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アニメの過去作がかえりみられない話~老害アニヲタのつぶやき~

 過日映画「レディ・プレイヤー1」に関して記事を書いた折、オタクとはジャンルのクロスオーバーを楽しむものであると書いた。これ自体は今も昔も変わらないと思っているし、その人がどれだけ作品やジャンルに特化しようとも、特化すればするほど掘り下げることになる。「掘り下げる」とは過去に立ち返ることであり、嫌でも過去作にふれることになる。こうなると裾野が広がりを見せ、さらなる深みへと自ら突き進んでいくのがオタクの矜持だと思っていた。

 ところがTwitterなどを見る限り、過去作をさかのぼるオタクでも、ある一定時期以上にはさかのぼらないらしいことがわかった。最近のライトユーザーはそうなのかとか、オタクの質も変わっただのと、批判的な話はなんぼでもあるが、ゆゆしきは「過去作を見ることができるオタクは、その時代にリアルタイムで見た記憶というバイアスがかかっているから」とかいう批判にも似た意見もあり、これには筆者も憤慨してしまうw

 んで、もう少し冷静になって考えてみたい。これではせっかく最新のメディアとして保存されたはずの過去作が、老害ともいえる老人オタクの趣味だけで世の中に存在し、死蔵されているだけという現状になってしまう。いや何も過去作を全て見てから語れよ!とか言っているわけではなく、このままでは死蔵されるままの過去作は、この先まったく顧みられなくなり、見ることもかなわないという状況が生まれてしまう。見なくても構わないが、見られる状態があることが大事である。それはネット環境が整った今、手軽にアニメが視聴できる贅沢な環境だからこそいえる話なのだ。

 そんなわけで今回は、そんな話をしてみたいと思います。あ、説教ではありません。おじさんたち老害の独り言みたいなもんですw

<過去を顧みる方法論と価値>
 まずは過去作を見ること、そのものについて考えてみたい。いったい過去作を見るためには今がどんな状況なのか? これを創作物のジャンル(特撮、漫画、小説)に分けて考えてみたい。

 「特撮作品」に関していえば、筆者は本来特撮側の人間であるので、言いたいことはいくらでもある。アニメに比べると、特撮作品はそもそも作品数が少ない。また遡るべき道筋がはっきりしているから、ライダーなり、ゴジラなり、ウルトラなり、遡りやすい。面白いのは、これらの道筋がはっきりしている反面、製作に参加しているスタッフの移動や同時多発的に作品が発生することからも、時代性が如実に反映されていたり、同時代の作品同士が影響しあって作られている。そのターニングとなる作品もはっきりしているから、これもまた遡りやすいポイントだろう。筆者は敬遠しがちだが、妖怪やお化け系から怪奇系、果てはゾンビやらのホラー系なども、ほぼ同様に遡りやすいが、あまりに類似作品が多すぎるきらいがある。そういった作品数をこなすもそぎ落とすも、見る人次第。それもまたジャンルを掘り下げる力だろう。

 一方「漫画」は、映像作品に比べて比較的簡易に過去作にふれるチャンスがある。古書店の充実やコンビニ売りの再販系などもあるし、近年はネットで見ることもできる。もちろんそれなりに対価を払ってのことではあるが、過去をさかのぼるにあたっての抵抗はあくまで低い。漫画や小説の場合、気に入った作家の過去作をさかのぼる方法もあるが、似たようなジャンルの作品に手を広げる方法もある。遡る抵抗が低い分、その遡り方も多様であることが、漫画や小説の特徴でもあるあるが、漫画だけの特徴といえば、「絵」だろう。気に入った作家やそのお弟子さんや師匠をたどるという遡り方もあり、やり方は千差万別なのだ。この点において、絵柄の古い新しいを問わず顧みられる作品があるのが、漫画のいい点だろう。

 さて「小説」に関しては、もっとすばらしい状況が整っている。名作と呼ばれるような作品は教科書にも取り上げられ、表紙はアニメ絵になったりして、文庫でも再販がかかる。筆者は現在まで残る名著をすべて読んでいるわけではないが、それでも教科書にのった作品は一通り読んだ。こうした名著・名作はすべからく昔の大ヒット作であり流行作でもあるから、如実にその時の時代背景が顔を出す。筆者は常々思っていたのだが、古文や漢文を学ぶにあたって、その時代背景の説明がなされるのに対し、国語や現代文の場合には、時代背景が説明されない。もちろん筆者が中高生だった40年前の授業だと、このあたりは予習の範囲であり、あるいは常識の範囲であったのか、あまり説明されなかったように思うのだが、現在の教育の現場でもそうなのだろうか? だとしたら、作品の背景について触れないのは、かえって作品理解の妨げであるし、授業でもなかなか取り上げない戦前日本の時代状況を説明しないのは、あきらかなる説明不足だと思う。

