FC2ブログ

宇宙戦艦ヤマト2202 愛の戦士たち~福井さん、ごめんなさい~

 2019年3月に公開された第7章の公開をもって、ほぼ2年半にわたるこのシリーズも終焉を迎えることになった。これまで当ブログにおいては、1度たりとも真面目に取り扱ってこなかった。その理由についても以前の記事で触れたとおり。「2199」ではあんなにも熱く、暑苦しいほどに取り扱ったくせにだ。そんな筆者が翻したように本作を、最後の最後で取り扱う理由については後ほどにしておく。今回は完結記念としてこの作品を取り上げて、ここまでに苦難に満ちたヤマトの航海への華向けとしたい。

<作品概要>
 2012年4月に劇場公開された「宇宙戦艦ヤマト2199」シリーズは、翌2013年8月の第7章をもって最初の航海を終えた。2013年4月からは地上波TV放送が平行で放送され、2014年10月には編集版である「追憶の航海」が劇場公開される。さらに同年12月にはサイドストーリーとして、後の「2202」にもつながるガトランティス帝国が登場する「星巡る方舟」が公開される。ファンの多くはこの「星巡る方舟」の内容によって、続編を予想したが、その予想は裏切られることなく、2017年2月より「2202愛の戦士たち」として全7章が公開された。なお2018年10月からは地上波放送も開始している。

 かつての「2199」では蛮族としてドメル艦隊に蹂躙されていたガトランティス帝国の艦隊。ヤマトとそのクルーがガトランティスと最初に戦ったのは「星巡る方舟」であり、後にガミラス帝国と地球の和平条約締結につながる重要な共闘が描かれていた。そしてこの戦いを契機にガトランティスの戦いの矛先は地球に向かうことになる。

 物語冒頭でガミラス・地球連合艦隊は、ガトランティス艦隊との交戦でスタートする。物量で責め込んでくるガトランティスに苦戦を強いられる連合艦隊だったが、イスカンダルとの約束から、使うはずのない波動砲によって形勢逆転となる。敵中の巨大戦艦が1隻突出し、地球へと落下するのを破壊したのは、コスモリバースシステムのために半ば解体されていたヤマトの主砲だった。その直後、古代をはじめとする旧ヤマトクルーは「ヤマトに乗れ」というメッセージを受け取る。戦闘は終結し、アンドロメダ級の戦艦や空母の進宙式にわきかえる地球。だが波動砲を備えた波動砲艦隊の創建や、急速に進みつつある地球の復興に違和感を覚える旧クルー。そして真田の解析によれば、あのメッセージの正体は、はるかかなたの宇宙から助けを求めるメッセージであるという。地球連邦政府に対して救助要請を申請した古代だったが、根拠が乏しいことを理由に反対される。そんな折、駐在武官キーマンの手引きで月面にいるバレル大使からテレザート星とテレサの神話を聞いた古代は、地球の軍備拡張と急速な復興の裏にある事実を知ることになる。「時間断層」。それはコスモリバースシステムの副産物として生まれた場所であり、内部の空間では外の10倍のスピードで時間が流れる空間である。そこで機械化された製造工場を設けることによって、急速な拡大政策が可能となったばかりか、ガミラスとの同盟の裏事情を知ってしまう古代。改めて提出したテレザート星への探査航海を政府に却下された古代は、無断でヤマトを発進させる。ヤマト叛乱! ヤマトは新鋭戦艦アンドロメダとの一騎打ちを勝ち抜き、バレル大使による裏工作も功を奏して、反乱の嫌疑は消え、晴れてヤマトはテレザート星へと舵を取る。(ここまで5話)

こうして始まったヤマトの苦難の旅路は、かつてのイスカンダルへの旅路とは別種の苦難と苦悩の旅路でもあった。使えるにも関わらずイスカンダルとの約束によって波動砲を使うことをためらう古代。そして敵であるガトランティス帝国の頭目であるズォーダー大帝との直接的なやり取りによって愛する者の命か、より多くの人々の命かを救う選択を迫られたりと、古代にとってはどこまでもしんどい展開ばかりが待ち受ける物語だった。もちろん見ているこちらもしんどいわけで、テレザート星を攻略して古代たちがテレサに会うまでのバトルは、見ているこちらが古代に同情的になっているだけに、波動砲を使う業を、土方艦長の言う、ヤマトクルーの全員で古代を支えるという言葉を、空間騎兵隊がヤマトを支えながら波動砲を撃つシーンと連動していたり、惑星シュトラバーゼでの古代の選択を雪が肩代わりすることで悲劇的な展開が待ち受けていると思いきや、真田さんの機転で実にファンタジックな方法論で古代と雪が救われるシーンは、間違いなく自分の鼓動の上げ下げで、感動的だったことは実感できる。

