宇宙海賊キャプテンハーロック~その3・マゾーンという母性と松本宇宙~


<物語の行方>
 物語が大きく展開するのが2クルー目の最後の話となる26話「はるかなる長い旅」である。もちろん展開するのはハーロックではなく、女王ラフレシア率いるマゾーン側だ。あまりにも長い旅路の中で、マゾーンの中には造反者が続出する。マゾーンの民衆は長旅に疲れ、旅程にある手近な星への移住を渇望するものも出てくる。ラフレシアはこの旅を決めた時、マゾーンの全人民のすべてを救うことを念頭に、文官主導による移住計画を進めていたのだが、その一方で移住先に思わぬ敵が現れた、誰あろう、キャプテンハーロックとアルカディア号である。軍人たちはハーロックを亡き者にすれば地球の占拠や移住は簡単であると踏んだらしく、ハーロックに対する攻撃に躍起になっていたが、それもままならない。そんな袋小路の状況の中で、民間人が暴発し始めた。文官の代表であるテシウスですらそれを押さえることができずにいる中、武官の代表であるカサンドラは、ハーロックが民間人に手出しできないことを見込んで攻撃をしかけてくるものの、その戦いでカサンドラは戦死する。また民間人と一緒に脱走した罪でテシウスを自殺に追いやったラフレシアは、もはや両翼をもがれた状態となる。この状況を打破するため、ラフレシアはキャラバンを地球へと進める一方で、ハーロックとの徹底抗戦を決める。だがハーロックがマゾーンと戦う理由について測りかねるラフレシアは、一抹の不安を抱えたまま、残った武官・クレオを頼みに歩みを進めるしかなかった。

 己の意地をかけて、ハーロックと戦う決意をしたラフレシアであったが、地球に潜伏している同胞を使って切田長官を利用し、まゆの存在に気づく。ハーロックの戦う理由をまゆの存在にあるとし、クレオはまゆの拉致をラフレシアに進言する。一度はそれを拒んだラフレシアもあまりの劣勢に迷いが生じ、ついにはまゆを拉致してユリシーズ星雲のどこかの惑星に幽閉してしまう。27話から始まる物語は、ユリシーズ星雲のいくつかの惑星を巡り、いくつかの挿話をはさみながら34話までの間は、マゾーンの数々の罠を潜り抜けてハーロックがまゆを助け出すまでの物語となる。その激戦の中で、アルカディア号は乗組員ともども限界まで疲弊していた。30,31話は海賊島の中でアルカディア号の保守作業中にハーロックが語った、アルカディア号の誕生秘話である。

 32話ではマゾーンの地球先遣艦隊が太陽系に駐在する地球艦隊や輸送船を蹂躙し始める。マゾーンが本格的に地球に攻め寄せている状況になる。ところがそれすらハーロックのせいだと信じて疑わない地球の無能な権力者たち。そんな中、切田は前任の長官である大田原と再会する。大田原は妻をマゾーンと断定して射殺。地球人類の中でいち早くその存在に気付いたために痴れ者扱いされ、更迭されてしまったのだ。だが男の気概は腑抜けの集まりの中にあっても失われず、ついには単機でマゾーンと戦い、命を散らしていく。奇しくも若き日のマスの想い人であった(33話)。

 続く34話にてユリシーズ星雲の双子星にてまゆを取り戻したハーロックたちは、一路地球へと向かう。一方地球首相の秘書を務める波野静香は謎の行動をとり続け、切田にマゾーンと内通している罪を着せることに成功する。だが死刑の日に静香は切田を助け出す。自首するという静香を助けたい一心で、切田はハーロックに請い静香をアルカディア号へと乗船させる。だがこれこそがマゾーンである静香の目的であり、有事の際にはアルカディア号を内部から破壊するための芝居だったのである。アルカディア号の艦内を回る静香は、ついに隠されていた42人目の乗組員の存在を知る。時を同じくしてハーロックもまた静香の本性に気づいていた。内部爆破を決行する静香だが、ハーロックの巧みな人員配置の結果、出鼻をくじかれることになり、ハーロックたちは破壊された兵装を使わずして、ラム戦のみでマゾーン艦隊を退却させることに成功する。作戦の失敗を知った静香は、気づき始める。ハーロックを愛し始めてしまったことに。アルカディア号を追い出されて、マゾーンの戦闘機隊から攻撃を受ける中、再びアルカディア号に生きて戻ってきた静香は、その想いを赤いセーターに託し、偽りの爆弾を使ってハーロックの手で死ぬことを望む(35~36話)。

