あんた、あのこのなんなのさ~攻殻機動隊2.0~

 イモトアヤコがフルマラソン3本分の距離を24時間で走る挑戦を始めた頃、「日本映画専門チャンネル」では「攻殻機動隊2.0」を放送していた。24時間テレビはいつも通りの進行で、感動話のいくつかを紹介し始める。イモトアヤコを逐一応援しようとテレビの前に陣取ったはずの私だったが、日本テレビのこの戦略にやぶれ、チャンネルを変えていたら、この番組にいきあたった。こういうときケーブルテレビとはなんと役に立つものなのか。翌日の選挙速報の時にも同じような感想を持ったのだが、それはさておき。

 「日本映画専門チャンネル」では、「スカイ・クロラ」放映記念で、押井守監督作品の放送を始めているらしい。このプログラムもその趣旨にのっとったものだ。「攻殻機動隊」はご存知のように、日本国内よりはアメリカなどで大変評価された作品であり、その後のハリウッド映画にも大きな影響を与えたといっていい作品らしい。あの「マトリックス」シリーズにしても、キャメロンの「ダーク・エンジェル」にしても、直接間接にかかわらず、似たような映像表現がそこかしこに見られる作品が残されている。マスコミには「ジャパニメーション」などという架空の単語まで作られ、その旗手として「攻殻機動隊」は語られてきた側面がある。それは日本人が慣れ親しんできた「アニメ」とは、かなり異なる感触で伝えられ、どこか歪曲して解釈されたイメージを持つ。

 映像作品として「攻殻機動隊」は、映像表現やテーマ性などが取り沙汰された感があるが、「アニメ」としての側面で真摯に語られたことは、意外にも少ないのではないか。それを端的に証明するのは、アニメについて従前から語っている人々が、そろってこの作品のドラマを、「ラブストーリー」に落とし込んで語っていることにある。要はバトーが素子に惚れいているのに、素子は「人形使い」という別の男に寝取られたんだろうと。ラストシークエンスだけを見ればそれが正鵠を射ていることは理解できる。最近発売された「押井守全仕事リミックス」における氷川竜介氏や他の論客も、「現代日本のアニメ」を著したスーザン・J・ネイピアも同様の説明をしている。本作の後日談となる「イノセンス」に関して、岡田斗司夫氏は、「あの話はバトーが、恋しい素子を追いかける寅さん映画だ」と評している。これも「攻殻機動隊」がラブストーリーに根ざしていることを証明する事実だ。

 原作漫画においては、この物語が素子とバトーと「人形使い」のトライアングルで描かれているわけではない。SF、特にサイバーパンクにそれほど造形が深くない私でも、安直なラブストーリーとして作られてはいないことはわかる。ただその台詞回しや内容はすごく難しい。だから押井守監督は、この物語を劇場用映画として再構成するにあたり、素子とバトーのラブストーリーとして再整理し、「攻殻機動隊」という物語を観客に理解させるための道を開こうとしたのだろう。そういう親近感のわくアプローチでなければ、原作の物語が消化できなかったと考えたのではないだろうか。

 「攻殻機動隊2.0」は、「スカイ・クロラ」の公開にあわせるように、リニューアルされた作品だ。最新CG技術を用いて、「イノセンス」で見せつけた荘厳にして華麗な映像に負けいないよう、全カットに手を入れたそうだ。だが目立つのは、序盤の素子の光学迷彩シーンや最後のヘリコプターのシーンなどだろう。まさに「イノセンス」と時代にあわせて再フォーマットされたという形容がふさわしい出来であった。前述の「押井守全仕事リミックス」でも解説されているように、人物の陰影まで修正する気の使いようは、頭が下がる思いだ。ところが「攻殻機動隊2.0」においては、素子、バトー、「人形使い」の3人の関係に異変が生じていた。「人形使い」の声優が、家弓家正氏から榊原良子さんに変更となっている。さてこれはどうしたものか? せっかく自分自身でもやっと納得できたラブストーリーの観点を、修正されることになろうとは。

