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「ルパン三世 Part 5」~その1・論理と矛盾とレゾンデートル~

 これまで「ルパン三世」シリーズについては、TVシリーズ3作品と劇場版、そしてTV-SPと書いてきた。その後「峰不二子という女」について書いたっきり、TV-SPを思い出したように書いた以外は、「次元大介の墓標」「血煙の石川五右エ門」「~Part4」と、作品自体はずいぶんと展開していたにもかかわらずほったらかしていた。SP最新作「グッバイ・パートナー」も放送されたことだし、タイミングは熟しきっているのに、どうにも腰が上がらない。大好きなルパンなのになぜか? 単純に怖かったのだ。大好きな故に、新作を見るのが怖い。近年のTV-SPに悔しい思いをしてきた筆者としては、これ以上製作者たちに好きなように蹂躙されていくルパンたちの姿を見るのがつらかった。たとえ「峰不二子という女」で多少の溜飲を下げたとしても、その思いを引きずったまま今日に至る。どれだけハードに作ろうとも、どれだけコミカルによせようとも、製作者たちの思い通りにキャラクターをブレさせるTV-SPは、「ルパンVSコナン」の企画を聞いた段階で気持ちが離れていく。子供の姿とはいえ、高校生ごときが百戦錬磨の怪盗ルパンと知恵比べなど、コナンくんにまったく思い入れのない筆者にとっては、理解も容認もしがたい事実だった。あ、誤解なきように書きますが、「ルパンVSコナン」は、コラボ作品としては良作でしたけどね。それでも気持ちがルパンから遠のいていく。もはや古参のルパンファンを納得させられる作り手など、いないんじゃないかって。だから遠巻きにして、直接見ることも批評することもなしに、新作を手放しで喜び、ついでに旧作に手を伸ばしてくれる若い人々を待つだけだった。そんな筆者の背中を押してくれた作品が本作、「ルパン三世 Part5」である。実に、実に様々に考えることが多かった作品であった。

<作品概要>
 「ルパン三世 Part5」は2018年4月から2クールで放送された作品。これまでのシリーズが終わるたび、次のシリーズがそれを承ってきたように、前述の「Part4」のエピソードをちゃんと承っている作品で、前作同様2クール(24話)の作品となっているが、シリーズ構成によって4つの連続エピソードと間に挟まる単話が折り重なりながら、全体で一つにまとまる構成が施されている。本作のシリーズ構成・脚本を担当したのは大河内一楼氏。「コードギアス」シリーズなどで知られる、あの方である(新作、まだ見れてない)。物語についてはできるかぎりネタバレを避けて、エピソードごとに書いていく。

 先に音楽について触れておきたい。本作の音楽は大野雄二氏によるもの。すでに何度目の登板になるかわからないが、氏が作り上げたルパンの音楽世界はもはや強固なもので、耳になじんだ、なんていう言葉では言い表せないほどだ。前作「Part4」で印象的だった、石川さゆりさんとのコラボ作品のED曲は実に情感豊かで素晴らしいものだったが、本作では不二子がフューチャーされて、演じる沢城みゆき嬢(結婚されても嬢でいいのかw)が、吐息まじりの大人っぽい雰囲気いっぱいの名曲に仕上がっている。本作で特徴的なフランス色を出すために起用したアコーディオンを音色が、フレンチミュージックの色気を醸し出している。OPで使用された名曲「ルパン三世のテーマ’80」は、すでにジャズナンバーとしても定番となるほどの認知度だが、今回は先述の通りアコーディオンがメインメロディを奏でている。またかつての第2シリーズや劇場版でも使用された名曲たちが、再演の形で収録され、本作の名シーンを彩るのもうれしい限り。それゆえに過去作を想起させるシーンも少なからずあるのが、本作が過去作をきちんと承っていることの証明でもあるわけだ。

 それにしても、EDの映像が、筆者的にはキュンと切ない。まるでサントリーのウイスキーハイボールとから揚げのCMみたいな感じのカウンターバーに、ルパンたちと銭形が陣取り、カウンターの中に不二子が思いたっぷりにルパンを目の端でとらえているシーンだ。本作でのルパンは無用の理由で不二子を追いかけまわしたりしないルパンで、不二子の存在をあくまで過去の恋人同士だったことがほのめかされたうえで、実に言葉での説明が不可能な関係性であることを口にしている。その関係性の一端がこのEDの映像に現れているのだが、なかなかにルパンも不二子の落ち着いた物腰で、その一点だけでも好感が持てる。これは後の話にも影響するので、今はここまでにしておこう。