 そして古代たちの目の前に現れる女神テレサは、ヤマトを中心として繋ぐ人々の輪(和か?)こそが、ズォーダー大帝とガトランティス帝国の侵略を止められるという啓示を受けることになる。ことここに至り、物語は収斂を始めるわけだが、ここまでに登場したキャラクターがどのようにしてヤマトとそのクルーたちを中心にした輪を形成し、ガトランティスの驚異に立ち向かうのかというポイントに集中しだすことになる。ガミラスが、地球の人々が、ヤマトを取り巻く人々が、艦隊の士官たちが、それぞれの想いを胸に土星空域でのガトランティス艦隊との決戦を迎えることになる。

 デスラーはヤマトを付け狙うふりをしてズォーダーの手の内から逃げ出し、自身の艦隊を再び手の内へと収めていく。そしてズォーダーの言葉によってもたらされる選択は、再びヤマトとデスラーの対決を促していく。挿入されるデスラーの過去、そしてキーマンの正体。古代アケーリアス文明がもたらしたガトランティスの存在意義とその人々がクローンを重ねて世代交代をしてきた事実、そしてかつてズォーダーが味わった愛ゆえの屈辱。「星巡る方舟」と対をなす存在である「滅びの方舟」としての彗星都市帝国の秘密などがちりばめられ、物語の舞台裏を少しずつ明かしながら、物語は進む。

 そして土星宙域でのガトランティス艦隊との決戦に向かう地球艦隊は、時間断層工場での開発スピードを背景にした物量戦へとなだれ込む。連邦政府の誰もが期待した時間断層の利用と機械化の果ての物量を頼んだ激しい消耗戦は、やがてガミラス艦隊をも巻き込みながらも地球側は劣勢を強いられていく。ヤマト艦内に不穏な空気を蔓延させていた桂木透子はガトランティスの巫女としての役割を果たし、彗星への一撃を加えようとするヤマトを奸計に追い落とす。機能停止して彗星へと落ちていくヤマトは、記憶を失った森雪を見てさらに追い詰められていく古代を乗せて再び彗星から脱出する。地球艦隊の多大な犠牲を払いながらも、帰還したヤマトはその実態を現した彗星へと再攻略をしかける。だがヤマトを待ち受けるのは、ズォーダーによって民族の延命を取引材料にされたデスラーだ。死力を尽くした戦いは続く。ここまでが第6章である。この先はぜひとも劇場へ駆けつけてご自身でご覧ください。

<福井晴敏が嫌いだった、という話>
 以前の記事にて本作が小説家・福井晴敏氏がプロットを上げて、さらにブレインストーミングを重ねて脚本にしていると書いた。そして「機動戦士ユニコーンガンダム」のオチの弱さに堪えかねて、筆者はそれまで福井氏の小説や「ローレライ」や「イージス」などの映像作品をも愛好している身としては初めて、福井氏を批判した。それゆえに本作についても、物語開巻当初から心配をしていたのだが、その予感はほぼほぼ的中していた。特に「時間断層」とその弊害については、この設定を聞いた時点で推測していた問題点を、作品内で事細かに触れていた。おそらく多くの識者は「ほれ見たことか」と思ったに違いない。筆者もその一人である。

