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CYBORG009 CALL OF JUSTICE~加速装置が見せる世界と戦う理由~

 前回の余勢をかって行ってきました「CYBORG009 CALL OF JUSTICE」。正直申し上げてこの作品の最大の難関は、009たちサイボーグ戦士たちのビジュアルであることは、ここでいまさら申し上げることでもない。CGによってキャラクターを作り、それをCGで書き込まれた背景の中でぐりぐりと動かす様は、どう見てもゲームの中のキャラクターをコントローラーで動かしている感じによく似ている。敵の攻撃にやられて地上をころがる009を見て、ゴムが伸び切って関節が緩んだミクロマンが転がる様を思い出したのは筆者だけではなかっただろう(どんな遊び方をしてるの!とはいわないでw)。はっきり申し上げて、前作「009RE:CYBORG」以上の抵抗感は、その比ではない。CGアニメとして名高い「ファイナルファンタジー」や「アップルシード」シリーズでも、キャラクターのデザインには十分気を払われてきた経緯があるし、それでも批判は絶えないCGキャラクターによるアニメーションだが、これほどまでに抵抗感があっても「サイボーグ009」というコンテンツにはあまり関係ないのだろうか? 実は筆者が劇場にこれを見に行ったとき、妙齢の女性たちが多く押しかけていた事実に愕然としたのだ。つまり「サイボーグ009」というキャラクターが前提にあれば、それがいかなデザインのキャラクターとして作られていたとしても、集客してしまうのである。それは物語やキャラクターの設定に難があった「キャプテンハーロック」にしても同様だったのではないか、という懸念が生まれた。つまるところ、たとえどんなキャラクター設計であっても、周知の物語やキャラクターであれば、楽々とCGで作られているハードルを超えることができ、原典となるビジュアルからかけ離れても、商売が成立してしまう可能性がある、ということだ。いやまて、そもそもの漫画やアニメの実写化という流れそのものが、これに当てはまるとしたら、我々はこうした流れをあきらめながらも絶対に否定する言葉を持てないのかもしれず、そこを製作者たちに見透かされていると思うと、背筋が寒くなる。と、ビジュアルに関しての話はここまでにして、ここからは本作の物語やテーマ的な話を中心にしてみたい。

<物語の概要>
 「CYBORG009 CALL OF JUSTICE」は全3章から構成されており、1章ずつ公開。第1章が2016年11月25日、第2章が12月2日、第3章が12月9日より、それぞれ2週間ずつ公開している。それぞれが1週間ずつかぶっているので、タイミングさえあえば、2回劇場に足を運ぶだけで全3章が鑑賞できたのですわよ(とはいえ、やると意外に時間を持て余しますw)。
 
 物語は、アメリカはテキサスでひっそりと暮らしているギルモア博士とサイボーグたちのもとに一人の女性が訪れるとところから始まる。その女性、ジャーナリストのルーシー・ダベンポートは、かつての大規模事件の影に009たちサイボーグ戦士たちの姿があったことを指摘して見せる。だがそれは告発ではなく、彼女の死んだ父から引き継いだ強力だった。彼女の父ダベンポート博士はブレスドと呼ばれる超人類によって殺された。残された遺物は蚊のようなドローンの入った小さな箱。再び戦火に巻き込まれることに動揺を抑えられない戦士たちを、ルーシーを追ってきた一人のブレスドがぶち壊す。自在に気象を操る者、見えざる手で破壊を迫る者といった異能者との戦闘に入るサイボーグ戦士たちは苦戦を強いられながらもこれを退ける。だが一般人二人の殺害を理由に、国連の対テロ組織ガーディアンズが割って入り、ギルモア博士たちを逮捕するという。同行しかけたタイミングでミサイルが発射され、ガーディアンズと戦闘に入るサイボーグたちは、付近の湖に隠されたドルフィン3によって逃走する(第1章)。

