最近見た映画の話しかない~メッセンジャー、ヤマト2202、ローガン~


 イマイチ調子に乗れないでいる。血圧もやや高め。去年はポケモンGOで歩いていたのを、この春の花粉症対策で怠っていたのがたたっているらしい。何せ朝起きれない。夜寝る時間がどれだけ早くても、まだ寝られる気がして仕方がないのだが、朝っぱらから寝るわけにはいかない。母親の介護もそこそこ忙しいし、何かと時間を取られていて、何かをまとまって見る時間がないので、どうにかせねばと思っている。
 そうはいっても映画は見る。今回もここ数か月に見た映画の話をしておこうと思う。あいかわらずのアメコミ脳でSF脳でヤマト脳だけど。

「メッセンジャー」~時間と決断~
 ネットによれば、本作に登場する宇宙船の形状がお菓子の「ばかうけ」に似ているもので、コラ画像が飛び回ったりして。しかもこの話をしたインタビュアーに応えて監督自身が、かなり自嘲気味に「日本のお菓子からインスパイアされた」と答えたもんだから、おかしなレッテルを貼られてしまった作品だが、内容は実に素敵なSF作品だった。
 SFの王道ともいえるように、ある日空から巨大な物体が飛来する。宇宙人が地球に侵略か?と世界中騒然となる。世界12か所に、物体は飛来していたのだ。アメリカ軍は女性の言語学者を招来し、数学者の男性と共に、自国に現れた物体に乗っている宇宙人とのコンタクトを試みる。徐々に宇宙人たちの文字を理解し始める言語学者。だが彼女は宇宙船の飛来と時を同じくして、不可思議なビジョンを夢に見て、その夢の意味を考えあぐねていた。なかなか進展しない宇宙人とのコンタクトにいらだつのは一般市民だけではない。時をおかず、小は現場にいる軍人たち、大は中国まで武力的な暴発が行動に移されていく。和解への時間的余裕は、逆に世界中の人々を追いつめていく。だが言語的に時間の概念がないこと、数学者による解析の結果、12組を1とする概念が確認されると、事態は好転する。夢とも幻ともつかない現実の中で、女性言語学者の選択が、中国の武力的暴発を防ぎ、ついには宇宙人とのコンタクトを果たす。時間の概念を持たない宇宙人が女性言語学者に見せていたビジョンとは、彼女の身に起こる未来の出来事であり、それは既定の事実であるという。だがその一瞬の判断を持って人類は未来へと進む。それは12組の宇宙人が時間をかけて生み出した合議的結論。

 この作品を見ていて筆者が最大限に感動したことは、時間という概念がなければ、民主的な話し合いにおける多数決とは、なんて愚かな選択だろうと思わされたことだ。時間をかけて話し合い、妥協ではなく最善を選び取る努力を惜しまずに議論を尽くすことで、多数決による採択ではなく、全員一致による採択が可能になる。そう思えば、時間的制約という足かせをつけて話し合うことの愚かさを、まざまざと思い知らさることになる。時間という概念によって、人間は意見を戦わせるよりも、数の論理で押し切る方法を選び、あまつさえ採択されない少数派の意見を切り捨てる方法論をとる。それが最善と思いこんでいるのは、答えを出すための時間的制約があって初めて成立する論理であり、無限ともいえる時間を与えられたり、そもそも時間の制約がなかったり、時間の概念すらない世界では、破たんした論理となる可能性が浮上する。もちろん物が落ちて壊れるのを、万有引力を発見したニュートンのせいにするような馬鹿げた話をするつもりはないが、こうした「時間の概念がない宇宙人とのファーストコンタクト」を劇的に演出する物語運びに、筆者はただひたすらこうべを垂れた。

 またこの物語で重要なシークエンスの一つに、未来がこれあるを知りながらも、その時の最善を尽くして選択することの重さが表現されていることだ。主人公である女性言語学者の見る夢として、断片的に表れる悲しい出来事。物語序盤は、それが彼女の過去の出来事であると推定し、彼女の人となりを説明するための措置だと思い、観客は誰もが勘違いしてしまう。だがその夢を見た後の言語学者の表情からは、不可思議な経験をしたというような印象しか受けない。しかも彼女自身が断片的に連続して見る夢の物語を客観視していているそぶりさえ見せながら、その意味を観客同様知らないまま物語は進むのだ。だが言語学者が宇宙人たちの言語に「時制がない」ことを発見し始めたあたりから、彼女の見る夢の意味がおぼろげながら見えてくる。彼女は自分自身の身に起こる出来事を予知夢のように見ていたのだ。結婚も出産も、家族との幸せな日々もそして娘に降りかかる病という災難も、彼女の未来図であり、既定の事実なのだとわかる。それが中国の軍事的暴発を未然に防ぐという話につながっていった時の唐突さと筋書きの豪快な結節に、少しため息が漏れたが、それでも感動を損なうことなく映画を見切ることができた。

 本作は至極真っ当な異星人とのコンタクトSFでありながら、時間SFの趣を見せたり、はたまたパニック映画のような雰囲気も漂わせる。その意味では実に充実した1本の映画であり、映像ソフトによって見直すことで、また別の趣を味わうことのできそうな、めったにない良作のSF映画である。あまりヒットしたとは言えない作品だが、もし劇場公開を見逃したのであれば、ぜひとも映像ソフト化の暁には、見ていただきたい1本だ。

