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またもや映画2題「GODZILLA 怪獣惑星」と「ジャスティス・リーグ」

 ここ数か月、まったくの手つかずで放り出している作品がある。「地球戦隊ファイブマン」と「忍者キャプター」の2作品だ。年明けにはなんとかまとめたいと思ってる作品なのだが、とにかく見終わらない。両作品とも序盤から先に進まない。単に時間が取れないだけなので、時間のやりくりをしてこの2作品に挑んでいる状態だ。悪いのはゲームです(爆)。CS時代劇専門チャンネルでは「風雲ライオン丸」が放送中だし、前作「快傑ライオン丸」もやりたい。アニマックスの集中放送で録画した「破裏拳ポリマー」や「無敵鋼人ダイターン3」、東京MXで放送した「未来警察ウラシマン」「鉄腕アトム(新)」なんかもやりたいし、もう少し時間のやりくりを考えて、どうにかしたい。これもう来年の抱負ってことにしておこう。

 さて今回も映画2題。なんだかあんまり人気ない作品と、アメリカではコケたっぽいけど、日本ではそれなりにウケたっぽい2作品です。あまり細かい話はできませんが、さくっとまとめておきますねっと。

「GODZILLA 怪獣惑星」
 脚本が虚淵玄ということで、見る前から鬱展開が予想されたけど、公開初日から鬱展開がTwitterで流れてきたときは笑わせてもらいました。事前情報を仕入れないで鑑賞する派のみなさん、ありがとうございました。それにしても虚淵脚本は期待を裏切らない。序盤の口減らしのために老人たちを死に追いやらずにはいられない鬱展開。そして当たり前のように別個体のゴジラが登場し、主人公たちを絶望に追い込む展開しかり。まどマギあたりを普通に見ている分には当たり前のように警戒してしかるべき鬱展開に、やっぱりゴジラは殺せないという当たり前の特撮フリークの要求を、絶望へと展開させる手腕は、本当にこの人の脚本わァ!と思わせる、いいお話でした。

 さて、そもそも特撮作品であるゴジラを、アニメで作る意味があるのか?という命題が、本作の最大の肝である。この点について特撮フリークは概ね否定的だし、アニヲタさんからも肯定意見はさほど聞かれない。もっともパンフレットにおける虚淵さんはじめとするスタッフの対談を読むに、特撮では表現できないあたりをアニメの手法で映像化することにこだわって作っているといっている。
さて振り返って本編を見るに、戦闘用ホバーバイクがどうやってこれほど高高度をとることができるのかは謎だが、ゴジラに肉薄してヒット・アンド・アウェイを決めていくシーンは、中々に見ごたえのある迫力あるシーンだ。ストイックすぎるきらいのある近未来デザインの兵装たちがゴジラに攻撃を仕掛けるシーンの数々は、どう見たってアニメならではの画作りだろう。また遠景に見えるゴジラを、谷におびき出しておいて、谷の両岸を破壊してゴジラを足止めするあたりの破壊シーンは、「シン・ゴジラ」の終盤にあった東京駅決戦のビル爆破を想起させる。遠景とアップのカットバックの中で、「シン・ゴジラ」ではゴジラが破壊すべき人類の繁栄の象徴たる巨大ビル群に押しつぶされるのと比較すると、本作での地球環境を作り出したゴジラが、その環境に逆襲されるという見え方ではないので、そのあたりの意味合いは似て非なるモノになっており、「シン・ゴジラ」への意趣返しでやっているわけではないことが端的にわかるシーンだ。序盤の地球からの逃避行と、居住可能な惑星の探査というシチュエーション、そして長きにわたる逃避行による資源の枯渇と飢え。ゴジラを戦争のメタファーとしてとらえれば、特撮作品としては表現したら行き過ぎを指摘されそうなシーンを、宇宙空間での出来事としてアニメで表現することで、うまく絵空事感を醸し出して、虚淵脚本の残酷さを薄めることに成功している。

