2本のOVA版のアニメ作品である「氷結監獄の罠」と「最終兵器アッシュ」の2本である。現在映像ソフトとして販売されているものとしては「クラッシャージョウ DVD COMPLETE BOX」が唯一で、それ以降別商品の発売はない。近年日本映画専門チャンネルにおいて、リマスターされた劇場版が放映されたが、そのリマスター版の発売の様子もない。「氷結監獄の罠」については10月末にCSにて放送されてはいるが、そういう意味においてはなかなか日の目を浴びないOVA作品と言える。もしお近くの中古販売店で本作を見かけたら、即決で購入することを強くお勧めしておく。

 このOVAシリーズの監督を担ったのは滝沢敏文監督。長くサンライズ作品の演出や監督として鳴らしてきた方で、劇場版「イデオン 接触編・発動編」の演出は富野由悠季御大の傍らにいたこの方の手によるものだ。その他、装甲騎兵ボトムズのOVAやダーティペアなどが代表作か。残念ながら2015年6月に物故されている。先のDVD BOXに収録されているライナーノートには、滝沢監督のインタビューも収録されている。この滝沢監督インタビューの内容を読み解くにあたり、先んじて掲載されている劇場版の件で、監督・安彦良和と原作者・高千穂遙の対談がある。こちらについてもよくよく読んでいると、爆笑必至のエピソードがてんこ盛りで、当時の現場の暴露合戦となっている。詳細はここでは書かないが、要するに劇場版「クラッシャージョウ」に関して、高千穂遙氏は、アニメ史的な位置づけの中での本作の価値を認めるといいながらも、その出来栄えに満足していなかったようなのだ。そこで完全に仕切り直しとして製作されたのが、OVA版ということらしい。滝沢監督インタビューを読む限りにおいては、このOVA版の製作においても、滝沢監督と高千穂氏は度々衝突していたようで、決して穏やかな現場ではなかったようだ。ただし、その原作者と監督の二人の衝突は、劇場版の問題点を仕切り直した上で、相乗効果としてのOVA作品を作り上げたのではないだろうか。

 最初に発売されたのは「氷結監獄の罠」だ。建国の英雄が独裁政権を敷く惑星オーロ。この衛星軌道上で事件が起きる。本星に太陽エネルギーを送る人工衛星のエネルギー供給が暴発し、衛星軌道上を回る氷でできた監獄惑星にエネルギーが照射されてしまう。監獄惑星は衛星軌道を外れ、本星に落下しはじめる。このままでは監獄惑星の中に取り残されている囚人たちはおろか、本星への直撃で惑星オーロは大災害に見舞われてしまう。オーロの政府も総動員で事態収拾に当たるも、囚人の救出はおろか、大災害も回避できない模様。そこでやっとのことで休暇に入っていたクラッシャージョウたちのチームに出動要請がかかった。渋々任務に就くジョウたち。ジョウたちはいぶかしんでいた。監獄惑星を破壊すれば、独裁政権に盾突く思想犯を一掃できるし災害は回避できるはずだ。それを大金を積んでまで、なぜクラッシャーに依頼するのか? クラッシャーとのランデブーポイントに現れた巨大な戦艦の中で、筆頭秘書官を務めるヒュームが現れ、彼が救出作戦の陣頭指揮を執るという。ジョウは直ちに囚人救出計画を立案し、氷の監獄惑星に大量のロケットを取り付けて衛星軌道上から離脱させ、落下の心配がなくなったところで改めて囚人を救出する作戦を実行に移す。だがこの作戦に手を貸すふりをして、ヒュームは卑怯な作戦を目論んでいた。罠にはめられたジョウたちは、罠をかいくぐり、無事囚人たちと生還できるのか?

 次に発売されたのは「最終兵器アッシュ」だ。決死の覚悟でジョウたちと面会するカルロス大統領は、ジョウたちに極秘任務を依頼する。バンドーレ共和国とカルミナス公国は長きにわたる泥沼の戦争状態を抜け、ようやく停戦にこぎつけた。だがそれを潔しとしないバンドーレ側の叛乱軍人は最終兵器アッシュの使用を決意し、その管理者であるタニア少佐ごと強奪した。だが彼らの戦艦は中立地域にある惑星ダビドフへと不時着する。ジョウたちがカルロス大統領から受けた密命は、タニア少佐の救出とアッシュの確保であったが、救出先である惑星ダビドフは、すでに放棄されたのちに独自進化した殺戮兵器「クローカー」が跋扈する魔窟であった。ジョウたちはクローカーを排除しながら任務を全うできるのであろうか? そして事件の真犯人とは?