 本作の最大の問題点は、かつてのアニメファンを滂沱の涙の中に叩き落とした「さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち」という作品を、「2199」の後続作品として現代にマッチする形でアップデートするのみならず、新たなアニメファンを獲得するゆえに、設定を見直し、不都合を是正し、物語に整合性をもたらして、作品たらしめることにあった。それはかつての「さらば」を換骨奪胎させ、シリーズの存続も視野に入れての再構築だった。その矛盾がどうあっても画面からにじみ出ている気がしたのは言うまでもない。第7章のパンフレット冒頭にある福井氏の言葉にもあるように、「さらば」の感動とは古代たちの殉死に収斂していく中で、残酷な現実に否を叫びながらもむなしく散っていく若者たちの戦いが、戦後を経て学生闘争の末に厭世の心持ち、あるいは「シラケ世代」の若者たちの胸に刺さったから大ヒット足りえたのである。いま「さらば」が空々しく感じてしまう理由は、時代がそうではないし、何より目的のために殉死する過酷な状況と、現実の間に彼我の差があるからだろう。そんな時代にこの物語のアップデートをすることにためらいを覚えない創作者はどこにもいないだろう。現代にマッチするように設定を作りこみ、事情を説明し、設定のための設定を繰り広げて言い訳がましい事この上ないこの作品の出だしは、誰にとっても好ましいものでは決してなかったと思うのだが、どうだろうか。だから筆者の第2章を見た時点での正直な思いを告白させてもらえば、「福井のヤロー、余計なことしやがって」だったわけだ。「2199」にあった期待感はまるでない。それは物語の構造がそうなっていないことが主たる原因なのだ。地球人の誰もがまだ見たことがないイスカンダルへの道のりを、勇敢にも踏破していき、さらなるガミラスの抵抗までねじふせていくロマンあふれる筋立てと、現代にアップデートされた設定や原典変更の数々は、物語の持つ盛り上がりやロマンあふれる展開に期待も希望も持てたのだから、「2199」によって原点である「宇宙戦艦ヤマト」という物語の素晴らしさを再確認できる作品ですらあったのだ。だが「さらば」も「2202」も違う。2作目としての呪縛もあるし、物語の構造が、現状の自分たちを鑑みて、それを批判するところからスタートしている。もうこの時点で見ている方は鬱々としちゃうのだ。機械化と物質にあふれ、かつての危機を忘れてしまったような腑抜けた地球人類は、目の前に迫る危機に目を向けず、あまつさえ危機を知らせるメッセージまで不問に付そうとする。反逆者の汚名を着てまで古代たちが旅立とうとする理由は、そんな腑抜けた地球人を再び目を覚まさせることだから、その真摯さは何もしないできないわが身を直撃するようにできている。「2202」では機械化批判、物質文明批判のみならず、時間断層によって地球とガミラスの間に横たわる密約の不誠実さがあり、時間断層自体を多くの人々の目から背けさせている事実ですら悪として描いている。スコアの失われた名曲たちは、息子・宮川彬良氏の耳コピによって復活を遂げるが、その楽曲たちですら不穏な空気を醸し出す作品序盤の空気は、ヤマトのささやかすぎる活躍と誰にも祝福されない発進によってやっと吹き飛ばせるかどうかの重苦しさだ。

 かつて虚空の侵略者でしかなかったズォーダー大帝率いるガトランティス手国は、醜い争いや宇宙に悪影響を及ぼす種族である人類を粛正するために存在するカウンターである設定が組み込まれた。平成ガメラシリーズのギャオスといい、「ウルトラマンガイア」の根源的破滅招来体といい、古くは「無敵鋼人ザンボット3」のガイゾックといい、こうした設定による侵略の意味づけは、現実世界の仮想敵の存在から目を背ける設定でもあるから、昔ならいざ知らず、現在においては欺瞞を感じる設定でもある。「2199」ではガミラスに蛮族として扱われていたガトランティスだが、どうしてガミラスはこの事実を知ろうとしなかったのであろうか? そのあたりの設定の詰めの甘さも感じる。たとえばどうして桂木透子という人物は、あそこにいたのか?という点においても、同様である。ガトランティス側の謀略なのか、はたまたただの偶然なのか? 謀略だとしたら、敵に拿捕されて利用される可能性をはらみながら、なぜガトランティスの巫女、しかも本体である透子自身を、そんな危ない橋を渡らせるのかも理解しがたい。

 かてて加えて古代の苦難である。例えば「波動砲使用の是非」にしたところで、どうして古代だけが悩み苦しまねばいけないのだろうか?と疑問に思う。もちろん矢面に立つ誰かがいなければ、その話題そのものが不問に付される可能性を思えば、序盤から中盤にかけての古代の苦悩とそれに対する答えは、劇中で解決を見ない。古代は血塗られた道を歩み続け、敵との対話を試みても、伸ばしたその手をはねつけられてしまえば、血塗られた道を歩くしかない。それは第7章の後日談の部分で古代を現世に復活させる障害にもなっている。一方で古代の周囲は、古代の想いを知ってか知らずか、その苦悩をみんなで分かち合うことで、一つの落としどころとしている。だがそれは古代の血塗られた道を共にする覚悟が必要な話であるが、そこまでの覚悟があるのか?と問われれば、太田や南部辺りは尻込みもするだろう。だが絵面的には空間騎兵隊がヤマトを支えて波動砲を撃ち、ゴーランドの艦艇群をふっとばす爽快感のおまけ付で感動的な解決に見えてしまう。一方、かつての「さらば」では古代を支えた森雪が、古代にとって苦悩の種でしかなくなってゆく。中盤の惑星シュトラバーゼでの古代の選択では選択肢の一つだったし、古代に選択させないとして自ら命を投げ出そうとする。終盤では透子を助けようと身を挺した結果、記憶喪失というひどい展開が待ち受けていた。この記憶喪失が最後の最後で古代を救うキーになるのだが、記憶喪失でなくてもやりようはあったのではないかと、記憶喪失という設定に残念しか感じない。

 上記であげつらったポイントの一つ一つのすべてが福井晴敏氏によるものかどうかは判別がつかないが、ストーリーの担当である福井氏に矛先が向くのは致し方ない。筆者は本当に第2章から6章までに劇中で表現されたその多くの事象を、「福井め!」と罵りながら見ていたのである。