 38話ではついにハーロックはまゆに真実を語る。アルカディア号の中央コンピューターにはまゆの父・トチローの脳細胞と魂が宿っており、それまでのアルカディア号の自立行動も、これによるものであると。まゆはアルカディア号に乗ることを譲らなかったが、ハーロックの言葉を受け入れ、切田長官を頼り、養父のいるアフリカへと向かうことを承諾する。だが続く39話にて、ハーロックとともに戦うことを誓った切田は、マゾーンとの激戦の中で壮絶な最期を遂げてしまう。三度トカーガ兵の襲撃により白兵戦となったアルカディア号の中で、ハーロックは滅びゆく種族が咲かせた新しい命の誕生を目のあたりにする(40話)。そして数多くの激戦を繰り広げたアルカディア号は、ついにマゾーンの旗艦ドグラスの目の前にたどり着く。だがその巨大さ、そして苛烈な攻撃と鉄壁の防御を前になすすべがない。ドグラスの側面にアルカディア号をへばりつかせ、周囲からの攻撃を極力かわし、ハーロックたちは逆に白兵戦を仕掛け、ラフレシアに迫ろうとする。そしていつしか始まるハーロックとラフレシアの一騎打ち。戦装束に身を包んだラフレシアにサーベルで勝負を挑むハーロック。何度目か切り結び、ついにはラフレシアを傷つけるところまで追い詰めたハーロックは、ラフレシアから流れる赤い血を見てサーベルをしまう。ここに果てしなく続くと思われたハーロックとマゾーンの戦いは終結したのである。だがラフレシアが去り際に残した「私は去る」という言葉に、ハーロックは疑問を感じていた(41話)。

 ラフレシアが最後に残した言葉の意味を、ハーロックはすぐに思い知ることになる。海賊稼業の解散を決め、仲間たちと別れることを決めたハーロックは、意気揚々と戻った地球で、すでに管理番号でZに指定された仲間たちが、犯罪者扱いされて地球に居場所はないことを思い知る。そんな折、地球上に残っていたマゾーンが世界各地で一斉蜂起し、主要都市は瞬く間に焼け野原となる。地球に打ち込まれたペナントからの虹色の光によって活動を始めた地球上のマゾーンを倒すべく、アルカディア号はパルサーカノンの一斉射撃によってペナントを破壊し、同時に地球上のマゾーンは滅んだ。そして荒廃した地球はまゆやアルカディア号の乗組員たちが復興のための活動を始めた。ミーメとハーロックを乗せたアルカディア号は宇宙の彼方へと飛び去っていく(42話)。

<母性の否定、父性の肯定>
 ハーロック側アルカディア号の面々が、ハーロックを頂点とする父性のグループに対し、ラフレシアを頂点とするマゾーンの一族は母性を象徴するグループであると、前回指摘して終わった。この話をもう少し整理してみたい。ラフレシア側マゾーンの一族が「母性」を持たされていることは、マゾーンが宇宙に人類の種をまき、その種子が芽吹いた結果として地球人類やトカーガ人やミーメたち宇宙人が存在しており、一貫して宇宙の生物の根源はマゾーンであることになっている。つまりマゾーンはあまねく宇宙に生きている生物の根源であり、まさに宇宙の生物種の母であるといえるので、徹底して母性を象徴させられている。