<劇場版に足りなかったもの>
 筆者の個人的な思いを吐露しておくと、筆者はこのOVAを見て、劇場版の不満を一気に吹き飛んだ気がして、胸のすく思いだった。その一方でこのOVA作品にあるいくつかの問題点もあり、その理由を求めると劇場版の良さに帰結するというループに落ち込んでしまい、大変不思議な気になったのだ。その点をかいつまんで説明していきたい。

 劇場版がどうして魅力的に感じられなかったかという点に関していうと、ジョウたちクラッシャーは、マーフィ・パイレーツと丁々発止のバトルを繰り返しているだけで、彼らの本質的な「クラッシャー」としての仕事に従事していなかったことにある。劇場版にてジョウたちがクラッシャーとしての仕事に従事していたのは、物語冒頭のオープニングアクトであるジョウチームの紹介シーンである(そのあとの要人運搬はすでに無認可営業だから、後に罰せられることになるのでね)。小惑星に3機の宇宙船が接近し、ミネルバの援護の元、ファイター1&2が小惑星に突入する。ルートが分割し、それぞれのルートに張り込んだジョウは、防災対策用のシャッターの降りるギリギリを見切って突入し、内部破壊の準備を進め、大爆発に巻き込まれる危険を排除するという、息もつかせぬアクション満載のシーンだ。事の詳細は劇場版の小説「虹色の地獄」に詳しい。つまり劇場版では激しいアクションを見せる一方で、クラッシャーとしてプロを自認するジョウたちの仕事ぶりを堪能できるものではなかったのである。もっとも原作のほうでも前段でプロの仕事を堪能させた後でドンパチの連続に入ることが多いので、それは原作者とて文句を言う筋合いではないと思うのだ。だが「氷結監獄の罠」では囚人救出と監獄惑星を移動させるという2つの難事業を、クラッシャーらしい奇想天外のアイデアで乗り切ろうとする物語なので、クラッシャーのプロ意識が隅々まで生き渡っている。その意味ではまさにクラッシャーらしい仕事ぶりが堪能できる作りと言える。もちろん物語は単なる囚人救出だけではなく、裏で動いているヒュームの暗躍を暴いて見せ、惑星オーロの独裁政権の実体を脅かす事実を白日の下にさらすことで、オーロの騒動にくさびを打ってまでいる。その仕事っぷりは、いっそ「プロジェクトX」にしたいぐらいだし、解決に至るドンパチにも説得力があるから、充実した物語運びが楽しめるOVAだと思う。劇場版で不満に思うのなら、このOVAを見て損はないはずだ。

 滝沢監督インタビューには、劇中何度も登場する「クラッシャー」というアイキャッチが、OVA発売当時たいへん不評だったことが語られているが、これをみてアニメ「トランスフォーマー」を思い出した人も多いだろう。だが時間を短縮し、余分な時間経過を省く効果をもつこのアイキャッチを否定できるとは思えない。むしろ先の劇場版でもこれが採用されていれば、無駄な時間を省けて、作品のテンポがあがったのではないかと思うぐらいだからだ。もちろん滝沢監督のインタビューには映画とOVAの時間の経過の違いをもって、映画には適さないと判断されているが、あの長尺の映画のだらっととした時間経過を顧みれば、あのアイキャッチは慧眼だと思わざるを得ない。

<劇場版に対する否定語>
 一方の「最終兵器アッシュ」では、先のクラッシャーのプロ意識の発露とは対照的に、ドンパチが物語の中心にある。タニア少佐とアッシュを確保し、クローカーという殺戮兵器を退けた上で、事件の首謀者を突き止めるという三重構造の物語が平行して進むのだ。これも劇場版とは異なる点で、マーフィ・パイレーツを壊滅させ、自分たちの無実の証しを立てるために行動するジョウたちは、あくまで利己的に動いているだけで、ここにもプロ意識よりも若さや勢いの方が勝っている。本質的にマーフィが何を狙っているか、マチュアの正体が何者かなど、ジョウにとってはわりとどうでもよく、すべての事実をジョウがつかむのは、すべてが終わってからで、ジョウたちの活躍もダンの掌の上で踊らされてのことだったという外的要因が最後のオチとなっている。実はこういう構造は夢オチと同じで、主人公含め見ている我々が納得しやすいものではない。もしこれがダンからの密命を受けての仕事だったとしたら、もっと充実した活動が約束されたジョウたちだったとすれば、最初の脚本の段階での問題にたどり着く。それに比べれば、本作は最初からお仕事として依頼を受けているので、残弾数を気にしたり、最後の脱出経路をチェックしたりと、プロの仕事が光るシーンが散見される。劇場版の行きあったりばったりな行動とはわけが違う。

 と、ここまで書いてきて、なるほどと思ったあなたはするどい。そう、つまり本OVAシリーズの「クラッシャージョウ」は劇場版の反省点から作り直されているとはいえ、あまりにもその起点として劇場版を意識しすぎる傾向が強い作品群ということになる。作品自体の面白さが劇場版に対する否定語を並べているだけでは決してないが、もし劇場版との製作順序が逆なら、劇場版をもっと楽しめたのではないかという懸念すら生まれてくるのだ。

 さて最後にもう一度腹巻猫さんの劇場版クラッシャージョウの音楽に関する記事に触れておきたい。先の記事によれば、劇場版のオーケストラによる壮大な音楽は、クラッシャージョウという若さあふれるアグレッシブな作品には、若干不釣り合いだと思うというようなことが書かれている。この点に関しては筆者も同意見ではあるが、OVAで使用されている奥慶一氏の音楽も、劇場版の前田憲男氏の音楽の影響を受けているだけでなく、程よいダウンサイジングされた音楽で、OVA作品としては程よい感じでまとまっている楽曲となっている。そう考えると、劇場版におけるすべての問題点の数々は、すべてOVAへ至る試金石として意味を持っていたと考えれば、劇場版を無下に否定できるものではないのかもしれない。
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波のまにまに☆

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