ブレスドとガーディアンズから追われる身となったサイボーグ戦士たちは、まずブレスドの調査を始めると同時にブレスドとの対話を試みる。005ジェロニモの案内でブレスドの一人と目される高僧モンクと接触を図る。戦う理由を問われる答えの出ない禅問答の中、003フランソワーズと009ジョーの2人はモンクの力によってサイボーグとしての能力を失ってしまう。フランソワーズは能力を失ったことにより戦わなくて済むことを素直に喜んでいたが、それに違和感を感じたジョーは自問自答し続ける。だがそこにやってきたガーディアンズによって襲撃を受け、その中でフランソワーズが銃撃される刹那、ジョーは大切な人たちを守りたいという戦う理由を再確認し、再び力を取り戻す。加速装置を使ってフランソワーズを助け出すジョーはガーディアンズを圧倒するが、それはモンクが見せた幻だったのだ。その頃、ドルフィン3は五十嵐隊長率いるガーディアンズに襲撃されるが、その中に紛れたブレスドによって001イワンが拉致されてしまう。それはブレスドのリーダー・エンペラーによる指示だった。エンペラーによればイワンは脳改造されてはいるが、ブレスドにも近い能力を秘めており、エンペラーはイワンを仲間に引き入れたいと考えていた。エンペラーの願い、それは人類をさらに進化させ、より高みへと進化すること。それに興味を覚えたイワンは、何事かを秘めたままエンペラーに同行する(第2章)。

イワンを助けに来た009たちであったが、イワンは自らの意志でエンペラーと同行する去り際に、「君たちにはやるべきことがある」と言い残す。それはブレスドのエンペラーが画策する「人類強制進化計画」の全貌を明らかにし、そのすべてを壊すことだ。ギルモア博士の情報収集とルーシーが持ち込んだドローンの調査結果により、大気圏外の宇宙ステーションからミサイルを撃ち込むことによって地球大気圏に散布された蚊のようなドローンは、中に仕込まれたナノマシンを人間に注入することによって、人間は強制的に進化させられる。だがその進化に堪えられるものは全人類のわずか5%にすぎない。事実上の人類抹殺計画である。009ジョー、002ジェット、004ハインリヒは弾道ミサイルに乗り込み、ミサイル発射前の宇宙ステーションに乗り移って発射阻止を目論むが、またもブレスドの妨害にあう。だがハインリヒの犠牲によってステーションをコントロール下に置き、敵ブレスドも排除することに成功したジョーとジェットは、仲間たちが向かうエンペラーの元へと駆けつける。エンペラーの力に圧倒される戦士たち。エンペラーの能力とは、他のブレスドの能力を細大漏らさずコピーすることだった。エンペラーの真実を見極め反撃に転じるイワン。サイボーグたちが反撃に転じる中で、ジョーは加速装置を使い続けてエンペラーと激しくぶつかる。ガーディアンズのカタリーナのブレスド能力によって、エンペラーはジョーの見る加速した世界へ入っていく。そこにある静止した世界は、エンペラーの想像をはるかに超える耐え難い孤独の世界だったのだ。加速した世界の中で崩壊していくエンペラー。だがジョーもまたエンペラーをいざなった加速の世界から逃れられなかった。ブレスドの脅威は去り、新たな秩序が始まろうとする世界。ガーディアンズも再編され、ルーシーもまたジャーナリズムの世界へと戻っていく。それは9人の影が見守る世界(第3章)。