 その一方でハーロックたちアルカディア号の乗組員については、その出自がわかる者に限定すれば、家族の存在がほのめかされていながら、母親が顔を出すことはほとんどない。台羽にしても物語序盤に父が死んでしまうが、母親は物語の時点ですでに死んでおり、母親の死の真相に関する疑惑から、地球政府を憎んでいたりする。有紀螢にしても父親の研究の顛末が語られるだけで、そこに母親の姿はうっすらとしか見えてこない。魔地機関長に至っては結婚をしながらも、その相手の女性がマゾーンであり、マゾーンとの間に設けた娘はマゾーンとして父親に銃を向けている。魔地は母性から背かれてさえいるのだ。このように主人公側については母性の欠落が著しいのである。そしてその集約として役割がすべてハーロックに集中しており、謎も魅力もそのすべてがハーロックに帰属する。

 さらに興味深いことには、2クール目の最後の話となる26話にて、マゾーンはハーロックと徹底抗戦することを決める。本来母星を失ったマゾーンの大艦隊は、地球へ移住するための大キャラバン隊であったのだが、文官と武官の確執、長旅に喘ぐ民間人の脱走などから、最初にラフレシアが打ち立てたすべてを救済するためのロンゲストマーチは、急展開を強いられた結果、ラフレシアは母性を捨て去り、卑怯にもまゆを誘拐してユリシーズ星系へと幽閉する。この時、ラフレシアはまったく母性を失い、ハーロックと対等なまでの武人の側面を見せるにいたり、ついに父性をもってマゾーンを統括することになる。こうなると物語、いや戦いの場には母性が喪失し、父性が主導権をにぎることになる。

 さて、こうまでして作品から母性を切り離してもいいものかと、少し悩みもするが、実のところ人類が生きるか死ぬか、マゾーンと地球人のどちらが生き残るかというシビアな戦いを前に、母性で戦いなどできるわけがない。そう考えれば母性の切り離しは納得もできる。

だがここで思い出してほしい。同じ作者の作品である「銀河鉄道999」における最後の敵は誰だったが? 鉄郎は誰のために立ち上がって歯を食いしばりながらも旅をつづけたのか? そしてメーテルが殺したのは誰だったか? こう考えをめぐらしていくと、どうやら母性の否定というのは、松本零士漫画の一つの特徴でもあるらしい。映画でもTVでも漫画でも、鉄郎が機械伯爵を倒すことで、「乳離れ」のイニシエーションとして鉄郎の成長が描かれていることは誰でもが見て取れるだろう。だが同時に鉄郎にとって「機械の体をタダで手に入れる」ことは、母親の期待にそうものだったはずだ。だが物語の進展とともに機械の体で手に入る永遠の命の無意味さと、嫌悪感を顕著にしていく。これもまた母親という母性からの脱却である。

またメーテルの思考をたどれば、物語上の母親であるプロメシュームを打倒することでしか、家族を取り戻せなかった。いや家族を取り戻す方法論がなく、すべてを灰燼に帰す方法論しかなかったとすれば、打倒プロメシュームは必然であり、それは母性の否定に他ならない。しかもプロメシューム自身の機械化帝国の発想が、自分も家族も身の回りにも永遠の命を要求したとなれば、その要求自体が母性であると仮定すれば、母性の発露として出来上がった機械化帝国の姿は、鉄郎やメーテルにはただの母親のお節介にしか思えない。となれば物語の必然としてプロメシュームは母性の象徴として断罪されるしかない。

 四畳半漫画の大傑作である「男おいどん」でも、主人公・大山昇太(のぼった)の住む下宿には、実に美しい美人が住んでいるし、昇太の通う予備校や大学にしても、美人が彼に近寄ってくる。それは同情と好意がないまぜになったやや複雑な感情なのだが、当の昇太にしてみれば、すべからく好意に思えるわけだ。ところが些細なことをきっかけに、その関係性は女性から一方的に打ち切られる。その事情を顧みれば、昇太に気の毒なものもあれば、そりゃ仕方がないと思わせるものまで、多種多彩に理由があるが、昇太が汚れたサルマタにまみれて眠る時だけは、母性を切り離し男性の論理だけで強がり、泣くしかない。女性の側にしたところで、自身の母性は必ず昇太の父性を由来する男らしさによって裏切られてしまうので、いたしかたない。

