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「スタートレック」(TOS)・シーズン2~詳細と展開と~

 前回のシーズン1の記事からだいぶ間が空いてしまったが、ここまで見てきた作品の合間に見てきたのと、筆者ももう年齢が年齢だけに、時が開いてしまった作品を思い出すために何度か見直したりしたのも、執筆が遅くなった遠因だ。いやもう、年は取りたくないものですなあ。
 さてこのオリジナルシリーズの第2シーズンであるが、こういっては何だが、SFの範疇を軽々と超えてくる不可思議な話が連続するので、見ていて楽しい。そのくせ話の落としどころはきちんとSFしてくるので、正直言って驚かされるエピソードが数多い。まあ中には腰を抜かすよりも顎が外れるといった類のエピソードもあるが、どうにも話の導入部分での見る者への興味の引き方があまりにも見事で、ものすごい勢いで物語に引き込まれるのだ。およそ1時間のドラマを、見る者を飽きさせることなく、これが「スタートレック」という作品の面白さなんだなと、改めて感心するばかりだ。カーク船長たちが行った5年間の調査航行は、本当に驚きに満ちた驚異の体験を、見る者に提示してくれる。バラエティに富んだ物語であるのは第1シーズンと遜色ないが、さらに深化を見せるキャラクターのやり取りが加わって、おなじみのドラマを見ている心地よさが、確かにある。今回も筆者が見ていて面白かったエピソードを紹介しながら、本作の魅力の一端に触れてみたい。

<深化するキャラクターたち>
 シリーズが長期化すると、当然キャラクターに対して付加されるエピソードによって、キャラクターが厚みを増してくる。カークは人格者であるよりもより人間臭く、それでいて懐深い人物像を見せつける。腰が軽くて、いつものようにひょいひょいと船を離れては、事件に巻き込まれていき、驚愕なる物語へと私たちをいざなってくれる。ドクター・マッコイは医師としての矜持を持ち、ウィットに富んだ物言いで場を緊張させたり和ませる一方で、状況に左右されて感情をむき出しにする。そして科学士官のミスター・スポックは、バルカン星人と地球人のハーフという出自故に、多くのエピソードによって、論理的かつ効率的なスポックに新たな側面を付け加えていく。

 バルカン星人の婚姻と発情期については、「バルカン星人の秘密」というエピソードに描かれている。周期的な体調異常に見舞われて、職務にまで影響を及ぼすようになったスポックが、理由も話さずにバルカン星へと帰郷したいと、カークに懇願するところからスタートする話は、やがてバルカン星人の婚姻にまで話が及び、スポックの契約上の婚約者である女性まで現れて、スポックはカークと戦う羽目になってしまう。あの理知的で論理を好むバルカン星人のスポックが、種族特有の発情期故にすべてをかなぐり捨ててしまうのだ。しかもその婚約者がスポック以外の男と結婚するために、スポックを亡き者にしようとし、婚姻の儀式に同席したカークを担ぎ出してスポックと戦わせるにおよび、これが論理的で理知的なバルカン人のやり方か!と、おかずくらぶ並に怒りたくなる。んで、よーく考えを巡らせれば、子供の時からの婚姻関係も、大人になってからの婚姻の儀式も、それによる戦いも、結婚後の禍根を残さずに理性的に生きるための知恵だと考えれば、妙に納得がいくのだ。子供のころからの婚姻関係は、人間的成長を後押しする場面もあるだろうし、それを破棄するための婚姻の儀式は、どういう経緯にせよ恋愛によってよりよい相手を探し当てたことを示す行為であるし、なにより決闘による勝者との婚姻は、血族としての一族の強化と安定につながるわけで、結婚した後で浮気なんぞ発生しようもないかに見えるあたり、よく考えられた風習だという気がする。しかも暴力などと縁のないバルカン星人が、一生に一度だけ暴力的になり、理性も知性も吹っ飛ばして決闘相手の死を求める姿は、一見バルカン星人の否定にも見えるが、ここでの発露が自分への戒めになることを考慮すれば、イニシエーションとしてのこの儀式は、本当によく練り込まれたアイデアのように感じる。もちろん制度的にこれを逆手に取ることもできる上に、それを制度として採用している以上、異義申し立ても必要ないことになる。上手いことできてるわ、こりゃ。