<戦士たちがもたらした秩序>
 第1章序盤でルーシーが語るように、作品世界では重大事件の背景には009たちの活躍があったとされる世界だ。だがサイボーグたちは前回(「009:RE CYBORG」の事件)以後、こうした事件から手を引いている。その最大の理由は国連が組織する対テロ組織ガーディアンズが設立され、サイボーグたちの手を借りるまでもない状況が出来上がったからであり、平たく言えば彼らは国連からお役御免となったわけだ。アメリカの田舎にギルモア博士共々引っ込んで、呑気に田舎暮らしをしているかと思いきや、刻々と変わる世界情勢の情報は握っているし、各国の諜報部員とサイボーグ戦士たちの接触もある。なにより003フランソワーズの情報収集能力や、時折起きては警告をならす001イワンの存在は、世界の誰よりも世界の危機に敏感なサイボーグ戦士だったはずだ。だが彼らをして国連の上層部は私設軍隊という。あくまで個人の所有物であり、個人の思想により世界の正義を云々するなというのである。これほど無私によって世界にあだなす存在を排除してきたサイボーグ戦士たちに、なんたる言いぐさであろうか。この国連の言いざまがアメリカのそれを同義なのは一目瞭然。時間が移ろっても世界の正義を気取っている作品世界のアメリカさんなのだ。現実を振り返れば、トランプ新大統領下のアメリカは、世界の警察という建前を翻し、貧困にあえぐアメリカ経済を立て直す目標を掲げているという。もはや体裁などつくろっていられなくなる。各国がお金を出し合って作った国連軍や対テロ組織ガーディアンズにしたところで、彼らの出番が人知を超えた所にはないとすれば、結局のところ最後の砦はサイボーグ戦士たちなのだと、物語は言っているのだ。しかも恐ろしいことに、今回の敵は人間をはるかに凌駕した人知を超えた存在・ブレスド。長寿生命体にしてそれぞれがかぶる者のいない異能者集団。集団といいながら統率するものはおらず、個別に活動している連中なのだが、今回の事件ではエンペラーが複数の異能者らを統率してサイボーグ戦士たちを追いつめていくことになる。「009:RE CYBORG」の敵であった「神」とも異なる存在であるが、なまじ神にも等しい力をもち、それでいて人間としての実体をもっているだけに、サイボーグ戦士たちにとっては躊躇が生じる厄介な相手なのだ。第1章にしてすでに2人のブレスドを殺している事実が、この戦いの気まずさを物語っている。

<戦う理由は“守り”>
 そんなブレスドだから、すべてのブレスドが敵である認識を持てなかった009ジョーと003フランソワーズは対話を試みる。この第2章のシークエンスは、本質的に009たちサイボーグ戦士たちが戦う理由を、あえてここで提示するシークエンスなのだが、目の前にいる人たちを助けたいという、とてもわかりのいい戦う理由は、90年代の「美少女戦士セーラームーン」に代表される、「日常を守りたい」という必要最小限度の世界観の堅守という流れそのままであり、今さら珍しい理由ではない。面白いことにサイボーグ戦士たちは常に受け身で戦いに臨んできたから、世界平和よりは日常を守りたいというお題目の方がフィットする。もちろんブラックゴーストという世界の平和の敵が存在していたからこそ、そのアンチテーゼであるサイボーグ戦士たちの存在は平和の味方であったが、ブラックゴーストがそっとしておけば戦わない。ブラックゴーストが余計なちょっかいを出すから、サイボーグ戦士たちが反撃をする。メンバーの中には先制攻撃の必要性を主張する者もいるにはいるが、それは消極的な選択として実行には移されない。それが敵の思うツボだからであるし、何よりそれは敵に理由を与えてしまうことになりかねない。先制攻撃が常に主張されながらも、009たちがそれを選択できない事情だ。消極的にはしても、彼らサイボーグ戦士たちが“守る”を戦いの理由にしている事実は、TVアニメ黎明期の作品としてはあまりに理由が小さいながら、現実の地平として幼い視聴者にも想像しやすかったかもしれない。とすれば、90年代の戦う理由よりもいささか早かったといえるのだが、その早さゆえに「サイボーグ009」という作品や009島村ジョーというキャラクターの幅や深みになっていると思える。