そういうやり方の一つ一つを丹念に見ていけば、本作がアニメで作るゴジラという意味合いがおぼろげながらわかってくる。特撮では見せきれないモノをアニメで置き換えて見せる。それも特撮では見られないものではなく、実写で描けばどうしても残酷さが際立つモノをアニメ表現によるリアルさを押さえた表現で置き換える手法だといえる。何もアニメで特撮ゴジラを真正面切って作るのではなく、実写で見せづらいコトやモノを、アニメで見せるという使い分けなのだ。ハリウッド版ゴジラが公開後にアメリカでアニメになったものがあったそうだが、そういう話ではない。序盤に幾度も怪獣によって蹂躙される人類の絵面を見れば、地平線上に特撮版ゴジラ等の怪獣映画があってのことだという認識もできる。絵で描かれたかつての怪獣たちがゴジラの前フリであり、圧倒的な質量で前フリ怪獣を凌駕する怪獣王ゴジラによる人類と繁栄と文明を一緒くたに破壊し蹂躙する様は、その報道映像の見せ方やキャラクターの記憶の再現映像に至るまで、かつての怪獣映画の人類の敗走をいやでも想起させ、対戦怪獣が存在しないゴジラに対して打つ手のない人類は、地球を見捨てて宇宙へと逃れるしかない状況が、特撮版ゴジラを見ていたものにとっては納得の映像へと理解が進む。間違いなく特撮映像からインスパイアされている人ほど、序盤の怪獣が地球を蹂躙する映像は納得せざるを得ない仕掛けが施されている。つまり特撮版ゴジラあっての本作でもあることを示しているのだ。ここまで説明すればもうおわかりだろう。なぜアニメで?という問いは、表現手法の選択権の問題だけであり、本作の地平線上には特撮版ゴジラが完全に横たわっており、その枠組みをアニメ側に寄せただけでしかない。作り手はアニメの表現手法の中で特撮版ゴジラを作っているだけなのだ。

 序盤でメカゴジラがすでに登場し、機動実験に失敗。ゴジラの襲撃によって廃棄せざるを得ないシーンがあったが、これがまた盛大な続編への前フリであることは織り込み済み。エンディング後に登場する地球に残った人類の生き残り、そして人類の手に終えなかったメカゴジラの去就。それらが3部作の残り2作を推測する手掛かりになるだろう。本作で倒したゴジラを凌駕する巨大さを持つゴジラを、はたして人類は倒せるのだろうか?はたまた共存の道を歩むのか? もしもゴジラを完全に倒すことがかなえば、それはゴジラ史に刻まれる記念碑となる可能性も秘めている。期待大。
 それはそうと、本作で人間たちに倒されたゴジラが、「幽遊白書」に登場する戸愚呂兄の人形のように思えたのは、筆者だけであろうか?

「ジャスティス・リーグ」
 マーベル・シネマティック・ユニバースではすでに「アベンジャーズ」としてアメコミヒーローが集合して巨大な悪や自立人工知能と戦い、果てはヒーロー同士の対立に発展し、内乱状態に陥っている。よくよく見れば、この内乱に参加しているヒーローは地球人であり、アベンジャーズ唯一の外部勢力であるマイティ・ソーが参加していない。ひるがえってDCエクステンデッド・ユニバースに属する本作で、ついに集合したジャスティス・リーグでは、宇宙人や海の住人、神話の住人と、地球出身でありながらもあまりにも空想上の世界の住人すぎて、いっそ振り切りすぎて気持ちがいい。「マン・オブ・スティール」以降、「バットマンVSスーパーマン」「スーサイドスクワッド」「ワンダーウーマン」を経て、ついに公開されたのが「ジャスティス・リーグ」だ。ジャスティス・リーグ自体はディスニーXDなどでアニメ作品が放送されていたりしているので、知っている人も多い事だろう。スーパーマン、バットマン、ワンダーウーマンの3人を軸として、様々な出自のヒーローを取り込んでチームを組み、多くのヴィランたちと渡り合う。主軸の3人は作品としても著名なら、実写作品としてもTVで人気のヒーローたちである。一人でも看板を背負えるのに、さらに別のヒーローと一緒に悪に立ち向かうのであるから、これが盛り上がらないわけがない。