<福井さんよ、あんたえらかったんだね!って話>
 筆者はこれまで「2202」に関しては、外部情報をできるだけカットして劇場公開を待ち望んでいたし、なるべく余計な情報を話を聞かずに、純粋に公開された作品だけで作品を楽しもうと思っていたから、「愛の宣伝会議」なども一度たりとも見ずに鑑賞していた。だから裏話的な話も一切知らない。だから本作の企画がスタートした時点で、福井氏がどんな風に本作に向き合っていたのかということを、第7章のパンフレット冒頭部分の福井氏の言葉で初めて知ったのだ。そこに書かれていたのは、企画の成り立ちから本作に関わっていた福井氏への、冗談では済まされないプロデュース側からの無茶ぶりである。いわく

 1.「2」ではなく、あくまで「さらば」を原作とする
 2.ラストは特攻せずに、主要なキャラクターは生き残らせる
 3.でも泣かせてほしい!

 無理、無理である。無理難題もいいとこ。めっちゃ無理ゲーである。

 これがどれだけ無理難題かって話は、パンフレットにもあるので、ここでは触れないが、とにもかくにも上記3点の要求事項は、「さらば」の泣き所をきれいさっぱり否定しながら、あの時と同じ涙を要求するものであるから、そもあの3点が完全にコンフリクトをおこしているのも同然なのだ。その上での現代的アップデートだけでなく、時間断層やテレサの設定だけでなく、ガトランティスの存在意義までイジリ倒しているのだから、ここまでの福井氏のなしてきた数多くの「余計な事(筆者曰く)」が、テレサとともに都市帝国に突貫した古代と雪とヤマトを、後日談において救ってみせるという手間をつかってまで描いたのは、こういうことだったわけだ。

 ここで芹沢と真田による演説によって国民投票が行われ、「時間断層」の存在を人類に明かした上で、それをつぶしてでも古代と雪をサルベージする決が取られることになる。もちろんこれがロマンの塊であることは疑いえない。だって「時間断層」の存在こそが復活した地球の物資文明を支える根幹だったはずで、その利便性を捨ててでも、例え英雄であろうとも、よく知りもしない人間のサルベージのために破棄するだなんて、あり得る話ではない。それでも古代と雪を救うために、物質文明の象徴たる「時間断層」の利便性を捨て去る物語を選択しているあたりは、ロマンでもあるし、製作側のこうあってほしいという願いのような者でもあるから、これをしてかつてのヤマトのご都合主義というのとは違う話だと思うのだ。芹沢いい人だったのねって話も、都合がよすぎるしね。戦艦「銀河」の話も、それにまつわる計画、計画の過酷さも、芹沢って人が現状を憂えた結果なので。

そんなわけで、ここまで5千字もかけて否定した福井氏の仕事を、パンフレットの一文ですべてひっくり返して、いまさらのように福井晴敏氏の仕事を、諸手を上げて最大評価するに至りました。福井さん、おつかれさまでした。こんな僻地のブログを福井さんが見るなんてま-ったく思えませんが、筆者は福井さんがなした今回のお仕事を、心から感服いたします。撒きにまいたフラグを、ことごとく回収していく気持ちよさ、そして先の無茶ぶりを見事に成し遂げたその功績に、最大限の賛辞を贈るしか思いつきません。

だからといって、いまさら当ブログで全編を振り返るのはヤメにしておきます。あしからず。

追記
 まあこの手合いの文章を書いていて、自分だって売名だとか提灯記事だとか、否定的なことは考えます。とはいえ、できる限りの周辺情報をシャットアウトして鑑賞した結果がこれなので、イマドキのアニメは雑誌やプレス、パンフレットはおろかネットの情報まで、きちんとフォローしていないとまともな作品評価はできないものなのか?という疑問も残ります。まあこんな駄文を見て怒りだす人もいないでしょうから、どうでもいい話なんですけどね。筆者としては周辺情報は後付情報ぐらいにしておいて、作品内を純粋に評価する手法を貫く一方で、それを批判されても仕方がないことを肝に銘じるしかないわけですよ、といういいわけw
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

プロフィール

波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
50歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
愛する、男オタ。
特撮は主食、
アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
Twitterやってます!

カレンダー
09 | 2019/10 | 11
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
namima2のつぶやき
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

FC2カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
リンク(リンクフリーです)
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
FC2 Blog Ranking
フリーエリア
blogram投票ボタン
ブロとも一覧

あにめにゅ~す の あににゅ

分水嶺★真央ちゃんで浄化

素足のアイドル達

有名人の珍言・名言集

宮廷アリス

TOY BOX
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

[FC2 Analyzer] http://analyzer.fc2.com/ -->