 話がズレたが、「小説」を「ラノベ」と置き換えても、実態はさして変わらないだろう。ラノベ原作でアニメになったような有名な作品なら、まだまだ古書店で買い求めることもできるだろうし、ネット上で読むこともできるだろう。ただし、ラノベと呼ばれる以前の、いわゆるジュブナイルと呼ばれた時期のコバルト文庫やソノラマ文庫などのレーベルは、現在絶滅に等しい状況で、一部別レーベルに引き継がれたり、完結して別の出版社から再販している物以外は、古書店でもなかなか難しいことになっている。これは古書店の弊害ともいえる側面ではあるが、神田の古書店街の店やまんだらけでもない限り、あまりに古い書籍は廃棄されてしまうのが現状で、全国チェーンの古書店が、古書の存在意義を裏切る行為をしているようなもので、嘆かわしいことこの上ない。書籍として買い求めようと思えば、努力とそれなりの金銭が必要となるから、遡る行為に対してさまざまな障害がある。これは漫画でも似たり寄ったりだ。

 さてアニメである。ビデオ、LD,DVDを経て、現在はBDと媒体は変化し、ネット配信などの方法論もあるアニメ。TVアニメの祖である「鉄腕アトム」でも失われたエピソードがあるため、完全版は難しいとも言われるが、こうした人気作品の多くがなんらかの方法で視聴できる環境にあるのが現状だ。まあすべてとは言わないにしろ、かなりの人気作がなんらかの方法で手軽に楽しめる状況下で、遡ることにさほど抵抗感はないだろう。もっともすべてではないので、ネットにないものはなんらかの方法でソフトを手に入れなければならない。レンタルを探す方法もあるし、お友達や先輩後輩などにそうしたソフトを所持している人がいるなら貸し借りして見ることもできるだろう。人間関係はまこと大事である。だがそういう縁もない人にとっては、どうにか買うしか方法がない。ありがたいことに密林などネットで買うこともできるし、場合によってはネットオークションなどで安く手に入る可能性もあるが、それなりの金銭が必要になる。当然探す手間や努力はそれなりに必要だから、ハードルはおのずと高くなりがちだが、逆にまったくこうした方法論が取れない作品だってあるわけで、視聴をあきらめざるを得ない。こうなるとソフト化されるのをひたすら待つことになる。筆者にも特撮やアニメ、劇場用映画作品でこういった「待ち」の作品がいくつかあり、なかなか願いは満たされない。

 さて上記のように過去の作品を視聴する環境は、それなりに整っている現在である。あとはその行為に価値を見いだせるかどうかだが、それはもう個人の話に拠ってしまうので、なんともいいがたい。

 40年も昔の話で恐縮だが、筆者が高校生頃に出会った濃い目のアニヲタさんは、幼少期からVHSのビデオデッキを所持していた、いわゆる裕福な家庭の方で、見ていることが前提条件のような人で、こちらとしては観ていないので、どんなものか知りたいのに、見てもいないやつに話したくなないと、口を開いてくれない。わずかでも知っている知識を総動員して話を切り出して話を聞き出し、「それでラストはどうなるんですか?」などと聞けば、にんまりとした顔をして「それは見てのお楽しみ」とかいって、相手にしてくれない。部屋に山のように積んであるビデオの山を指さして、「これが見たい」などといっても、見せてくれたことは一度もないのである。これはほんの一例でしかないし、当時の多くのアニヲタがそうだったというつもりはないが、自室という閉鎖空間で居丈高にふるまう彼の姿を見て、あまりいい感じはしなかったが、彼がしゃべり出すとさも楽しげに作品のことをしゃべり出し、その当時に聞いた製作裏話など、どっから仕入れてきたかわからないような知識を引っ張り出して、面白おかしく話してくれたことは、今でも記憶に残っている。この人を基準にすることはできないが、あくまで同等に話をしようとすれば、相手にその作品の知識があって初めて成立する会話がそこにあったわけだ。ひどい話だが、相手が自分の領域に踏み込んでこない以上、こちらがいくら話をしても意味がないと思っていたのかもしれない。が、アニヲタとしての筆者も、もしかしたら自分のもっている知識は、相手も知っていて当然と、護岸不遜なふるまいをしてやしまいか、時折心配にはなる。年に1度のニコマス昭和メドレーの不完全解説をしているおかげで、知らない前提の人に対して記事を書き続けることを自分に課しているつもりだ。とはいえ、面識もないネット上の誰かと、動画や文章を通じて情報を共有して何かを楽しむということが、本当の意味でできているのか?という疑問に常にさらされているわけで、あの不完全解説を契機に、当ブログの記事は変質したという経験がある。

 つまり過去作品をさかのぼる価値は、たまさか自分が見たその作品の情報を共有して楽しみたい、という意思がなければ本来成立しない。どれだけ老害アニヲタが、若い方々に向かって70年代のアニメは面白いぞ!といったところで、若い方々がその釣りに乗って、こちらとのコミュニケーションを成立さえようという意思がない限り、若い方々が過去作品を振り返るかちなど見出しはしないのである。