 「惑星オリオンの侵略」は、スポックの両親であるバルカン大使・サレックと、その妻で地球人であるアマンダが登場し、スポックの出自がより明確になるエピソード。エンタープライズの中で起こる殺人事件とその犯人捜し、正体不明の宇宙船からの攻撃にさらされるエンタープライズの中で、心臓病に倒れたスポックの父サレックの手術、スポックによる輸血が必要な中でもカークの代わりに指揮を執らねばならないスポックの、表情に見せない葛藤などが描かれ、シリーズ屈指の人気作であるそうだ。この20年会話を交わしたことがない親子として描かれるサレックとスポックが、何ゆえに疎遠になったのかの理由が描かれる一方で、バルカン人とはどうしても相容れない地球人の妻(母)を、サレックとスポックが理性的に揶揄するウィットに富んだラストは、確かに面白くてゆかいなオチであった。

 「超小型宇宙線ノーマッドの謎」ではウフーラが記憶をなくしてしまうし(後に回復)、チャーリーは死んでしまう(生き返るけど)。「神との対決」ではチャーリーが、「死のパラダイス」ではチェコフがあからさまな色事を演じているし、「バイアス・セブンの怪」では、いつものようにカークの色事が事件解決と事態収拾の鍵を握っていた。こうした細々としたエピソードを拾い上げていく面白味も、続けられたシリーズを見続ける楽しみでもある。

<後続作品への影響>
 第1シーズンに登場したカーン(クーン)が、後の劇場版に再登場したように、後続作品への影響が垣間見えるのも第2シーズンの楽しみ方の一つだろう。
 第1シーズンにも登場した宇宙のペテン師・マッドは「不思議の宇宙のアリス」にて再登場し、アンドロイドたちを操ってとある星を支配していたが、元の世界に帰りたくてアンドロイドを使ってエンタープライズとカーウたちを巻き込んでしまう話。先にちょっとだけ触れた「超小型宇宙線ノーマッドの謎」は、まるで劇場版「スタートレック」の1作目によく似た印象の作品で、アイデアの源泉はほぼ同じであるから、劇場版第1作のひな形といって差し支えないだろう。「イオン嵐の恐怖」は転送事故により鏡像世界に入り込んでしまったカークたちが元の世界に戻るまでの話であるが、鏡像世界のカーク像は、現世のカークとは似ても似つかない極悪人であり、カーク役ウィリアム・シャトナーが著した「鏡像世界からの侵略」などは、まさにこのアイデアが発端になっていると考えていい。また「華麗なる変身」ではワープ機関を開発したゼフラム・コクレイン博士が若い姿で登場する。その事情は物語の中核たる秘密であるからここでは触れないが、後の劇場版「ファースト・コンタクト」に登場するあのコクレイン博士の登場は、本作の方がはるかに先だったのである。やっぱり原典は見ておくもんですな。

 設定をこれ以上ないくらい消化し、あまつさえ基本的なキャラクターをそろえて、その人となりを視聴者と作り手が深く理解して、物語はそれでもミステリー色を色濃くしていく。その発想のベースにSFがあるとはしても、単純にSF的ガジェットに頼ることなく、あくまで物語の謎解きと、謎に挑むカーク、スポック、マッコイら乗組員の奮闘努力が、見る者を魅了していく。なるほどこうして「スタートレック」という作品が認知され、人気を深めていったのかと、見ていくほどに感慨深い。さらに第2シーズン後半は、この印象を強めていくことになる。

<シーズン中盤の展開>
 「宿敵クリンゴン人の出現」では、惑星連邦と敵対する勢力の一つであるクリンゴンが登場するが、ここでカークたちがクリンゴンとしのぎを削るのは、あくまでも宇宙船航行用の鉱石採掘の権利である。単なる勢力範囲の争いではなく、艦隊戦などを見せない代わりに、連邦とクリンゴンの対立の構図を、経済的なポイントに絞って見せるあたりが興味深い。戦争や闘争とは、何も主戦場での戦いだけではなく、その背後にある経済的な争奪戦も重要であるという認識は、ロボットアニメしか見ていない呑気なアニメファン(ワシのことだがなw)には、トンカチで頭殴られるほどに頭がいいお話だと思う。だがしかし、シビアな展開となるかと思いきや、なんとマッコイ医師に白羽の矢が立ち、まさかのラブロマンスが生まれる展開には、目を疑った。