<加速装置が見せる2つの世界>
 本作に関する総監督・神山健治氏のインタビューを読む限り、本作のアイデアの源泉は009の加速装置だという。009が加速装置を使うときに見える世界は一体どんなものだろうか?そのアイデアの源泉が原作漫画にある。たとえば「暗殺者編」に登場した0013とジョーとの対決シーンがある。真っ暗な世界で009と0013だけが動き回る世界で、彼ら以外はほとんど動きのない世界として描かれている。また「地下帝国ヨミ編」では地下帝国の支配者であるボグートとの戦いで、009とボグートとの戦いが描かれている。実力伯仲の2人の勝負は、長年の付き合いによって足音を聞き分けた004ハインリヒによる銃撃によって、009の勝ちに終わっているが、問題は加速装置を使ったときの009とボグート以外の人物にはどう見えているかだ。まあ加速装置を使った者同士しか視認できず、それ以外の人間にとっては高周波の高音がするだけという。

 劇中では009の加速装置によって2つの見え方を提示している。一つは第2章で登場した、一度は失ったはずの力を取り戻した009が見せた奇跡にも似た、時間を巻き戻してしまう加速世界。そしてもう一つは最終決戦において、カタリーナ経由でエンペラーに見せた009が直接視認している加速世界である。

 後者における何もない孤独はよくわかる。それは加速装置を持たない者には決してたどり着くことはできず、なおかつ加速装置を持っていても性能差があればともに同じ世界を見ることができるかどうかもわからない世界でもある。加速装置を持つ者同士の対決であっても、装置の性能差が少しでも生じれば、その目で視認できる世界は異なる世界なのだ。先述のように原作には加速装置を持つ者同士の戦いが描かれているが、それが孤独な世界であるという描かれ方はしていなかった。むしろ004ハインリヒによって足音を認識され、仲間意識が芽生えている事情などを想像すれば、加速した世界がジョーの孤独の世界だという認識は、少なくとも原作者・石ノ森章太郎氏の中にはなかった発想ではないだろうか。そしてジョーが抱える孤独の深さとは、たとえ同じサイボーグ戦士であっても共有することができない世界だとすれば、その孤独の深さは計り知れない。そしてその孤独の深さがエンペラーをして破滅に導くなどと、誰にも想像できなかっただろう。

 その一方で前者に関しては、あくまでモンクが見せた奇跡ということになっており、カタリーナが見た奇跡として認識されるシーンだが、それはカタリーナが009の加速した世界を初めて認識したシーンでもある。つまりカタリーナは009の深い孤独に、この時初めて気づいたことになる。だがその孤独は逆説的に仲間を守る、そして目に前にある日常を守るというジョー自らの行動動機に直結しているからこそ、それをして奇跡にも似た事象にみえたのかもしれない。カタリーナが009に期待していた「時を巻き戻してみろ」という言葉はあくまで希望であり、ブレスドの目指す世界が良いものとは思っていなかった。そんなブレスドやエンペラーが統治する世界の暗闇から見出した希望は、カタリーナにとって009の形をしていた。最悪の状況から最善の希望が生まれる。そしてその希望は009ジョーだったのである、という話なのかなと。ちょいとわかりづらいかもね。

 ラストシーンの最後の最後で、影だけではあるが再び9人は戻って見せる。世界に危機が訪れるとき、彼らは再び現れる。ってことは、プロダクションIGはまだやる気なのかもしれない。前回も新ゼロやったし、「009vsデビルマン」もあるし、何より平ゼロや旧ゼロもさわっていない。なんのかんの言っても筆者はこの作品が好きだし、「サイボーグ009」という作品が好きで、この年齢になってもまだ追いかけているのだから、こりゃいずれはそれぞれの作品をさわらんといかんわな。もし期待している人がいればだけど、まあ気長にお待ちくださいませね。
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ありがとうございます

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ご指摘、ありがとうございます。勉強になります。
気をつけます。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
43歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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