<EPISODE I(#1~5)~論理と矛盾~>
 麻薬など、およそ表では取引できない商品を扱う闇サイト「マルコポーロ」。取引はいわゆる仮想通貨で、これによってありえないほどの収入を得ているものがいる。ルパンたちはこの仮想通貨を根こそぎ奪うことを計画。闇サイトにアクセスするための鍵となる人物を拉致するために、ルパンと次元はメガサーバー施設である通称「ツインタワー」への侵入を試みる。そこで出会った少女アミは、デジタルプログラミングスキルの熟達者でありながら、過去の出来事から自らの意志でツインタワーに引きこもった変わった少女であった。アミの助力によって仮想通貨をルパンに横取りされたマルコポーロの幹部たちは、残された通貨を使ってゲームを仕掛ける。その名も「ルパン・ゲーム」SNSを利用して、ルパンとその仲間を探し出すゲームであり、ルパンたちの姿はネット上であぶりだされてしまう。ルパンは一計を案じで、ICPOの捜査権のない国へと逃げ出した上で、自ら自分の居場所をネット上にアップし始めることで、ルパン・ゲームは沈静化する。だがマルコポーロの幹部たちはさらなるゲーム「HAPPY DEATH DAY」を仕掛ける。ルパンたちの死ぬ日を予想させ、その日付にベットさせ、一方で殺し屋たちにルパンたちを狙わせる。あまりに数多くの殺し屋たちを敵に回し、ルパンたちは生き延びることができるのか?

 ルパンがどれだけ現実世界で有名であっても、彼らの世界ではあくまで泥棒さんであるから、裏の世界での知名度は高くても、表の世界ではいわんをや。だがネットの世界では、誰でもが有名になる可能性がある。たとえ泥棒であってもだ。このEPISODE Iとは、そんなネットが当たり前になった現実とほぼ同様の世界で、ルパンの犯罪が行われる可能性があるのか?という、ある意味での思考実験のような話だ。「攻殻機動隊」の世界のように電脳のある世界ではなく、その技術はあくまで現実世界に沿っているだけに、もし現実にルパンがいたら?の問いかけに対するシリーズ構成・大河内氏の答えの一つだろう。だからネットもデジタルスキルも、敵味方どちらか一方が持っている技術ではなく、双方ともに使える技術として一般化している。だからこそ物語のオチの部分が最大限に機能する。ルパンを追いつめるのも、ルパンを有利にするのも同じ技術なのだ、過去作と同じように、同じ技術をもってルパンと並び立つものは、常にルパンによって同じ技術でやり込められてきた。その上でルパンには卓抜した拳銃の技を持つ相棒・次元大介と、孤高の剣士・石川五右エ門がいるわけで、土俵を同じにしてしまえば、ルパンたちに勝るものなしという、結論だけ見ればそう思わざるを得ない。だがそこにきちんと毎回の引きとしてサスペンス要素が織り込まれることで、次回への興味を失わずに期待できるのは、脚本およびシリーズ構成の大河内氏の手腕だろう。見事というほかない。

 この話ではメインゲストであるアミという少女が、あえて引きこもった世界から抜け出して、現実の世界で生きていくことを、危険や死と隣り合わせの事情と、彼女が一度は捨ててしまった現実世界を潜り抜けることで取り戻していく話が縦糸としてある。それはとっても痛快な筋立てであるのが、現実世界の引きこもりさんたちがこれをどう思うかは知れたものではない。実はより重要なのは、常に合理性と論理的であることを優先してきたアミが、ルパンたちや銭形と触れ合うことで、人間が矛盾だらけの世界に生きていることを知り、論理や合理性を超えたところにある矛盾を是として人が生きている世界だと知ることなのだ。そしてまた最大の矛盾としてアミの目の前に立ちはだかるのは、我らがルパン三世、その人である。劇中、一度殺し屋を退けた安堵感も手伝って、アミはルパンたちから離れようとする。それによってアミはルパンたちの身の安全を確保しようとするのだが、実のところアミがこの行動をとることが最初の矛盾だったはずなのだ。ツインタワーから助け出してくれた恩人だから、その恩を返すために身を引いたアミだったが、それは貸し借りの話ではなく、あくまでルパンの身を案じたのであり、この時点でアミはルパンたちへの優しさゆえにルパンたちの元から逃げ出したはずで、アミはルパンへの好意を認識していなかっただろう。その矛盾にすら気づかずにいるのに、アミはルパンを質問攻めにするシーンがある。「言わぬが花」という言葉を使ってルパンは極力説明を避けようとするが、結局はアミへの好意と憐憫の情を吐露するが、それすらもアミは矛盾だという。アミ自身が矛盾を抱えながら、ルパンの矛盾を指摘する。こうした堂々巡りこそ、思春期を経験した者ならば容易に想像つくだろう。あのシーンは思春期をきちんと経なかったアミの思春期が炸裂しているシーンなのだ。矛盾より論理を優先する律義さもまた思春期特有のこだわりと見ていいだろう。だからこそ大人としての立場で、アミの見ている物とは違う目を持つルパンが並び立つ理由がある。そして矛盾だらけの大人ルパンが見せた意気地。それこそビットコインを操ってゲームの興じるバラガキどもに、「悪党」として正しくあるための矛盾をさらしてまで、ゲジメを取りに行く。それが大人の流儀だとでもいわんばかりに。