 続く「死の宇宙病」では、謎の老化現象によって船長の指揮権を剥奪されるカークの姿を描き、ロミュランからの攻撃を受けるエンタープライズが危機に陥る中で、スポックやマッコイも同じ病気にかかりながら、どうやって窮地を脱するかというサスペンスが楽しめる一編だ。艦内に蔓延する謎の病気と戦うクルーの話で、第1シーズンにもひな形がある話ではあるが、老化を演出する顔の特殊メイクや、指揮権剥奪といったタームは、やはり緊迫感を否が応にも盛り上がる。続く「復讐!ガス怪獣」では、艦隊の先達の命を絶ったと思われるガス状の怪物を目の前にして、クルーにまで被害をこうむったカークが、我を忘れるようにガス怪物との戦いに執着する話だ。カークの部下として登場する士官が、カークの上官の息子という設定が、あまりにもフラグ立ちまくりのくせに死なずに済んでいる。その恩讐と逃走の帰趨は、ぜひ本編をご覧いただきたい。

「惑星アルギリスの殺人鬼」では、いつも船に不在のカークに責任を負わされている気のいいチャーリーが、殺人の汚名を着せられてしまう話で、話の進行によってどんどん死者が増えていく。どの殺人にもチャーリーがそばにいたため、どうあがいても容疑者なのだが、殺人のパターンと規模、過去の同様の殺人事件との比較によって事件は思わぬ展開を見せる、というのが持ち味のお話。もうネタばらしを聞けば、そんなのありィ?と思うのだが、オカルト寄りの展開をSF的味付けで処理して見せる脚本がエンタメしてるなあと、つくづく思う。そうガッチガチのSFではなく、あくまでSFドラマとしてのエンターテインメントに重きを置いている証拠こそが、この話の肝なのである。そんなエンターテインメント性が如実に発揮された話が「新種クアドロトリティケール」である。毛むくじゃらの小さな生物が、エンタープライズ号の中で大量に発生し、カークたちは大いに困ることになるわけだが、カークがその時直面していた問題を解決するのに、この小さな生物が一役買うというお話だ。しかもクリンゴンの鼻を明かすというオチがまた痛快ですらあるお話でもある、このエピソードは「ディープスペースナイン」の第5シーズンにて、カークとシスコが会話するシーンのベースに利用されている。今となっては珍しくないCGによる合成で、あたかもカークとシスコが会話するのだが、当時としてはまだ珍しい技術によって時代を越えて英雄たちが会話する貴重なシーンとなった。

「スタートレック」という作品では異人種、異星人が多く登場する。もちろん惑星連邦に加盟している惑星国家の宇宙人だけではなく、クリンゴンやロミュランといった敵対宇宙人もいるが、時には特定の惑星で神のようにふるまい、あまつさえカークたちを従えようとするものまで現れる。「神との対決」や「死のパラダイス」、そして「宇宙指令!首輪じめ」などがこれに当たるが、いずれの神も狭いコミュニティの中での支配者にすぎない。特に「宇宙指令!首輪じめ」については、その神がごとき存在によって拉致されてしまったカークたちが、神々を楽しませるためだけに殺し合いを演じさせられる話であり、宗教的ではなく民俗学的な支配階級である「神々」という存在が、時に人間に残酷さを強いる、神話的な物語を模しているようなエピソードである。カークお得意のロマンスを武器に、敵の女性を寝返らせることに成功し、神々からの支配をといてやるお話のラストで、新たな知とともに歩んでいく覚悟を決めた女性の目に光る、カークとの別れの涙がいっそ象徴的ですらある。

 一方でゆかいな娯楽作となったのは「宇宙犯罪シンジケート」だ。大昔に難破した宇宙船がもたらしたものが、模倣の得意な異星人の文明を変えていくといった、立派なSF作品なのだが、出来上がった文明は禁酒法時代のギャングが跋扈する世界であり、いくつものシマをそれぞれのボスが取りしきり、シマ争いをしている状態だ。未開の星に対する干渉は、惑星連邦が固く戒めるところだが、一人のボスに呼び出されてのこのこ出かけていったカークら3人が、どうやってこの局面を乗り切るか?実に愉快なオチが待っている。