 むしろ母性同士がぶつかり合う作品としては、「新竹取物語1000年女王」が上げられる。特に劇場作品である「1000年女王」を見れば、地球と惑星ラーメタルの接近に伴う地球上で起こった大カタストロフを抜きに考えれば、作品当時の1000年女王である雪野弥生は、その母性故に方舟となった関東平野をして地球人類を守りたいと願ったし、ラーメタル人にしても、1000年に一度の春に渡る架け橋によって地球への移住を考えるのも、母性である。そしてこの二つの母性の戦いは、結局弥生の死でしか収束させられず、その結末はあまりにもむごいものであった。

 漫画「宇宙戦艦ヤマト」やいわゆる戦場漫画シリーズなどを見ても、母性や女性性が入る余地のない作品もあるから、こうして松本零士漫画をざっくりと俯瞰すれば、どうも母性を否定しているようにしか思えない。氏の談話など読む限りにおいて、戦闘機乗りだった父親にあこがれを抱く一方で、厳しい父親の教育に喘ぐエピソードや、一枚の美女の絵に重ねられた実姉への思いはよく語られている一方で、母親のエピソードは漏れ伝わってこない。このあたりに秘密の一端があるやもと深読んでみているのだが、どうだろうか。少なくとも松本作品からはいかにして母性を否定して見せるかが一つのテーマであり、母親のくびきをどうやって脱出させるかが、物語上の重要なモチーフになっているように感じる。

キャプテンハーロックというキャラクターは、松本零士が生み出したキャラクターの中でも群を抜いて父性が付与されていることからも、松本氏自身が母親のくびきから脱出するための装置であった可能性すらあるのではないかと推察してみる。だが、そのキャラクターは同時に多くのファンをも引き付け、時にファンたちの背中も推したのだろう。どこまでも男らしく、男らしさを極めるために生きていると思しきキャプテンハーロックというキャラクターは、すでに松本零士氏の手を離れたところ、私たちの心の中ですら独り歩きしているのではないだろうか。それが確認できただけでも、今回の長きにわたる視聴期間は貴重な時間だったと思う。

追記:2016.03.25
 宇宙の種の起源としてのマゾーンという母性を、父性の敵として撃退して終わった「宇宙海賊キャプテンハーロック」。比較としては不適当かもしれないが、最近DVDで「宇宙戦艦ヤマト2199 星巡る方舟」を見た。アクエリアスという種の起源、そして争っていた地球人類とガミラス人でも理解しあえるという可能性と明るい未来を見せるラストは、かつてのヤマトシリーズでは絶対に取り上げきれないテーマだった。ガミラスとヤマトという父性の激突に対し、試しとしてのアクエリアスの魔女の言葉の数々と、試練を乗り越えて理解しあえた後の共闘。もちろん理解不能の敵・ガトランティスあってのことだとはしても、この違いはやはり時代の希求なのかもしれないと思う一方で、共通の敵がいなければ互いに手を組むことも難しいのかという、別の側面の問題が発生していることも見逃せない。仮想敵国としての北朝鮮や中国などの存在が、歴史に不可欠な要素であると、三国志の物語を見ていても考えるところはいろいろある。母性を敵とする父性優先の思考そのものが、戦後、そして高度経済成長後を牽引していた思考であるとするならば、やはり時代が下がってきた印象は否めない「星巡る方舟」のラストかなとは思えてしまうのです。