 さて前フリはこのぐらいにしておいて、真摯に本作を見てみれば、これがやっぱり面白いんだな。前半はあくまでスーパーマン不在の世界を守るために、バットマンとワンダーウーマンが仲間を集めることに奔走している。アクアマンにフラッシュ、そしてサイボーグと、性格や機能などに様々な問題を抱えながらも、徐々にチームになっていく様を見せる。後半は徐々に世界を脅かしつつあるステッペンウルフと手下のパラデーモンに手を焼きながらも、マザーボックスを使ってかつてのドゥームズデイのようにスーパーマンを復活させようとするバットマンだが、その危険性ゆえにチームは対立状態になる。だがスッテッペンウルフの力は強大であり、それに対抗する手段が見つからない彼らは、スーパーマンの復活に賭けることになる。果たして復活したスーパーマンは、我を忘れて4人のヒーローと対立するが、いやもう書くのもおこがましいが、本当に愛ゆえにスーパーマンは我を取り戻し、ステッペンウルフとの最終決戦になだれ込んでいくと、こちらの頬は緩みっぱなしで、ただただ楽しい時間が待っている。もはや言葉はいらないだろう。

 本作の見どころは、アクアマンがかつて実は海に落ちたスーパーマンを助けていたり、ドゥームズデイが誕生した宇宙船が再びスーパーマンの復活に役だったりといった、全4作品が何らかの形で前フリになっており、その連続性は前作を見た人にとってのフックになっている点だ。特に直接の前作である「ワンダーウーマン」からの引用は、ステッペンウルフの出自やアクアマンとの関連性など多岐にわたるが、それ以上に重要なことは前作における戦いを経て、頑なな心のままで戦っていたワンダーウーマンがずいぶんと丸くなり、チームメイトを気遣う優しさを見せる。もともと彼女はそういう人物だといえば、それはそうだとしか言えないのだが、アレスを倒せばすべての地上の悪は潰えると頑なに信じて戦っていたころの彼女ではなく、人の中に悪意が宿り、犯罪が繰り返されるという世界の営みの中に身を置いた彼女が、どんな風に心境が変化していったのか? ラストシークエンスでそれぞれのヒーローが街中で人々を助ける件で見せる彼女の笑顔が、何をか語らん。そしてそれはフラッシュにも影響するわけで、序盤に留置所に入っている父親と上手くコミュニケーションできないでいる彼は、ラストシークエンスにて自立した一人の男として働くことを宣言する。彼の心の自立と成長を組み込んで表現されていることがわかる。もちろんフラッシュがこの戦いで何をつかんだのかは知る由もなく、彼自身にしかわからないことだが、その成長が観客の目に触れることで初めてフラッシュのキャラクターが次へとつながっていく。こういう連続性の面白さはDCエクステンデッド・ユニバースしかり、マーベル・シネマティック・ユニバースしかり。

 さてこれはあくまで筆者の私見でしかないのだが、アベンジャーズとジャスティス・リーグとどっちが楽しいか?と問われると、住む世界の異なる超人たちの共演であるジャスティス・リーグは、人間のせせこましさに自壊しつつあったアベンジャーズよりも面白いんじゃないかと感じてしまう自分がいる。どうにも人間の延長線上にあるヒーローが、あまりにも狭い思考で自滅の道を進むかに見える「シビル・ウォー」を見た後では、如何にアベンジャーズが強さを誇示しても、ソーという神にも等しい力やドクター・ストレンジのような超常の力を見せつけられてしまうと、アイアンマンもキャプテン・アメリカもハルクでさえも小物に見えてしまう。やはり「シビル・ウォー」というのは、コミックにしても映画にしても重い話だったと思わざるを得ない。逆に地球上のものであっても住む世界の異なる超人によってさらに外界からの悪役と対峙するジャスティス・リーグ。映画のラストで完全復活を遂げたレックス・ルーサーが何事か企んでいることだろうことは想像に難くなく、「スーサイドスクワッド」に登場したジョーカーも健在とくれば、ヴィランたちのどんな関係性がどんな巨大な陰謀となるのやら、興味は尽きない。DCもマーベルもまだまだ折り重なっていく作品群に、まだまだ興味は尽きない。最近アメコミを読み始めて、各キャラクターのオリジンに触れているがゆえに、ソフトで見直しても楽しめる。もうBDが増えて仕方がない。
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コメント

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今年も

1年楽しませて頂きました。

いろいろと大変でしょうが、手付かずの二件を楽しみにしてます‼

良いお歳をお迎え下さい🙇

ありがとうございました!

ちんたらさま
 こちらこそ1年お世話になりました。
 その後、2作品に関しては全く進んでおりません(泣)いや、やる気はあります。必ずやります。
 お待ち下さいませ。できるかぎり皆様に楽しんで読んでいただける記事を仕上げたく、今年もなんとか時間をやりくりしてがんばりますので、お暇な時においでくださいませ。
プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
48歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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