一方未開の惑星の住民への干渉という観点でいうと、「カヌーソ・ノナの魔力」という物語も面白い。13年前に訪れた未開の惑星に再び立ち寄ったカークたちだったが、スポックは生死の境をさまよい、カークもまた原生生物によって瀕死の重傷になる。本来弓での狩猟を主としていた彼らが、鉄砲を持っていることに気づいたカークたちは、惑星になんらかの異変が生じていると推測する。その異変の中心にいたのは、やはりクリンゴン人であったというお話。村人たちの戦力差を埋めるために、カークは友人の村にも鉄砲の使い方を教える。それは戦力バランスを一定に保つ方法論だが、未開の惑星の人々を闘争へと歩ませる、悪魔の選択でもあった。その罪の意識にさいなまれながらも、カークは一つの決断をせざるを得ない。この時代、それほどまでに連邦の強敵であったクリンゴン人なのだ。直接的な戦闘が描かれることはなくても、互いの勢力が互いを意識し合い、敵視していることが、この惑星での代理戦争となる可能性を示唆しながらも、それを止める手立てはなく、やむなく代理戦争に巻き込んでしまうわけだが、第二次大戦後における東西両陣営の世界状況を巧みに取り入れたエピソードかもしれない。

 「単細胞物体との衝突」は、「スタートレック」というよりもSF的にありそうな、宇宙に存在する謎の物体に、主人公たちが翻弄される話であり、謎の物体の正体を解明する過程の緊迫感や、謎の物体への反撃、そして脱出に至るドラマは、実にSFだし、痛快なまでにスタートレックだ。本話での謎の物体はあまりに巨大にすぎる単細胞生物であるが、連邦の船と惑星一つを破壊してまで取り込んだエネルギーを、一体何に使うのか?そして謎の生物を探査するためにシャトルに乗ったスポックの命運は? 謎解きもドラマの面白さも水準以上の1本だ。

 筆者はDVD収録順で視聴しているので、あまり気にならないけれど、そもそもの制作順序と放送順序は異なるし、アメリカ本国の放送順と日本での放送順序も異なるため、放送順序の入れ替えが何ゆえ発生しているかは、筆者のあずかり知らぬところ。だがシーズンをまたいでひっくり返されているわけではなさそうなので、似たような話が続かないように、プロデューサー判断が入っているだろうことは容易に想像できる。では似たような話ばかりかと言われれば、それも否というべきだろう。確かに物語の根本的な構造は似ているのかもしれないが、いくつかのエピソードを巧みにからませてあったり、アプローチや解決手段のバラエティ、エピソードで主役となるキャラクターの配置など、それら順列組合せの多様さは、結果的にキャラクターを深化させていき、エピソードが進むごとにキャラクターの厚みが増していくのがわかる。キャラクターがエピソードの消化によって進化していっているのだ。特に第2シーズン序盤から突出したキャラクターを押し出してきたのはミスター・スポックであるし、正論を吐きながらカークやスポックを揶揄するドクター・マッコイもまた同様だ。3人の掛け合いの絶妙さは、すでに第2シーズンで完成の域に達しているし、物語のオチとして機能していることを考えれば、もはや”芸“ですらある。そして整備士のチャーリーは第2シーズン中盤以降の活躍が目覚ましい。カークの無理難題に実直に答えながらも、そのストレスを気に病むカークがチャーリーに女遊びという名の娯楽を提供する不届きな展開は、今現在の地上波での放送は不向きだろうが、二人の関係性はよく見えてくる。ウフーラにしてもミスター・カトーにしても、まだキャラクターを固定化させるには活躍が少ないのであるが、その萌芽はきちんとあるので、第3シーズンも楽しみである。

<シーズン終盤への流れ>
 さてシーズンも終盤に差し掛かると、物語はキャラクターの成長と共に厚みを増していくが、同時にすでにある物語の組み合わせを変えながら、魅力的な物語を紡ぎ出す。これとあれが同じ話だと指摘するのもいいが、アイデアの源泉がすでにシリーズにまんべんなくちりばめられていると思えば、むしろ感心できる範囲だろう。

 「地底160キロのエネルギー」は、すでに滅んでしまった惑星に残された生命エネルギーが、エンタープライズに語り掛けるところからスタートする。その生命体は、地球人類よりもはるかに高い知性を持ちながら、たった3人の生命エネルギーを残して滅んでしまった。だが彼らは自分たちが利用できる文明の到来を待ち続けていたところに、エンタープライズがやってきたというのだ。彼らはカークらの体を借りて、自分たちの手で生命エネルギーのゆりかごとなるロボットを組み立てるという。だがカークらの体を手に入れたことにより、肉体を取り戻したことで欲望を思い出した生命体の一人は暗躍し始め、カークらの命が危うくなるという物語だ。
 この話で大変興味深いのは、マッコイやチャーリーは、カークが生命体に肉体を提供することに対して、強く反対するのだが、カークは自分自身の命と引き換えてでも、人類の発展に寄与することの重要性を主張する。カークの投機的な行動の背景には、自分自身の命を顧みず、人類の進化や発展に尽力することが、人として最も尊いことであるという認識があり、この主張をもってマッコイたちを説き伏せる。このシーンでカークが述べたことは、この時代、戦争や貧困、人種差別が排除され、人類はもっと大きな社会的貢献を旨として生きている設定そのものであるし、また同時にこの作品の精神的な支柱ですらある。台詞とはいえ、カークにこの台詞を言わせている辺りも、主役としての面目躍如だろう。第2シーズンの白眉ともいえる名シーンだと思う。