 もう一つ、本編のラストエピソードで、アルカディア号のメンバーが解散するという件で、ハーロックが地球首相にメンバーの地球での生活を保障するよう嘆願するシーンがあるのだが、そこで地球首相の言い訳として、メンバー個々人に割り振られている番号が「Z」という犯罪者ナンバーになっており、それを外して再登録するのに時間がかかるという話があった。このシーンに続き、番号登録センターのような建物が映り、さてはこのあとハーロックがこれを破壊するのかと思いきや、一斉蜂起したマゾーンによってすべては灰塵に帰してしまうのだ。
そもそも番号で人間を管理するという手法というのは、一見すると理科系の発想に思えるが、データの集約としての管理手法として、一つの番号で一元管理する方法論には多々問題があり、情報漏えいや管理技術の難しさなど、問題を挙げればきりがない。自身で数多くの研究データを扱う理系のものなら、こういう思考はすぐにわかる。しかも人間の番号管理制度自体は、SFの世界ではすでに手垢のついたネタですらある。そう考えるとどうもこういう個人番号による人間の管理というのは、理系ではなくSFも読まない文系の発想なんじゃないかと勘ぐりたくなる。そう思えば、マイナンバーってどうよ、と。


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コメント

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No title

あらすじを読むだけでも、長い話だったなぁ……とつくづく思い出されました。
長文おつかれさまです。長いだけでなく、要約が端的で力強い。

『このように主人公側については母性の欠落が著しいのである。そしてその集約として役割がすべてハーロックに集中しており、謎も魅力もそのすべてがハーロックに帰属する。』

アニメスタッフの意図がどこまで及んでいるのかはともかく、78年アニメのハーロックの魅力を一文で切って取る鮮やかさに惚れ惚れしました。

ハーロックだけでなく、四畳半や999、戦場漫画に千年女王まで、松本世界を俯瞰した視点が興味深かったです。
マゾーン=母性の象徴、という視点はあらためて考えさせられました。原作は5巻までで途切れているために、母性たるマゾーンの機能は生かされなかったと感じますが、999のプロメシュームと比較して考えれば、その輪郭がおぼろげに見えてくるようです。

最後に、『だが、そのキャラクターは同時に多くのファンをも引き付け、時にファンたちの背中も推したのだろう』と語られますが、これはいったい何を指しているのでしょう?

お答えします

びくるさま

 コメントいただき、誠にありがとうございます。

 ご質問にあった件、これは「父性の是非」と「映画化」を差しております。
 ちょいと長い話になるかもしれませんので、ご容赦。

 この文章を書いた時、念頭にあったのは「ハーロックはどうして男女ともに人気を獲得したのか?」という疑問でした。その人気は映画「999」2作品の客演のほか、漫画「ヤマト」にも登場し、松本ワールドの中では中心人物だと思われますが、本文にも書いた通り、ハーロックには松本零士の抱えていた「父性への肯定」と「母性の否定」が込められているキャラクターで、本人のコンプレックスが多大に反映しているキャラです。それは場合によっては見る側のコンプレックスも刺激します。カッコいいキャラクターは、同時に自分のコンプレックスも刺激してしまうんですよ。

 けど、ハーロックの人となりは、そんなコンプレックスを跳ね除けて、ファンに大いに受け入れられた。その最大の理由は、そんなコンプレックスを跳ね除けるほどに大いなる、すべてを飲み込んでしまえるような大きな度量であり、父性がもっと大きな男性性の度量の大きさに変換されてたってことではないかと考えてみました。それゆえに「わが青春のアルカディア」のような、男性目線でしか理解しにくく、骨太な話が出来上がった理由じゃないかと思いました。

 ちなみに、この結論部分をカットしたのは、ちょっとクドいかなと愚考したからですが、まさか質問がくるなんて思わなかったもんですから、なんとなく感じてもらえればぐらいに考えていたのが、敗因ですw わかりにくくってすみませんでした。またお付き合いいただければ幸いです。

お返事ありがとうございます。
なるほど、映画化のことだったのですね。

 キャプテン・ハーロックの魅力は重層的なものだったのだろうと捉えています。そのひとつの要素として、若者を導く暖かくも力強い「父性」があり、同時に社会や権威が押し付ける規範をはねのけて「己の信じる旗の下に自由に生きる」あの輝かしい生きざまがあり、そして亡き親友の魂を胸に抱く孤独な旅人の陰がある。70年代のアニメシーンにおいて、あれほど多面的な普遍的な魅力をもったヒーローは、なかなかいなかったのではないかと想像します。
その魅力の中でも、私はハーロックの父性に強く惹かれる気持ちがあるので、こちらの考察は嬉しいものでした。78年アニメと劇場版999において、ハーロックの父性を印象づける多くの演出があったことを、あらためて感じました。