 劇中「人形使い」とは、他人のゴーストをハッキングして自在に操るという、伝説的なハッカーだと言われていた。しかしその実態は外務省の発注で作られたプログラムに過ぎない。ところが職務を放棄した上に、自我(あるいは欲望)を抱くまでに成長する。その願いは「進化する生物」すなわち人間として死ぬことだった。
 この作品を見ただれもが、人形使いの声優が変更になった事に対する違和感を訴えていることは、多くのサイトやブログを見ても明らかだ。本来性別など無意味なはずのプログラムに、それぞれの声優が男性性と女性性の印象を与えていることがわかる。ということは押井監督の趣旨は、人形使いのイメージとして、家弓氏の男性性や気高さより、榊原さんの女性的で母性的なイメージを植え付けたかったからではないだろうか?

 「攻殻機動隊」の中で、「ネット」は「海」のように解釈されている。「攻殻機動隊」の当時のキャッチコピーに、「彼女はネットの海から生まれた」とあるから、間違いではないだろう。また物語中盤で、余暇を楽しんでいる素子が、潜水具をつけて海に潜るシーンや、素子に限らずネットや電脳、人形使いに入り込むことを「ダイブ」と呼ぶことからも、「ネット」と「海」は常に共通のイメージでつながっている。そして「海」は生物学的にも、生物を育んできた歴史があり、海=母性というイメージがある。つまりネットも母性に準ずることになる。
 このイメージを証明するのに、別の作品に登場してもらうことにする。それは麻宮騎亜の漫画「サイレント・メビウス」である。この話の第6エピソードは、AMPの隊員レビア・マーベリックという女性が活躍する。物語は「ホロニック」と呼ばれるプログラムが暴走し、東京に存在するサイバースペースを破壊し始めるのだが、レビアの機転より、ホロニックを回収することに成功するという話だ。ここでレビアのとった作戦は、静止衛星とリンクするレビアの容量で、ホロニックを取り込んでしまうものである。ここにサイバースペースが何かを生み出す「海」であり、それを受け入れる「母性」であることが、レビアという一人の女性に集約しているのだ。「サイレントメビウス」という作品が、奇しくも「攻殻機動隊」同様に、「ブレードランナー」や他のサイバーパンクと呼ばれる作品群のもとに生まれた作品であることが共通している。同じイメージにたどり着いたであろうことは想像に難くない。

 話をもとに戻そう。「攻殻機動隊2.0」において押井監督は、人形使いに女性性を持たせたかったらしいことがわかった。それはどうやら「ネット」が持っている「母性」に起因しているらしい。そうなると素子、バトー、人形使いの三角関係が、成り立たなくなってくる。旧ヴァージョンでは、たしかに人形使いが素子にアプローチをし、まるで擬似的な婚姻の果てに、生物として生と死を得るストーリーに見える。だが新ヴァージョンではこの婚姻的な儀式が成立しなくなる。だが同時に女性同士の共感や、男女の肉体的なつながりよりも深い、精神的なつながりに見えてくる気がする。それは昨今の「百合」と呼ばれる関係に近いが、その実態は、現在放送中の「青い花」などに見られるような、即物的な肉体関係ではない「人との絆」の結び方の1つである。それは私のような男性には、少し難しい話だ。押井監督は、素子と人形使いの関係性を、男性にはわかりづらい特殊な関係性に置きたかったのではないか? 単なる男女のつながりではなく、男なんかにははかり知れない女性同士の深いつながりかたに昇華させたかった。それこそが「2.0」での声優交代の真実ではないだろうか。それは「攻殻機動隊」や「イノセンス」という作品を、バトーと素子のラブストーリーにあからさまに仕立て上げた自分の後悔と、それを見抜いた批評家達への当てつけである可能性もある。

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