「宇宙戦艦ヤマト2202シリーズ」~なぜ書かないか?~
 「機動戦士ガンダム ジ・オリジン」シリーズも見ている筆者だが、以前劇場公開時にあれほど固執して記事を書いた「宇宙戦艦ヤマト」のリメイクシリーズに関して、少しばかり言い訳しておきたい。
 なぜ記事を書かないのか?という問いには、明確な答えが自分の中にある。「ジ・オリジン」に関しては、いくら新作作画による映画だからといって、時間をたっぷり使っての漫画における味わいに、遠く及ばないことを痛感させられたからだ。事実、映画を見終わった後で、それなりの感慨はあっても、記事を書こうというエモーショナルな感情がなく、漫画で読んだ時ほどの感動がないのだ。ただ筋の確認と、漫画では動き出しそうなキャラや戦艦やモビルスーツが、アニメとして動くことに対する満足感があるだけだ。漫画原作の作品が深夜枠でアニメ化されたのとも違う感慨なのだが、う~ん、わかってもらえるだろうか。もしこの企画が、漫画「ジ・オリジン」のラストまで映画化されるとしたら、それはまた格別な感慨がわくだろうと思う。なぜなら、そのラストまでの物語は、私たちが知ってるガンダムの物語とは異なる内容だからで、それはぜひ映画としてみたいと思う。今のところ、アニメ化されていない、戦争が膠着状態になるまでを映画化するそうなので、その後についての期待はしていないし、筆者が死んでからでも作ってくださいって感じ。

 さて一方で「宇宙戦艦ヤマト2202」であるが、旧作から大きく逸脱した「2202」であるから、さぞかし楽しいし、ツッコミどころもたくさんあって書くこともあるだろうと呑気に構えていた。実際1,2章は泣き所満載で、見ている間涙腺開きっぱなしで、劇場を出るときの表情に始終困ったりしたのだが、いやいやまてまて、今回の物語に関しては、小説家・福井晴敏氏が召喚されていることに、今さらのように気づいて辟易する。映画「ローレライ」の原作者ぐらいで止めておけばいいものの、「戦国自衛隊」は改変するわ、「ガンダムUC」で宇宙世紀にさわるわ、あまりいい印象を持てないでいる。こういう作品への触り方に、原典ファンとしてはいちいち癇に障るのが福井氏の特徴でもあり、その触り方がいちいちしゃらくさいのだ。ダメだと否定もできず、さりとて好意的に肯定もできず、原典をきちんと押さえた上で触っているのがわかるだけに、いちいち癇に障る感じが、どうしても好きになれない。もちろん筆者がどうかしているのも十分承知していますし、福井晴敏氏の小説もいくつか読んで、決して嫌いではなく、精緻と呼ぶに値する書き込みと積み重ねは、他の追随を許さない作家であることも理解している。けど、ヤなものはヤなんだもんw

「ローガン」~ミュータントの死の顛末~
 すでに年老いた「Xメン」のウルヴァリンことローガンが、能力をコントロールできなくなったエグゼビア教授ともに、謎の少女の逃避行を手助けする物語。ローガンを主役にしたシリーズは全部で3本。1作目はあくまで最初の3部作に準拠し、2作目は日本を舞台にしているため、間違って伝わっちゃった伝来ミス的日本が楽しめる作品となっているが、本作はコンセプトに西部劇、いわゆるマカロニウエスタンが採択されている。劇中エグゼビア教授が宿泊したホテルで見ている懐かしい西部劇は「シェーン」で、教授役のパトリック・スチュワートの思い出の作品であるだけでなく、作品のオチとして重要な作品として登場する。教授の面倒を見るローガンの姿は、日本で言ういわゆる「老老介護」の典型であるが、教授の能力がコントロール不能なうえに、ローガン自身の能力も低下しており、特に地宇宇能力のヒーリングファクターは、ほとんど機能していないかに見える。しかも彼らが助けた少女は、ローガンと同じアダマンチウムの爪を持ち、ヒーリングファクターによる治癒能力もある。そして何より闘争心こそはローガンゆずり。なぜ彼女がローガンと同じ能力を持ち、逃亡するのかは映画を見てのお楽しみであるが、少なくとも、この旅路の果てに教授もローガンも死ぬことになる。そしてその死は、寂しい。

 本作には全編に通底する悲しみやペシミズムがある。それは教授やローガンの死を演出するためのものではなく、この物語に登場していない多くのミュータントが、この物語の時点ですでに死んでおり、ミュータントがほぼ世界から絶滅しているからだ。だがここでちょっと立ち止まって、これまでのシリーズを振り返る時、これほどまでの喪失感を抱えた物語は、フェニックスという名のジーンがローガンに殺された旧3部作の3作目しかない。以前「Xメン」シリーズを扱った時、旧3部作の3作目は、後の新シリーズによって否定されてしまったはずなのだが、本作に登場する教授は、これまでのすべてを後悔しているというし、ローガン自身も大きな悲しみを抱えたままであることを考慮すれば、本作は新3部作によって否定された旧3部作の3作目を引き継いでいるという見方ができるだろう。スピンオフのローガンがあくまでも旧3部作からのスピンオフであるとしたら、それは当然の流れでもあるが、新3部作で救われたはずのローガンの魂は行き場をなくし、スピンオフ3部作の最後の最後で悲しみと共にラストを迎えたことになる。

 ラストシーンでローガンの遺体に向けた少女の言葉は、力を持つものがやがてたどり着く結末であり、力ある故に自覚せねばならない境地でもある。ローガンの力は、暴虐性はこの境地にたどり着くために、ヒーリングファクターを捨てねばならなかった。その爪で切られた者の痛みは、その爪でしか知ることはできない。ローガンのスピンオフの物語は、常にそうだった。デッドプールしかり、シルバーサムライしかり。果たしてローガンの一生は、幸せに恵まれていたとはいいがたい。だが教授やジーンにめぐり会わずにいたままで、幸せだっただろうか? 教授は?マグニートーは?思い出してほしい、エグゼビア教授が運営していた学び舎の名前を。
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波のまにまに☆

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