 こうして見ると、ガキどもの邪気に大の大人がよってたかって振り回された話であるような気がしてならない。ガキは大人のフリをして遊ぶが、大人は命を懸けて遊ぶのだ。自分を危険にさらさないように遊ぶのがこどもの論理なら、命を危険にさらしてまで遊ぶのが大人の矛盾である。そしてそんな大人の矛盾は最後の最後、ルパンが不二子と会話するシーンに凝縮されていく。不二子へ仕事を依頼したルパンが、なぜか不二子へ仕事終了の電話を掛ける。この逆転の矛盾。ルパンと不二子のドライな関係に、不二子の吐息が一瞬だけウェットにさせる。EDの映像につながる、本作のルパンと不二子の関係性のあらわれるシーンだろう。

<幕間のエピソード~その1・おバカな不二子~>
 第6話「ルパン対天才金庫」は、東京ムービーっぽいでたらめさが際立つお話で、なんとも懐かしい匂いのする無茶苦茶なエピソード。借金返済のためにおバカ兄弟(「ドリフ大爆笑!」世代は要注目)の弟が作った金庫は、人のIQを測定し、IQ=0で金庫が開く仕組みになっていた。これに挑むはIQ=300とうたわれた我らがルパン三世。不二子と次元、五右エ門によってIQを低くするための特訓に励むルパンは、天才金庫を開けることができるのか?という話。第2シリーズにも金庫を開けるためにルパンが奮闘努力する話は枚挙にいとまがない。もちろん金庫が開く仕掛けそのものに挑むわけだが、開けることを主眼とするがために、中身はどうでもいい当たりが、過去に多くのギャグアニメを世に送り出してきた東京ムービーっぽさが出ている気がして、ルパンではなく「元祖天才バカボン」でも見ているかのような錯誤感を覚えるゆかいな話だ。かつての作品へのパロディもついて、第2シリーズの朗らかさを思い出させる楽しい回だ。

 第11話「パブロ・コレクションを走れ」は行方不明になった麻薬王の遺産を、ルパンたちが狙う過去話。ルパンのジャケットの色から推察するに、第2シリーズの頃の話だろう、と思わせる仕様になっている。不二子がのたまうように「男って馬鹿ね」という言葉が正鵠を射ているという話だが、別に女性である不二子が高尚だっていう話でもなくて。どちらかといえば6話も11話も、不二子が実にバカっぽいのが特徴的な話で、頭の中空っぽな感じの不二子の演技が楽しい2話だったりする。この話でカーチェイスがふんだんに登場するが、このシーンで流れた音楽はなかなかに懐かしい。サントラファンも要チェックだ。

 第12話「十三代目石川五右エ門散在ス」は、ベルギーの女富豪クロエ・カザールが持つペンダントにあしらわれたルビーをめぐり、ルパンたち3人は手分けして探す羽目になる。五右エ門は訳ありげな女性クロエが営むビストロを見張るため、偶然知り合った少年の親が営むホテルに宿泊する。お金もなくセキュリティも切られたビストロに、クロエのペンダントを狙って怪しい男たちが毎夜忍び込む。それを助ける五右エ門はクロエに同情するのだが、というお話。このお話、不二子が出ない。だがルパンが女性からの依頼で動いているのはみえみえで、例によって都合よく使われちゃってる五右エ門が、ルパンに反撃するあたりも面白いエピソードなんだけど、このクロエの正体を含めたオチの部分が最高にイカしてる短編だ。おとなしそうなクロエ役を戸松遥が演じているのも、筆者的にはポイントだ。