ところで、波のまにまにさまはCG映画のハーロックのコラムも書いていらっしゃるのですね。まだちゃんと読んではいないのですが・・・そうですか、リブートハーロックも・・・(遠い目)

ありがとうございます

びくるさま

 お返事までいただき、ありがとうございます。
 どうして私がハーロックの父性に注目したのかというと、本作のハーロックが他作品におけるハーロックに比べてもっとも年老いている印象があったからです。「999」だと鉄郎を導きながらも、惑星メーテルに突っ込んじゃったりするやんちゃぶりw 「わが青春のアルカディア」や「無限軌道SSX」も若き日のハーロックですから、父性よりも「俺の旗の下、俺は自由に生きる」が主題になります。

 本作だと「まゆ」や「台羽」の存在が父性を強く印象付ける一方で、老成しているようにも見えてしまい、「年を取った」という言葉を「父性」に変換してみたら、意外なほど自分の中で腑に落ちたので、こういう論考となった次第です。

 他のハーロック作品も取り上げたいのですが、映像ソフトが手元になく、また作品内容も微妙だったりと、取り上げるのに迷いがあるんですよ。その迷いはCG版ハーッロクの扱いに顕著に出てしまってw

 あえて言わせてください。ハーロック、本当に大好きなんですよ。だから他意はありませんw

また長文ですみません!

もうコメントの連投もこのくらいにしておかなければ、
と、思いつつも、ついついおしゃべりしてしまいたくなってしまいました!
長文になり、また管理人様の既知の話もしてしまうことでしょうが、お許しください……。


私は作品にハマるとつい作り手の側にまで手を出してしまうのが癖で、ハーロックのムック本やクリエイターズインタビューなどまで読み込んでしまいました。

78年版アニメにおいて、スタッフは明確に、ハーロックを原作より年嵩に変更したそうです。
松本御大の設定では28歳のハーロックを、りんたろう監督は「30才から40才に近いくらい」「40代」のつもりで描いたと言い表している。対照的に、台羽くんは原作より感情を素直に表に出す子になり、両親への依存を窺わせるエピソードが増やされました。

そして、なんと言っても「まゆ」の存在ですよね!
上原・りんたろう両氏に加え、担当声優さんまでも、まゆのことを「母なる大地の具体化」「地球の未来の象徴」と語りました。それは、「ハーロックが地球を守る理由」に、原作にはない新たな定義を作り出したことを意味しました。78年アニメにおいてハーロックは、愛国心でも正義感でも友情のためでもなく、親が子を思う無私の自己犠牲のために地球を守る男になったのです。

原作者たる御大が拒絶反応を起こすのも無理はない、アイデンティティに関わる改変です。
ムック本の中で、「とにかく、(りんたろう監督と上原さんに)おまかせしたんだからと、あまり口出しはしませんでした。ただ、ハーロックが私の描くハーロックから少し離れたという感じはありますね」と戸惑いか不満を口にしていらっしゃるくらいに(笑) しかし、それこそが、アニメ版ハーロックの尊さでもあるのですが……。

私は、作り手の語る「解答」を見て「父性」を理解しましたが、管理人様はアニメから直にこれらを読み取られたのですね。すごい!