 惑星連邦という組織も長きにわたり運営を続けていると、さまざまな人間を抱え込むようで、栄光の連邦艦隊の一因になったというのに、小さな自己満足のためだけに、未開の惑星に入り込んで内政に干渉し、自分自身が為政者となって惑星やそこの住民を支配する輩が後を絶たない。「エコス・ナチスの恐怖」は、とある惑星が隣接する惑星に侵略戦争を仕掛ける状態になるのだが、その原因を作ったのは、戦争を仕掛けた惑星に文明アドバイザーとして着任した男であり、その惑星ではナチスのような軍服を着た軍人たちが闊歩する惑星となっていた、という話。たまさか未開の惑星に伝わった地球の情報が、何者かの悪意によって曲解されてしまい、歴史を紡いでしまった話のパターンであるが、「宇宙犯罪シンジケート」の呑気さとは異なるシビアな話だ。また「もう一つの地球」ではローマ帝政時代のような支配が長く続く惑星で、カークたちは行方不明になった人物がこの惑星の支配者になっていることを知る。しかもカークたちは乗組員の命を盾にとられて、闘技場で戦わされる羽目になる。武器を持たされるスポックとマッコイはTVで放映される奴隷と死闘を演じる。スポックの助力で生き延びたマッコイ。二人ならではの心の交流が描かれる。カークの処刑がおこなわれる中、チャーリーの機転が3人を救い出すことに成功する。かつて惑星に上陸した人物が内政干渉した結果、ひどくゆがめられた世界を目の当たりにするという、そんなパターンの物語ではあるが、最後の最後にウフーラが発した言葉によって、あの世界にもいずれ救世主が生まれる可能性を示唆して終幕する点で、ちょとしたどんでん返しが用意されている。

 「宇宙300年の旅」では、アンドロメダ銀河から来たという人間たちが、エンタープライズ号を乗っ取ってしまう話だ。エンタープライズや乗組員が乗っ取らる話はいくつかあるが、彼らが少しずつ人間を観察する内に、人間が持つ感情である欲望や堕落を学び取っていく過程で、人間に同化していく。そこに最大限に付け込んでエンタープライズを取り戻す話なのだが、物語スタート時の緊迫感とはかけ離れた、実にユーモラスなキャラクターたちが散見できる楽しい話だった。こうしたウィットに富んだ緩急のある話も「スタートレック」という作品の魅力であることが再確認できるエピソードだ。

 「細菌戦争の果てに」は、惑星を周回している連邦の船で、乗組員が全員行方不明となっている事件が発生。マッコイの予測によれば、服だけを残して人間は結晶化してしまっているという。秘密を探るため、トレイシー船長を探して、カークたちは惑星へと降りるが、そこで繰り広げられていたのは、原住民の2つの部族の争いだった。どうやらカークたちが侵されたのは過去の細菌戦争によるものだった。だがトレイシーはこの部族に干渉している上に、不老長寿の猛執に取りつかれていた。この惑星の原住民たちは、なぜか病気とは無縁の長寿生命体であったからだ。だがマッコイの研究によって、細菌戦争後の環境に適応して長寿生命体になったのであって、不老長寿の秘薬など存在しない。カークはトレイシーの捕虜となったが、敵対部族の反撃によってカークたちは捕まってしまう。そして2つの部族の闘争は、自由主義と共産主義の戦いを模していたことが判明する。そしてカークとトレイシーのチェーン・デスマッチで勝利をおさめたカークは、部族が秘匿していた言葉によって、自由と平等を彼らに教えることになる。アメリカの歴史、自由憲章の意味を知る、まこと教条的な話を、エンターテインメントの中に込めた、60年代アメリカの輝きといってもいいエピソードだ。不老不死の盲執に取りつかれた連邦士官という点で見れば、劇場版「スタートレック 叛乱」にも通じるエピソードである。