<EPISODE II(#7~10)~ルパンのレゾンデートル~>
 既知の依頼で小さな絵画を盗み出すルパン。だがそこに隠されていた黒革の手帳を巡り、事件に巻き込まれていくルパンたち。かってルパンの仕事仲間であったが今はフランスの司法警察の局長をしているアルベールは、ルパンと手帳を巡って対立するが、その一方でフランス各地で爆破テロが起こり、不安にさいなまれるフランス国民は大統領選の前に右派寄りになっていく。フランスの政権を揺るがしかねない事件へと発展する中、ルパンは黒革の手帳を取り戻すことができるのか?

 序盤の手帳争奪戦の中で徐々に明らかになっていく手帳の真の意味、そしてルパンたちに差し向けられた殺し屋たちと契約したのは何者か?など、視聴者を誘導する小仕掛けがあちこちに施されていながら、シーン単位で見るべきポイントが多いのがこのエピソードの魅力だろう。津田健次郎さん演じるアルベールがゲイってのはいいとして、このアルベールが若き日のルパン三世の相棒であった事実が面白い。かつての相棒の上を行くことを自認するアルベールは、世界で一番会いたくないとルパンが言うほどの逸材であるから、その二人が、あいまみえるシーンの緊迫感はひとしおだ。アルベールは泥棒をやめてフランスの司法警察に入ったことで、かつての泥棒時代の能力をいかんなく発揮して上り詰めたであろうことは想像に難くない。ルパンとアルベールの双方にトラウマがあり、その夢にさいなまれるシーンがあるにはあるが、キャラクターがそこまで育っていないのがいっそもったいない。それでも序盤からの手帳争奪戦から大統領選を控えたフランスを舞台にした陰謀劇へといったスケールの大きい話が見ごたえあるものにしている。いっそこれでTV-SPでも作ってくれたら楽しめるだろうにと、思わないでもない。

 このエピソードにこそ、脚本家・大河内氏がもっとも描いておきたかったルパン像が浮き彫りにされている気がしてならない。ルパンの上を行こうとするアルベールは、おそらく「泥棒」という実像に対して懐疑的でありながら、フランスという国をその手に収めようとする「泥棒」である根っこの部分は、彼がルパンの相棒であった頃から変わらないものだ。一方ルパンはアルベールをして、その手腕を認めながら、アルベールを認めたくないという「泥棒」としての矜持が、二人が袂を分かってから邪魔をする。けれどルパンは、アルベールが今もかわらず「泥棒」であることを一番に喜んでいる節がある。「やっぱりお前は泥棒に向いてる」的な物言いがそれだが、そこにこだわるルパンこそ、「泥棒」であることにこだわり続けている証拠でもある。フランス語で「レゾンデートル」という言葉があるが、その意味するところは「自身が生きる理由、他者との比較ではなくあくまで自己完結した自分自身の存在価値」という意味である。つまりルパン三世のレゾンデートルこそ、「泥棒であり続ける」ことにあるのではないか? この答えを裏付けるかのように、かつてのルパンの記事にコメントくれた方の話によれば、シリーズがこれまで長く続いてきた理由の一つが、ルパンがお宝を奪う理由を明確に書いていないからだという。それもそのはず、だって奪うことそのものが「泥棒」としてのルパンのレゾンデートルだったのだから。

 たった2クールなのでタカをくくっていたが、書き始めたら筆が止まらない。やはりルパンが好きなのだなァ筆者は、と思わないでもない。今回は約半分まで扱って、ここで締めくくっておこう。後半はさらにこれまでのルパンシリーズを承った物語も登場する。シリーズを重ねた強みでもあるし、セルフパロディとも言えるのだが、どうやらこれがかなりの頻度で自覚的にやっているっぽいことだけはわかる仕掛けになっている。もちろんそれにこだわるわけではなく、きちんと現代にマッチする見せ方を模索していることは、十分楽しんでおきたいポイントだ。そして後半では、これまでのルパンとは異なる印象を与える本作独自のルパン像とその理由について触れてみたい。以下、次回。
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波のまにまに☆

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