劇場版999は、同じくりんたろう監督の手によるものですが、御大のたずさわった部分が大きかったことと、脚本が上原さんではないこともあって、原作に揺り戻されたハーロックでしたね。若さとか、好戦的なとことかw それでも小松原作画独特の、ある種の静謐な表情や、「さよなら銀河鉄道999」の末尾の演出などは、とても「りんたろう監督版ハーロック」であったと思います。
ストーリーは二番煎じが拭えない「さよなら~」でしたが、メーテルの美しさとハーロックのかっこよさに命賭けてるのが伝わってきて……好きにならざるをえない(笑)

CG映画のコラムも読ませていただきました。
内容の前のめりな勢いにちょっと笑ってしまいましたw
ノスタルジーと言われようと、ヤッタランには怠けててほしかったに一票!
でも映像とデザインはすばらしかったんですよね……。よくぞ作ったと思います。

お詳しいですね

びくる様

 熱量のあるうれしいコメント、ありがとうございます。

 いつもは資料をあさった上で、ネット周辺で展開されている評論なんかを見た上で、その内容をできる限り避けて、どこかに注目して記事を書くんですが、このTV版ハーロックに関しては、手元に資料がない上に、ネットでもあまり議論がなくて、本編を見た印象論から内容を構築しました。唯一見たのは上原正三の脚本集ぐらい。

 ハーロックの年齢に関しては、これを最初に指摘したのはうちのヨメでして。でもどうしてそう見えるのかは、本編の考察の通り「父性」なんだと理解した次第。ウチのブログにはまず最初にヨメの指摘ありきってのが結構出てくるので、ヨメには頭が上がらないっすw

 劇場版「999」シリーズだと、ハーロックが鉄郎に寄せている感情って、どうして「父性」を感じないかといえば、「自分がやりたかったことを、率先してやった同士」って感じ方なんじゃないかと思うんですよ。かつて袂を分かった男がプロメシュームの下で自分の敵に回ってて、でもその男の息子は父親と敵対してて、むしろ鉄郎側にハーロックの気持ちが偏ってて、でも友人のやることに手を出すこともできずって、ハーロックの中の堂々めぐりを突破させたのは、鉄郎だったと。父性よりも同士に近い感情なんじゃないかって思います。

 とはいえ、「さよなら999」のメーテルの美しさとか、もはや尋常じゃなくって。今の目で見てもクラクラきますもん。以前「命の灯」の問題点を指摘した回があって、あまりにもマッチポンプな機械化人と人間の関係のおかしさに、物語を破綻させてまでこういうズルいアイテムを持ち込んだ理由は、わりとお話はどうでもいいんだなってw

 CG版ハーロックですが、ビジュアルは文句のつけようがないんです。動画投稿サイトで最初に「わが青春のアルカディア」の主題歌に乗せてCG版の編集映像を見た時に、これは大丈夫かもしれないと思って本編を見てみたら、こんなだったとw あの記事は見た時の怒りをそのままに書いていますので、冷静さがかけらもなくって、いま読み返すと自分でも笑える記事に仕上がってます。

もしかしたらと思いたどってみたら、びくるさん、ご自身のブログでハーロックの小説書いておられますよね。キャラクターの把握が的確で、読んでいて違和感のない内容で楽しいです。うん、いいそういいそうってw 更新楽しみにしております。

ご無沙汰してしまいました

>上原正三の脚本集

 あっ、それはちょっと読みたいですね……。
 2009年出版の本でしょうか? うーん、いい値段していますがレビューと解説を見ると、これはよくぞ出版してくれたというべき書籍なのでしょうね。

 上原さんはウルトラマン繋がりで少しはひととなりを聞き知っていますが、まだまだわからない方で……。りんたろう監督は自分で脚本を書かないタイプの監督さんなので、78年版アニメはキャラも含めて、かなり上原さんテイストなのだろうと想像しています。

>ハーロックの年齢
 奥さまから、だったのですね! 夫婦で同じアニメを楽しんでいらっしゃるなんて素敵です。

 劇場版999や原作ハーロックがより若い&父性控えめなのは、松本御大がそのようにハーロックを捉えているから、なのでしょうね。原点はガンフロンティアにおける「わが友ハーロック」でしたし。後に、キャプテンになってからは、若者に対して導く姿勢を示すキャラとなりましたが、それは「(超えるべき)父」ではなく、「(目指すべき)兄」の姿を描いたのだろうと思います。