<技術的遺産という価値>
 とはいえ、疑問はある。アニメも特撮もそうだが、その実態は技術の集積体である。人間の直観的なイマジネーションだけで、一人で創作できる代物ではない。多くの作品は、多くの人の手によって生み出された技術の集積体なのである。脚本を書く技術、それを読み込み絵コンテにする技術、絵を描く技術、動かないはずの絵を動かす技術、彩色、背景、撮影、そして音響や音楽、声優たちによる演技の技術などなど、それぞれが専門分野を担う優秀な人材によって編み出された技術を総動員して1つの作品として滅実している。それこそがアニメや特撮作品の本質なわけだ。

 さてこうした技術はどうやって発展してきたのだろうか? 筆者はこうした歴史的な流れを「潮流」あるいは「系譜」という言い方をしている。本ブログのどの記事を選んでもらってもいいのだが、作品を紹介するパターンで作られた記事に関しては、時代的な背景と、その作品が作られるに至った時間的な流れや諸事情などを必ず書くようにしている。もちろんそれを押さえただけで、その作品の本質を語ったことにはならないから、それをその作品を見る知識の前提条件として、前段に記述している。なぜかと問われれば、筆者がこうした点が重要だと考えるタイプのオタクであるからではあるが、別の側面としては、筆者が理学系大学院生時代に経験した論文執筆の際に、自身の研究のまつわる過去の研究例について記載する必要性にかられたからでもある。どんな事柄にも前段階があり、歴史があり、自分の研究もそういった歴史的研究の礎となるという自覚と覚悟。歴史を記載するというのは、そういう意味もあるのだ。

 オタクというのは、別に筆者のように批評や感想などを書かないまでも、こうした知識を経験として蓄える生き物であり、体系的なまとめがなくても、頭の中の独自理論でこうした体系が知識として息づいていると思っていた。だが、イマドキの若いオタクさんたちは、そういう知識的なものを侮蔑する傾向があるのか、こういう語り口を好まないらしい。またネットにあふれる情報は、筆者が少ない小金で買いためた本からの情報を越えて集積しているために、気軽にさまざまな端末から知識を引き出すことができる。つまりこうした端末に対して知識的な部分を依存しているから、自身の記憶容量を使う理由がない、とでも思っているのだろうか。それ自体を否定することはしないが、ネットの情報を鵜呑みにしたり、ネットの情報をさも自分の知識のようにひけらかすのは、やはりどうかと思うのだ。筆者でもネットのお世話になるのは毎度のことであるが、間違った知識を修正したり、知識の精度を上げたりといったことを主体として利用する。記事で書く場合にも人と話す場合でも、ネット上で拾い上げた知識の場合には、「~にはそう書いてあった」あるいは出典元を挙げるようにしている。こういうのも理系論文の当たり前の要点なのであるが、それはさておき。

 ここまで書いてきて思うのは、昔のオタクは知識を重要視し、その知識を持って他人とのコミュニケーションをとる。そのために知識の習得は必要な事だったのだが、脳の記憶容量を別媒体に依存するイマドキのオタクにとっては、知識そのものに意味を見出さなくなっていることはわかった。知の集積や技術の歴史的潮流に意義を見出さなければ、過去作にふれる理由もないのである。こうなると、過去作がたとえ今後見られなくなっても、若い人々にとっては容量の無駄でしかない。こうなってはいずれ見られなくなる作品が増えることもいたしかたない。彼らに罪はない。だって彼らに訴える訴求力がないのだから。老害オタクができること、それはネット上で見られなくなるのを前提に、あくまで自前で好きな作品が見られるように映像ソフトを買いためること、そして出来る限り未来に情報を残すため、作品に関する情報や批評を少しでもネット上に残すことぐらいなのかもしれない。(←おれ、イマココw)



追記という名のボヤキw
 平成の世が終わるを告げることが確定した。時代がまた一つ区切りをつけようとしている。
 筆者ら昭和生まれが自覚的に「老害」となったように、平成生まれもまたいずれ老害となる。何度でも繰り返すが、それはすでに規定された未来である。アニメを含める創作物が、未来に向けて作られ続けるとは、そういうことなのだ。「ハルヒもしらないの?」「SAO知らないんだ」「シャナ観てないの?」「超電磁砲も見てないのに」などなど、ハラスメントまがいの言葉がいくらでも思いつく。時代を輝かせた名作たちは、いずれあなたの中の指針になる。だがそれはご自身の指針であって、他人のものではない。それは単なる情報の齟齬でしかないのだが、それでもロストコミュニケーションはあなたにショックを与えることだろう。それは筆者ら昭和のオタクの誰もが通った道であることを、なんとなく知っておいてほしい。何度でも言う。あなたもいずれこうなるのよ。
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波のまにまに☆のアニメ・特撮のゆる~いコラム アニメの過去作がかえりみられない話~老害アニヲタのつぶやき~

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プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
50歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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