 「恐怖のコンピューターM5」では、テストの名目で最新鋭コンピューターM5が組み込まれたエンタープライズ号で、M5の暴走によって船のコントロールを奪われたカークたち乗組員たちの奮闘を描く物語。シリーズはこれまで「ベータ3の独裁者」や「コンピュータ戦争」、「死のパラダイス」といったエピソードで、コンピューターによって支配される人間たちを描いたエピソードがあるし、「宇宙軍法会議」ではコンピューターの記録のミスによってカークは処断されそうになる。端的に言って機械文明批判だが、「宇宙軍歩会議」でコンピューターに痛い目にも合っているカークにしてみれば、自分の船を好き勝手にされてはたまったものではない。劇中でコンピューターではなく、指揮権を剥奪されたかのような状況に嫉妬するカークの心情は、劇場版「スタートレック ジェネレーションズ」にも似た印象を受けるが、より直接的にコンピューターの支配から脱却するために、クルーと奮闘するカークらの姿に対し、最初は合理的で迅速性のあるコンピューターの判断を持ちあげていたスポックが、徐々に人間の感情を学習していくM5の理不尽な行動に、懐疑的になっていく点が面白い。

 そして第2シーズン最後のエピソードとなるのは「宇宙からの使者 Mr.セブン」。1968年の地球にタイムスリップするエンタープライズ。偶然転送装置に割り込んでくるエネルギーから、謎の男セブンが現れる。彼は任務で地球におりるというが、この時代の地球に転送の技術はない。いぶかしんだカークらは彼を拿捕するが、まんまと逃げだしたセブンはこともなげに転送装置を使って地球に降りる。これを追ったカークとスポックは、彼の言葉が真実であったことを思い知る。時に1968年。この年アメリカでは核弾頭を積んだロケットが発射されようとしていたが、この動きに合わせてセブンは行動を始めていた。本来ならセブンより先に地球に派遣されていた2名の人物が任務を遂行するはずが、不慮の交通事故で死んでしまい、変わってセブンが任務を遂行することになったのだ、セブンは果たして地球の未来に仇なす存在なのか? カークはセブンの言葉を信じきれないまま、セブンの行動を追うことになる。そしてついに核弾頭ロケットは発射されてしまう。セブンは何をするのか?そしてカークは未来の地球を救えるのか?
 エピソードの最後は、タイムトラベルを全く見せずに、さくっと光速を突破することでタイムトラベルしてしまうという出だしでスタートする話で、カークたちが過去の歴史に干渉しないように、Mr.セブンの行動を抑止する話だが、セブンの目的が核弾頭の破壊によって、来たるべき核戦争を抑止しようとする目的でやってきた、という話だ。最後の最後までセブンの本性や目的を明かさず、カークらの行動がそれを少しずつ解き明かしながら、ぎりぎりのところまでセブンを疑うサスペンスフルな展開は、今の目で見てもなかなかに見ごたえのあるドラマである。

 こうして第2シーズンは終わりを迎える。最初にも示したようにキャラクターがそろい、キャラクターを深化させ、そしてエピソードを重ねることによってさらなる展開をしてきた。エピソードのひな形はほぼ出そろって、その組み合わせや展開の順序を入れ替えたりしながら、似たようなモチーフの話を繰り返しても、一見してそれとわからないほど巧みな脚本とSF性でドラマを構築してきた。シリーズはすでに第1シリーズからのファンが盛り上がりを牽引していたというが、それでも後の社会的な影響力までには至らない。「スタートレック完全読本」(洋泉社)によれば、その盛り上がりはシリーズを延命するほどではないにしても、打ち切りにするまででもないという、どっちつかずな状況だったという。その当時、アメリカ本国ではベトナム戦争のあおりを受けて、政治が変転する事態が起きていた。そんな中で暴力的なシーンを排除する動きに連動して、同じプラムタイムの番組が影響を受けるという事態になり、TV局と製作のジーン・ロッデンベリーの仲は悪くなっていったという。これが端を発して、ロッデンベリーは製作の指揮を剥奪されるものの、別のプロデューサーによってシリーズは第3シリーズ継続へと流れていくことになる。こうして俳優ではなく、スタッフのテコ入れによって第3シリーズはさらなる展開を迎えることになるが、それについては第3シリーズの記事にてお話したい。
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波のまにまに☆

Author:波のまにまに☆
東京都出身
50歳になりました 
妻一人

戦隊シリーズをこよなく
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アニメは副菜。
後期必殺を好み、
スタートレックは
ピカード艦長が大好物。
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