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「人間ウルトラマン」という言葉との対峙

 タイトルに「アニメ・特撮」としながら、アニメの話題が集中しているので、ここで一息、特撮の話題をしてみようと思う。
 特撮ジャンルを好む人々にとって、「人間ウルトラマン」という言葉が知られるようになって久しい。いつ頃からこの言葉が定着したのだろうか? 少なくても私がはっきりとこの言葉を意識しだしたのは、辰巳出版「帰ってきた帰ってきたウルトラマン」というムック本である。この本の中で、構成・執筆を担当した江口水基氏が、「人間ウルトラマン」という単語をしきりに使っているように見える。ところが本書の後書きを見ると、平成ウルトラマンシリーズの3作目にあたる「ウルトラマンガイア」の企画書には、すでに「人間ウルトラマン」という文字が書かれているという。この言葉って、そもそも制作側発の言葉だったのかと、あらためて気づかされる。このあたり、もう少し精査が必要かも知れない。しかしながら「人間ウルトラマン」という言葉自体が、二次創作や評論する側も、製作する側も、共通認識として定着している言葉であることは、なんとなくわかった。

 「ウルトラマンは神ではない」とあからさまに語ったのは、映画「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」において、悩むミライを励ますハヤタであった。この言葉自体に、私自身は驚いた。ウルトラマン自身にも「神」という概念が存在すること、そして自我を持って、その力を抑制している可能性があることを。「神」という概念自体は、ウルトラ兄弟の中に「ウルトラマンキング」という伝説上の超人の存在があるし、地球に来訪してから学んだ可能性がある。だから「神」という単語は今はおいておこう。
 そして問題は後者である。大きな力を持つものは、その力の行使のために倫理観が必要とされることを知っている。そして行使する側に責任が伴うことも知っているのだ。逆説で考えると、大きな力をもつウルトラマンの一族は、いつだって無法にその力を行使する事が出来るのである(そういうはぐれウルトラマンが出てきても、いいような気がする)。だから悪意を持った宇宙人が、偽のウルトラマンを仕立てると、地球人はその蛮行を悲しむし、それが偽者が起こしたことであれば、拍手喝采で本物をたたえる。こうなると、地球人とウルトラマンの間には、すでに信頼関係が結ばれているといえる。地球人は信頼を寄せ、ウルトラマンの行動を補佐し、助け合うパートナーシップ。そしてウルトラマンは、破壊者の魔の手から、その大きな力で地球人を救う。1対1の関係性がすでに結ばれている。

 前回、「かんなぎ」を取り上げたとき、このような1対1の関係性を「信仰」と呼んだのだが、ウルトラマンと地球人の関係も、「信仰」と呼べるか?
 ちなみに、地球人を「地球というシステム」に置き換えると、ウルトラマンの位置に座るのは「平成ガメラ」である。だがこれを信仰とは呼べないだろう。ではゴジラの立ち位置は? ゴジラが戦うのは、種の保存の場合もあるが、己を生み出した世界に対する復讐であったり、自分が生きるためのエネルギーを求めてだったりと、その意味が多岐にわたる。その意味では、周囲に理解されることもなく、人に隠れて悪を倒し続ける「仮面ライダー」を代表とする東映ヒーローに孤独を感じて、ふと涙するのは、間違ってないと思える。

 あらためて「帰ってきた帰ってきたウルトラマン」を読み返すと、「人間ウルトラマン」という単語は、「ウルトラマン自体が、人間と同じように成長したり、悩んだり、悔やんだりする」というドラマの根本原理であることがわかる。ここではたっと思い当たった。「ウルトラマンメビウス」という物語の根幹は、ミライ自身がメビウスの仮の姿であり、メビウスが地球人の中で暮らしていくことにより、人間としての自我も、ウルトラマンとしての成長をも獲得していくことにあった。これってなんだか「人間ウルトラマン」という言葉と矛盾なく存在できるのだろうか?

 私は「人間ウルトラマン」という言葉にアンチテーゼを示しているつもりはない。神がごとき超能力を持つウルトラマンの、別の側面として、ドラマを構成する要素として、「人間ウルトラマン」という概念があることを、理解はしている。
 けれど、「ウルトラマンメビウス」を視聴してしまった私にとっては、この人間ウルトラマンの構造自体を揺るがすメビウス=ミライという存在が、どうにも引っかかるのだ。そもそも「人間ウルトラマン」なんて言葉で表現されなくても、ウルトラマンにも人間と同様のアイデンティティがあるのではないかと、疑ってしまうのだ。

 実は、平成3部作と言われるティガ、ダイナ、ガイアは、まさにこの「人間ウルトラマン」であると考えている。ウルトラマンの存在そのものが、「光」であるとか「地球」という、あいまいな存在としている。人間が勇気を持って、困難に立ち向かうとき、その手に握られる小さな希望、それがこの3作におけるウルトラマンの正体だからだ。ウルトラマンの発生が、ウルトラマン側ではなく人間側の事情で発生している場合には、「人間=ウルトラマン」である図式が成立するので、人間の成長はそのままウルトラマンの成長につながる。

 先に示したハヤタの言葉を再度借りれば、「ウルトラマンは神ではない」という言葉は、すでに「人間ウルトラマン」という言葉すら、否定できる言葉だったのではないか。その意味においては、「人間ウルトラマン」という単語は、ウルトラマンを神格化していたころの幻想だったのではないかと、今にして思う。

 「ウルトラマン・プレミアムステージ」をケーブルTVで見た。同じステージにおいて、ウルトラマンとその人間体であるミライやハヤタやダンが、共存している世界である。それをなんの疑問も持たずに、世界として受け止めて見ている子供達には、こんな議論、ちゃんちゃらおかしいんだろうな。私はこのステージを見てると、心から泣けます。
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テーマ : 映像・アニメーション
ジャンル : 学問・文化・芸術

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