>個人的なブログ
 どうやって空ットボケようかと考え込んでいたら、ずいぶんお返事が遅れてしまいました。
 た、楽しんでいただけたようで、また感想をいただけて、とても嬉しいです……ですが、女性向けですよ!? 深くは尋ねませんが、だいじょうぶですか……!?(笑)

 波のまにまに様が、CGハーロックに発憤して78年版アニメの記事を書かれたように、私もうっかり触発されたようです。CGハーロックの影響で、旧作の二次創作を再開された方を他にもみたことがあるので、どんな形であれ話題になるのは美味しいなぁと周回遅れでハマった身としては思っております。ヤマトのアニメもまたやるようで、楽しみですね。

ご無沙汰でした!

あさくらさま

 またまたコメントいただき、ありがとうござます。

 上原正三さんの脚本集はこちらです。買うのはオススメしません。高いのでw

https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%8A%E5%8E%9F%E6%AD%A3%E4%B8%89%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%AA%E9%81%B8%E9%9B%86-%E4%B8%8A%E5%8E%9F-%E6%AD%A3%E4%B8%89/dp/4768476678

 上原正三の脚本集としては、ウルトラシリーズが主体のものが多いので、それ以外のアニメ特撮作品が読めるのはこの本だけで、貴重なのは間違いありません。

 映画ハーロックが父ではなく兄という話で思い当たったんですが、ハーロックの最初期設定に、「宇宙戦艦ヤマト」に登場する古代進の兄・守であり、ヤマトのイスカンダル航海を、側面でサポートしていたっていう本編未採用のサイドストーリーがありましたよね。ガミラスとの戦いで傷ついた体は機械化しても、やんちゃで無鉄砲という古代家の血筋は進同様だとしたら、なんとなく父ではなく兄という話が理解しやすく聞こえてきます。

 御ブログの件ですが、その昔「コードギアス」の第1期を全話レビューした時、誰にも見向きされなかった長い記事に反応してくれた方が、やはりコードギアスの女性向けの小説をブログで発表していらっしゃる方でした。そういう意味では、女性向けには免疫があります(自慢することぢゃありませんが)。なんだろ、こういう乙女妄想な感じ、すごい共感しちゃうんですよね。家内に話すと、「おまいは乙女か」と鋭いツッコミが帰ってきますw

 ウチのブログは、周回遅れどころか、どう時代が巡ってきても誰も取り合ってくれなさそうな作品をも救い上げたい一心でやってます。なんとなく気になったら、いつでも遊びに来てやってください。あきずに更新していたらラッキーぐらいな感じで、今後ともお付き合いいただけましたら幸いです。

No title

>ヤマト

キャプテン・ハーロックは、途中で放送終了してしまったヤマトのリベンジという側面がうかがえますよね。有紀蛍や台羽くんのキャラデザなどそのまま流用ですし(笑) ハーロック⇔台羽の関係も、親子というよりは歳の離れた兄弟と読んだ方がいいのかなと思ったりしています。(※原作)

波のまにまに様の文章は読んでいて楽しく、また説得力があって物語の読み込みが深まることが多いです。こっそりと(時にはコメントなど投げつつ)、楽しみにしています。
 

ありがとうございます!

びくるさま

 コメントありがとうございます。
 ヤマトの意趣返しという点で言えば、ヤマトの時はプラモデルが主流のおもちゃ展開でしたが、ハーロックの時は、タカラあたりがダイキャストおもちゃ(いわゆる超合金的な)やミクロマン的なキャラクターおもちゃなどもあり、おもちゃ展開が華やかだったのを覚えています。こういう展開も、ヤマトを意識してやっていたんだろうなと、思ってみたり。

 記事をほめていただき、恐縮です。誤字脱字も多くて、昔の記事も手を入れたいんですが、なかなか手が回りません。それよりも見て書きたい記事があるのに、見る時間がなくって書けないの堂々巡り。
 今後びくるさんのお眼鏡にかなう記事が書けましたら、またどうかコメントをお寄せください。心よりお待ちしております。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitter再開しました!

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